第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

セレクション 口述10

代謝

2015年6月6日(土) 15:00 〜 16:00 第5会場 (ホールB5)

座長:横地正裕(医療法人三仁会あさひ病院 リハビリテーション科), 井垣誠(公立豊岡病院日高医療センター リハビリテーション技術科)

[O-0500] 2型糖尿病患者の心拍変動係数と食後の血圧低下について

橋爪真彦1,2, 木南佐織3, 櫻井圭一4, 太田総一郎5, 中田侑志1, 宮城里佳1, 塩谷英之1 (1.神戸大学大学院保健学研究科, 2.有馬温泉病院理学療法科, 3.明石医療センター内科, 4.龍野中央病院内科, 5.市立加西病院循環器内科)

キーワード:糖尿病自律神経障害, 心拍変動係数, 血圧

【はじめに,目的】
食後低血圧は失神,転倒,心血管イベントや脳卒中との関連性が報告されている。糖尿病患者では自律神経障害に起因する血圧調節障害が多く認められるが,食後の血圧低下についての詳細な検討はなされていない。そこで2型糖尿病患者における心臓自律神経障害の程度と食後の血圧低下との関連を明らかにするため,心拍変動係数を用いて心臓自律神経活動の障害程度を評価し,食事に対する循環動態変動を検討した。
【方法】
2型糖尿病患者38名を対象とした。午前11時40分に食前の測定を開始し,10分間の安静後,脈波解析を含めた血圧測定,心電図記録,採血を行った。食事は12時に開始し,食事開始から1時間後および2時間後に再度測定を行った。測定項目は心拍数(HR),心拍変動係数(CVRR),心臓自律神経活動(lnHF,LF/HF),上腕収縮期血圧(bSBP),上腕拡張期血圧(bDBP),中心血圧推定値(cSBP),Augmentation Index(AI),採血データ(血糖値,インスリン値)とした。食事内容は日本糖尿病学会の依頼によるキューピー(株)のテストミールとした。CVRRが2.0%以上の群をMild群,2.0%未満の群をSevere群として各測定項目について比較検討した。2群間の食前測定値の比較にはt検定を用い,食後の変動の検定には反復測定二元配置分散分析,多重比較にはBonferroni法を用いた。CVRRと食後1時間および2時間における食前からの血圧低下値(ΔbSBP1h,ΔbSBP2h)との関連についてはPearsonの積率相関係数で解析した。有意水準は5%未満とした。
【結果】
Mild群は24名(平均年齢:61.7±7.35歳,CVRR:3.22±0.80%),Severe群は14名(平均年齢:59.0±7.42歳,CVRR:1.47±0.44%)であった。2群間の年齢,BMI,食前の血圧,AI,HR,LF/HFには有意差を認めなかった。lnHFはSevere群において有意に低値を示した(P<0.01)。HbA1cはSevere群において有意に高値を示した(7.04±1.05% vs 8.64±1.88%,P<0.01)。血糖値は食後両群とも有意に上昇し(P<0.01),インスリン値はMild群において食後1時間および2時間に有意に上昇した(P<0.01)が,Severe群では食後の有意な変化を認めなかった。両群ともに食後1時間にbSBPの有意な低下を認めた(Mild群:食前135.8±17.2mmHg→食後1時間127.7±11.9mmHg,P<0.01,Severe群:食前132.7±11.3mmHg→食後1時間122.2±13.4mmHg,P<0.01)。cSBPにおいても両群ともに食後1時間の有意な低下を認めた(P<0.01)。Mild群では,食後2時間にbSBP・cSBPともに食前血圧に近い値まで改善した(bSBP:132.8±14.8mmHg)のに対し,Severe群では食後2時間においても食前と比較して血圧が有意に低下していた(bSBP:121.3±11.5mmHg,P<0.01,cSBP:P<0.01)。CVRRはΔbSBP1hとは相関を認めなかった(r=0.15,P=0.37)が,ΔbSBP2hとは有意な相関を認めた(r=0.34,P<0.05)。
【考察】
食事の摂取により,インスリンやニューロテンシンなどの血管拡張因子が増加し,血管拡張や消化管への血液のpoolingが生じる。健常者では心拍数や心収縮力の増加等による代償機構が働き血圧が維持されるが,糖尿病によって自律神経が障害されることで,この代償機構が障害されると考えられる。心拍変動係数は,食後1時間の血圧低下値とは相関がみられず,食後2時間の血圧低下値と有意な相関がみられたことから,自律神経障害が食後血圧低下,特に食後の血圧低下からの回復に大きく関わっていることが考えられる。重症例においてはインスリンの食後の上昇が軽度にも関わらず血圧が低下し遷延していることから,食後低血圧にはインスリンよりニューロテンシンなどが大きく関わっている可能性が示唆される。今回,自律神経障害が軽度の段階から上腕および中心血圧の食後の低下が起こることが明らかとなった。また,より高度な自律神経障害を有する例では食後の血圧低下が長時間持続し,心血管イベントの誘発やQOLの低下につながる可能性が考えられる。食後低血圧の病態とメカニズムを明らかにし,またその対策を検討することが今後の課題である。
【理学療法学研究としての意義】
従来,糖尿病患者の運動療法は血糖値が上昇する食後に実施することが効果的と考えられている。理学療法実施時のみならず生活指導を行う上でも,食後に血圧が低下し転倒や失神を引き起こすというリスクの把握が必要であり,糖尿病患者の安全な運動療法実施に関して有意義な研究であると考える。