第58回日本小児循環器学会総会・学術集会

講演情報

宮田賞受賞講演

宮田賞受賞講演(I-MPL)

2022年7月21日(木) 09:40 〜 10:30 第1会場 (特別会議室)

座長:小垣 滋豊(大阪急性期・総合医療センター 小児科・新生児科)

[I-MPL-01] 細胞表現型を起点とした循環器病の病態理解:先天異常の遺伝学から熱帯病の宿主-病原体相互作用に至るまで

中釜 悠 (大阪公立大学 医学研究科)

キーワード:細胞表現型, RASopathy, シャーガス病

心筋症のマクロ形態に基づく病型区分が、遺伝要因に紐づいた分類へと刷新されたことは、循環器病学の一つの転換点に感じられた。自身が医師になりたての頃、遺伝学的検査の進歩によって心臓病原因遺伝子の同定が次々に進んだ。網羅的解析がもたらした状況は、分子機能を知るよりも先に、名も無き遺伝子が突如浮かび上がる、といった逆転現象でもあった。RAS/MAPK系の遺伝子群に異常を持たない、非定型のヌーナン症候群患者の存在が以前から知られ、これに興味を惹かれていたところ、ある心奇形家系の解析の機会に恵まれ、リバースジェネティクスに取り組むことになった。LZTR1遺伝子が原因として示唆され、続く数年の間にはその細胞内機能やヒトバイオロジーにおける役割が特定された。細胞機能、表現型を指向する研究が、名も無き遺伝子を制御可能な病原分子へと昇華させた。「心臓難病」と聞けば、多くは心筋症など先天異常を想起し、多くの医師、研究者が心血を注ぐ領域である。一方、世界に目を向ければ、そこには熱帯地域固有の顧みられない心臓難病がある。シャーガス病は、ラテンアメリカを中心に貧困層800万人を侵す不整脈源性心筋症であり、病原性トリパノソーマ感染を契機に病原体の複製・浸潤による直接傷害と、免疫介在性心筋損傷とが相乗的に発症要因となる。我々は、中米の流行国エルサルバドルにてシャーガス病患者コホートを構築し、バイオマーカー探索、薬剤開発研究を推進している。国内では、iPS心筋を用いたシャーガス病細胞モデルを樹立し、病態の進展過程を裏打ちする宿主-病原体相互作用の記述を進めている。細胞異常を起点とした、表現型指向の研究アプローチに惹かれ、水槽中を泳ぎ回るゼブラフィッシュへの給餌の日々を経て、現在はラテンの研究者たちと心臓難病の橋渡し研究に取り組んでいる。本研究助成が下さったチャレンジの機会に自身が得た学びを、会場の先生方と共有させて頂きたい。