日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

インターナショナルセッション(口頭発表)

セッション記号 P (宇宙惑星科学) » P-PS 惑星科学

[P-PS05] Mars

2015年5月28日(木) 09:00 〜 10:45 A03 (アパホテル&リゾート 東京ベイ幕張)

コンビーナ:*佐藤 毅彦(宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究本部)、石渡 正樹(北海道大学大学院理学院宇宙理学専攻)、佐々木 晶(大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻)、高橋 芳幸(神戸大学大学院理学研究科)、松岡 彩子(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 太陽系科学研究系)、宮本 英昭(東京大学総合研究博物館)、座長:高橋 芳幸(神戸大学大学院理学研究科)

09:00 〜 09:15

[PPS05-03] 火星大気と表層水の初期進化:同位体組成からの制約

*黒川 宏之1黒澤 耕介2臼井 寛裕3 (1.名古屋大学素粒子宇宙物理学専攻、2.千葉工業大学惑星探査研究センター、3.東京工業大学地球惑星科学専攻)

キーワード:火星, 大気, 水, 同位体, 天体衝突, 大気散逸

現在の火星は極域に少量の氷があるのみの寒冷で乾燥した表層環境を持つ惑星である。一方で、初期の火星は大量の液体の水が存在する温暖な気候であったという証拠が続々と発見されてきている(DI Achille & Hynek, 2010など)。初期の火星大気と表層水は天体衝突による大気剥ぎ取りと熱的/非熱的大気散逸によって失われた可能性がある(Lammer et al., 2008)が、その時期と各過程がどの程度寄与したかについてはよくわかっていない。
熱的/非熱的大気散逸は重い同位体が火星大気と表層水に濃集する同位体分別を引き起こす。一方、天体衝突剥ぎ取りは同位体分別を引き起こすことなく、大気の一部を取り除く。初期の火星大気と表層水の進化は41億年前の結晶化年代(Lapen et al., 2010)を持つ火星隕石Allan Hills 84001(ALH 84001)の記録する揮発性元素同位体組成によって制約できる。ALH 84001の記録する41億年前の高い水素同位体比(始原的な水の2-4倍のD/H比、Boctor et al., 2003; Greenwood et al., 2008)は、火星形成後の4億年間にその後の時代を上回る大量の水が熱的/非熱的大気散逸によって失われたことを示唆している(Kurokawa et al., 2014)。一方で、41億年前の希ガス同位体比は分別していない値を示すことから、大気は41億年前より最近の時代に失われたと考えられている(Mathew & Marti, 2001; Jakosky & Phillips, 2001)。また、ALH 84001の窒素同位体組成の見積もりは過去の研究によって異なる(Miura & Sugiura, 2000; Mathew & Marti, 2001)。
我々は天体衝突剥ぎ取りと熱的/非熱的大気散逸を考慮して、大気と表層水の総量と同位体組成の進化をそれぞれ独立に計算した。まず、確率論的衝突モデル(Kurosawa et al., 2013)を用いて、大気全圧の進化を計算した。天体衝突頻度分布は月クレーターに基づくモデル(Chyba, 1991)を用いた。剥ぎ取り効率はsector blow-offモデル(Vickery & Melosh, 1990)を用いて計算した。岩石蒸気の運動量はエントロピー法(Ahrens & O'Keefe, 1972; Kurosawa et al., 2012など)とフォルステライトの熱力学データ(Sekine et al., 2012)を用いて計算した。次に、得られた大気全圧進化のもとで、熱的/非熱的大気散逸による微量揮発性元素の同位体比(D/H, 15N/14N, 38Ar/36Ar)の進化を計算した。酸素と窒素、アルゴンについては、Jakosky et al. (1994)とPepin (1994)のイオンピックアップ、スパッタリング、光化学的散逸の散逸率を用いた。水素の熱的散逸率は酸素の散逸率に律速される(Liu & Donahue, 1976)と仮定した。水素の分別係数は0.016を仮定した(Krasnopolsky et al., 1998; Krasnopolsky 2000)。窒素とアルゴンの分別係数はJakosky et al. (1994)の値を用いた。
大気全圧は隕石重爆撃期に対応する初期数億年の間で数桁減少するが、その後の変化は小さい。窒素とアルゴンの同位体比は大気全圧が減少するに従って増加する。一方、水の主要なリザーバーは表層水であるため、水素同位体比は大気全圧進化とは独立に増加する。我々の計算結果を火星隕石ALH 84001に記録された41億年前の元素同位体比と比較することにより、我々は火星の大気と表層水の損失は41億年以上前から進行していたという仮説を提案する。隕石重爆撃期の衝突剥ぎ取りによって厚い初期大気が失われた後、熱的/非熱的大気散逸による大気中の窒素と希ガスの同位体分別が進んだ可能性がある。