[1144] 歩行時模擬スリップに対する姿勢制御反応の運動学的評価
キーワード:転倒, 姿勢制御, トレッドミル
【はじめに,目的】
高齢者の転倒は,大腿骨頚部骨折などの重篤な疾患の一因となる。疫学調査では高齢者の転倒の大部分は外的要因による歩行中のつまずきやスリップに起因すると報告されている。また,重い荷物の運搬は,姿勢制御反応に変化を与え,つまずきや転倒を招く危険性が高い。そのため近年ではスリップ様の外乱刺激(以下,模擬スリップ)時の姿勢制御反応に関する研究が多く報告されている。しかし,先行研究では荷物運搬時の姿勢制御反応の分析は十分ではない。そこで本研究の目的は,歩行時外乱刺激に対する姿勢制御反応を荷物運搬方法の違いにより比較分析し安全な荷物運搬方法を検討することとした。
【方法】
対象は,健常成人男性20名(平均年齢22.4±1.8歳,平均身長171.6±6.4cm,平均体重62.2±6.7kg)とした。被験者は先ず平地で10m最大歩行速度を測定し,その30%をトレッドミル速度(平均2.5±0.2km/h)とした。次にテック技販社製両側分離型トレッドミル上で前方を注視した状態で歩行するように指示した。模擬スリップは歩行安定後の右踵接地時に右側ベルトを500msec間100%減速することで与えた。課題は定常,リュック,左手提げ,右手提げの4条件で各々3施行の合計12施行とした。荷物の重量は被験者の体重の10%を用いた。被験者は模擬スリップに耐えてなるべく手摺りに掴まらずに歩き続けることを課題とした。キッセイコムテック社製3次元動作解析装置KinemaTracerを使用しサンプリング周波数60Hz,10点法で仮想重心の位置情報を得た。3次元画像より模擬スリップ後の姿勢制御反応のパターン分けを行った。模擬スリップ後の姿勢制御反応として仮想重心の後方と刺激側への偏位が観察できる。よって,転倒危険性は仮想重心の後方・右方最大偏位量から検討した。統計解析には,IBM社製統計解析ソフトSPSS Statistics 21を用いて2元配置分散分析を行った。有意水準5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は,ヘルシンキ宣言に沿い被験者に研究内容を説明し,書面にて承諾を得た。加えて測定中はハーネスを用いて転倒を回避することを確認した。
【結果】
模擬スリップに対する姿勢制御反応は,「刺激側下肢のみで支持しながら非刺激側下肢を離地してステップするSingle support反応(以下,S反応)」と「非刺激側下肢を離地せずに両下肢にて支持するDouble support反応(以下,DS反応)」の2つに分類できた。計240施行(各60施行)中の反応の内訳は,S反応DS反応の順で定常(47:13),リュック(46:14),左手提げ(41:19),右手提げ(25:35)となった。
模擬スリップ後の仮想重心の分析は,S反応の動作の観察から非刺激側下肢が刺激側下肢より前方にステップしていたものを除外した。内訳は,定常(1),リュック(1),左手提げ(2),右手提げ(1)の合計5施行であった。
模擬スリップ後の仮想重心の最大偏位量を示す。以降()内は定常,リュック,左手提げ,右手提げの順で示す。S反応は,後方(6.0±3.5cm,6.33±3.3cm,4.59±4.2cm,8.01±3.1cm),右方(6.12±2.1cm,5.72±2.6cm,4.67±2.0cm,4.72±2.7cm)となり,後方では右手提げが他3条件と比較し有意に大きかった。また,右方では群間に有意差はなかった。DS反応は,後方(3.83±2.4cm,3.54±3.1cm,1.88±1.9cm,4.79±3.2cm),右方(7.17±1.5cm,7.1±1.4cm,6.17±1.6cm,7.14±1.8cm)となり,後方では右手提げが定常,左手提げと比較し有意に大きかった。また,右方では群間に有意差はなかった。
【考察】
模擬スリップ後の姿勢制御反応のパターン分けの内訳より右手提げはDS反応が35施行と頻度が多くなった。刺激側に荷物を保持することで非刺激側下肢のステップ頻度を低下することが示唆された。また,定常とリュックで大きな差はなく同程度のステップ頻度を有することが示唆された。先行研究よりDS反応は強い外乱刺激後に頻度が多く転倒危険性が高いと提唱されている。よって,リュックと比べ手提げでは転倒危険性が高いことが示唆された。特に右手提げにおいて高まる傾向があった。S反応とDS反応の比較からS反応は後方の最大偏位量が大きくなった。DS反応は右方の最大偏位量が大きくなった。また,各条件の比較からS反応は後方最大偏位量において右手提げが他3条件と比較し有意に差があった。DS反応は後方最大偏位量において右手提げが定常,左手提げと比較し有意に差があった。特に手提げ側のスリップにおいて転倒危険性が高まることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
先行研究では模擬スリップに対する荷物運搬方法の違いでの検討は不十分であった。本研究では,荷物運搬の際に手提げに比べリュックを使用することで転倒危険性が低くなることが示唆された。この結果は,地域在住高齢者の荷物運搬方法を指導する際に役立つと考えられる。
高齢者の転倒は,大腿骨頚部骨折などの重篤な疾患の一因となる。疫学調査では高齢者の転倒の大部分は外的要因による歩行中のつまずきやスリップに起因すると報告されている。また,重い荷物の運搬は,姿勢制御反応に変化を与え,つまずきや転倒を招く危険性が高い。そのため近年ではスリップ様の外乱刺激(以下,模擬スリップ)時の姿勢制御反応に関する研究が多く報告されている。しかし,先行研究では荷物運搬時の姿勢制御反応の分析は十分ではない。そこで本研究の目的は,歩行時外乱刺激に対する姿勢制御反応を荷物運搬方法の違いにより比較分析し安全な荷物運搬方法を検討することとした。
【方法】
対象は,健常成人男性20名(平均年齢22.4±1.8歳,平均身長171.6±6.4cm,平均体重62.2±6.7kg)とした。被験者は先ず平地で10m最大歩行速度を測定し,その30%をトレッドミル速度(平均2.5±0.2km/h)とした。次にテック技販社製両側分離型トレッドミル上で前方を注視した状態で歩行するように指示した。模擬スリップは歩行安定後の右踵接地時に右側ベルトを500msec間100%減速することで与えた。課題は定常,リュック,左手提げ,右手提げの4条件で各々3施行の合計12施行とした。荷物の重量は被験者の体重の10%を用いた。被験者は模擬スリップに耐えてなるべく手摺りに掴まらずに歩き続けることを課題とした。キッセイコムテック社製3次元動作解析装置KinemaTracerを使用しサンプリング周波数60Hz,10点法で仮想重心の位置情報を得た。3次元画像より模擬スリップ後の姿勢制御反応のパターン分けを行った。模擬スリップ後の姿勢制御反応として仮想重心の後方と刺激側への偏位が観察できる。よって,転倒危険性は仮想重心の後方・右方最大偏位量から検討した。統計解析には,IBM社製統計解析ソフトSPSS Statistics 21を用いて2元配置分散分析を行った。有意水準5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は,ヘルシンキ宣言に沿い被験者に研究内容を説明し,書面にて承諾を得た。加えて測定中はハーネスを用いて転倒を回避することを確認した。
【結果】
模擬スリップに対する姿勢制御反応は,「刺激側下肢のみで支持しながら非刺激側下肢を離地してステップするSingle support反応(以下,S反応)」と「非刺激側下肢を離地せずに両下肢にて支持するDouble support反応(以下,DS反応)」の2つに分類できた。計240施行(各60施行)中の反応の内訳は,S反応DS反応の順で定常(47:13),リュック(46:14),左手提げ(41:19),右手提げ(25:35)となった。
模擬スリップ後の仮想重心の分析は,S反応の動作の観察から非刺激側下肢が刺激側下肢より前方にステップしていたものを除外した。内訳は,定常(1),リュック(1),左手提げ(2),右手提げ(1)の合計5施行であった。
模擬スリップ後の仮想重心の最大偏位量を示す。以降()内は定常,リュック,左手提げ,右手提げの順で示す。S反応は,後方(6.0±3.5cm,6.33±3.3cm,4.59±4.2cm,8.01±3.1cm),右方(6.12±2.1cm,5.72±2.6cm,4.67±2.0cm,4.72±2.7cm)となり,後方では右手提げが他3条件と比較し有意に大きかった。また,右方では群間に有意差はなかった。DS反応は,後方(3.83±2.4cm,3.54±3.1cm,1.88±1.9cm,4.79±3.2cm),右方(7.17±1.5cm,7.1±1.4cm,6.17±1.6cm,7.14±1.8cm)となり,後方では右手提げが定常,左手提げと比較し有意に大きかった。また,右方では群間に有意差はなかった。
【考察】
模擬スリップ後の姿勢制御反応のパターン分けの内訳より右手提げはDS反応が35施行と頻度が多くなった。刺激側に荷物を保持することで非刺激側下肢のステップ頻度を低下することが示唆された。また,定常とリュックで大きな差はなく同程度のステップ頻度を有することが示唆された。先行研究よりDS反応は強い外乱刺激後に頻度が多く転倒危険性が高いと提唱されている。よって,リュックと比べ手提げでは転倒危険性が高いことが示唆された。特に右手提げにおいて高まる傾向があった。S反応とDS反応の比較からS反応は後方の最大偏位量が大きくなった。DS反応は右方の最大偏位量が大きくなった。また,各条件の比較からS反応は後方最大偏位量において右手提げが他3条件と比較し有意に差があった。DS反応は後方最大偏位量において右手提げが定常,左手提げと比較し有意に差があった。特に手提げ側のスリップにおいて転倒危険性が高まることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
先行研究では模擬スリップに対する荷物運搬方法の違いでの検討は不十分であった。本研究では,荷物運搬の際に手提げに比べリュックを使用することで転倒危険性が低くなることが示唆された。この結果は,地域在住高齢者の荷物運搬方法を指導する際に役立つと考えられる。