[1344] 痛みの実態調査ならびに肉眼解剖学的観察による末期股関節疾患患者の下肢関連痛に関する検討
キーワード:股関節疾患, 関連痛, 関節枝
【はじめに,目的】
これまでわれわれは,末期股関節疾患患者における痛みの実態調査を行い,股関節周囲のみならず大腿や膝関節以下の遠隔部にまで痛みが広がること,また,関節形成術前(術前)における膝関節以下の痛みは関節形成術後(術後)の杖歩行獲得の遅延因子になることを報告してきた。したがって,末期股関節疾患患者に対しては遠隔部の痛みも考慮して理学療法を実践する必要があるが,このような痛みの発生メカニズムに関する知見は非常に乏しい。一般に,患部の遠隔部に発生する痛みは関連痛と呼ばれ,先行研究では股関節疾患患者に認められる膝関節周囲の関連痛には伏在神経の皮枝が関与すると指摘されている。しかし,実際には膝関節周囲の関連痛は起立や歩行といった動作時に認めることが多く,皮枝のみならず関節枝も関与している可能性がある。そこで,今回,末期股関節疾患患者における痛みの実態調査ならびに日本人遺体における閉鎖神経と大腿神経の股関節枝ならびに膝関節枝の肉眼解剖学的観察を行い,下肢関連痛の発生要因について検討した。
【方法】
対象は,2008年4月から2011年11月の間に当院整形外科において関節形成術が施行された末期股関節疾患患者113例とした。なお,認知症や膝関節疾患,腰部疾患,神経疾患を伴う症例については対象から除外した。そして,これらの症例における術前と術後約2週経過した時点における安静時痛,運動時痛の発生部位について調査し,川田らの報告(2006)に準じて下肢を鼠径部,大転子部,臀部,大腿前・後・外・内側面,膝関節前・後面,下腿以下の10か所に分類し,痛みの発生頻度と発生パターンについて検討した。また,術前に膝関節に痛みを有する症例については,術後の痛みの有無についても検討した。一方,肉眼解剖学的観察は平成24年度に所属大学医学部および歯学部において人体解剖学実習に供された日本人遺体2体を用いて行った。具体的には,各遺体における大腿神経と閉鎖神経から股関節と膝関節に分岐する神経について観察した。
【倫理的配慮,説明と同意】
痛みの実態調査は所属施設の臨床研究倫理委員会の承認(承認番号:13040158)を得て実施した。また,肉眼解剖学的観察については所属大学内の定められた実習室で行い,管理者の管理・指導のもと,礼意を失わないように実施した。
【結果】
術前の安静時痛の発生頻度は,鼠径部で最も高く38例(33.6%)に認め,次いで大転子部,臀部が高く21例(18.6%)に認められた。また,運動時痛も鼠径部で最も高く71例(62.8%)に認め,次いで臀部で42例(37.2%),大転子部で39例(34.5%)に認められた。遠隔部では,膝関節前面における発生頻度が最も高く,安静時で15例(13.3%),運動時で38例(33.6%)に認められ,術後は安静時14例,運動時26例で消失していた。一方,術後の痛みの発生頻度は術前と同様の傾向を認めたが,術前に比べると低かった。次に,術前の痛みの発生パターンは,鼠径部に加えて大腿前・内側面や膝関節前面に発生するパターンが多く,これは運動時で顕著であった。一方,肉眼解剖学的観察では,1体において右大腿神経の恥骨筋枝の一部が分岐して寛骨大腿靱帯の内側に達し,さらに,この大腿神経の一部が内側広筋を貫き膝蓋骨内側上方に達する所見を得た。また,別の1体では左閉鎖神経の後枝の一部が恥骨大腿靱帯に沿って股関節内側に達し,さらに,前枝の一部が内転筋管内で大腿神経と合流して膝蓋骨の内側下方に達する所見を得た。
【考察】
痛みの発生頻度の結果から,術前における末期股関節疾患患者の遠隔部の痛みは膝関節前面で最も多く,その発生頻度は大転子部や臀部のそれと同程度であり,また,安静時に比べて運動時に高いことを確認した。そして,その多くは術後に消失しており,膝関節前面の痛みは股関節を起源とした関連痛の可能性が高いといえる。加えて,大腿神経や閉鎖神経の支配領域に痛みが発生するパターンが多く,また,肉眼解剖学的観察においては同一の大腿神経や閉鎖神経から分岐して股関節や膝関節に達する関節枝の存在が認められた。以上のことから,関節形成術を余儀なくされる末期股関節疾患患者の膝関節前面の痛みには,大腿神経や閉鎖神経の膝関節枝が関与している可能性があると推察される。ただ,今回,観察できた遺体は2体と少なく,今後は観察数を増やして詳細な検討を行うが必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
本研究では,末期股関節疾患患者にみられる遠隔部の痛みの多くは関連痛である可能が高く,それには末梢神経の解剖学的特徴が関与している可能性を示した。つまり,この成果は股関節疾患患者の理学療法を考える上での基礎的データになると思われ,理学療法学研究としても意義あるものと考える。
これまでわれわれは,末期股関節疾患患者における痛みの実態調査を行い,股関節周囲のみならず大腿や膝関節以下の遠隔部にまで痛みが広がること,また,関節形成術前(術前)における膝関節以下の痛みは関節形成術後(術後)の杖歩行獲得の遅延因子になることを報告してきた。したがって,末期股関節疾患患者に対しては遠隔部の痛みも考慮して理学療法を実践する必要があるが,このような痛みの発生メカニズムに関する知見は非常に乏しい。一般に,患部の遠隔部に発生する痛みは関連痛と呼ばれ,先行研究では股関節疾患患者に認められる膝関節周囲の関連痛には伏在神経の皮枝が関与すると指摘されている。しかし,実際には膝関節周囲の関連痛は起立や歩行といった動作時に認めることが多く,皮枝のみならず関節枝も関与している可能性がある。そこで,今回,末期股関節疾患患者における痛みの実態調査ならびに日本人遺体における閉鎖神経と大腿神経の股関節枝ならびに膝関節枝の肉眼解剖学的観察を行い,下肢関連痛の発生要因について検討した。
【方法】
対象は,2008年4月から2011年11月の間に当院整形外科において関節形成術が施行された末期股関節疾患患者113例とした。なお,認知症や膝関節疾患,腰部疾患,神経疾患を伴う症例については対象から除外した。そして,これらの症例における術前と術後約2週経過した時点における安静時痛,運動時痛の発生部位について調査し,川田らの報告(2006)に準じて下肢を鼠径部,大転子部,臀部,大腿前・後・外・内側面,膝関節前・後面,下腿以下の10か所に分類し,痛みの発生頻度と発生パターンについて検討した。また,術前に膝関節に痛みを有する症例については,術後の痛みの有無についても検討した。一方,肉眼解剖学的観察は平成24年度に所属大学医学部および歯学部において人体解剖学実習に供された日本人遺体2体を用いて行った。具体的には,各遺体における大腿神経と閉鎖神経から股関節と膝関節に分岐する神経について観察した。
【倫理的配慮,説明と同意】
痛みの実態調査は所属施設の臨床研究倫理委員会の承認(承認番号:13040158)を得て実施した。また,肉眼解剖学的観察については所属大学内の定められた実習室で行い,管理者の管理・指導のもと,礼意を失わないように実施した。
【結果】
術前の安静時痛の発生頻度は,鼠径部で最も高く38例(33.6%)に認め,次いで大転子部,臀部が高く21例(18.6%)に認められた。また,運動時痛も鼠径部で最も高く71例(62.8%)に認め,次いで臀部で42例(37.2%),大転子部で39例(34.5%)に認められた。遠隔部では,膝関節前面における発生頻度が最も高く,安静時で15例(13.3%),運動時で38例(33.6%)に認められ,術後は安静時14例,運動時26例で消失していた。一方,術後の痛みの発生頻度は術前と同様の傾向を認めたが,術前に比べると低かった。次に,術前の痛みの発生パターンは,鼠径部に加えて大腿前・内側面や膝関節前面に発生するパターンが多く,これは運動時で顕著であった。一方,肉眼解剖学的観察では,1体において右大腿神経の恥骨筋枝の一部が分岐して寛骨大腿靱帯の内側に達し,さらに,この大腿神経の一部が内側広筋を貫き膝蓋骨内側上方に達する所見を得た。また,別の1体では左閉鎖神経の後枝の一部が恥骨大腿靱帯に沿って股関節内側に達し,さらに,前枝の一部が内転筋管内で大腿神経と合流して膝蓋骨の内側下方に達する所見を得た。
【考察】
痛みの発生頻度の結果から,術前における末期股関節疾患患者の遠隔部の痛みは膝関節前面で最も多く,その発生頻度は大転子部や臀部のそれと同程度であり,また,安静時に比べて運動時に高いことを確認した。そして,その多くは術後に消失しており,膝関節前面の痛みは股関節を起源とした関連痛の可能性が高いといえる。加えて,大腿神経や閉鎖神経の支配領域に痛みが発生するパターンが多く,また,肉眼解剖学的観察においては同一の大腿神経や閉鎖神経から分岐して股関節や膝関節に達する関節枝の存在が認められた。以上のことから,関節形成術を余儀なくされる末期股関節疾患患者の膝関節前面の痛みには,大腿神経や閉鎖神経の膝関節枝が関与している可能性があると推察される。ただ,今回,観察できた遺体は2体と少なく,今後は観察数を増やして詳細な検討を行うが必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
本研究では,末期股関節疾患患者にみられる遠隔部の痛みの多くは関連痛である可能が高く,それには末梢神経の解剖学的特徴が関与している可能性を示した。つまり,この成果は股関節疾患患者の理学療法を考える上での基礎的データになると思われ,理学療法学研究としても意義あるものと考える。