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[PR1-01] 「歩く」と「移動する」の違いについての一考察
歩行時に「私には‘歩けている’とは思えない.ただ足を前へ前へ進めて‘移動’しているだけ」という意識経験を持つ脳卒中発症後の症例を経験した. まず意識は,自覚(self-awareness)の状態として考えられている.John Searleは自覚の本質的特徴として主観性,統一性,志向性の3つを定義している.任意の瞬間に自覚される経験は,自身が中心となる存在として,何らかの目的に向かい,一つに統合されて感じられることを指している.しかし,前述の自覚された内容は「私が歩く」ではなく「足を進めて,私が移動する」と少なくとも2つの事柄が自覚されていた.複数の行為の内部観察では,身体を上下・左右に分離して知覚し,身体末端への言及に偏っていた.また自発的に身体外部の情報は語られなかった.外部観察では,身体正中線が体幹以下は左回旋方向へ変位し,各行為で四肢と体幹の協調性は損なわれていた.以上のことから行為に際して,身体局部を意識の主題として操作する“身体末端へ志向性の偏在”と“自己身体の中心性の喪失”が相互に関係し,自覚の統一性を阻害していると病態解釈をした.この病態に対し,訓練目的を①自己身体の中心性の再獲得,②志向性を自己中心から四肢を通して対象物へ向ける,③自己中心の空間的・時間的移動へ志向性を向けるとし,複数の認知課題を実施した.訓練後,歩行について「‘私’が前へ前へ進んでいる感じがして‘歩けている’という感じ」と記述が変化した.この自覚の変化は,行為主体者として起点となる自己中心の獲得,その起点から身体外部へ志向性が向くことによる自覚の統一性の回復と考えられた.倫理的配慮とし,発表に際しヘルシンキ宣言に基づき本人へ説明し,同意を得た.