日本地震学会2021年度秋季大会

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D会場

一般セッション » S03. 地殻変動・GNSS・重力

AM-1

2021年10月15日(金) 09:00 〜 10:30 D会場 (D会場)

座長:富田 史章(東北大学災害科学国際研究所)、中村 優斗(海上保安庁海洋情報部)

09:45 〜 10:00

[S03-08] DONET観測網に記録された海底圧力を用いた南海地域におけるSSE検出手法の適用

〇井上 智裕1、伊藤 喜宏2、久保田 達矢3、汐見 勝彦3、太田 和晃3 (1.京都大学大学院 理学研究科 地球惑星科学専攻、2.京都大学防災研究所、3.国立研究開発法人 防災科学技術研究所)

海底圧力計(以降、OBP)は、スロースリップ(以降、SSE)に伴う海底の上下地殻変動をGNSS-A(GNSS音響結合方式)に比べ、時空間的に高解像度で連続的に観測可能な機器である。しかしながら、OBPにはスロースリップによる地殻変動に加えて、海洋起源の圧力変動が地殻変動と同程度またはそれ以上の振幅で記録される。また、長周期潮汐や海洋変動に伴う非潮汐変動の成分のいくつかは、その変動周期がSSEの継続期間と近い。このため、SSEに伴う海底地殻変動の検出に際して、海洋起源の圧力変動の適切な除去が必要となる。
 OBPから海洋起源の圧力変動を取り除く方法として、これまでに主に二つの手法((i)単独観測点手法。(ii)複数観測点手法)が提案されている。(i)では、個々の観測点の時系列に対して海洋物理モデルを適用することで海洋起源の圧力変動(以降、非潮汐変動)を除去する(例えばMuramoto et al., 2019)。(ii)では、観測網内の非潮汐変動がコモンモードとして共通に観測されると仮定して、2つの観測点における時系列を差し引くことで相対変動を得る手法である(例えばIto et al., 2013; Wallace et al., 2016)。これまで観測点間の距離の増加に伴い、2点間の非潮汐変動の相関が低下すると考えられていた。最近、等水深に設置された観測点間で非潮汐変動の相関が高く、同等の水深に設置された観測点間の時系列記録について差を取ることで非潮汐変動を効率よく低減できることが指摘された (カスカディア: Fredrickson et al., 2019; ヒクランギ: Inoue et al., 2021)。
 本発表では、潮岬―室戸岬沖に設置されているDONET2観測網によって観測される海底圧力記録を使用し、主に2つの内容について報告する。1)同海域における非潮汐変動の水深依存性と距離依存性。2)先行研究においてGNSS-Aによって検出されたSSE(2017.2–2018.4年, Yokota & Ishikawa, 2020)に対して、Nishimura et al. (2013)で使用されているΔAICを用いたSSE検出手法のOBPへの適用可能性。
 海底圧力記録の事前処理について述べる。始めに、生データを平均化することにより1時間値を得る。次に、ローパスフィルターを適用し、2日未満の周期を持つ短周期潮汐、機器ドリフト及び年周半年周成分をそれぞれ除去した後、日平均値を1時間値から求めた。 1)について、得られた時系列のうち欠測がない期間(2017年5月から2017年8月まで)について、全ての組み合わせの観測点ペアについて差分圧力時系列記録を得た。明瞭なSSEが含まれない期間において、差分時系列記録の平均値と標準偏差を求め、観測点ペア毎に得られる標準偏差をその水深差及び距離で比較することで、非潮汐変動の水深依存性と距離依存性を調べた。
 結果、潮岬―室戸岬沖において観測される非潮汐変動は、強い水深差依存を示すことがわかった。全ての観測点ペアの水深差と標準偏差の値の分布から得られるR値は、高い相関値が得られた。また、観測点ペアの深い方の観測点の水深を4つの範囲(2000m以下、2000–2500m、2500–3000m、3000m以上)で区分しR値を推定した結果、それぞれ0.62、0.84、0.93、0.84となり比較的浅水に比べて深水で相関が高くなる傾向が見られた。これらの特徴は、カスカディアやヒクランギで得られた水深依存性と同様の傾向を示す。また、他の海域と同様に、距離依存性は水深差と比べて小さく、標準偏差と観測点ペアの距離と標準偏差で得られるR値は~0.3となった。
 2)について、解析方法を述べる。先ず、事前処理後の時系列を使用して、設置水深が近い観測点間の差分圧力時系列を得る(例えば、M.MRE20(水深3603m)についてはM.MRG28(水深2499m)に対する相対圧力値)。次に、各観測点ペアにおいてΔAICを計算する。ΔAICの値は、差分時系列を単純な一次関数と、線形トレンドとステップ関数を組み合わせた関数による近似でそれぞれ得られるAIC(赤池情報量規準)の差分として計算される。なおΔAICの算出時には、Yokota&Ishikawa(2020)で報告されているSSE期間(2017.2–2018.4)の時系列は除外し、SSE前後それぞれ8ヶ月間の差分時系列を用いた。  Yokota&Ishikawa(2020)で推定されたSSE断層モデルから期待される地殻変動が大きい観測点で得られた相対圧力変動は約-5hPaであり、ΔAICに基づく評価でも有意な変動として検出された。得られた相対圧力変動量は、モデルから期待される地殻変動と調和的である。一方、期待される変動が小さな観測点では、得られた相対地殻変動も小さく、明瞭な変動とはならない。つまり、2017年2月から2018年4月に潮岬―室戸岬沖で発生したSSE(Yokota&Ishikawa, 2020)に伴う圧力変動を本手法でも検出できた可能性を示す。すなわち、OBP記録を用いたΔAIC に基づくSSE検出手法の妥当性を示す結果と言える。今後は、既存SSEの期間外にもΔAICを適用し、小規模のSSEも含めたイベントの検出に取り組み、このDONET2海域で発生するSSEとプレート沈み込みによる滑り収支を解明する。