第2回新型コロナウイルス研究集会

特別講演、特別セッションのご案内

特別講演、特別セッションをそれぞれ以下4名ずつの先生方にご登壇いただきます。(2024/7/3更新)

特別講演1【疫学】
開催日時: 8月2日(金)13:40‐14:40
分野: 疫学
演題名: 公衆衛生の科学‐政策境界:パンデミックは何を変えたか?
座長名前:所属 押谷 仁 先生(東北大学)
演者名前:所属 鈴木 基 先生(国立感染症研究所 感染症疫学センター)
抄録: 科学技術の発展は私たちの生活を豊かにする一方で、様々な社会問題を引き起こすリスクも伴う。そのため、現代の政策課題を解決するには高度な科学的知識が不可欠である。しかし、政策過程ではステークホルダー間の利害調整が求められるため、科学的知識がそのまま政策に反映されるとは限らない。このような状況の中で、科学者と政策の立案・決定に関わる者が協調し、科学的根拠に基づく政策決定(evidence-informed policy making)を目指す実践的な空間が生まれる。これを「科学-政策境界(science-policy interface)」と呼ぶ。

この概念は20世紀後半に登場し、1999年の世界科学会議で採択された「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言(ブタペスト宣言)」で確認できる。同宣言以降、国際社会は気候変動、貧困、感染症などの地球規模課題の解決に向けて、科学的助言システムの確立に戦略的に取り組んできた。しかし、新型コロナウイルス感染症のパンデミックに際して、従来のシステムは十分に機能しなかった。その一因として、伝統的な科学的助言における線形モデル(科学サイドから政策サイドへの一方向の知識伝達)が前提とされていたことが指摘されている。実際、直線モデルから共創モデル(科学サイドと政策サイドが共同で知識を創出する)へのシフトが必要だという主張はパンデミック以前からあったものである。

「ポストコロナ」と言われる現在、各国は急ピッチで科学-政策境界の再設計に取り組んでいる。日本でも、感染症危機管理のための司令塔機能の強化と研究開発体制の拡充が進められている。このようにマクロレベルでのガバナンス強化の動きが活発化する一方で、ミクロレベルでの科学者の活動はどのように変化するのか。

演者は国立感染症研究所の疫学者として、また厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードや各種審議会の委員として、公衆衛生領域の科学-政策境界で活動してきた。本講演では、これまで日本の学術界であまり注目されてこなかったこの領域について、理想論や体験談ではなく、アカデミックにアプローチする。
 
► 特別講演2【基礎免疫学】
開催日時: 8月2日(金)16:50-17:50
分野: 基礎免疫学
演題名: mRNAコロナワクチンより誘導されるヒト免疫記憶
座長名前・所属: 髙橋 宜聖 先生(国立感染症研究所 治療薬・ワクチン開発研究センター)
演者名前・所属: 黒崎 知博 先生(国立研究開発法人 理化学研究所 生命医科学研究センター 分化制御研究チーム)
抄録: コロナウイルス感染防御に関して重要なのは、いかに感染・ワクチンにより、私たちの液性免疫記憶が形成されるか。又、変異ウイルスの感染に対して、私たちの体内にできた液性免疫記憶は有効なのかどうかである。
私たちは、マウスを用いた基盤研究をおこなってきた。その結果、液性免疫記憶を担う細胞としては、メモリーB細胞とメモリープラズマ細胞と2種類存在するが、その機能が異なっていること。特に、メモリーB細胞コンパートメントには変異ウイルスにも対応できる抗体が蓄積していることを明らかにしてきた。
このような基盤研究に基づき、ヒトにおいてmRNAコロナワクチン接種により、どのようなメモリーB細胞が3度のWuhan株接種により形成されるかを検討した。その結果、mRNAワクチン接種は胚中心(GC)反応が予想以上に長期間(約8か月)続き、結果、抗体のアフィニティー成熟が起こっていること。又、重要なことは抗体フィードバックにより、抗体認識エピトープが変化し、結果、オミクロン株にも反応できる抗体が作られてきていることが判明した。すなわち、私たちはウイルスタンパクの種々のエピトープに反応する抗体を構築するメカニズムを内包しおり、コロナウイルスワクチン接種の場合、その抗体レパトアーの中に変異コロナウイルスにも有効な抗体が作られていることが判明した。
 
► 特別講演3【臨床医学】
開催日時: 8月3日(土)9:30-10:30
分野: 臨床医学
演題名: COVID-19の振り返りをもとに今後のパンデミックに備える
座長名前・所属: 忽那 賢志 先生(大阪大学大学院医学系研究科 感染制御学)
演者名前・所属: 大曲 貴夫 先生(国立国際医療研究センター 国際感染症センター)
抄録: COVID-19のパンデミックを経験してわかったことは、新興感染症の発生時にはその臨床情報、微生物情報、微生物と人体と相互作用としておこる病態について、迅速に情報を得て研究者、行政担当者、診療にあたる医療従事者などの対策にあたる方々にやはり迅速に還元し、適切な対策の迅速かつ柔軟な立案実行、そして迅速な研究開発による診断薬・治療薬・ワクチンの開発と社会への供給につなげることが必要だということである。
これは事が起こってからゼロから始めていたのではとても間に合うものではない。日本が様々な面で出遅れたといわれるのは、このような事態を想定して上記を可能とするような準備をしていなかったからである。
新興感染症はまた起こる。これへの十分な備えが必要である。
そのために、感染症法、新型インフルエンザ対策特別措置法などの改正が行われてきた。また具体的な対策を立案するために、新型インフルエンザ等対策政府行動計画が改訂された。また国では感染症有事の指揮命令系統が確立され、情報収集と評価、研究開発の推進、人材育成を行うサイエンス機関として、2024年には国立健康危機管理研究機構(JIHS)が発足する。
実際に対策を成功させるには制度や組織の整備は当然として、関わる様々な立場の方々が常日頃緊密に連携し、有事に一体として動けるような活動体を形成しておく必要がある。
 
► 特別講演4【基礎ウイルス学】
開催日時: 8月4日(日)9:30-10:30
分野: 基礎ウイルス学
演題名: コロナ制圧タスクフォース~その取り組みの軌跡~
座長名前・所属: 橋口 隆生 先生(京都⼤学医⽣物学研究所
演者名前・所属: 福永 興壱 先生(慶應義塾大学医学部呼吸器内科)
抄録: 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は未曾有の感染症として全世界に瞬く間に蔓延し、すでに4年が経過した。この間、世界中の多くの研究者が叡智を結集し、診断法や治療薬の開発が驚異的なスピードで進められてきた。私たちもパンデミック初期から、この感染症による混乱から社会を守るための時限的緊急プロジェクトとして、「コロナ制圧タスクフォース」を病院、大学、学会の枠を超えて立ち上げた。
この趣旨に賛同していただいた日本を代表する様々な研究分野の方々をはじめ、全国100以上の病院の呼吸器内科や感染症科の先生方が横断的に集まり、チームを結成した。その結果、6000を超える臨床検体と臨床情報が収集され、アジア最大のCOVID-19バイオレポジトリーを構築した。これを用いて疾患感受性遺伝子DOCK2を同定し、さらに各種の機能解析によりDOCK2がCOVID-19の有望な疾患標的となる可能性を明らかにした(Nature, 2022)。これを皮切りに、現在も多くの成果がコロナ制圧タスクフォースから生まれている。
これらの成果は結束力の賜物であり、今回の横断的なチームによる取り組みは、今後も起こり得る新興感染症や緊急事態に対する柔軟で迅速な対応の体制構築における戦略的な可能性を示している。本講演では、これまでのコロナ制圧タスクフォースの軌跡とその成果について報告する。


 特別セッション(日本学術振興会「国際先導研究」共催)
開催日時: 8月3日(土)15:40-17:00
座長名前・所属: 福原 崇介 先生(北海道大学 大学院医学研究院微生物部門免疫学分野)
佐藤 佳 先生(東京大学医科学研究所 
 
【基礎ウイルス学】
演題名: ポストパンデミック期のCOVID-19に残された課題と
ネクストパンデミックへの備え
演者名前・所属: 鈴木 忠樹 先生(国立感染症研究所 感染病理部)
抄録: 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染による新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、2023年5月にWHOによる「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC)の宣言が終了し、本邦においても感染症法上での取り扱いが5類感染症に変更され、社会認識としてのパンデミックは終息した。これらを承けて、感染症法による患者報告も定点報告に変更されたが、2023年5月以降に実施された全国規模のCOVID-19血清疫学調査では、感染で誘導される抗体の保有者割合が42.8%(2023年5月)から64.5%(2024年3月)に大きく上昇したことが報告されている。この結果は、パンデミック終息後の1年弱で日本国民の約2割以上がSARS-CoV-2に新規感染したことを示唆している。また、日本だけでなく、米国においても、2023年にCOVID-19により約90万人の新規入院と7万人以上の死亡が発生したことが推計されている。すなわち、ポストパンデミック期においてもCOVID-19の流行規模は決して小さくなく、未だに呼吸器ウイルス感染症の中においてCOVID-19の疾病負荷は最大級と考えられている。このような状況においてCOVID-19に対しては、流行を制御できるようなワクチン開発などの予防対策および臨床現場において残されている課題の解決を目指す研究調査の継続が重要である。また、COVID-19対策においてパンデミック前までにエイズ研究やインフルエンザ研究で培われた研究資源が大いに活用されてきたように、COVID-19研究は次のパンデミック対策への準備としての側面を持っている。本発表では、疾病の発病機構を理解しようとする感染病理学的および感染病態学的な視点から我々の研究室で進めてきたCOVID-19研究について紹介し、ポストパンデミック期のCOVID-19対策の課題および次のパンデミックの準備として進めていくべきテーマについて議論したい。
 
【基礎免疫学】
演題名: mRNAの次のワクチンとImmunoprophylaxis
新型コロナウイルス;次もmRNAワクチンでいいんですか?
演者名前・所属 石井 健 先生(東京大学医科学研究所)
抄録:
2020年初頭以来猖獗を極めた新型コロナウイルスによるパンデミックは、mRNAワクチンという新しいタイプのワクチンの実用化と普及を軸に、臨床試験からワクチン接種行政に至るまでワクチンというキーワードで多くの破壊的イノベーションを世界規模で引き起こした。また実社会における「ワクチン」という言葉の浸透ぶりは、それが世界の人たちにとって自分事であったという理由以上にワクチンの影響力が今まで感染症やワクチンと無関係であった基礎研究者から臨床医、社会科学者におよび、分子から倫理まで大きく振り子のように揺れたことを反映している。
一方で、ワクチンに関する話題はmRNAワクチンの次のモダリティー、AIを駆使したワクチン抗原、アジュバント、DDSのデザイン、モックアップ(模擬)ワクチンのグローバルな連携、新たな治験やリスクコミュニケーションの議論に移ってきている。そして世界レベルで進む、次のパンデミックには100日でワクチンを世界に提供するプロジェクト、同時に高い安全性から安心を目指したサイエンスへの展開について議論したい。
ラボHP    https://vaccine-science.ims.u-tokyo.ac.jp
 
【臨床医学】
演題名: COVID-19羅患後症状
最近の話題
演者名前・所属: 忽那 賢志 先生(大阪大学大学院医学系研究科 感染制御学)
抄録: COVID-19流行から3年が経過し、"Long COVID"や"post-COVID syndrome"として知られる罹患後の症状が注目されている。これらの症状はCOVID-19の急性期またはその後に出現し、2ヶ月以上続くもので、生活に影響を与える。症状の有病率や重症度を評価する研究には限界があるが、日本国内の調査では、中等症以上の患者の肺機能低下、診断後6カ月時点での症状遷延などが確認されている。また、嗅覚・味覚障害の改善率が報告され、特に女性や高齢者、急性期に肺炎を経験した人々に遷延症状が見られやすいことがわかった。長期観察においては、記憶障害、集中力低下、抑うつ状態、疲労感などが確認され、全体の8.8%の回復者で12ヶ月後も症状が残っていた。ワクチン2回接種後の罹患者では、28日以上遷延する症状の発現が47%減少し、デルタ株とオミクロン株の感染者で罹患後症状の頻度に差が見られた。また、COVID-19罹患者は非感染者に比べて心血管疾患のリスクが増加することが明らかになっており、一部の症状は時間とともに改善されるものの、残存する遷延症状の長期的な推移は今後の課題とされている。さらに、罹患後半年に脳出血・脳梗塞、深部静脈血栓症、肺塞栓症のリスクが高まり、精子の減少や遷延する関節炎など、頻度や持続期間が明らかでない罹患後症状も報告されている。
昨今、COVID-19の急性期における抗ウイルス薬の投与がその後の罹患後症状の発現リスクを低減させるという報告が相次いでおり注目を集めている。我々は、2024年2月から軽症COVID-19患者に対する抗ウイルス薬投与による後遺症リスクの低減効果について検証するためのランダム化比較試験を実施中である。
 
【疫学】
演題名: 新型コロナウイルス感染症対策評価のための因果推論
演者名前・所属: 西浦 博 先生(京都大学大学院医学研究科)
抄録: 新型コロナウイルス感染症の流行対策として、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置のような法律に基づくパッケージとしての非特異的対策が施されました。また、個人予防としてのマスク着用や換気、ヒトとヒトとの距離の確保などが行われ、特異的対策としてのワクチン接種や抗ウイルス薬の投与が行われました。これらが人口レベルでどれだけ流行の伝播動態に影響を与え、国としてベネフィットを得たのかを理解するには因果推論を行うことが欠かせません。他方、従来の疫学研究で実施される因果推論では間接効果を適切に反映することが困難なこともしばしばでした。本講演では実効再生産数を活用した因果推論についてご紹介します。例示として、第1-2回目の予防接種の政策評価、第1回の緊急事態宣言の事後評価、マスク着用の推奨停止の評価についてご紹介します。反事実再生産数の活用は政策意思決定を飛躍的に客観化することに役立つものと考えられます。