第21回認知神経リハビリテーション学会学術集会

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神経系(上肢)

[S2-05] もう一度理容師を続けたいと願う橋梗塞の症例への認知運動療法
ー 櫛操作のための左手の機能回復 ー

*村上 順哉1、池田 尚輝2 (1. 近江ちいろば会 ぼだいじ訪問看護ステーション、2. ヴォーリズ記念病院)

【はじめに】
 手の多彩な機能は物体を巧みに扱う能力である.理容師はより精密な動作が必要であり,物品の把持・操作に高い巧緻性を要する.今回,理容師の復職の為に櫛操作が困難な症例に対して認知運動療法を行った.その結果改善が得られたので報告する.

【症例紹介】
 症例は橋梗塞によって左片麻痺を呈し,7か月後に訪問リハビリを開始した80代の男性である. 病前生活は自立し,理容師業を営んでいた.関節可動域制限は左手関節背屈70°,掌屈55°.Br-stageは左上肢・手指Ⅴ.FMA(手関節,手指項目)17/24点.握力が右30Kg,左5,6Kg.表在感覚は8/10で特に患側示指の指腹部で「ボヤっとする,滑り落ちる」という記述があり,櫛の把持には過剰な運動単位の動員がみられた.加えて櫛を対象に接触する際,上下に櫛が動く場面が観察され,その事象に対して閉眼下では認識困難であった.指腹部に対して圧情報の差異を比較する課題では判別が困難な状態であった.

【病態解釈と治療仮説】
 橋梗塞による感覚上行路の損傷により指腹部の触圧覚情報に誤差が生じた結果,櫛が指から滑り落ちないように過剰な運動単位が動員されたのではないかと考えた.加えて櫛が上下に動くことを閉眼下で認識困難である事から,櫛使用時に生じた指腹と櫛の摩擦などの触圧覚情報の差異に対して選択的注意が向けられず,櫛操作に必要な筋出力を発揮することが困難になったと考えた.そこで治療仮説として,①スポンジの差異を指腹部で認識する課題,②櫛を他動的に動かしその方向を認識する課題.③櫛を異なる硬さのスポンジに接触し,差異を判別する課題.これらを経過に沿って難易度を変更しながら週1回6か月間実施した.

【結果】
 表在感覚は10/10,握力は左手11Kg,左上肢FMA22/24まで改善がみられた.櫛が滑り落ちることが減少し,馴染みの利用者を退院後初めて担当出来るようになり,理容師の業務として一部復帰が可能となった.

【考察】
 認知過程を考慮した課題を介して,触圧覚情報の求心性情報と遠心性情報を比較照合することで,櫛の把持に必要な感覚機能及び櫛操作時の運動の誤差が修正され,適切な運動単位の動員が可能になった結果,櫛操作が改善したのではないかと考えた.

【倫理的配慮(説明と同意)】
 本発表に際して,症例に十分説明を行い,同意を得た.