第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

口述99

循環2

2015年6月7日(日) 10:50 〜 11:50 第9会場 (ガラス棟 G409)

座長:内山覚(新東京病院 リハビリテーション室), 森沢知之(兵庫医療大学 リハビリテーション学部)

[O-0741] 徒手的呼吸介助が循環調整応答に及ぼす影響

堀晋之助1, 松島翔2, 上西啓裕2 (1.海南医療センターリハビリテーション科, 2.和歌山県立医科大学付属病院リハビリテーション科)

キーワード:呼吸介助, 胸郭圧迫, 循環動態

【はじめに,目的】
呼吸リハビリテーションとして徒手的呼吸介助は,クリティカルケア領域において人工呼吸器管理下などの重症症例,また慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Pulmonary Disease:COPD)など,急性あるいは慢性呼吸障害を問わず,呼吸ケアが必要な症例に対して,日常的に実施される理学療法手技の一つである。体位変換,リラクセーションなどと組み合わせることで,換気の促進,排痰,呼吸困難感軽減などを治療目的として,理学療法士のみに留まらず,他医療スタッフにおいても多くの場面で用いられる。術者が対象者の胸郭に手掌面をあて,胸郭を生理的な運動方向に圧迫を加え,呼気流速を促し吸気時に圧迫を開放し,相対的に生じる吸気量増大を図ることであり,絶対的禁忌としては胸部の広範な熱傷による植皮術後が挙げられる。その他,特に注意が必要なのは循環動態の不安定な症例とされている。しかし,胸郭への圧迫介助・開放を繰り返す他動的な胸郭運動が循環動態に対して,どのような影響を及ぼすかは明らかにされていない。そこで,今回,健常成人を対象として,徒手的呼吸介助に対する循環調整応答について検討したので報告する。
【方法】
対象は医学的に問題のない若年健常男性10名(平均年齢27.5±4.8歳,身長168.2±4.7cm,体重62.2±7.1kg)とした。施術者は呼吸理学療法経験8年目の男性1名(年齢30歳,身長163.5cm,体重61.0kg)が行った。対象者の右側から立位姿勢で,呼吸リズムに同調させ,最大呼気位まで徒手的に上部胸郭に圧迫介助を行った。プロトコールは背臥位にて十分に安静をとった後,安静臥位,呼吸介助,回復臥位とそれぞれ5分間測定した。測定項目は心拍数,一回心拍出量,心拍出量,血圧,Spo2,呼吸数とした。心拍数,一回心拍出量,心拍出量は非侵襲的心拍出量計(日本アメリケア社製NICaS2004Slim)を用いて,10秒毎に測定した結果を1分間平均した。血圧は自動血圧計(TERMO製エレマーノ),Spo2はパルスオキシメーター(コニカミノルタ製PULSOX-300)を用いて,それぞれ1分毎に測定した。測定後に平均血圧(拡張期血圧+脈圧/3)を算出した。
【結果】
測定中,不整脈など著明な症状は認められなかった。また呼吸介助に対する不快感,疼痛,呼吸困難感などの訴えはなかった。一回心拍出量が安静時(113.3±12.8ml)と比較し,介助時(4分:107.1±12.4ml,5分:105.4±13.1ml)と回復時(107.2±15.9ml)で有意に低下した(p<0.05)。平均血圧は安静時(78.5±8.4mmHg)と比較し,介助時(74.8±7.8mmHg)で有意に低下した(p<0.05)。呼吸数は安静時(15.9±2.5/min)と比較し,介助時(9.9±1.3/min)と回復時(13.0±2.4/min)で有意に低下した(p<0.05)。その他の測定項目については,それぞれの比較で有意な変化は認められなかった。
【考察】
安静時と比較し,介助時・回復時において一回心拍出量が有意に低下した。先行研究から胸郭に対する呼吸介助時に胸腔内圧の上昇を認める報告があり,本研究においても,上部胸郭への圧迫介助により生理的には,陰圧であるべき胸腔内圧が上昇していたと考えられる。その結果,胸腔と下肢・腹腔との圧較差が少なくなり,胸腔内へ静脈血を引き込む呼吸ポンプ作用が減弱し,右心房への静脈還流量が減少,一回心拍出量が低下したと推察される。介助時の呼気延長された効率的な呼吸様式が回復時でも残存したことにより,安静時と比較し呼吸数が有意に減少した。また,呼気延長により心臓迷走神経反射が惹起され,副交感神経活性が亢進し,心仕事量の軽減・心収縮力が抑制されたことも,一回心拍出量が低下した要因として考えられる。介助時のみ平均血圧が有意に低下していた。これについては,呼吸介助が肺実質の形態,心室拡張容積などに何らかの変動を与えたと考えられるが,詳細は不明であり,検証するためには心臓超音波検査,CTなどの所見と照合していかなければならない。今後,胸郭の可動性や肺コンプラインアンスなど器質的変化があるCOPD症例や循環動態が不安定な心疾患症例を対象として,徒手的呼吸介助に対する循環調整応答を解明していく必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
健常成人を対象として,徒手的呼吸介助が循環動態に対してわずかながら変動を与えることが明らかになった。本研究が,安全かつ効果的に実施される確立した理学療法手技への一助となることを期待したい。