15:30 〜 17:00
[S09P-16] 直接的先験情報を考慮した長期間地震データによるテクトニック応力場の推定
複雑な沈み込み帯に位置する日本列島の周辺域では,プレート運動が作り出すテクトニック応力場を反映した多様な地震活動が観測される.CMTデータインバージョン法(Terakawa & Matsu'ura, 2008)は,モーメントテンソルの定義に基づいてCMTデータと応力場を結び付け,ベイズの統計推論とABIC(Akaike, 1980)に基づくインバージョン手法(e.g., Yabuki & Matsu'ura, 1992)に従って3次元応力場のパターンを推定誤差と共に求める手法である.Terakawa & Matsu'ura (2010) は,CMTデータインバージョン法を防災科学技術研究所のF-netモーメントテンソル・カタログのデータに適用し,当時の最大限のデータセットから日本列島全域のテクトニック応力場のパターンを推定している.その後,2011年東北地方太平洋沖地震や2016年熊本地震をはじめとした大地震が発生し,そのたびに地震前後の応力場の時間変化が議論されている.しかし,地震データの分布は空間的に強い不均質性を持ち,時々刻々変化する場合が多く,大地震前後の応力場の時間変化を議論することは難しい.
本研究では,長期間の地震データから安定的にテクトニック応力場を推定し,その時間変化を評価することを目指し,従来のCMTデータインバージョン法に「過去のデータの解析結果を直接的先験情報として取り入れる機能」を追加した(Terakawa & Matsu'ura, in prep.).具体的には,Matsu'ura et al. (2007) の統合逆化公式に基づき,直接的先験情報とモデルパラメータの構造を規定する間接的先験情報を統一的に取り扱うことができるようにした.この定式化により,観測データ,直接的及び間接的先験情報の3種類の情報の最適な重みをABICに基づいて求め,応力場のパターンを推定する.既存のデータセットから得られた直接的先験情報に,新しい観測データを追加した解析を実施することで,一般には,応力場の推定精度が向上することが期待される.一方,新しいデータを追加したにも拘らず推定誤差が大きくなる場合は,応力場のパターンに時間変化があったことや局所的な断層強度の低下などにより特定の向きを持つ断層運動が活発化したことなどを示唆する.まず,模擬データを用いた解析により,これらのことが正しく再現できることを確認した.
次に,実データへの適用例として,24年分のF-netモーメントテンソル・カタログのデータ(1997年1月~2020年12月)から,2016年4月16日に発生した熊本地震の震源周辺域(水平:160 km×210 km, 深さ:0~20 km)の応力場を推定した.この期間のデータセットの中には,熊本地震の余震をはじめとした大量の余震データが含まれている.余震は本震による応力変化だけでなく間隙流体圧の変化も反映して発生するため,これらのデータから正しく応力場が推定されるとは限らない(Terakawa et al., 2013).このため,Zaliapin & Ben-Zion (2013) の方法により,データを単独地震とグループ地震に分け,更にグループ地震を前震,本震,余震に分け,単独地震及び本震のみから構成されるデータセットを作成した.このデータセットを期間1(1997年1月~2016年3月)と期間2(2016年4月~2020年12月)の2つに分け,まず,期間別に従来法で応力場を推定した(解析1及び2).次に,解析1の結果を直接的先験情報として取り入れ,期間2のデータを追加して応力場を推定した(解析3).解析2と解析3を比較すると,情報が多い解析3の方が全体の推定誤差が小さくなった.また,解析1と解析3の応力場の結果を推定誤差と共に比較すると,両者の応力場のパターンに大きな違いは見られないが,震源断層の南西端の延長部の浅い領域(深さ 5 km)で,応力場のパターンの系統的な“時間変化”が見られた.この領域の地震時応力変化は0.1MPaオーダーと小さく,応力場のパターンの“時間変化”は地震時応力変化では説明できない.一方,この地域は熊本地震後に地震活動度が著しく上昇した領域であり,間隙流体圧の上昇が地震活動の活発化を促したことが示唆されている(Nakagomi et al. 2021).二つの期間において,この領域で発生した地震のモーメントテンソルのCLVD成分の割合を計算したところ,熊本地震後の方がCLVD成分の割合が大きい傾向があることが分かった.この結果は,この領域に分布する既存断層に深部から高圧流体が流入することにより地震がトリガーされた可能性を示唆する(Matsu'ura & Terakawa, 2021).
本研究では,長期間の地震データから安定的にテクトニック応力場を推定し,その時間変化を評価することを目指し,従来のCMTデータインバージョン法に「過去のデータの解析結果を直接的先験情報として取り入れる機能」を追加した(Terakawa & Matsu'ura, in prep.).具体的には,Matsu'ura et al. (2007) の統合逆化公式に基づき,直接的先験情報とモデルパラメータの構造を規定する間接的先験情報を統一的に取り扱うことができるようにした.この定式化により,観測データ,直接的及び間接的先験情報の3種類の情報の最適な重みをABICに基づいて求め,応力場のパターンを推定する.既存のデータセットから得られた直接的先験情報に,新しい観測データを追加した解析を実施することで,一般には,応力場の推定精度が向上することが期待される.一方,新しいデータを追加したにも拘らず推定誤差が大きくなる場合は,応力場のパターンに時間変化があったことや局所的な断層強度の低下などにより特定の向きを持つ断層運動が活発化したことなどを示唆する.まず,模擬データを用いた解析により,これらのことが正しく再現できることを確認した.
次に,実データへの適用例として,24年分のF-netモーメントテンソル・カタログのデータ(1997年1月~2020年12月)から,2016年4月16日に発生した熊本地震の震源周辺域(水平:160 km×210 km, 深さ:0~20 km)の応力場を推定した.この期間のデータセットの中には,熊本地震の余震をはじめとした大量の余震データが含まれている.余震は本震による応力変化だけでなく間隙流体圧の変化も反映して発生するため,これらのデータから正しく応力場が推定されるとは限らない(Terakawa et al., 2013).このため,Zaliapin & Ben-Zion (2013) の方法により,データを単独地震とグループ地震に分け,更にグループ地震を前震,本震,余震に分け,単独地震及び本震のみから構成されるデータセットを作成した.このデータセットを期間1(1997年1月~2016年3月)と期間2(2016年4月~2020年12月)の2つに分け,まず,期間別に従来法で応力場を推定した(解析1及び2).次に,解析1の結果を直接的先験情報として取り入れ,期間2のデータを追加して応力場を推定した(解析3).解析2と解析3を比較すると,情報が多い解析3の方が全体の推定誤差が小さくなった.また,解析1と解析3の応力場の結果を推定誤差と共に比較すると,両者の応力場のパターンに大きな違いは見られないが,震源断層の南西端の延長部の浅い領域(深さ 5 km)で,応力場のパターンの系統的な“時間変化”が見られた.この領域の地震時応力変化は0.1MPaオーダーと小さく,応力場のパターンの“時間変化”は地震時応力変化では説明できない.一方,この地域は熊本地震後に地震活動度が著しく上昇した領域であり,間隙流体圧の上昇が地震活動の活発化を促したことが示唆されている(Nakagomi et al. 2021).二つの期間において,この領域で発生した地震のモーメントテンソルのCLVD成分の割合を計算したところ,熊本地震後の方がCLVD成分の割合が大きい傾向があることが分かった.この結果は,この領域に分布する既存断層に深部から高圧流体が流入することにより地震がトリガーされた可能性を示唆する(Matsu'ura & Terakawa, 2021).