[0715] 小脳出血後に前庭障害を呈し姿勢制御が障害された症例に対する直流前庭電気刺激の効果
キーワード:直流前庭電気刺激, 小脳損傷, 前庭障害
【はじめに,目的】
前庭感覚は視覚,固有感覚と並んでヒトの姿勢制御に必要な感覚情報の1つであり,脳卒中などで前庭感覚を障害された患者は姿勢制御が障害される場合がある。直流前庭電気刺激(Galvanic Vestibular Stimulation:GVS)は両側の乳様突起に直流電流を流すことで前庭器官や前庭皮質を刺激する方法である(内藤,2011)。先行研究において,半側空間無視やPusher症候群を呈する脳卒中患者に対しGVSを用いることで即時的な症状の改善がみられ,新しい治療法となり得る可能性が報告されている(Schmidt, 2013,Krewer, 2012)。
小脳や脳幹損傷の場合に前庭感覚が障害される事例は多くみられるが,小脳の損傷が原因で前庭障害を呈し,姿勢制御が障害された症例に対してGVSを実施した報告はみられない。そこで,本研究は小脳出血後に前庭障害を呈し,姿勢制御が障害された一症例に対してGVSによる姿勢制御の改善を平衡機能の評価であるロンベルグ率,10m歩行速度により検討することを目的とした。
【方法】
症例は小脳出血(小脳虫部~左小脳半球)を発症した40歳代男性である。発症時に当院に搬送,脳幹圧迫の恐れがあったため同日血腫除去術を施行された。術後は体位変換時に回転性めまいによる嘔気・嘔吐が頻繁に起こり離床に影響を与えていた。GVS介入は発症50日目から開始した。同時期に当院回復期へと転棟,この時点でもめまいの訴えはあったがNRSで2/10程度に軽減していた。GVS介入開始時の理学療法所見としてScale for the Assessment and Rating of Ataxia(SARA)は5点,明らかな運動障害,感覚障害は認めず,歩行は独歩で近位見守りレベルにて可能であった。また,滑動性追従眼球運動により眼振が容易に誘発された。
研究デザインはシングルケースデザインのABAデザインを用い,A1期,A2期はGVSを実施し,B期はsham刺激を実施した。GVSにはIntelect Advenced Combo(chattanooga社製)を用い,陽極を右乳様突起とし,端坐位にて約0.6mAの強度で10分間実施した。sham刺激はSchmidtら(Schmidt, 2013)の方法を参考にし,症例に電流を流すと伝えているが実際には開始前の短時間にのみ電流を流し,それ以降は流さなかった。A1期,B期,A2期は各1週の計3週間とし,GVS,sham刺激共に1週間の内5日間実施した。1日のGVS,sham刺激の前後において,自由歩行速度での10m歩行時間と重心動揺測定(開眼・閉眼条件)を2回ずつ測定した。重心動揺計(ANIMA社製キネトグラビレコーダーG-7100)はsampling周波数を100Hzとした。評価項目はGVS,sham刺激前後における10m歩行速度,ロンベルグ率(閉眼時/開眼時総軌跡長)とした。
即時的な効果を解析するため,各期間で1日毎の刺激前後での変化率(刺激後-刺激前)を算出し,5日分の変化率を平均した。また,1週間毎の効果を解析するため,各期間で1日目と5日目の刺激前の測定値を平均し比較した。めまい,嘔気等の副作用は毎日介入前,中,後でNRSにて評価した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究はGVS実施に関して主治医の了解を得ている。本介入はヘルシンキ宣言に基づき対象者に本研究の趣旨を説明し,書面にて同意を得た後に評価,介入を行った。
【結果】
ロンベルグ率の即時的な変化率の平均はA1期:0.0606,B期:0.0676,A2期:-0.0235であり,1週間毎の変化はA1期:1.10→1.67,B期:1.08→1.43,A2期:1.07→1.15となり,ともに改善を認めなかった。
10m歩行速度の即時的な変化率の平均はA1期:0.0456,B期:0.0172,A2期:0.0371であり,1週間毎の変化はA1期:0.72→0.82,B期:0.96→1.13,A2期:1.21→1.22となり,1週間毎の変化では向上を認めた。
また,GVS実施中めまい,嘔気等の副作用はNRSで0点であった。
【考察】
今回GVS介入前後におけるロンベルグ率の変化は認められなかった。本症例は眼振や回転性めまい等の前庭障害があったにも関わらず,GVS介入初期からロンベルグ率が1.2未満であった。これは前庭感覚以外の感覚で代償していたためと考えられ,本症例は発症初期からのめまいにより視覚を使えず前庭感覚も障害されていたため,体性感覚を優位にすることで姿勢を安定させていたと推測される。つまり,GVSの効果がみられなかったのは,GVSにより前庭感覚は刺激されていた可能性はあるが,介入前から体性感覚が優位であったためと考えられる。
10m歩行速度に関しては1週間毎の変化に向上がみられた。しかし,A期とB期で差を認めなかったことから,リハビリや病棟生活での活動量の増加が原因と考えられ,直接的にGVSの効果があったとは考えにくい。
【理学療法学研究としての意義】
本研究は小脳出血後に前庭障害を呈した症例に対してGVSを実施した初の試みである。今回は体性感覚が優位であったと推測され,ロンベルグ率に変化は認められなかったが,発症初期でロンベルグ率が大きな値を示す時期に介入することでGVSの効果が認められる可能性があり,介入時期に関して考慮する必要がある。
前庭感覚は視覚,固有感覚と並んでヒトの姿勢制御に必要な感覚情報の1つであり,脳卒中などで前庭感覚を障害された患者は姿勢制御が障害される場合がある。直流前庭電気刺激(Galvanic Vestibular Stimulation:GVS)は両側の乳様突起に直流電流を流すことで前庭器官や前庭皮質を刺激する方法である(内藤,2011)。先行研究において,半側空間無視やPusher症候群を呈する脳卒中患者に対しGVSを用いることで即時的な症状の改善がみられ,新しい治療法となり得る可能性が報告されている(Schmidt, 2013,Krewer, 2012)。
小脳や脳幹損傷の場合に前庭感覚が障害される事例は多くみられるが,小脳の損傷が原因で前庭障害を呈し,姿勢制御が障害された症例に対してGVSを実施した報告はみられない。そこで,本研究は小脳出血後に前庭障害を呈し,姿勢制御が障害された一症例に対してGVSによる姿勢制御の改善を平衡機能の評価であるロンベルグ率,10m歩行速度により検討することを目的とした。
【方法】
症例は小脳出血(小脳虫部~左小脳半球)を発症した40歳代男性である。発症時に当院に搬送,脳幹圧迫の恐れがあったため同日血腫除去術を施行された。術後は体位変換時に回転性めまいによる嘔気・嘔吐が頻繁に起こり離床に影響を与えていた。GVS介入は発症50日目から開始した。同時期に当院回復期へと転棟,この時点でもめまいの訴えはあったがNRSで2/10程度に軽減していた。GVS介入開始時の理学療法所見としてScale for the Assessment and Rating of Ataxia(SARA)は5点,明らかな運動障害,感覚障害は認めず,歩行は独歩で近位見守りレベルにて可能であった。また,滑動性追従眼球運動により眼振が容易に誘発された。
研究デザインはシングルケースデザインのABAデザインを用い,A1期,A2期はGVSを実施し,B期はsham刺激を実施した。GVSにはIntelect Advenced Combo(chattanooga社製)を用い,陽極を右乳様突起とし,端坐位にて約0.6mAの強度で10分間実施した。sham刺激はSchmidtら(Schmidt, 2013)の方法を参考にし,症例に電流を流すと伝えているが実際には開始前の短時間にのみ電流を流し,それ以降は流さなかった。A1期,B期,A2期は各1週の計3週間とし,GVS,sham刺激共に1週間の内5日間実施した。1日のGVS,sham刺激の前後において,自由歩行速度での10m歩行時間と重心動揺測定(開眼・閉眼条件)を2回ずつ測定した。重心動揺計(ANIMA社製キネトグラビレコーダーG-7100)はsampling周波数を100Hzとした。評価項目はGVS,sham刺激前後における10m歩行速度,ロンベルグ率(閉眼時/開眼時総軌跡長)とした。
即時的な効果を解析するため,各期間で1日毎の刺激前後での変化率(刺激後-刺激前)を算出し,5日分の変化率を平均した。また,1週間毎の効果を解析するため,各期間で1日目と5日目の刺激前の測定値を平均し比較した。めまい,嘔気等の副作用は毎日介入前,中,後でNRSにて評価した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究はGVS実施に関して主治医の了解を得ている。本介入はヘルシンキ宣言に基づき対象者に本研究の趣旨を説明し,書面にて同意を得た後に評価,介入を行った。
【結果】
ロンベルグ率の即時的な変化率の平均はA1期:0.0606,B期:0.0676,A2期:-0.0235であり,1週間毎の変化はA1期:1.10→1.67,B期:1.08→1.43,A2期:1.07→1.15となり,ともに改善を認めなかった。
10m歩行速度の即時的な変化率の平均はA1期:0.0456,B期:0.0172,A2期:0.0371であり,1週間毎の変化はA1期:0.72→0.82,B期:0.96→1.13,A2期:1.21→1.22となり,1週間毎の変化では向上を認めた。
また,GVS実施中めまい,嘔気等の副作用はNRSで0点であった。
【考察】
今回GVS介入前後におけるロンベルグ率の変化は認められなかった。本症例は眼振や回転性めまい等の前庭障害があったにも関わらず,GVS介入初期からロンベルグ率が1.2未満であった。これは前庭感覚以外の感覚で代償していたためと考えられ,本症例は発症初期からのめまいにより視覚を使えず前庭感覚も障害されていたため,体性感覚を優位にすることで姿勢を安定させていたと推測される。つまり,GVSの効果がみられなかったのは,GVSにより前庭感覚は刺激されていた可能性はあるが,介入前から体性感覚が優位であったためと考えられる。
10m歩行速度に関しては1週間毎の変化に向上がみられた。しかし,A期とB期で差を認めなかったことから,リハビリや病棟生活での活動量の増加が原因と考えられ,直接的にGVSの効果があったとは考えにくい。
【理学療法学研究としての意義】
本研究は小脳出血後に前庭障害を呈した症例に対してGVSを実施した初の試みである。今回は体性感覚が優位であったと推測され,ロンベルグ率に変化は認められなかったが,発症初期でロンベルグ率が大きな値を示す時期に介入することでGVSの効果が認められる可能性があり,介入時期に関して考慮する必要がある。