[JH01] 文系学生に対する心理統計教育
分散分析の理論と実践について
Keywords:心理統計教育, 分散分析
企画の趣旨
心理統計のカリキュラムの中で,「分散分析」は重要なトピックと言えるだろう。本シンポジウムでは,文系学生に対する心理統計教育の中でも,とくに「分散分析をどのように教えるか」に焦点を当てることとしたい。分散分析は心理統計の学びの中核であり,卒業論文などのデータ解析においてもよく利用される統計的方法である。分散分析の学習を進める上で,実験計画についての理解も必要となる。このように,分散分析の学習は,心理学研究法の学びとも密接に関連する。
本シンポジウムでは「分散分析の教え方」をテーマに,3名の話題提供者にお話をいただく。話題提供の内容は,「数理的側面をおろそかにしない授業実践例」,「モデル理解の重要性」,「分散分析における効果量についての解説」,とバラエティに富んだものとなっている。その後,文系学生に対する心理統計教育の実践者であるとともに,分散分析の理論についての研究者でもある指定討論者から,3名の話題提供に対してコメントをいただく。続いて,フロアとの意見交換を通じて,「分散分析の教え方」に関する議論を深め,情報共有を行うことで,心理統計教育の改善に寄与するセッションとしたい。
文系学生に対する分散分析の数理の教育
寺尾敦
筆者の担当する「社会統計」(社会調査士カリキュラムE科目認定)という講義科目では,1年生の必修科目「統計入門」の知識を前提として,社会学や心理学での調査研究でよく用いられる統計手法を講義している。
分散分析の学習に,90分の講義3回分をあてている。同時に開講している「社会統計演習」という演習科目では,統計解析ソフトウェアRを用いた演習を行っている。シラバスおよび授業資料はウェブで公開している(http://homepage3.nifty.com/~terao/lecture/
aoyama/lec_aoyama_top.html)。
この科目に限らず,統計学に関連した科目において,筆者は次の2点を教示の原則としている。
(1)数学からなるべく逃げない。高校数学の知識,および,統計学についての既習知識があれば理解可能な説明は行う。
(2)データ分析のためだけではなく,数理の理解を助ける目的でソフトウェアを活用する。
数理が難しくなりすぎるところでは,簡単な場合の数理からの類推にたよるか,ソフトウェアを使って体験的理解にうったえている。この原則に沿った授業の例として,分散分析での平方和の分解をどのように教えているか,以下に概略を示す。
1.1要因の母数モデルを説明する。学生はテキストに示されたデータの一部を分解する。
2.平方和が分解できることを説明する。証明を示す。
3.級内平均平方は,帰無仮説の真偽によらず。(すべての水準で等しいと仮定される)母集団分散の不偏推定量であることを説明する。証明を示す。
4.級間平均平方は,帰無仮説が真である場合に限り,母集団分散の不偏推定量であることを説明する。証明を示す(標本平均の標本分布は既習)。繰り返し数が異なる場合については証明しない。類推的な理解を求める。
5.2つの平均平方の比がF分布に従うことを説明する。ここでは数理の説明はしない。
6.より複雑なデザイン(たとえば,2要因デザイン)での平方和の分解は,Rを用いて体験的に理解する。正しい分解だけでなく,さまざまな分解を行う。
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「心理学の分散分析」の問題点とモデル理解の重要性 星野崇宏
講演者は統計手法の開発をメインの研究にしながら,応用分野としては心理や教育に限らずマーケティングや医学疫学,言語テストなどいろいろな共同研究で解析を担当してきた。その立場からブートストラップやMCMCなど計算機を用いた解析手法が利用可能な現在では,現状の“心理学の分散分析”は統計学の潮流や他分野の解析法の動向からはややピントのずれたところに報告と説明の力点が置かれていると思われてならない。もちろん,このことは心理統計学者が心理学研究によりフィットするように方法論を開発したためという側面も大きいが,主に計算機が利用できなかったという制約にも大きく規定されていた。
例えばAPAのマニュアルなどもベイズ的な手法を取り入れる,メタ分析の推奨など今後さらにドラスティックに変わりえることを考慮すると,時間の制約がある中で教授内容を選択する以上,少なくとも20年後程度まで役にたつ,自分で新しい手法を学習する際に理解の基礎を提供する,統計の本質的な要素に集中するべきではないか?
学部レベルの講義であっても分散分析は本質的に(広い意味での)回帰分析の枠組みで説明するべきであり,あたかも回帰モデルとは全く異なった分散分析モデルが存在するような説明は統計についての汎用性のある理解を妨げるのではないか。分散分析が特別な方法として非常に長い時間を掛けて取り上げられるのは,特に反復要因や,やや些末な平方和の分解の議論が存在するからであるが,その一部は割愛可能である。
また回帰分析の枠組みから導入を行うことで,共分散分析等との関連,将来的に心理学でも進むであろう一般化線形(混合)モデルの利用,種々の効果量を自分の研究デザインに即してどのように選択したらよいかといった判断,を受講者が今後理解する手掛かりを与えるはずである。
特に心理学で一般的な分散分析の枠組みが問題なのは,自分が得るデータの背後にあるモデルへの理解を阻害するという点にある。
当日は特に効果量の誤用,反応時間や離散データの解析,階層データを集計して分散分析すること,多重比較などについて,背後に存在するモデルが何かという点から議論をしたい。
“効果”を解釈する-分散分析における効果量 井関龍太
統計学を教授する都合からいえば,取り扱う内容は確固として安定したものであることが望ましい。しかし,統計技法は日夜進歩を続け,その動向も変化していく。その事情は,心理学においては古典的とみられやすい分散分析についても同じである。近年,各種ジャーナルの編集方針は,統計的仮説検定のみに偏った議論を避け,効果量等に基づいて実質的な効果の大きさについて議論することを求めている。したがって,これまでと同じ内容をとりあつかうだけでは,心理統計学を受講しその内容を十分に学んだはずの学生が論文を読んだり,研究報告を行ったりすることが難しいという事態が早晩起こりかねない。本報告では,分散分析の結果を議論する際の効果量の扱いについて議論する。
分散分析の効果量にはさまざまな指標がある。これらの指標にはそれぞれ違った特徴があり,目的に応じて使い分ける必要がある。同一の実験内の異なる要因の効果の大きさを比較したいのか,同様な現象を扱った別々の実験の効果を比較したいのかによって適切な指標は異なる。加えて,分散分析では複雑な要因計画を扱うことが少なくないが,この点も効果量を算出する際に考慮すべき部分である。教科書ではとりあげられることの少ない,これらの論点について紹介する。
また,効果量の解釈の問題について考える。効果量は研究者のあいだでも計算して報告に記載しておけばよいものといった扱いを受けることが少なくない。近年のガイドラインはそのような態度をよしとせず,効果量の実質的な解釈を求めている。一方で,効果量の具体的な解釈のしかたを実験心理学の文脈に即して紹介したものは少ない。Cohenの基準に照らして大中小を報告するだけなら有意水準に照らして有意か否かを判断するのと変わりない。これに代わる手段として,先行研究との比較や標準化効果量だけに頼らない解釈の方法について具体例を通して論じたい。
効果の実質的な解釈を念頭に置くことで,分析の方法を単に機械的な手順としておぼえるのではなく,研究の結果を解釈するための手段として有効に活用する姿勢につながることが期待される。このような姿勢は,心理統計学の学習へのより積極的なとりくみを促すであろう。
心理統計のカリキュラムの中で,「分散分析」は重要なトピックと言えるだろう。本シンポジウムでは,文系学生に対する心理統計教育の中でも,とくに「分散分析をどのように教えるか」に焦点を当てることとしたい。分散分析は心理統計の学びの中核であり,卒業論文などのデータ解析においてもよく利用される統計的方法である。分散分析の学習を進める上で,実験計画についての理解も必要となる。このように,分散分析の学習は,心理学研究法の学びとも密接に関連する。
本シンポジウムでは「分散分析の教え方」をテーマに,3名の話題提供者にお話をいただく。話題提供の内容は,「数理的側面をおろそかにしない授業実践例」,「モデル理解の重要性」,「分散分析における効果量についての解説」,とバラエティに富んだものとなっている。その後,文系学生に対する心理統計教育の実践者であるとともに,分散分析の理論についての研究者でもある指定討論者から,3名の話題提供に対してコメントをいただく。続いて,フロアとの意見交換を通じて,「分散分析の教え方」に関する議論を深め,情報共有を行うことで,心理統計教育の改善に寄与するセッションとしたい。
文系学生に対する分散分析の数理の教育
寺尾敦
筆者の担当する「社会統計」(社会調査士カリキュラムE科目認定)という講義科目では,1年生の必修科目「統計入門」の知識を前提として,社会学や心理学での調査研究でよく用いられる統計手法を講義している。
分散分析の学習に,90分の講義3回分をあてている。同時に開講している「社会統計演習」という演習科目では,統計解析ソフトウェアRを用いた演習を行っている。シラバスおよび授業資料はウェブで公開している(http://homepage3.nifty.com/~terao/lecture/
aoyama/lec_aoyama_top.html)。
この科目に限らず,統計学に関連した科目において,筆者は次の2点を教示の原則としている。
(1)数学からなるべく逃げない。高校数学の知識,および,統計学についての既習知識があれば理解可能な説明は行う。
(2)データ分析のためだけではなく,数理の理解を助ける目的でソフトウェアを活用する。
数理が難しくなりすぎるところでは,簡単な場合の数理からの類推にたよるか,ソフトウェアを使って体験的理解にうったえている。この原則に沿った授業の例として,分散分析での平方和の分解をどのように教えているか,以下に概略を示す。
1.1要因の母数モデルを説明する。学生はテキストに示されたデータの一部を分解する。
2.平方和が分解できることを説明する。証明を示す。
3.級内平均平方は,帰無仮説の真偽によらず。(すべての水準で等しいと仮定される)母集団分散の不偏推定量であることを説明する。証明を示す。
4.級間平均平方は,帰無仮説が真である場合に限り,母集団分散の不偏推定量であることを説明する。証明を示す(標本平均の標本分布は既習)。繰り返し数が異なる場合については証明しない。類推的な理解を求める。
5.2つの平均平方の比がF分布に従うことを説明する。ここでは数理の説明はしない。
6.より複雑なデザイン(たとえば,2要因デザイン)での平方和の分解は,Rを用いて体験的に理解する。正しい分解だけでなく,さまざまな分解を行う。
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「心理学の分散分析」の問題点とモデル理解の重要性 星野崇宏
講演者は統計手法の開発をメインの研究にしながら,応用分野としては心理や教育に限らずマーケティングや医学疫学,言語テストなどいろいろな共同研究で解析を担当してきた。その立場からブートストラップやMCMCなど計算機を用いた解析手法が利用可能な現在では,現状の“心理学の分散分析”は統計学の潮流や他分野の解析法の動向からはややピントのずれたところに報告と説明の力点が置かれていると思われてならない。もちろん,このことは心理統計学者が心理学研究によりフィットするように方法論を開発したためという側面も大きいが,主に計算機が利用できなかったという制約にも大きく規定されていた。
例えばAPAのマニュアルなどもベイズ的な手法を取り入れる,メタ分析の推奨など今後さらにドラスティックに変わりえることを考慮すると,時間の制約がある中で教授内容を選択する以上,少なくとも20年後程度まで役にたつ,自分で新しい手法を学習する際に理解の基礎を提供する,統計の本質的な要素に集中するべきではないか?
学部レベルの講義であっても分散分析は本質的に(広い意味での)回帰分析の枠組みで説明するべきであり,あたかも回帰モデルとは全く異なった分散分析モデルが存在するような説明は統計についての汎用性のある理解を妨げるのではないか。分散分析が特別な方法として非常に長い時間を掛けて取り上げられるのは,特に反復要因や,やや些末な平方和の分解の議論が存在するからであるが,その一部は割愛可能である。
また回帰分析の枠組みから導入を行うことで,共分散分析等との関連,将来的に心理学でも進むであろう一般化線形(混合)モデルの利用,種々の効果量を自分の研究デザインに即してどのように選択したらよいかといった判断,を受講者が今後理解する手掛かりを与えるはずである。
特に心理学で一般的な分散分析の枠組みが問題なのは,自分が得るデータの背後にあるモデルへの理解を阻害するという点にある。
当日は特に効果量の誤用,反応時間や離散データの解析,階層データを集計して分散分析すること,多重比較などについて,背後に存在するモデルが何かという点から議論をしたい。
“効果”を解釈する-分散分析における効果量 井関龍太
統計学を教授する都合からいえば,取り扱う内容は確固として安定したものであることが望ましい。しかし,統計技法は日夜進歩を続け,その動向も変化していく。その事情は,心理学においては古典的とみられやすい分散分析についても同じである。近年,各種ジャーナルの編集方針は,統計的仮説検定のみに偏った議論を避け,効果量等に基づいて実質的な効果の大きさについて議論することを求めている。したがって,これまでと同じ内容をとりあつかうだけでは,心理統計学を受講しその内容を十分に学んだはずの学生が論文を読んだり,研究報告を行ったりすることが難しいという事態が早晩起こりかねない。本報告では,分散分析の結果を議論する際の効果量の扱いについて議論する。
分散分析の効果量にはさまざまな指標がある。これらの指標にはそれぞれ違った特徴があり,目的に応じて使い分ける必要がある。同一の実験内の異なる要因の効果の大きさを比較したいのか,同様な現象を扱った別々の実験の効果を比較したいのかによって適切な指標は異なる。加えて,分散分析では複雑な要因計画を扱うことが少なくないが,この点も効果量を算出する際に考慮すべき部分である。教科書ではとりあげられることの少ない,これらの論点について紹介する。
また,効果量の解釈の問題について考える。効果量は研究者のあいだでも計算して報告に記載しておけばよいものといった扱いを受けることが少なくない。近年のガイドラインはそのような態度をよしとせず,効果量の実質的な解釈を求めている。一方で,効果量の具体的な解釈のしかたを実験心理学の文脈に即して紹介したものは少ない。Cohenの基準に照らして大中小を報告するだけなら有意水準に照らして有意か否かを判断するのと変わりない。これに代わる手段として,先行研究との比較や標準化効果量だけに頼らない解釈の方法について具体例を通して論じたい。
効果の実質的な解釈を念頭に置くことで,分析の方法を単に機械的な手順としておぼえるのではなく,研究の結果を解釈するための手段として有効に活用する姿勢につながることが期待される。このような姿勢は,心理統計学の学習へのより積極的なとりくみを促すであろう。