[3-A-2-1] これからの医療に対応する医療情報学とは -医療における情報の再考-
先人を始めとする多くの人々の卓越した先見性と地道な献身的努力により、電子カルテの導入率は40%程度となり、数多くの地域医療情報ネットワークによる地域医療連携、医療機関での医療情報の電子的な管理と利用は見慣れたものとなり、データ駆動型医療と言われるように蓄積された医療データを活用した医療エビデンスの生成とその医療への反映なども注目されるようになった。また多くの臨床医学系学会でICTやAIを活用する医療への関心が高まり、それらに関連する学会セッションや講演も珍しくなくなった。こうしたなかで医学教育を今受けている世代や若手医療者の世代では、パソコン、スマートホン、インターネット、Webホームページ、電子メール、高精細TV、ネットワーク型テレビゲーム、仮想現実(VR)や複合現実(MR)、ウエアラブル情報機器、スマートスピーカなどを子供のころから当たり前に生活のなかで使って育ってきており、紙のカルテや伝票など煩わしくてあり得ないという意識を持つものが大多数を占めつつある。こうした世代の医療者が今の電子カルテシステム、今の医療情報システムに少々驚きに近い不満や面倒さを感じていても不思議はない。そうした臨床医が医療情報システムに要求する機能やインタフェイスを実現することはどんどん難しくなっていくだろう。 患者の状態を評価し診療方針を決めるためには、患者から取得できる「あらゆる種類のデータをリアルタイムで総合的に分析すること」が必要不可欠である。複数の病態が同時進行している重症患者では、ひとつのデータの評価漏れが患者に致命的な影響を与えることがある。さらに異なる職種や診療科スタッフによりそれぞれの専門領域でのデータ収集と評価が同時進行で行われ、その評価を持ち寄ってチームとして診療方針を決定し、そのプロセスに関する必要十分な情報をわかりやすく患者に提供しなければならない。またその一連のプロセスと判断に使われたデータについて、法制度を遵守した記録に残す必要もある。膨大な種類のデータのうち、意思決定にどれが何に役割を果たしたのか、をひとつひとつ医療者が診療中に記録することは出来るのだろうか。出来るとすればどのようなヒューマンインタフェイスが必要でどのように今のICT技術で実現出来るのだろうか。 どのような状態の患者のどのデータを評価して意思決定をしたり治療方針を変更したりしたのか?といったエビデンスを計算機が処理できる情報粒度で構造的に格納し多施設から収集して解析できる情報基盤を構築することは、これらのデータ駆動型医療に必要不可欠であろう。しかしその実現のためには、やはり今の電子カルテシステム自体のデータ収集、データ管理の仕組みを再検討しなければならないように思う。 そもそも前記のような重症患者医療だけが医療ではない。複数の病態が同時進行している重症患者をとりあげたが、診断がついていない段階の初診でのデータ収集と診断プロセスを記録する場合あるだろうし、簡単な主訴(症状の訴え)からよくある診断に至るだけにも関わらず患者の訴え自体は多彩で、継続的に信頼できる医療を提供するために医療者~患者コミュニケーションの過程そのもののエッセンスを記録しておく必要がある場合もあるだろう。こうした多様な場面やニーズに対応した「ひとつの電子カルテ(記録システム)」の実現はできるのだろうか。 以上のように思いを巡らせたとき、「それぞれの医療における各段階において、どのような情報が何のためにどのように利用されて、医療は進められているのか」についてより分析が必要で、今の医療情報学はそれが決定的に不足しつつあると考えるに至る。「あらゆる種類のデータをリアルタイムで総合的に分析すること」と上述したが、「総合的に分析」とは何をどのように分析しているのであろうか。いつどのような目的でどのデータをどのように利用して評価し意思決定しているかについて分析的に理解することが、医療現場での新しい医療情報システムの設計に新たな開発観点を提供するのではないだろうか。 しかし医療現場で医療データを医療者がどのように利用しているかについて分析的に理解することなど出来ないという人もいるだろう。それよりむしろ今流行の機械学習、深層学習のような方法でブラックボックス的に扱うことも可能性があるのかもしれない。こうした議論を進めていくことで、これからの医療における医療情報学の役割や、医療における医療情報の新たな捉え方を再考していく必要がある。それが今後の医療情報領域の新しいシステム開発にもつながることだろう。