[k-sym02] 性のあり方を個人差として扱うことの可能性
教育・発達の視点から
Keywords:性 のあり方, 個人差, 教育
企画の趣旨
これは日本教育心理学会・研究委員会が企画するジェンダー問題に特化したシンポジウムの3回目である。現在,性には,生物学的性(sex),社会・文化・心理的性(gender),性的指向性(sexuality)の3つが区別されているが,これらは現実には複雑に絡み合い多様な性の現象を生じさせている。これら性の多様なあり方を教育や発達研究においてどう扱えばよいか。教育現場において男女の区別(性別二元性)そのものをなくすという発想は可能か。性別二元的枠組は有効か。性別二元的枠組でよりも個人差として扱うのが妥当ではないか。性のとらえ方には種々の可能性が考えられるが,教育への示唆を念頭に,3つの話題提供を元に議論したい。話題提供1では,家庭科教育における性別二元性の限界と性の個人差という視点の有効性と課題を提案していただく。話題提供2では,結婚や就職,人生設計などのキャリア形成の問題を理解する上で,どのような性の視点が必要かを論じていただく。話題提供3では,乳幼児期の性の発達における理論的・実証的研究をもとに,性を個人差として研究する必要性について提案する。指定討論として,性科学・ジェンダー研究の立場から東優子氏に,性を個人差としてとらえる可能性と妥当性,そして,教育と発達研究における課題について論じていただく。
話題提供1 家庭科教育における性の個人差という視点の有効性と課題 吉本敏子
1.家庭科教育の実態
家庭科は,よりよいLifeを創造する力をもった生活主体を育てることを目指す教科である。Lifeとは,人生(自立),生命(共生),暮らし(共同)の3つである。これまで家庭科教育は男女平等を推進する教育・学習として期待をされてきたが,授業においては主に暮らし(共同)に関わるジェンダーの問題は取り上げられているが,性の多様性についてはほとんど扱われていない。
2.性を個人差としてとらえることの有効性
家庭科において性をどのようにとらえるのかは,教科の根幹に関わる重要な課題である。そこで,性についての現象の多様性を「性の個人差」として理解することの有効性について,有効であるとする根拠として以下の3つをあげる。1)生活主体は,性の多様性を超えた個人である。個人は自立して自分らしい生き方(ライフスタイル)を選択する必要がある。2)実態として単独世帯,非婚というような「一人で生きる」という生き方がある。このような現象を背景に,家政学の対象は家族から個人へとシフトしている。3)家族が多様化しており,「夫婦という一組の男女を中心として構成される集団」から「人としてともに生きる集団」へと家族の概念が変化している。
家庭科は,個が環境(この場合は人間関係)とどのように関わるかを考える教科である。前提となる自立した個の育成においては,性の多様性も含めた自尊感情やさまざまな価値観をもたせることが大切であり,性別二元性のように関係性を前提とした性のとらえ方からは出発しないと考える。
3.家庭科教育の課題
家庭科教育において,性の多様性を扱う場合の課題を以下のように考える。1)家庭科教育には政策的な意図が含まれている場合がある(家族観,少子高齢化など),2)生活の現実からマジョリティ優先の授業になる傾向がある,3)生活主体のモデルが限定されやすい,4)教師の力量(意識・知識)の課題がある,5)家庭科の守備範囲と授業時間の問題がある。
話題提供2 大学教育の現場から -キャリアプランの個人差- 松並知子
ジェンダーやセクシュアリティ関連の授業を実施している中で,「個人差」や「多様性」をどうとらえどのように伝えていくかは非常に難しい問題だと感じている。今回は,大学生の将来にとって大きな影響を及ぼすと考えられるキャリアプランの個人差に焦点を当てて話題提供したい。
1.女子大生におけるキャリアプランの個人差
女子大生1276名(大学生782名・短大生494名)を対象に,将来どのような働き方をするつもりかを尋ねたところ,1)非婚・子ども無・職業継続5.3%,2)非婚・子どもあり・職業継続0.3%,3)結婚・子ども無・職業継続3.0%,4)結婚・子どもあり・職業継続35.6%,5)結婚・子どもあり・専業主婦12.4%,6)結婚・子どもあり・仕事中断→正規雇用9.8%,7)結婚・子どもあり・仕事中断→非正規雇用33.5%という結果が得られた(松並・西尾,2013;松並,荻野,2014;Nisio&Matsunami, 2011)。ほとんどの女子大生が将来的にもなんらかの形で職業をもつことを望んでいる一方,結婚・出産後に仕事を中断したいと考えている人が40%以上もいることが示された。また多くの女子大生が結婚を志向している中,5.6%は結婚を予定していない。また非婚・既婚にかかわらず,8.3%の人は子どもをもたないと考えていると回答した。
2.「非婚・子どもなし・職業継続」を予定する女性はどのような人なのか?
「非婚・子ども無・職業継続」と「結婚・子ども無・職業継続」群は,親との信頼関係が低い傾向や自らを他者と協調的関係をつくることが苦手なタイプと認知していることが示唆された。また「非婚・子ども無・職業継続」群には,自尊感情や基本的信頼感が低い傾向があることが報告されている。最近「自分なんて恋愛も結婚もできないだろうから,ひとりで生きていくしかない」,あるいは「他人とうまくやっていくのが苦手」という女子大生が増えているように思われる。いずれにせよ,大多数の若い女性が当然のように結婚・出産を予定していた時代が終わった今,性の個人差を考慮したジェンダー・キャリア教育を,どのように実践していけばよいかについて議論したい。
話題提供3 性を個人差として扱うことの妥当性-発達研究から- 湯川隆子
発達の目標を多様な個の可能性を最大限に伸ばすことにおくなら,個がさまざまな特性を統合しつつ発達していく上での一部として,性のあり方もそれらと一貫したかたちで統合すべきと考える。近年の性の多様なあり方をとらえる視点を個人差におくという提案を発達科学の立場からしたい。
1.性のあり方を個人差としてとらえること
LGBT(Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender)や性同一性障がい(性別違和感:GID),性の発生障がいなどに顕著にみられる多様な性についての社会的な認知は進んできたが,これらを扱う視点や問題意識を従前の男女の二元的枠組におくことがもはや限界なのは明白である。なぜなら,その根拠とされてきた性別二元性そのものの絶対性が疑問視され始めているからである。性を扱う主要理論,つまり,生殖を基礎におく生物学的性差がどう出現するかを扱う生命科学や分子生物学などの分野でも,また,性の自己同一性の認識を社会・文化・心理的性形成の基礎とする発達や教育の分野いずれの立場からも示されているのである(第55回日本教育心理学会シンポジウム,2013:高橋ら,2012)。
2.乳幼児期の性の発達についての実証的知見をどうみるか。
性の発達における諸実証研究は, LGBTやGIDが発達初期(遅くとも就学前)から既に現れる事実を呈示している。発生障がいも含め,これらの特徴をもつ子どもは,異性の仲間や性別活動・遊びへの自発的選好を顕著に示すという。この傾向が思春期にまで一貫して持続するとの知見もある。そして,これらの傾向を生物学的性に合ったものに修正するための性別しつけは,生育環境などの状況や条件により可能とする報告がある。
これらの事実を解釈するには,性別二元性を前提とせず,性を多様的な様態,個人差とみる視点が必要である。性を個人差として扱うこととは,性別そのものをなくすことではない。二元性に囚われることなく,発達の主体が,自分の性のあり方を自身で認知・評価(自己認知)し,それに基づいて表現・行動する,そして,それを他者が認めること(他者からの認知)から構成され,それらが一致している状態だと考える。これらが相互に関連しながらどう発達していくのか。これらの要因を主眼に,多変量を同時に扱えるような手法を用いて,個々人の性のあり方を(発生時から老年期までの一生を通じた)生涯発達の枠組みから追跡していく研究が必要である。
これは日本教育心理学会・研究委員会が企画するジェンダー問題に特化したシンポジウムの3回目である。現在,性には,生物学的性(sex),社会・文化・心理的性(gender),性的指向性(sexuality)の3つが区別されているが,これらは現実には複雑に絡み合い多様な性の現象を生じさせている。これら性の多様なあり方を教育や発達研究においてどう扱えばよいか。教育現場において男女の区別(性別二元性)そのものをなくすという発想は可能か。性別二元的枠組は有効か。性別二元的枠組でよりも個人差として扱うのが妥当ではないか。性のとらえ方には種々の可能性が考えられるが,教育への示唆を念頭に,3つの話題提供を元に議論したい。話題提供1では,家庭科教育における性別二元性の限界と性の個人差という視点の有効性と課題を提案していただく。話題提供2では,結婚や就職,人生設計などのキャリア形成の問題を理解する上で,どのような性の視点が必要かを論じていただく。話題提供3では,乳幼児期の性の発達における理論的・実証的研究をもとに,性を個人差として研究する必要性について提案する。指定討論として,性科学・ジェンダー研究の立場から東優子氏に,性を個人差としてとらえる可能性と妥当性,そして,教育と発達研究における課題について論じていただく。
話題提供1 家庭科教育における性の個人差という視点の有効性と課題 吉本敏子
1.家庭科教育の実態
家庭科は,よりよいLifeを創造する力をもった生活主体を育てることを目指す教科である。Lifeとは,人生(自立),生命(共生),暮らし(共同)の3つである。これまで家庭科教育は男女平等を推進する教育・学習として期待をされてきたが,授業においては主に暮らし(共同)に関わるジェンダーの問題は取り上げられているが,性の多様性についてはほとんど扱われていない。
2.性を個人差としてとらえることの有効性
家庭科において性をどのようにとらえるのかは,教科の根幹に関わる重要な課題である。そこで,性についての現象の多様性を「性の個人差」として理解することの有効性について,有効であるとする根拠として以下の3つをあげる。1)生活主体は,性の多様性を超えた個人である。個人は自立して自分らしい生き方(ライフスタイル)を選択する必要がある。2)実態として単独世帯,非婚というような「一人で生きる」という生き方がある。このような現象を背景に,家政学の対象は家族から個人へとシフトしている。3)家族が多様化しており,「夫婦という一組の男女を中心として構成される集団」から「人としてともに生きる集団」へと家族の概念が変化している。
家庭科は,個が環境(この場合は人間関係)とどのように関わるかを考える教科である。前提となる自立した個の育成においては,性の多様性も含めた自尊感情やさまざまな価値観をもたせることが大切であり,性別二元性のように関係性を前提とした性のとらえ方からは出発しないと考える。
3.家庭科教育の課題
家庭科教育において,性の多様性を扱う場合の課題を以下のように考える。1)家庭科教育には政策的な意図が含まれている場合がある(家族観,少子高齢化など),2)生活の現実からマジョリティ優先の授業になる傾向がある,3)生活主体のモデルが限定されやすい,4)教師の力量(意識・知識)の課題がある,5)家庭科の守備範囲と授業時間の問題がある。
話題提供2 大学教育の現場から -キャリアプランの個人差- 松並知子
ジェンダーやセクシュアリティ関連の授業を実施している中で,「個人差」や「多様性」をどうとらえどのように伝えていくかは非常に難しい問題だと感じている。今回は,大学生の将来にとって大きな影響を及ぼすと考えられるキャリアプランの個人差に焦点を当てて話題提供したい。
1.女子大生におけるキャリアプランの個人差
女子大生1276名(大学生782名・短大生494名)を対象に,将来どのような働き方をするつもりかを尋ねたところ,1)非婚・子ども無・職業継続5.3%,2)非婚・子どもあり・職業継続0.3%,3)結婚・子ども無・職業継続3.0%,4)結婚・子どもあり・職業継続35.6%,5)結婚・子どもあり・専業主婦12.4%,6)結婚・子どもあり・仕事中断→正規雇用9.8%,7)結婚・子どもあり・仕事中断→非正規雇用33.5%という結果が得られた(松並・西尾,2013;松並,荻野,2014;Nisio&Matsunami, 2011)。ほとんどの女子大生が将来的にもなんらかの形で職業をもつことを望んでいる一方,結婚・出産後に仕事を中断したいと考えている人が40%以上もいることが示された。また多くの女子大生が結婚を志向している中,5.6%は結婚を予定していない。また非婚・既婚にかかわらず,8.3%の人は子どもをもたないと考えていると回答した。
2.「非婚・子どもなし・職業継続」を予定する女性はどのような人なのか?
「非婚・子ども無・職業継続」と「結婚・子ども無・職業継続」群は,親との信頼関係が低い傾向や自らを他者と協調的関係をつくることが苦手なタイプと認知していることが示唆された。また「非婚・子ども無・職業継続」群には,自尊感情や基本的信頼感が低い傾向があることが報告されている。最近「自分なんて恋愛も結婚もできないだろうから,ひとりで生きていくしかない」,あるいは「他人とうまくやっていくのが苦手」という女子大生が増えているように思われる。いずれにせよ,大多数の若い女性が当然のように結婚・出産を予定していた時代が終わった今,性の個人差を考慮したジェンダー・キャリア教育を,どのように実践していけばよいかについて議論したい。
話題提供3 性を個人差として扱うことの妥当性-発達研究から- 湯川隆子
発達の目標を多様な個の可能性を最大限に伸ばすことにおくなら,個がさまざまな特性を統合しつつ発達していく上での一部として,性のあり方もそれらと一貫したかたちで統合すべきと考える。近年の性の多様なあり方をとらえる視点を個人差におくという提案を発達科学の立場からしたい。
1.性のあり方を個人差としてとらえること
LGBT(Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender)や性同一性障がい(性別違和感:GID),性の発生障がいなどに顕著にみられる多様な性についての社会的な認知は進んできたが,これらを扱う視点や問題意識を従前の男女の二元的枠組におくことがもはや限界なのは明白である。なぜなら,その根拠とされてきた性別二元性そのものの絶対性が疑問視され始めているからである。性を扱う主要理論,つまり,生殖を基礎におく生物学的性差がどう出現するかを扱う生命科学や分子生物学などの分野でも,また,性の自己同一性の認識を社会・文化・心理的性形成の基礎とする発達や教育の分野いずれの立場からも示されているのである(第55回日本教育心理学会シンポジウム,2013:高橋ら,2012)。
2.乳幼児期の性の発達についての実証的知見をどうみるか。
性の発達における諸実証研究は, LGBTやGIDが発達初期(遅くとも就学前)から既に現れる事実を呈示している。発生障がいも含め,これらの特徴をもつ子どもは,異性の仲間や性別活動・遊びへの自発的選好を顕著に示すという。この傾向が思春期にまで一貫して持続するとの知見もある。そして,これらの傾向を生物学的性に合ったものに修正するための性別しつけは,生育環境などの状況や条件により可能とする報告がある。
これらの事実を解釈するには,性別二元性を前提とせず,性を多様的な様態,個人差とみる視点が必要である。性を個人差として扱うこととは,性別そのものをなくすことではない。二元性に囚われることなく,発達の主体が,自分の性のあり方を自身で認知・評価(自己認知)し,それに基づいて表現・行動する,そして,それを他者が認めること(他者からの認知)から構成され,それらが一致している状態だと考える。これらが相互に関連しながらどう発達していくのか。これらの要因を主眼に,多変量を同時に扱えるような手法を用いて,個々人の性のあり方を(発生時から老年期までの一生を通じた)生涯発達の枠組みから追跡していく研究が必要である。