第50回日本理学療法学術大会

Presentation information

口述

口述71

運動制御・運動学習5

Sat. Jun 6, 2015 3:00 PM - 4:00 PM 第12会場 (ガラス棟 G701)

座長:齊藤展士(北海道大学 大学院保健科学研究院 機能回復学分野)

[O-0534] 恐怖環境が静止立位中のsensory reweightingに与える影響

菅沼惇一1,2, 橋本宏二郎2, 高木恵2, 佐藤剛2, 石垣智也1, 植田耕造1, 岡田洋平1,3, 冷水誠1,3, 森岡周1,3 (1.畿央大学大学院健康科学研究科神経リハビリテーション学研究室, 2.摂南総合病院リハビリテーション科, 3.畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター)

Keywords:恐怖環境, 静止立位, Sensory reweighting

【はじめに,目的】ヒトの立位姿勢制御は,常に状況に応じて各感覚(視覚,前庭感覚,体性感覚)の再調整と重み付けを調整しているが,これはsensory reweightingと呼ばれている(Horak FB, et al. 1996)。例えば高所においては,ヒトは立っていること自体に恐怖を感じてしまう。このような恐怖環境ではsensory reweightingが生じていると考えられるが未だ明確にはされていない。立位姿勢制御におけるsensory reweightingは,姿勢制御に関わる視覚や体性感覚,前庭感覚をそれぞれ変化させ,それに伴う姿勢制御の変化により評価することが多い。恐怖環境における立位姿勢制御においては筋紡錘の感度や前庭反射の感度が上昇する(Horslen BC, et al. 2013)ことから,我々は恐怖環境における立位姿勢制御において体性感覚や前庭感覚へsensory reweightingが行われているのではないかと仮説をたてた。恐怖環境において体性感覚や前庭感覚へのsensory reweightingが生じているとすると,恐怖環境において体性感覚情報の信頼性を低下させるラバーマットが立位時姿勢動揺に与える影響は恐怖の程度が低い平地条件と比較して大きくなり,前庭系が感知する頭部加速度や視覚への持続的な注意を求められる注視点も変化する可能性がある。そこで本研究は,ラバーマットの有無が高所という恐怖環境において立位時姿勢動揺,頭部加速度,注視に与える影響について検討することを目的とした。

【方法】対象は若年健常者11名(年齢:24.6±3.8歳)とした。静止立位は,平地および恐怖反応を誘発する高さ140cmの台上で立位保持の二条件(高さの要因)と,ラバーマットの有,無の状態(ラバーの要因)での重心動揺計上において3.87m前方の注視点を注視しながら,開眼,閉脚で各30秒間立位保持を行った。評価項目は各条件における立位保持時の恐怖心(Visual Analogue Scale,VAS),姿勢制御パラメータとしての前後左右の実効値,頭部加速度の前後・左右方向の実効値,注視点への眼球停留率,自覚的注視強度(VAS)とした。注視点に対する眼球停留率はアイカメラにて評価し,解析ソフトVirtual DubによるFrame by frame analysisにより,30秒間のうち注視し続けている時間の割合を指標とした。統計解析は,高さの要因とラバー有無の要因の各評価項目の差を検討するため,反復測定二元配置分散分析を用い,交互作用を認めた場合,後検定にて単純主効果の検定を実施した。尚,有意水準は5%とした。

【結果】恐怖心,重心動揺の前後の実効値,注視点に対する眼球停留率,自覚的注視強度,頭部加速度の左右の実効値は高さの要因とラバーの要因で主効果と交互作用を認めた。各後検定の結果は平地条件と比べ高所条件では恐怖心が増加し注視点に対する眼球停留率と自覚的注意強度が減少した。さらに,高所条件のラバー条件では恐怖心が増加し,平地でのラバー条件と比べ前後の実効値,頭部加速度の左右の実効値,注視点に対する眼球停留率,自覚的注視強度が減少した。

【考察】本研究の高所条件は,先行研究(Justin RD, et al. 2009)と同様に恐怖心が増大し前後の実効値が変化したことから恐怖環境が成立していたことが考えられる。また,注視点への眼球停留率が減少,自覚的注視強度が減少したことから,恐怖環境では注意を視覚情報ではなく,体性感覚や前庭感覚へsensory reweightingを生じさせていたことが考えられる。さらに,恐怖環境下でラバーマットにより体性感覚情報の信頼性を低下させると,注視点への眼球停留率や自覚的注視強度が減少したことから視覚情報への依存が減少していたことが示された。前庭感覚の情報においては,頭部加速度の左右の実効値が減少したことから,前庭感覚の情報が明確に増加しているとはいえなかった。先行研究で,頸部が正中位であることが姿勢制御に重要であること(Vuillerme N, et al. 2013),足底の感覚の低下により頸部の固有感覚情報への依存が増加すること(Vuillerme N, et al. 2008)が報告されている。今回,頭部加速度の左右の実効値が減少したことは頭頸部の動きが少ないことを示しており,頭頸部の固有感覚へsensory reweightingが生じている可能性を示唆している。

【理学療法学研究としての意義】本研究は,恐怖環境で足底からの体性感覚情報の信頼性が低下した場合,頭頸部の固有感覚へsensory reweightingするということを示した。この結果は,恐怖心や不安などの心理的要因により姿勢バランスが不安定になる患者に対する理学療法を考察する基礎的知見になると考える。