[PE043] 指揮者による学生オーケストラ指導プロセスの質的検討
指導内容と練習時期の関連から
Keywords:音楽教育, 合奏指導, 社会文化的アプローチ
問題と目的
篠原(2000)によると,従来,音楽教育の領域においては,指導者の教授行為は研究対象として取り上げられることが少なかった。こうした指摘を受け,近年になって音楽に関わる教授行為研究が盛んになりつつある(篠原,2000;小出,2000)。しかしこれらの知見は,あらかじめ指導者のなかで定まっている知識や技能を,いかに適切に学習者に伝えるかについての提言に留まっており,実際の指導場面において指導者がどのように学習者に働きかけているかを捉える知見は未だ不足しているといえる。
対して精神への社会文化的アプローチでは,肉屋や服の仕立て屋などの徒弟制における空間デザインの分析(Lave & Wenger, 1991)など,実際の教授・学習場面を記述的に分析することを重視してきた。このような社会文化的アプローチの観点から,本研究ではプロの指揮者による学生オーケストラの指導場面を記述し,指導がどのようなプロセスで進行するのかを考察した。
方法
フィールドの概要 2011年5月から12月の半年間,首都圏のある国立大学の学生オーケストラを対象にフィールドワークを行った。オーケストラは当大学の学生約100名で構成されており,フィールドワークの期間中は12月の定期演奏会に向けての練習が中心であった。
オーケストラは集団練習や個人練習など様々な形態の練習を行っていたが,そのなかで定期演奏会の指揮を依頼されたプロの指揮者が直接全体練習を指導する機会が複数回用意されていた。本研究ではこのプロの指揮者による全体練習を録画し,分析対象とした。
分析対象の抽出 分析対象とした映像のうち,当該の演奏会のメインプログラムであったブラームス作曲の交響曲第2番ニ長調(作品番号73番)第1楽章の練習場面を抽出した。
データの処理 指揮者の発話をトランスクリプトにおこした後,指揮者がオーケストラに対して具体的な指示・指導を行っている発話を抽出し,筆者他大学院生合計3名によって切片化した。これによって得られた切片を,指示が示す音楽的な内容によってカテゴリ化し,練習時期との関連を検討した。
結果と考察
切片化とカテゴリ化 切片化の結果,390切片がカテゴリ化の対象となり,「テンポ」「ダイナミックス」「リズム」「アーティキュレーション」「フレージング」「楽曲に適切な様式・精神」「音程」「譜面との相違」「タイミング」「協奏」「演奏者の特徴」「合奏のエチケット」の12の小カテゴリに分類された。指導の概要をつかむため,これらの小カテゴリをさらに分類した結果,「楽譜記載の一義的情報」「楽譜記載の相対的情報」「楽譜非記載の改善指導」「楽譜非記載の暗黙知的指導」の4つの大カテゴリに分類された。
練習時期との関連 分析対象とした楽曲の第1楽章が練習されていた日程は7月6日,8月18日,8月19日,10月26日の4日間であった。このうち7月6日を練習時期の前期,8月18日を中期,10月26日を後期とし,練習時期(3)×指示の大カテゴリ(4)のカイ二乗検定を実施したところ,指示の切片数に有意な差がみられた(Table 1参照)。
リソースとしての楽譜 練習日程の後期には,演奏者同士の調整や演奏パート間の関係性,合奏や音楽演奏自体に対する姿勢や心構え等のような,楽譜に直接の記載のない指導が増加していた。また「楽譜記載の一義的情報」のような楽譜に直接の記載がある内容の指導についても,楽譜に書かれているダイナミックスの指示を無視するように指導する場面がみられた。合奏練習においては楽譜は重要なリソースであるが,その演奏との関係性は動的なものであることが示唆された。
篠原(2000)によると,従来,音楽教育の領域においては,指導者の教授行為は研究対象として取り上げられることが少なかった。こうした指摘を受け,近年になって音楽に関わる教授行為研究が盛んになりつつある(篠原,2000;小出,2000)。しかしこれらの知見は,あらかじめ指導者のなかで定まっている知識や技能を,いかに適切に学習者に伝えるかについての提言に留まっており,実際の指導場面において指導者がどのように学習者に働きかけているかを捉える知見は未だ不足しているといえる。
対して精神への社会文化的アプローチでは,肉屋や服の仕立て屋などの徒弟制における空間デザインの分析(Lave & Wenger, 1991)など,実際の教授・学習場面を記述的に分析することを重視してきた。このような社会文化的アプローチの観点から,本研究ではプロの指揮者による学生オーケストラの指導場面を記述し,指導がどのようなプロセスで進行するのかを考察した。
方法
フィールドの概要 2011年5月から12月の半年間,首都圏のある国立大学の学生オーケストラを対象にフィールドワークを行った。オーケストラは当大学の学生約100名で構成されており,フィールドワークの期間中は12月の定期演奏会に向けての練習が中心であった。
オーケストラは集団練習や個人練習など様々な形態の練習を行っていたが,そのなかで定期演奏会の指揮を依頼されたプロの指揮者が直接全体練習を指導する機会が複数回用意されていた。本研究ではこのプロの指揮者による全体練習を録画し,分析対象とした。
分析対象の抽出 分析対象とした映像のうち,当該の演奏会のメインプログラムであったブラームス作曲の交響曲第2番ニ長調(作品番号73番)第1楽章の練習場面を抽出した。
データの処理 指揮者の発話をトランスクリプトにおこした後,指揮者がオーケストラに対して具体的な指示・指導を行っている発話を抽出し,筆者他大学院生合計3名によって切片化した。これによって得られた切片を,指示が示す音楽的な内容によってカテゴリ化し,練習時期との関連を検討した。
結果と考察
切片化とカテゴリ化 切片化の結果,390切片がカテゴリ化の対象となり,「テンポ」「ダイナミックス」「リズム」「アーティキュレーション」「フレージング」「楽曲に適切な様式・精神」「音程」「譜面との相違」「タイミング」「協奏」「演奏者の特徴」「合奏のエチケット」の12の小カテゴリに分類された。指導の概要をつかむため,これらの小カテゴリをさらに分類した結果,「楽譜記載の一義的情報」「楽譜記載の相対的情報」「楽譜非記載の改善指導」「楽譜非記載の暗黙知的指導」の4つの大カテゴリに分類された。
練習時期との関連 分析対象とした楽曲の第1楽章が練習されていた日程は7月6日,8月18日,8月19日,10月26日の4日間であった。このうち7月6日を練習時期の前期,8月18日を中期,10月26日を後期とし,練習時期(3)×指示の大カテゴリ(4)のカイ二乗検定を実施したところ,指示の切片数に有意な差がみられた(Table 1参照)。
リソースとしての楽譜 練習日程の後期には,演奏者同士の調整や演奏パート間の関係性,合奏や音楽演奏自体に対する姿勢や心構え等のような,楽譜に直接の記載のない指導が増加していた。また「楽譜記載の一義的情報」のような楽譜に直接の記載がある内容の指導についても,楽譜に書かれているダイナミックスの指示を無視するように指導する場面がみられた。合奏練習においては楽譜は重要なリソースであるが,その演奏との関係性は動的なものであることが示唆された。