第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

口述57

脳損傷理学療法8

2015年6月6日(土) 12:30 〜 13:30 第8会場 (ガラス棟 G402)

座長:澤田明彦(七沢リハビリテーション病院脳血管センター 理学療法科)

[O-0436] 脊髄炎後に両下肢に強い痺れが残存した一症例の痺れ・立位バランス・歩行能力に対する両足部への麻酔薬噴霧の影響

―シングルケースデザインによる検討―

北村優友1, 植田耕造1, 吉川健治2 (1.星ヶ丘医療センターリハビリテーション部, 2.星ヶ丘医療センター脳卒中内科)

キーワード:脊髄障害, 痺れ, 麻酔薬

【はじめに,目的】今回,脊髄円錐部脊髄炎後に骨盤帯以下に強い痺れが残存し,立位バランス,歩行能力に低下をきたした症例を担当した。脊髄疾患後には,多くの患者が痺れを訴え,痺れにより立位や歩行能力が低下することが報告されている。(藤縄,2009)また,足底への痛み刺激が立位バランスを低下させる報告もみられる。(Pradels. 2011)しかし,痺れを軽減させる治療法や痺れのある患者に対する運動療法の効果を増加させるような取り組みの報告はほとんどみられない。そこで本研究の目的は,脊髄炎発症後に圧覚よりも表在感覚(触覚)の刺激で発生する痺れにより立位バランス・歩行能力に低下をきたした症例に対して,表面麻酔薬であるリドカイン噴霧剤(リドカ)を用いることで即時的に立位バランスが改善するのか,また運動療法前に実施することで運動療法の効果が増加するのかを調べる事とした。
【方法】対象は30歳代女性で既往歴はなく,脊髄円錐部脊髄炎発症後に骨盤帯以下に強い痺れが残存した症例である(発症後約70日)。神経学的所見は,ASIAの運動スコア88点(L5・S1領域で2点),感覚スコア76点(L1以下は痺れによりNT),FACTは20点,NRSは右足部6点/左足部5点で,下肢に触れようとすると逃避反射が出現する程痺れが強く残存しており,範囲は骨盤帯以下全域に認めた。歩行介助量を評価するFunctional Ambulation Classification(FAC)は0点であった。運動機能の評価から日常生活自立可能なレベルと考えられるが,痺れにより大きく日常生活動作が阻害されていた。
リドカによる麻酔方法は,足背・足底に2噴霧ずつ計4噴霧行い足部を麻酔状態とした。麻酔状態の足部に端座位で体性感覚入力(運動覚)を目的に足趾の屈曲伸展,足関節の底背屈を全可動域他動運動で実施し,その後自動運動を実施した。歩行練習は足部感覚入力を実施後に上肢介助で実施した。効果判定を即時的効果と運動療法前に噴霧する効果の2つで行った。即時的効果はリドカ未噴霧状態(初期評価)と噴霧状態とを比較して検証した。運動療法前に噴霧する効果はABAシングルケースデザインを用いて検証した。A1期,A2期は運動療法前に麻酔薬を噴霧し,B期は運動療法のみを実施した。A1,B,A2期は各1週の計3週間とし,理学療法は週7日,A1,A2期では週7日リドカ噴霧を実施した。立位バランスは,重心動揺計(アニマ社製G7100)を使用し,開脚立位時の単位軌跡長(cm/秒),矩形面積(cm2)を測定した。両足部の痺れはNRS,歩行介助量はFACを用いて評価した。各評価は初期評価時と同様にリドカ未噴霧状態で実施した。立位バランスの評価は初期評価時以外は開眼と閉眼で20秒を2回ずつ測定した。【結果】即時的効果と運動療法前にリドカを噴霧した効果の各評価結果を,即時的効果麻酔なし(→麻酔あり)→A1期→B期→A2期の順で以下に記載した。20秒間の静止立位保持困難時はFallと記載した。開眼時の単位軌跡長は4.3(→3.1)→1.9→2.5→1.6,矩形面積は49.0(→27.6)→10.8→16.5→4.3,閉眼時の単位軌跡長はFall(→Fall)→2.5→3.3→2.3,矩形面積はFall(→Fall)→16.6→37.0→20.0,FACは0→2→2→4,NRS(右/左)は6/5→2/3→3/3→2/2となった。
また各評価期間を通してASIAやFACTなど運動機能評価に変化はなかった。
【考察】即時的効果は重心動揺の全項目の値が減少したことから,痺れのある本症例に対して即時的に立位バランスを改善する効果があったと考えられる。また,A1,A2でNRSや重心動揺の各項目値が減少し,FACは高値となり,B期ではNRSや重心動揺の値は増加,FACは不変となった結果は,運動療法前のリドカ噴霧によりで,痺れは軽減し,立位バランス,歩行能力が改善したことを示している。これは痺れのある患者に対して麻酔薬噴霧と運動療法の組み合わせにより痺れと運動機能が改善することを示しており,痺れのある患者の理学療法において重要な知見になると考えられる。B期においては,NRSと重心動揺が増加しているが,FACは低下していない。これは歩行というより大きな動作に関しては機能を維持できることを示している。
【理学療法学研究としての意義】薬剤を持続的に長期間投与することは人体に悪影響を及ぼす可能性もあるため推奨されないと考える。しかし本研究の結果は,痺れのある患者に対して運動療法前に麻酔薬を噴霧することで運動療法による運動機能の回復を進め易くする可能性を示唆しており,発症早期よりこのような方法を実施することで,運動療法をスムーズに進めること,廃用を防止することが可能となると考えられる。