第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

セレクション 口述16

予防理学療法

2015年6月7日(日) 10:50 〜 11:50 第5会場 (ホールB5)

座長:大渕修一(東京都老人総合研究所 在宅療養支援)

[O-0719] 75歳以上の地域在住高齢がんサバイバーにおける心身機能の特徴

―運動機能,認知機能,および健康関連指標の比較―

井平光1, 水本淳1, 牧野圭太郎2, 石田豊朗2, 志水宏太郎2, 牧迫飛雄馬3, 島田裕之3, 古名丈人1 (1.札幌医科大学保健医療学部理学療法学科, 2.札幌医科大学大学院保健医療学研究科, 3.国立長寿医療研究センター研究所)

キーワード:がんリハビリテーション, 理学療法, カヘキシー

【はじめに,目的】
がん治療の革新的な進展に伴い,がん治療後の生存者(がんサバイバー)が増加している。がんサバイバーは,がん治療による倦怠感やがん性悪液質などの影響から,身体的に虚弱な状態を招きやすい。特に,高齢がんサバイバーにとっては,このようながん治療の影響を受けやすく,身体機能の低下はより進行する傾向にある。実際に,地域在住の高齢がんサバイバーを対象に,身体機能の特徴を検討した報告では,がんに罹患したことのない高齢者(非がんサバイバー)と比較して,がんサバイバーの身体機能は低下していることが明らかにされている。しかしながら,身体機能のなかでも,運動機能,認知機能および健康関連指標などを詳細に分析している報告は少なく,特に身体的虚弱のリスクが高くなる75歳以上の高齢がんサバイバーの機能については明らかにされていない。本研究では,75歳以上の地域在住高齢者を対象に,がんサバイバーと非がんサバイバーの運動機能,認知機能および健康関連指標を比較し,高齢がんサバイバーにおける心身機能の特徴を明らかにすることを目的とした。
【方法】
対象は,測定調査会に参加した75歳以上の地域在住高齢者411名のうち,がん罹患に関する調査データに不備のあった4名と脳卒中の罹患暦を持つ31名を除外した376名(男性149名,女性227名,平均年齢80.0±4.1歳)とした。測定項目として基本情報の他に,がん罹患に関する情報,運動機能,認知機能,健康関連指標を測定した。がん罹患に関しては,罹患の有無,罹患したがんの種類,および罹患年数を面接法にて聴取した。運動機能は,握力,膝伸展筋力,体幹筋力,および歩行機能などを測定した。認知機能検査にはタブレット型パーソナルコンピュータにインストールしたソフトウェアを用いてMini mental state examination(MMSE),Symbol Digit Substitution Test,Trail Making Test-A,Trail Making Test-B,単語記憶,物語記憶を測定した。ソフトウェアは国立長寿医療研究センターが開発したもので,使用許諾を得た上で使用した。健康関連指標は,老研式活動能力指標,外出頻度,主観的健康感,食品摂食習慣,Geriatric Depression Scaleなどを含む質問紙によって聴取した。統計解析では,がん罹患の有無によって対象者を2群に分類し各変数を群間で比較した。群間で有意差の認められた変数については,年齢と性別で調整した共分散分析を行い,がん罹患による各機能の影響を検討した。統計処理にはSPSS22.0を用い,危険率5%未満を有意とした。
【結果】
376名の高齢者のうち,過去にがん罹患暦のあったがんサバイバーは56名(14.9%,男性27名,女性29名,平均年齢79.7±3.9歳)だった。運動機能については,高齢がんサバイバーで体幹筋力(p<0.05)と5m最大歩行速度(p<0.05)が有意に低下していた。一方,認知機能については,高齢がんサバイバーのMMSE(p<0.05)と単語記憶(p<0.05)が非がんサバイバーよりも良好な値を示した。健康関連指標のなかで,主観的健康感はがんサバイバーで低値を示した(p<0.05)。上記の変数について年齢と性別を調整した共分散分析を行った結果,すべての変数に有意な差が確認された(p<0.05)。
【考察】
本研究の結果から,がん治療による身体的な不活動や社会的活動が制限されたことで,歩行機能のような運動機能の低下が進行しやすい状況にあった可能性が示唆された。一方で,認知機能に関しては,高齢がんサバイバーの方がより良好な成績を示し,がんサバイバーがアルツハイマー病になりにくいとする報告を支持するものであった。この原因については明らかにされていない部分が多いが,現象理解の一助になると考えられた。また,高齢がんサバイバーは,主観的には自身を健康と感じていない傾向にあったが,その他の生活機能,外出頻度,および精神面などに高齢がんサバイバー特有の特徴は認められなかった。今後は,がん罹患の期間や重症度などで細分化した高齢がんサバイバーの特徴を明らかにし,心身機能低下に対する予防策を講じる必要があると考える。
【理学療法学研究としての意義】
75歳以上の高齢がんサバイバーについて,一部の運動機能が非がんサバイバーと比較して低下していることが明らかにされた。したがって,この対象に向けた運動機能低下予防の取り組みは,その後の身体的虚弱を予防することにつながる可能性がある。