日本地震学会2020年度秋季大会

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C会場

一般セッション » S08. 地震発生の物理

[S08]PM-2

2020年10月30日(金) 14:30 〜 15:30 C会場

座長:麻生 尚文(東京工業大学)

14:30 〜 14:45

[S08-01] 放射パターンを補正した経験的グリーン関数と従来の経験的グリーン関数を用いた波形インバージョン結果の定量比較

〇柴田 律也1、及川 元己1、麻生 尚文1、中島 淳一1、井出 哲2 (1.東京工業大学理学院地球惑星科学系、2.東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)

波形インバージョンは震源過程の時空間発展を詳細に推定する手法として広く用いられている。この波形インバージョンは、グリーン関数と滑り量を時空間でコンボリューションして生成される合成波形で観測波形を再現するアプローチであり、その波形残差を最小にするような各小断層の時間ステップごとの滑り量を最小二乗的に求めるのが一般的である。このとき、グリーン関数として、仮定した速度構造から理論的に求められるグリーン関数 (例えばBouchon, 1981; 武尾, 1985)を用いる場合と、近傍で発生した同様のメカニズムの地震の波形を経験的グリーン関数 (例えばHartzell, 1978)として用いる場合がある。経験的グリーン関数は、実際の複雑な速度構造の影響を説明できる一方で、両者の震源が十分に近いことやメカニズムの類似性が要求されるため、解析対象とする地震の震源近傍に本震と似たメカニズムの地震が存在しなければ適用できないという欠点がある。

しかしながら、地震波形の複雑性に大きく寄与する観測点近傍の経路がほぼ共通であれば、震源位置やメカニズムが多少異なる地震の波形でも、放射パターンの影響を補正した上でグリーン関数として用いることができる可能性がある。そこで本研究では、波形インバージョンの放射パターンを考慮した経験的グリーン関数を用いた波形インバージョン手法を開発し、理論波形を用いてテストを行った。具体的には、波線理論を仮定して、射出角とモーメントテンソルの情報から、対象とする地震の小断層での滑りと経験的グリーン関数に用いる地震について理論的な放射パターン(Aki and Richards, 2002)を計算し、その比を用いてP波・SH波・SV波のそれぞれについて観測点毎に補正をおこなった。

我々はこの新手法を、本震(target event)と経験的グリーン関数として用いる地震(reference event)の理論波形を用いた合成テストに適用した。この合成テストでは、放射パターンを補正した経験的グリーン関数(新手法)を用いた場合と補正しない経験的グリーン関数(従来手法)を用いた場合の結果を、各地震の震源位置とメカニズム、観測点の配置の設定が同じ条件で比較した。我々はこの試行を下記に示す①と②をそれぞれ組み合わせた9つのケースについてそれぞれ200回ずつ繰り返した。

 ①target eventとreference eventの震央間の距離(Δ)についてΔ ≦ 5 km、5 < Δ ≦ 10 km、10 < Δ ≦ 20 kmの3ケース
 ②target eventとreference eventのカガン角(θ)についてθ ≦ 15 度、15 < θ ≦ 30 度、30 < θ ≦ 60 度の3ケース

速度構造としてJMA2001(上野ほか, 2002)を仮定し、target eventとreference eventの深さは全て9.99kmとした。target eventとreference eventの理論波形はfkアプリケーション(Zhu and Rivera, 2002)を用いて計算した。また、target eventとreference eventのモーメントマグニチュードは同じ値としており、推定されるモーメント比(モデルパラメータ)は1になるはずである。

以下の図は、上述した9つのケースごとに、200サンプルのインバージョンのモーメント比の分布を示したものである。各ケースについて、Δとθが所定の範囲内になるようにサンプルを生成している。青と白の分布は、それぞれ放射パターンを補正した新手法と補正しない従来手法による結果の分布を表している。赤く塗ったゾーンは推定されたモーメント比が0.7〜1.3の範囲であり、cor:、noncor:の後に記された数値はそれぞれ新手法と従来手法のうち赤いゾーンに入った割合を示している。

合成テストの結果、多くのケースで放射パターンの補正によりモーメント比が改善された。しかしながら、本研究では直達波のみについて放射パターンの補正を行なっている一方で、自由表面には直達波とは異なる放射を持つ比較的大きな変換波や反射波が存在するため、多くのサンプルではモーメント比が正確に1とはならないことがわかった。そこで、本研究では、各ケースについて結果を比較して、経験的グリーン関数として用いることが妥当な範囲を検討した。