第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 ポスター » 生活環境支援理学療法 ポスター

その他1

2014年5月31日(土) 10:25 〜 11:15 ポスター会場 (生活環境支援)

座長:及川龍彦(岩手リハビリテーション学院理学療法学科)

生活環境支援 ポスター

[0782] 歩行介助への懸垂式歩行器導入は,理学療法士の身体的負担を軽減するのか?

明日徹1, 石倉龍太1, 大宅良輔1, 松垣竜太郎1, 緒方友登1, 村上武史1, 久原聡志1, 舌間秀雄1, 越智光宏2, 和田太2, 蜂須賀研二2 (1.産業医科大学病院リハビリテーション部, 2.産業医科大学リハビリテーション医学講座)

キーワード:理学療法士, 懸垂式歩行器, 身体的負担

【目的】
我が国の理学療法士(PT)における筋骨格系の職業性傷害は,腰部が69%と最も多く,その要因として移乗介助や歩行介助の影響が大きいと報告している(斉藤ら,2002年)。近年,急性期施設で勤務するPTは,対象患者の疾患の多様化,障害の重症に加えて脳卒中治療ガイドラインで推奨されている早期離床・早期歩行を実践するために重症患者の移乗介助や歩行介助に迫られ,身体的負担は大きくなっていると思われる。PTの身体的負担を軽減する目的でロボット機器等の導入する例が散見される。しかし,歩行介助中のPTの身体的負担に関する報告はほとんどない。そこで,歩行介助への懸垂式歩行器導入による歩行介助が,PTの身体的負担を軽減するのかを検証することを目的に,歩行困難な重症脳卒中片麻痺患者(重度CVA患者)に長下肢装具装着下の歩行介助に,Walker-caneと懸垂式歩行器の2種類の介助機器を使用し,PTの客観的および主観的身体的負担度を比較した。
【方法】
被介助者は,歩行練習時に長下肢装具を必要とする重度CVA患者9名(男性6名,女性3名;年齢65.8±7.9歳,脳出血6名,脳梗塞3名,右片麻痺5名,左片麻痺4名;下肢Brunnstrom Stage II 6名,III 3名,歩行状態はFunctional Ambulation Classification(1~6)で2が3名,3が6名),介助者は歩行介助技術が同等レベルで体格も同等な資格取得後2年目の男性PT3名(年齢25.0±0.0歳;身長172.8±1.8cm,体重60.0±3.6kg)とした。PTが重度CVA患者に対し,①Walker-caneを使用した従来の歩行介助(通常介助),②懸垂式歩行器による歩行介助(懸垂介助)を実施した。PTの身体的負担は,客観的指標として酸素摂取量,心拍数,腰背部筋活動量,ならびに主観的指標としてVisual Analogue Scale(VAS)を評価した。使用機器は携帯式呼気ガス代謝モニター装置(Meta Max 3B,Cortex),心電ワイヤレストランスミッター(T31 codedTM transmitter,Polar),心電図モニター(ベッドサイドモニタBSM 2401,日本光電),ホルター筋電計(ME3000P,Mega Electronics)を用いた。実験方法は,介助者に3分間安静座位を取らせた後,安静立位3分間と歩行介助を行い,同時に酸素摂取量と心拍数を測定した。3~5分間の歩行介助中に酸素摂取量が安定した最終30秒間のデータを解析対象とした。酸素摂取量は,歩行介助時から安静立位を減じ,単位時間当たり正味の酸素摂取量を求めた。腰背部筋活動量はSorensen test施行時の表面筋電図の単位時間当たりの積分値を基準とし,歩行介助時の筋活動量(% Voluntary Contraction;%VC)を算出した。PTの自覚的身体負担は歩行介助後にVASにて評価した。通常介助ならびに懸垂介助の順番はランダムとした。統計解析は対応のあるt-検定で行い,有意水準は5%とした。
【説明と同意】
本研究は当大学の倫理委員会にて承認を受けて実施した。なお,被介助者ならびに介助者にはヘルシンキ宣言に則り,研究の趣旨,目的,研究結果の取り扱いなどについて十分に説明し,書面にて同意を得た。
【結果】
酸素摂取量,心拍数,ならびにVASは,懸垂介助が通常介助と比較して有意に低値を示した。しかし,腰背部筋活動は,懸垂介助と通常介助との間に有意差を認めなかった。
【考察】
本研究では,懸垂介助の方が客観的及び自覚的身体負担が通常介助よりも軽い結果となった。これはLouiseらが重度CVA患者の歩行介助に懸垂機能を用いることで,PTの身体的負担を減少し,結果として患者の運動量確保が十分可能になったと述べている報告と一致した。懸垂介助による歩行練習は,患者の転倒を防ぎ安全を確保し,PTの身体的負担を軽減するだけでなく,患者が歩行しやすくなり歩行練習量をより増加させることが期待できる。これは脳卒中ガイドラインで推奨されている歩行練習量の増加を実現できる良い方法であるといえる。懸垂介助でPTの自覚的身体負担は低下したにもかかわらず,腰背部筋活動には有意差は認めなかった。藤村らは,持ち上げ動作時の腰背部筋活動は,その重量ならびに体幹の姿勢(体幹屈曲角度)によって異なると報告している。今回の2条件での歩行介助では,歩行介助中の介助者の体幹屈曲角度に大きな違いがなかったことが影響しているのではないかと推察された。
【理学療法学研究としての意義】
本研究結果により,懸垂式歩行器を導入した重度CVA患者の歩行介助が,PTの身体的負担を軽減することが明らかになり,懸垂式歩行器の導入がPT自身の傷害予防において意義あると考えられた。また,機器の導入によるPTの身体的負担軽減は,重度CVA患者に十分な運動量を安全に確保できる可能性があり,脳卒中の運動療法をより効果的に行うことが可能となると期待される。