[1172] 術後痛に影響を与える因子
キーワード:術後, 疼痛, 栄養状態
【はじめに,目的】
疼痛は主観的な知覚体験であり,様々な因子が関連する。近年では,認知的因子や精神的因子の影響が注目されている。特に整形外科領域において,先行研究(平川ら2013)では術後痛に対してこれらの因子が影響を及ぼすと報告されている。一方,この認知・精神的因子は栄養状態と関連があるとされる(石岡ら2013)。臨床的にも手術に伴う種々のストレスから,食事摂取が進まずに低栄養に陥る症例を少なからず経験する。我々はこのような低栄養症例は比較的術後痛が強いという印象を抱いている。しかし現状では術後痛と栄養状態との関連性についての研究は少ない。そこで今回の目的は,術後痛に対して影響を与える因子を,先行研究で報告されている認知・精神的因子に栄養学的因子を加え,調査することとした。
【方法】
対象は当院にて2012年11月~2013年10月に大腿骨近位部骨折により入院し,手術を施行した50例(男性11名,女性39名,平均年齢78.7±13.9歳)である。評価項目は術後痛をVisual analog scale(VAS),認知的因子をNeglect-like symptoms score(NLS-s),精神的因子をPain Catastrophizing Scale(PCS),栄養学的因子を血清総蛋白(TP),簡易栄養状態評価表(MNA-SF)とし,それぞれ術後3週目で評価をした。術後痛に関しては,術創部の1日の中で最も強い疼痛について評価した。またPCSはその下位項目である反芻,無力感,拡大視に分けて検討した。それぞれの評価は同一検者が行った。統計処理はVASと各評価項目との相関関係をSpearmanの順位相関係数により求めた。またVASを従属変数,その他の評価項目を独立変数としたステップワイズ重回帰分析を行った。なお多重共線性を考慮して,独立変数間で相関係数が高い項目(rs>0.8)に関しては,VASとの相関係数がより高い項目を独立変数として選択した。有意水準は5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究はヘルシンキ宣言に基づき,対象者に対して事前に研究の趣旨を説明し,同意を得て実施している。
【結果】
VASと各評価項目との相関係数を算出した結果,NLS-sがrs=0.87(p<0.01),反芻がrs=0.86(p<0.01),無力感がrs=0.73(p<0.01),MNA-SFがrs=-0.67(p<0.01),TPがrs=-0.28(p<0.05)と相関関係を認めた。また各独立変数間での相関係数を算出した結果,いずれの独立変数間においても高い相関係数は算出されず,すべての項目が独立変数として選択された。これを踏まえてステップワイズ重回帰分析を行った結果,反芻(β=0.39 p<0.01),MNA-SF(β=-0.29 p<0.01),NLS-s(β=0.22 p<0.01),無力感(β=0.22 p<0.01)が抽出された(R2=0.88)。なお今回の対象者には,術後3週目において創部のナートや消毒等の処置が必要な者はいなかった。
【考察】
今回の結果から,術後痛には認知・精神機能に加え,栄養状態も関与することが分かった。認知・精神機能については先行研究(平川ら)を支持する結果となった。一方,今回明らかになった栄養状態の関与だが,これは栄養が創傷治癒に対して影響を与えるためと考えられる。一般的に,術後痛の要因として創部の状態が大きく関与する。この創部の治癒は,先行研究(Guoら2010)において低栄養状態にある患者ほど遅延が生じると報告されている。つまり低栄養に陥ることで創部の治癒に遅延が生じ,結果として術後痛に悪影響をもたらすと考えられる。今回の症例では外見上,創傷治癒が遅延した例はいなかったが,ミクロな視点で見ると回復の程度に差が生じていた可能性が推測された。一方,重回帰分析の結果,TPが排除されMNA-SFが抽出されたが,これにはアルブミンの半減期の影響が考えられる。つまりアルブミンは半減期が2~3週間であり鋭敏に栄養状態を反映しないため,十分に術後痛を予測し得なかったと考えられる。そのためラボデータのみで低栄養評価を行うのではなく,包括的栄養評価法も含めた低栄養評価が重要になると思われる。今後の課題として,手術による侵襲は術式により大きく異なるため,術式ごとに術後痛の状況を考察していく必要があると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
今回の結果から,術後痛に対して認知・精神機能のみならず,栄養状態も影響を与え得ることが分かった。また栄養状態の評価においても,より包括的な評価が重要であると分かった。これらを踏まえ,我々が術後患者に介入していく上で,身体機能のみならず,認知・精神機能や栄養状態まで含めて多面的に評価していく必要性が示唆された。
疼痛は主観的な知覚体験であり,様々な因子が関連する。近年では,認知的因子や精神的因子の影響が注目されている。特に整形外科領域において,先行研究(平川ら2013)では術後痛に対してこれらの因子が影響を及ぼすと報告されている。一方,この認知・精神的因子は栄養状態と関連があるとされる(石岡ら2013)。臨床的にも手術に伴う種々のストレスから,食事摂取が進まずに低栄養に陥る症例を少なからず経験する。我々はこのような低栄養症例は比較的術後痛が強いという印象を抱いている。しかし現状では術後痛と栄養状態との関連性についての研究は少ない。そこで今回の目的は,術後痛に対して影響を与える因子を,先行研究で報告されている認知・精神的因子に栄養学的因子を加え,調査することとした。
【方法】
対象は当院にて2012年11月~2013年10月に大腿骨近位部骨折により入院し,手術を施行した50例(男性11名,女性39名,平均年齢78.7±13.9歳)である。評価項目は術後痛をVisual analog scale(VAS),認知的因子をNeglect-like symptoms score(NLS-s),精神的因子をPain Catastrophizing Scale(PCS),栄養学的因子を血清総蛋白(TP),簡易栄養状態評価表(MNA-SF)とし,それぞれ術後3週目で評価をした。術後痛に関しては,術創部の1日の中で最も強い疼痛について評価した。またPCSはその下位項目である反芻,無力感,拡大視に分けて検討した。それぞれの評価は同一検者が行った。統計処理はVASと各評価項目との相関関係をSpearmanの順位相関係数により求めた。またVASを従属変数,その他の評価項目を独立変数としたステップワイズ重回帰分析を行った。なお多重共線性を考慮して,独立変数間で相関係数が高い項目(rs>0.8)に関しては,VASとの相関係数がより高い項目を独立変数として選択した。有意水準は5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究はヘルシンキ宣言に基づき,対象者に対して事前に研究の趣旨を説明し,同意を得て実施している。
【結果】
VASと各評価項目との相関係数を算出した結果,NLS-sがrs=0.87(p<0.01),反芻がrs=0.86(p<0.01),無力感がrs=0.73(p<0.01),MNA-SFがrs=-0.67(p<0.01),TPがrs=-0.28(p<0.05)と相関関係を認めた。また各独立変数間での相関係数を算出した結果,いずれの独立変数間においても高い相関係数は算出されず,すべての項目が独立変数として選択された。これを踏まえてステップワイズ重回帰分析を行った結果,反芻(β=0.39 p<0.01),MNA-SF(β=-0.29 p<0.01),NLS-s(β=0.22 p<0.01),無力感(β=0.22 p<0.01)が抽出された(R2=0.88)。なお今回の対象者には,術後3週目において創部のナートや消毒等の処置が必要な者はいなかった。
【考察】
今回の結果から,術後痛には認知・精神機能に加え,栄養状態も関与することが分かった。認知・精神機能については先行研究(平川ら)を支持する結果となった。一方,今回明らかになった栄養状態の関与だが,これは栄養が創傷治癒に対して影響を与えるためと考えられる。一般的に,術後痛の要因として創部の状態が大きく関与する。この創部の治癒は,先行研究(Guoら2010)において低栄養状態にある患者ほど遅延が生じると報告されている。つまり低栄養に陥ることで創部の治癒に遅延が生じ,結果として術後痛に悪影響をもたらすと考えられる。今回の症例では外見上,創傷治癒が遅延した例はいなかったが,ミクロな視点で見ると回復の程度に差が生じていた可能性が推測された。一方,重回帰分析の結果,TPが排除されMNA-SFが抽出されたが,これにはアルブミンの半減期の影響が考えられる。つまりアルブミンは半減期が2~3週間であり鋭敏に栄養状態を反映しないため,十分に術後痛を予測し得なかったと考えられる。そのためラボデータのみで低栄養評価を行うのではなく,包括的栄養評価法も含めた低栄養評価が重要になると思われる。今後の課題として,手術による侵襲は術式により大きく異なるため,術式ごとに術後痛の状況を考察していく必要があると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
今回の結果から,術後痛に対して認知・精神機能のみならず,栄養状態も影響を与え得ることが分かった。また栄養状態の評価においても,より包括的な評価が重要であると分かった。これらを踏まえ,我々が術後患者に介入していく上で,身体機能のみならず,認知・精神機能や栄養状態まで含めて多面的に評価していく必要性が示唆された。