[1098] 能動的指先接触が昇段動作直後の立位重心動揺と下肢筋活動に及ぼす影響
キーワード:指先接触, 重心動揺, 下肢筋活動
【はじめに】
歩行や階段昇降などの移動動作時に,高齢者が手すりや壁面に指先を軽く触れる場面がよく観察される。これは指先からの体性感覚入力が,立位や歩行中のバランス能力を高めるためとされる(Jekaら,1997)。また,対象物への能動的手指接触時には,運動野からの運動指令が体性感覚野に遠心性コピーとして送られ,運動制御に関わっているとされる(岩村,2001)。これまで水平固定面(以下,固定面)への指先接触が立位重心動揺に与える影響について数多くの報告がなされてきた。しかしながら,転倒の危険性が高まる昇段動作直後という時期に固定面への能動的指先接触が立位重心動揺と下肢筋活動にどのような影響を及ぼすかについての研究は見あたらない。本研究の目的は,それらを運動学的および筋電図学的に解析することである。
【方法】
対象は健康な男性12名(平均年齢20.8±0.7歳)であった。実験条件の昇段の高さは,16cmの高さの段上に,厚さ4cmの重心動揺計(共和電業社製)を置き,合計20cmとした。被検者に右脚から昇段を指示し,昇段後は2m前方のマーカーを注視させた。両足の間隔は自由とした。昇段直後の3秒間の重心動揺を測定した。重心動揺の指標は,総軌跡長,矩形面積であった。測定条件は,右示指を固定面に触れさせないで触れる模倣をさせる(非接触),右示指の指先を固定面へ1N以下の圧で接触させる(軽接触),右示指の指先を水平面へ5~10Nの圧で接触させる(強接触)の3条件とし,測定順序は無作為とした。なお,5~10Nの接触圧では,力学的支持によりに姿勢を安定化できるが,1N以下では力学的支持は得られないとされる(Holdenら,1994)。固定面への接触圧は荷重計(共和電業社製)を用いて測定し,被検者へ圧のフィードバックを行い,接触圧を各条件の範囲内に規定した。重心動揺測定と同時に,筋電計(NORAXON社製)を用いて右側の大腿直筋,大腿二頭筋,前脛骨筋,腓腹筋,ヒラメ筋の筋活動を測定した。あらかじめそれぞれの筋で最大随意収縮(MVC)をさせ,平均活動電位を正規化の基準とした(%MVC)。なお,腓腹筋とヒラメ筋については,右片脚立位で踵挙上時の筋活動を最大随意収縮とした。各指標について一元配置分散分析を用いて3条件間で比較した。事後検定にはBonferroni検定を用いた(p<0.05)。統計解析ソフトは,SPSS. 16.0を使用した。
【倫理的配慮,説明と同意】
被験者全員に対し本研究について口頭と文書で十分な説明を行い,同意書に署名と捺印を得た後に実験を行った。
【結果】
総軌跡長について,非接触は101.1±11.1cm,軽接触は95.6±13.0cm,強接触は89.7±21.1cmであり,3群間で有意差はなかった。矩形面積について,非接触は148.5±113.4cm²,軽接触は69.3±48.0cm²,強接触は55.1±33.1cm²であり,軽接触と強接触は非接触と比較して有意に小さかったが,両接触条件間には有意差はみられなかった。下肢筋活動(%MVC)については,すべての筋において3条件間で有意差はみられなかった。
【考察】
3条件間で総軌跡長に有意差がなく,2つの指先接触条件で非接触条件よりも矩形面積が有意に小さかった。このことは,固定面への指先接触が重心動揺を小さい面積の中で,微調整したものと考えられた。そのために,下肢筋活動にも有意差がみられなかったものと思われた。また,両接触条件間で有意差がみられなかったことから,接触圧の違いにかかわず,固定面に指先を能動的に接触すること自体が重心動揺の微調整に寄与していると考えられた。つまり,指先の強い接触圧で固定面を押して支持基底面を増やすことにより姿勢を安定させなくても,指先を軽く触れるだけでも重心動揺を減少させることが分かった。Jekaらは,指先の軽い接触圧変化が重心動揺より約300msec先行することを明らかにし,指先からの体性感覚刺激が大脳で統合・処理され下肢筋の活動により重心動揺を制御していると述べている。また,岩村は,能動的手指接触時には運動野から体性感覚野へ遠心性コピーがいち早く送られ,運動制御に関与していると報告している。これらにより,固定面への指先の軽接触は,昇段動作直後にも体性感覚入力を増やして,重心動揺を減らす効果につながったと考えられた。
【理学療法学研究としての意義】
本研究の結果は,水平固定面への能動的指先接触による体性感覚入力が動作直後の立位バランスを向上させることを示唆し,転倒予防の観点から,バランス能力の低下した対象者指導の一つの方略に基礎的裏付けを与えた点で意義がある。
歩行や階段昇降などの移動動作時に,高齢者が手すりや壁面に指先を軽く触れる場面がよく観察される。これは指先からの体性感覚入力が,立位や歩行中のバランス能力を高めるためとされる(Jekaら,1997)。また,対象物への能動的手指接触時には,運動野からの運動指令が体性感覚野に遠心性コピーとして送られ,運動制御に関わっているとされる(岩村,2001)。これまで水平固定面(以下,固定面)への指先接触が立位重心動揺に与える影響について数多くの報告がなされてきた。しかしながら,転倒の危険性が高まる昇段動作直後という時期に固定面への能動的指先接触が立位重心動揺と下肢筋活動にどのような影響を及ぼすかについての研究は見あたらない。本研究の目的は,それらを運動学的および筋電図学的に解析することである。
【方法】
対象は健康な男性12名(平均年齢20.8±0.7歳)であった。実験条件の昇段の高さは,16cmの高さの段上に,厚さ4cmの重心動揺計(共和電業社製)を置き,合計20cmとした。被検者に右脚から昇段を指示し,昇段後は2m前方のマーカーを注視させた。両足の間隔は自由とした。昇段直後の3秒間の重心動揺を測定した。重心動揺の指標は,総軌跡長,矩形面積であった。測定条件は,右示指を固定面に触れさせないで触れる模倣をさせる(非接触),右示指の指先を固定面へ1N以下の圧で接触させる(軽接触),右示指の指先を水平面へ5~10Nの圧で接触させる(強接触)の3条件とし,測定順序は無作為とした。なお,5~10Nの接触圧では,力学的支持によりに姿勢を安定化できるが,1N以下では力学的支持は得られないとされる(Holdenら,1994)。固定面への接触圧は荷重計(共和電業社製)を用いて測定し,被検者へ圧のフィードバックを行い,接触圧を各条件の範囲内に規定した。重心動揺測定と同時に,筋電計(NORAXON社製)を用いて右側の大腿直筋,大腿二頭筋,前脛骨筋,腓腹筋,ヒラメ筋の筋活動を測定した。あらかじめそれぞれの筋で最大随意収縮(MVC)をさせ,平均活動電位を正規化の基準とした(%MVC)。なお,腓腹筋とヒラメ筋については,右片脚立位で踵挙上時の筋活動を最大随意収縮とした。各指標について一元配置分散分析を用いて3条件間で比較した。事後検定にはBonferroni検定を用いた(p<0.05)。統計解析ソフトは,SPSS. 16.0を使用した。
【倫理的配慮,説明と同意】
被験者全員に対し本研究について口頭と文書で十分な説明を行い,同意書に署名と捺印を得た後に実験を行った。
【結果】
総軌跡長について,非接触は101.1±11.1cm,軽接触は95.6±13.0cm,強接触は89.7±21.1cmであり,3群間で有意差はなかった。矩形面積について,非接触は148.5±113.4cm²,軽接触は69.3±48.0cm²,強接触は55.1±33.1cm²であり,軽接触と強接触は非接触と比較して有意に小さかったが,両接触条件間には有意差はみられなかった。下肢筋活動(%MVC)については,すべての筋において3条件間で有意差はみられなかった。
【考察】
3条件間で総軌跡長に有意差がなく,2つの指先接触条件で非接触条件よりも矩形面積が有意に小さかった。このことは,固定面への指先接触が重心動揺を小さい面積の中で,微調整したものと考えられた。そのために,下肢筋活動にも有意差がみられなかったものと思われた。また,両接触条件間で有意差がみられなかったことから,接触圧の違いにかかわず,固定面に指先を能動的に接触すること自体が重心動揺の微調整に寄与していると考えられた。つまり,指先の強い接触圧で固定面を押して支持基底面を増やすことにより姿勢を安定させなくても,指先を軽く触れるだけでも重心動揺を減少させることが分かった。Jekaらは,指先の軽い接触圧変化が重心動揺より約300msec先行することを明らかにし,指先からの体性感覚刺激が大脳で統合・処理され下肢筋の活動により重心動揺を制御していると述べている。また,岩村は,能動的手指接触時には運動野から体性感覚野へ遠心性コピーがいち早く送られ,運動制御に関与していると報告している。これらにより,固定面への指先の軽接触は,昇段動作直後にも体性感覚入力を増やして,重心動揺を減らす効果につながったと考えられた。
【理学療法学研究としての意義】
本研究の結果は,水平固定面への能動的指先接触による体性感覚入力が動作直後の立位バランスを向上させることを示唆し,転倒予防の観点から,バランス能力の低下した対象者指導の一つの方略に基礎的裏付けを与えた点で意義がある。