日本地球惑星科学連合2018年大会

講演情報

[JJ] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-GI 地球科学一般・情報地球科学

[M-GI25] 山岳地域の自然環境変動

2018年5月22日(火) 13:45 〜 15:15 A08 (東京ベイ幕張ホール)

コンビーナ:鈴木 啓助(信州大学理学部)、苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)、奈良間 千之(新潟大学理学部理学科、共同)、佐々木 明彦(国士舘大学文学部史学地理学科 地理・環境コース)、座長:佐々木 明彦

14:45 〜 15:00

[MGI25-17] 山岳棲昆虫スカシシリアゲモドキにおける短翅型進化プロセス

*鈴木 智也1鈴木 信夫2東城 幸治1,3 (1.信州大学理学部、2.日本女子体育大学体育学部、3.信州大学山岳科学研究所)

キーワード:並行進化、系統地理、種分化

高山帯・亜高山帯を中心とする山岳域広域に生息するシリアゲムシ目昆虫であるシリアゲモドキ属 (シリアゲモドキ科) は、日本列島から3種が記録されている。このうちの1種であるスカシシリアゲモドキは北海道と沖縄を除く日本列島広域の山岳域に分布しており、西日本の山岳域には他の2種 (モンシリアゲモドキおよびヒメシリアゲモドキ) と未記載種 Panorpodes sp. が分布している。さらに、日本列島に広域分布するスカシシリアゲモドキは、中部山岳域および八甲田山 (青森県) の高標高域においてメスの翅が短くなる「短翅型」が生息している。これらの「短翅型」は、翅長が短いことに加えて、「長翅型」よりも (1) オスの触角が長いこと、(2) 下付器上縁の黒化した部分が丸みを帯びること、(3) メスの体色が濃い褐色であること (「長翅型」では黄色が一般的)、(4) メスの翅には斑紋があり、その斑紋パターンが「長翅型」とは異なること (「長翅型」のメスでは無斑紋タイプも多くみられるが、「短翅型」では必ず斑紋がある)、 (5) オスの翅にも若干の斑紋があること (「長翅型」オスの翅に斑紋があるのは極めて稀) など、翅形質以外にも多くの形態形質が異なることから、「短翅型」は高標高域に適応した別種である可能性も示唆されてきた。そこで本研究では、日本列島産シリアゲモドキ類の進化プロセスを明らかにするとともに、スカシシリアゲモドキにおける「長翅型」個体-「短翅型」個体間の遺伝的な差異の有無を確かめるため、ミトコンドリア遺伝子COI, COIIおよび16S rRNA領域、核遺伝子EF1-αおよび28S rRNA領域の遺伝子解析・分岐年代推定を実施した。その結果、日本列島産シリアゲモドキ類が大陸産シリアゲモドキ類と分化した年代は約15 Maと予想以上に古く、四国・九州の高山帯・亜高山帯に限定的に分布するヒメシリアゲモドキが最も祖先的であると評価された。これらの結果から、日本列島産シリアゲモドキ類は、(1) 日本列島形成初期の地史が深く関連しており、西日本が起源であること、(2) 種分化を伴いながら分布域を北上させていったことが示唆された。さらに、スカシシリアゲモドキにおける「長翅型」-「短翅型」がそれぞれ単系統群を構成することはなく、複数地域における「短翅型」の並行進化を示す結果が得られた。さらに、分岐年代推定結果から、「短翅型」スカシシリアゲモドキの分化は日本列島の急激な山岳形成が起きた時期よりもやや早い年代 (約5 Ma) であった。この結果から、「短翅型」スカシシリアゲモドキは過去の気候変動による寒冷化が生じた際に、冷温環境への適応として進化したことが示唆された。また、生態ニッチモデル解析の結果、「長翅型」スカシシリアゲモドキは過去の氷期間氷期サイクルに合わせて分布域の北上・南下を繰り返したことが示唆されたが、寒冷地適応している「短翅型」スカシシリアゲモドキにはそのような傾向はみられなかった。分子系統解析の結果からは、スカシシリアゲモドキ種内の系統関係については、一部のサンプルを除いて山塊・地域ごとの単系統性が支持された一方で、各山塊・地域個体群間の系統関係には明確な地域性がみられていない。これは、生態ニッチモデリングの結果とも合致するものである。以上のように、高山帯・亜高山帯を中心に分布している日本列島産シリアゲモドキ類は、日本列島の形成史・地史および過去の気候変動と関連した極めて複雑な進化史をもつことが明らかとなった。また、本研究の結果から山岳域に分布するシリアゲムシ類の系統進化史は、地史や過去の気候変動の議論における好例になり得ることが示された。