[0887] 3年来の有痛性下肢ジストニアが認知課題によって改善した一症例
キーワード:ジストニア, 不随意運動, 認知課題
【はじめに,目的】
ジストニアは「持続的な筋収縮を呈する症候群であり,しばしば捻転性・反復性の運動,または異常な姿勢をきたす」運動異常症の一症候名といわれており,病因や出現部位によって細かく分類されている。有病率は人口10万人あたり15~20人であり,最も多い型は成人発症の局所性ジストニアであると報告されている。ジストニアに対する理学療法はスプリントで安静に保つ方法や積極的に運動する方法まで多様な報告があるが,十分な効果は認められていなかった。近年,書痙や音楽家のジストニアなど手のジストニアに対して,手指の感覚と運動を統合する課題や弁別課題が運動の改善に一定の効果があることが報告されている。今回,3年来の有痛性下肢ジストニアを呈し,薬物療法で改善が得られなかった症例に対して,下肢の認識の修正を目的とした認知課題が奏功した治療経過を報告する。
【方法】
対象は右下肢に限局した有痛性ジストニアの70代男性であった。3年前に右足部に突発的に不随意運動が出現した。精神科を受診し薬物療法を行ったが,意識消失したため加療は中止となった。1年半前に当院を受診し,薬物療法(筋弛緩薬,抗不安薬)を開始した。約1年間の加療を続けるも症状は改善せず,4ヶ月前に理学療法開始となった。移動能力として,独歩可能であるが,屋外歩行ではT字杖を使用していた。関節可動域は右足関節外反5度であった。疼痛は長母趾伸筋に出現し,Numeric Rating Scale(以下NRS)は安静時2,歩行時4であった。Timed Up and Go Test(以下TUG)は最大速度条件で22.7秒であった。座位姿勢は体幹が左に偏位し,一時的な修正は可能であるがすぐに非対称に戻ってしまう傾向があった。不随意運動パターンは安静座位及び立位時に右足関節内反と右母指屈曲が持続的に出現していた。10秒間に出現する不随意運動の頻度は座位で8回,立位で9回であった。治療開始当初,症例は不随意運動を静止するために右下肢を左下肢に乗せて脚を組んでいた。症例は不随意運動が出現している自分の足部に不快な感情をもち「足を切りとりたい」と話していた。しかし,どのような運動が起こっているかを認識しておらず,運動覚は足関節2/5,母趾0/5であった。これに対し,運動覚を識別し,感覚と運動を統合する課題を提示することが下肢の認識の修正に繋がり,運動が改善すると考えた。治療はまず端座位で単軸の不安定板を用いた足関節水平性の認知課題と母趾運動覚の認知課題を他動運動で行った。運動方向の認識が改善したところで自動運動での治療に移行し,治療者が他動運動で行った傾きを自動運動で再現する課題を提示した。評価はNRS,TUGを用いて理学療法開始時と3ヶ月後の計2回行い,治療頻度は週1回の外来理学療法で,1回の治療時間は40分とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究にあたり対象者に口頭にて説明を行い,同意を得た。
【結果】
介入から3ヶ月で運動覚は足関節,母趾共に5/5に改善し,10秒間に出現する不随意運動の頻度は座位で0回,立位で4回に減少した。NRSは安静時,歩行時ともに0となった。また,TUGは16.4秒に改善した。足部に対する不快感が軽減し,日常の場面でも自発的に不随意運動の制御を試みるようになった。
【考察】
3ヶ月の治療介入の効果として,NRSとTUGの改善が認められた。本症例は突発的な不随意運動の出現に加え,日常生活を送る中で誤った身体認識を獲得した可能性が高い。書痙や音楽家のジストニアに対する理学療法では,異常な感覚運動過程が運動障害を引き起こすという仮説に基づいて課題が行なわれており,感覚の改善により運動機能が向上する結果が得られている。本症例は認知課題を通じて足部の認識が改善したことが疼痛の軽減や運動の改善に繋がったものと考えた。また,手のジストニアの運動障害について,主動作筋と拮抗筋の抑制の低下が筋電図を用いた研究でよく調べられているが,近年では運動の実行における皮質内の抑制の欠如が原因の1つとして考えられている。今回行った課題により,神経の可塑的な変化をもたらしたことが不随意運動の制御に繋がったものと考えた。
【理学療法学研究としての意義】
長期間続いた有痛性下肢ジストニア症例であっても自己身体の認識を高めることで疼痛の軽減や歩行能力が改善する可能性を示唆した点。
ジストニアは「持続的な筋収縮を呈する症候群であり,しばしば捻転性・反復性の運動,または異常な姿勢をきたす」運動異常症の一症候名といわれており,病因や出現部位によって細かく分類されている。有病率は人口10万人あたり15~20人であり,最も多い型は成人発症の局所性ジストニアであると報告されている。ジストニアに対する理学療法はスプリントで安静に保つ方法や積極的に運動する方法まで多様な報告があるが,十分な効果は認められていなかった。近年,書痙や音楽家のジストニアなど手のジストニアに対して,手指の感覚と運動を統合する課題や弁別課題が運動の改善に一定の効果があることが報告されている。今回,3年来の有痛性下肢ジストニアを呈し,薬物療法で改善が得られなかった症例に対して,下肢の認識の修正を目的とした認知課題が奏功した治療経過を報告する。
【方法】
対象は右下肢に限局した有痛性ジストニアの70代男性であった。3年前に右足部に突発的に不随意運動が出現した。精神科を受診し薬物療法を行ったが,意識消失したため加療は中止となった。1年半前に当院を受診し,薬物療法(筋弛緩薬,抗不安薬)を開始した。約1年間の加療を続けるも症状は改善せず,4ヶ月前に理学療法開始となった。移動能力として,独歩可能であるが,屋外歩行ではT字杖を使用していた。関節可動域は右足関節外反5度であった。疼痛は長母趾伸筋に出現し,Numeric Rating Scale(以下NRS)は安静時2,歩行時4であった。Timed Up and Go Test(以下TUG)は最大速度条件で22.7秒であった。座位姿勢は体幹が左に偏位し,一時的な修正は可能であるがすぐに非対称に戻ってしまう傾向があった。不随意運動パターンは安静座位及び立位時に右足関節内反と右母指屈曲が持続的に出現していた。10秒間に出現する不随意運動の頻度は座位で8回,立位で9回であった。治療開始当初,症例は不随意運動を静止するために右下肢を左下肢に乗せて脚を組んでいた。症例は不随意運動が出現している自分の足部に不快な感情をもち「足を切りとりたい」と話していた。しかし,どのような運動が起こっているかを認識しておらず,運動覚は足関節2/5,母趾0/5であった。これに対し,運動覚を識別し,感覚と運動を統合する課題を提示することが下肢の認識の修正に繋がり,運動が改善すると考えた。治療はまず端座位で単軸の不安定板を用いた足関節水平性の認知課題と母趾運動覚の認知課題を他動運動で行った。運動方向の認識が改善したところで自動運動での治療に移行し,治療者が他動運動で行った傾きを自動運動で再現する課題を提示した。評価はNRS,TUGを用いて理学療法開始時と3ヶ月後の計2回行い,治療頻度は週1回の外来理学療法で,1回の治療時間は40分とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究にあたり対象者に口頭にて説明を行い,同意を得た。
【結果】
介入から3ヶ月で運動覚は足関節,母趾共に5/5に改善し,10秒間に出現する不随意運動の頻度は座位で0回,立位で4回に減少した。NRSは安静時,歩行時ともに0となった。また,TUGは16.4秒に改善した。足部に対する不快感が軽減し,日常の場面でも自発的に不随意運動の制御を試みるようになった。
【考察】
3ヶ月の治療介入の効果として,NRSとTUGの改善が認められた。本症例は突発的な不随意運動の出現に加え,日常生活を送る中で誤った身体認識を獲得した可能性が高い。書痙や音楽家のジストニアに対する理学療法では,異常な感覚運動過程が運動障害を引き起こすという仮説に基づいて課題が行なわれており,感覚の改善により運動機能が向上する結果が得られている。本症例は認知課題を通じて足部の認識が改善したことが疼痛の軽減や運動の改善に繋がったものと考えた。また,手のジストニアの運動障害について,主動作筋と拮抗筋の抑制の低下が筋電図を用いた研究でよく調べられているが,近年では運動の実行における皮質内の抑制の欠如が原因の1つとして考えられている。今回行った課題により,神経の可塑的な変化をもたらしたことが不随意運動の制御に繋がったものと考えた。
【理学療法学研究としての意義】
長期間続いた有痛性下肢ジストニア症例であっても自己身体の認識を高めることで疼痛の軽減や歩行能力が改善する可能性を示唆した点。