10:00 AM - 12:00 PM
[JA04] 地域の教育センターとの連携を通じた認知カウンセリングの新たな展開
Keywords:認知カウンセリング, 学習支援, 地域連携
企画趣旨
認知カウンセリングは,学習に悩みを持つ者に対して認知心理学の発想や知見を生かした個別的な相談を行うことで,学習者の課題を診断・支援する実践的研究活動である(市川,1993)。学習につまずきを示す相談者に,意味理解や効果的な学習方略の獲得,学習観の変容を促すことによって,相談者が学習者として自立することを図る。
これまで,認知カウンセリングは研究者が大学において学習相談室を設置し,そこに児童生徒を呼び,研究者や大学(院)生,学校教員が指導にあたる,という形態がとられることが多かったが(市川,1993, 1998),2015年度から,東京大学と文京区の共同事業の一環として文京区教育センターの教室で研修や個別支援が行われている。当該事業の特徴として,指導にあたる学生に対して事前/事中/事後にわたる研修が実施されており,また,施設の提供や広報面において,区教育委員会や関係NPOとの連携が展開されている。この事業からは,大学と地域の教育研究組織との連携のあり方,取り組みを支えるシステムの構築,教育実践に研究者あるいは教師を目指す学生が関わることの意義など,実践的研究活動として考える価値のある様々な論点が見えてくる。
そこで,本シンポジウムでは,(1)研修を含む本事業の枠組み,(2)認知カウンセリングで目指す学習支援と指導例,(3)事業に参加して研究者や教師を目指す学生が得たこと,という3つの話題提供をもとに,地域の教育センターとの連携を通じた認知カウンセリング事業の成果と課題を明らかにしたい。
文京区教育センターにおける認知カウンセリング
-学習支援における地域と大学の連携の新しい形-
(植阪友理)
企画趣旨にもあるように,筆者らは文京区教育センターと連携し,認知カウンセリングをセンターの公的な事業として展開している。これは,「時間をかけているのに覚えられない」「やってもやっても成績に結びつかない」「授業についていけない」「分からないことが分からない」などといった悩みを持つ学習者が,無償で個別学習指導をうけることができるシステムである。従来の教育センターでの教育相談は,発達的/心理的な支援が中心で,学習の相談は対象としていなかったため,新しい試みといえる。
文京区教育センターでカウンセラーとして指導にあたっているのは,東京大学で教育心理学を専攻する大学院生・学部生や,お茶の水女子大学で教職を志望する学部生・大学院生などである。この他にも教育心理学会に属し,研究者を目指す他大学の学生も参加している。心理学的知見に精通し,認知カウンセリングの経験も豊富なものもいる一方で,必ずしも十分な経験がないものもいる。そこで,事前研修および実施中にアドバイスを受けられる体制を整え,支援の充実を図るとともに,指導するカウンセラーの力量向上にもつながるように工夫している。
具体的には,はじめに丸一日の事前講習に参加し,座学のみならず,ロールプレイや事例検討会にも参加してもらう。また,経験や状況によっては,複数名で指導にあたってもらう体制も取っている。さらに,指導開始1−3回(すなわち初期診断を行っている途中)の時点で,途中経過を報告しあい,より適切な指導になるように議論を行う機会を設けている(中間報告会)。指導後には,ケースレポートを作成してもらい,年度末には区内の先生方や関係者に向けて発表し,議論してもらう場も設けている(事例発表会。2016年度は全国から80名以上が参加した)。
本発表では,こうしたカウンセラーの研修システムの具体を紹介するのみならず,募集方法や指導者の決定時の工夫など,事業の概要について論じる。また,教育センターに認知カウンセリングを入れる試みは,約10年前に都内の他の区において失敗している。なぜ今回,文京区教育センターにおいて実現できたのかについても併せて論じたい。
認知カウンセリングで目指す学習支援(福田麻莉)
近年,社会の変化に伴い,21世紀型スキル(Griffin, McGaw, & Care, 2012)やキー・コンピテンシー(OECD, 2003)を始め,新しい学力の定義が盛んになされている。それらに共通する考え方は,学校教育において,知識や技能といった教科内容だけでなく,教科横断的な力を身につけさせるべきであるというものである。我が国の次期学習指導要領の答申においても,「学習の基盤を支えるために必要な力」としての資質・能力の重要性が指摘されており(文部科学省, 2016),そうした力をいかにして育成するかという点に関心が集まっている。
認知カウンセリングで目指す学習者像は,こうした新しい時代で育成が目指されている学習者像と軌を一にすると考えられる。市川(1993, 1998)は,認知カウンセリングにおける目標は「学習者の自立を促すこと」であり,具体的には,自分に適した学習方略を知っていること,自分の理解状態をモニタリングし,何を学習すべきかを判断できるといったことであると指摘している。そこでのカウンセラーの役割は,学習者のメタ認知を促進し,適切な学習方略を獲得させること,さらには不適切な学習行動の背景に潜む,望ましくない学習観(市川他, 1998)の変容を促すことである。すなわち,学習者がつまずいている教科内容についてカウンセラーが説明を行い,それによって学習者が目先の問題を解けるようになるということを超え,カウンセラーの手が離れた後でも,学習者が自身の力で自立的な学習サイクルを回せるようにすることが認知カウンセリングの目指す学習支援であるといえる。
こうした認知カウンセリングの一例として,福田(2017)の事例を紹介する。福田(2017)は,授業についていけず,家庭学習もままならないという悩みを抱える中学2年生に対して,認知カウンセリングを行った。指導初期に,(1)自分の抱えるつまずきに対処するための学習方略を知らない,(2)意味理解志向が低いといった学習者のつまずきをみとり,「家庭学習においてつまずいたときに,教科書を見返し学びなおす」という方略の獲得,意味理解志向の学習観への変容を試みた。当日は,認知カウンセリングの目指す学習支援と,実際の指導例を照らし合わせながら,教育センターで認知カウンセリングを行うことの意義について議論したい。
認知カウンセリングを通じて得られたこと
① 認知カウンセリングから研究テーマへのつながり(柴 里実)
認知カウンセリングは,学習につまずいて困っている学習者への支援が第一の目的であるが,カウンセラー側の学生にも多くの学びがある。特に,研究者を目指す学生にとっては,「研究テーマの発見」につながることもある。ただ学習者の表面的なつまずきに対処するだけでなく,その裏にある信念や学習方法にも目を向けようという認知カウンセリングの特徴があるからであろう。
筆者の場合,数学につまずく中学生との対話の中で,彼女が教訓帰納の方略を用いて振り返りをしているにも関わらず,その教訓の質が非常に低く,振り返りは面倒だという認識になってしまっていることをみとった。その発見は,筆者の「振り返りの質」という現在の研究テーマに十分つながっているといえる。発表当日は,上述した認知カウンセリングの特徴が,筆者の研究テーマにどうつながったかを詳しくお話したい。
② 教師を目指す学生が認知カウンセリングを行う意味(深谷達史)
教師として効果的な学習支援を行うためには,様々な観点から学習者のつまずきを把握するとともに,つまずきを乗り越えさせる効果的な働きかけを行う力を養うことが求められる。もちろん,実際の教師の主な指導の場は授業が中心であるが,認知カウンセリングを通じて,学習者のつまずきの実際を知り自立支援を図る経験は,授業力の向上にもつながると考えられる。そこで筆者らは,認知カウンセリングを体験したことが教師になってからどう生かされたかを調べるため,学生時代に認知カウンセリングを体験し,現在公立小学校の教員を務める大屋美沙教諭(品川区立浜川小学校)にインタビュー調査を実施した。発表では,インタビューの回答から,教師を目指す学生が,認知カウンセリングを体験することの意味を探りたい。
③ 研究者志望者が良い認知カウンセリングを行うために(押尾恵吾)
認知カウンセリングは開かれた事業であり,筆者のように認知カウンセリングとは別のテーマ(ex. 特定の学習活動による理解深化)を主に研究を行う者もカウンセラーとして参加している。筆者が受け持った事例は英語についての個別相談であった。初期の診断では「基礎を理解しても応用問題に対応させるのが苦手だ」というみとりであったが,さらにみとりを行ったところ「文法を十分意識していない」ことが本質的なつまずきであった。このように,自身がもつ関心や,読んだ論文と類似したつまずきを見つけた際,本質的なつまずきではなくても,クライアントの根本的なつまずきと診断してしまうことがある。そのため,自身の関心に捉われない柔軟なみとりを行うことが重要である。
認知カウンセリングは,学習に悩みを持つ者に対して認知心理学の発想や知見を生かした個別的な相談を行うことで,学習者の課題を診断・支援する実践的研究活動である(市川,1993)。学習につまずきを示す相談者に,意味理解や効果的な学習方略の獲得,学習観の変容を促すことによって,相談者が学習者として自立することを図る。
これまで,認知カウンセリングは研究者が大学において学習相談室を設置し,そこに児童生徒を呼び,研究者や大学(院)生,学校教員が指導にあたる,という形態がとられることが多かったが(市川,1993, 1998),2015年度から,東京大学と文京区の共同事業の一環として文京区教育センターの教室で研修や個別支援が行われている。当該事業の特徴として,指導にあたる学生に対して事前/事中/事後にわたる研修が実施されており,また,施設の提供や広報面において,区教育委員会や関係NPOとの連携が展開されている。この事業からは,大学と地域の教育研究組織との連携のあり方,取り組みを支えるシステムの構築,教育実践に研究者あるいは教師を目指す学生が関わることの意義など,実践的研究活動として考える価値のある様々な論点が見えてくる。
そこで,本シンポジウムでは,(1)研修を含む本事業の枠組み,(2)認知カウンセリングで目指す学習支援と指導例,(3)事業に参加して研究者や教師を目指す学生が得たこと,という3つの話題提供をもとに,地域の教育センターとの連携を通じた認知カウンセリング事業の成果と課題を明らかにしたい。
文京区教育センターにおける認知カウンセリング
-学習支援における地域と大学の連携の新しい形-
(植阪友理)
企画趣旨にもあるように,筆者らは文京区教育センターと連携し,認知カウンセリングをセンターの公的な事業として展開している。これは,「時間をかけているのに覚えられない」「やってもやっても成績に結びつかない」「授業についていけない」「分からないことが分からない」などといった悩みを持つ学習者が,無償で個別学習指導をうけることができるシステムである。従来の教育センターでの教育相談は,発達的/心理的な支援が中心で,学習の相談は対象としていなかったため,新しい試みといえる。
文京区教育センターでカウンセラーとして指導にあたっているのは,東京大学で教育心理学を専攻する大学院生・学部生や,お茶の水女子大学で教職を志望する学部生・大学院生などである。この他にも教育心理学会に属し,研究者を目指す他大学の学生も参加している。心理学的知見に精通し,認知カウンセリングの経験も豊富なものもいる一方で,必ずしも十分な経験がないものもいる。そこで,事前研修および実施中にアドバイスを受けられる体制を整え,支援の充実を図るとともに,指導するカウンセラーの力量向上にもつながるように工夫している。
具体的には,はじめに丸一日の事前講習に参加し,座学のみならず,ロールプレイや事例検討会にも参加してもらう。また,経験や状況によっては,複数名で指導にあたってもらう体制も取っている。さらに,指導開始1−3回(すなわち初期診断を行っている途中)の時点で,途中経過を報告しあい,より適切な指導になるように議論を行う機会を設けている(中間報告会)。指導後には,ケースレポートを作成してもらい,年度末には区内の先生方や関係者に向けて発表し,議論してもらう場も設けている(事例発表会。2016年度は全国から80名以上が参加した)。
本発表では,こうしたカウンセラーの研修システムの具体を紹介するのみならず,募集方法や指導者の決定時の工夫など,事業の概要について論じる。また,教育センターに認知カウンセリングを入れる試みは,約10年前に都内の他の区において失敗している。なぜ今回,文京区教育センターにおいて実現できたのかについても併せて論じたい。
認知カウンセリングで目指す学習支援(福田麻莉)
近年,社会の変化に伴い,21世紀型スキル(Griffin, McGaw, & Care, 2012)やキー・コンピテンシー(OECD, 2003)を始め,新しい学力の定義が盛んになされている。それらに共通する考え方は,学校教育において,知識や技能といった教科内容だけでなく,教科横断的な力を身につけさせるべきであるというものである。我が国の次期学習指導要領の答申においても,「学習の基盤を支えるために必要な力」としての資質・能力の重要性が指摘されており(文部科学省, 2016),そうした力をいかにして育成するかという点に関心が集まっている。
認知カウンセリングで目指す学習者像は,こうした新しい時代で育成が目指されている学習者像と軌を一にすると考えられる。市川(1993, 1998)は,認知カウンセリングにおける目標は「学習者の自立を促すこと」であり,具体的には,自分に適した学習方略を知っていること,自分の理解状態をモニタリングし,何を学習すべきかを判断できるといったことであると指摘している。そこでのカウンセラーの役割は,学習者のメタ認知を促進し,適切な学習方略を獲得させること,さらには不適切な学習行動の背景に潜む,望ましくない学習観(市川他, 1998)の変容を促すことである。すなわち,学習者がつまずいている教科内容についてカウンセラーが説明を行い,それによって学習者が目先の問題を解けるようになるということを超え,カウンセラーの手が離れた後でも,学習者が自身の力で自立的な学習サイクルを回せるようにすることが認知カウンセリングの目指す学習支援であるといえる。
こうした認知カウンセリングの一例として,福田(2017)の事例を紹介する。福田(2017)は,授業についていけず,家庭学習もままならないという悩みを抱える中学2年生に対して,認知カウンセリングを行った。指導初期に,(1)自分の抱えるつまずきに対処するための学習方略を知らない,(2)意味理解志向が低いといった学習者のつまずきをみとり,「家庭学習においてつまずいたときに,教科書を見返し学びなおす」という方略の獲得,意味理解志向の学習観への変容を試みた。当日は,認知カウンセリングの目指す学習支援と,実際の指導例を照らし合わせながら,教育センターで認知カウンセリングを行うことの意義について議論したい。
認知カウンセリングを通じて得られたこと
① 認知カウンセリングから研究テーマへのつながり(柴 里実)
認知カウンセリングは,学習につまずいて困っている学習者への支援が第一の目的であるが,カウンセラー側の学生にも多くの学びがある。特に,研究者を目指す学生にとっては,「研究テーマの発見」につながることもある。ただ学習者の表面的なつまずきに対処するだけでなく,その裏にある信念や学習方法にも目を向けようという認知カウンセリングの特徴があるからであろう。
筆者の場合,数学につまずく中学生との対話の中で,彼女が教訓帰納の方略を用いて振り返りをしているにも関わらず,その教訓の質が非常に低く,振り返りは面倒だという認識になってしまっていることをみとった。その発見は,筆者の「振り返りの質」という現在の研究テーマに十分つながっているといえる。発表当日は,上述した認知カウンセリングの特徴が,筆者の研究テーマにどうつながったかを詳しくお話したい。
② 教師を目指す学生が認知カウンセリングを行う意味(深谷達史)
教師として効果的な学習支援を行うためには,様々な観点から学習者のつまずきを把握するとともに,つまずきを乗り越えさせる効果的な働きかけを行う力を養うことが求められる。もちろん,実際の教師の主な指導の場は授業が中心であるが,認知カウンセリングを通じて,学習者のつまずきの実際を知り自立支援を図る経験は,授業力の向上にもつながると考えられる。そこで筆者らは,認知カウンセリングを体験したことが教師になってからどう生かされたかを調べるため,学生時代に認知カウンセリングを体験し,現在公立小学校の教員を務める大屋美沙教諭(品川区立浜川小学校)にインタビュー調査を実施した。発表では,インタビューの回答から,教師を目指す学生が,認知カウンセリングを体験することの意味を探りたい。
③ 研究者志望者が良い認知カウンセリングを行うために(押尾恵吾)
認知カウンセリングは開かれた事業であり,筆者のように認知カウンセリングとは別のテーマ(ex. 特定の学習活動による理解深化)を主に研究を行う者もカウンセラーとして参加している。筆者が受け持った事例は英語についての個別相談であった。初期の診断では「基礎を理解しても応用問題に対応させるのが苦手だ」というみとりであったが,さらにみとりを行ったところ「文法を十分意識していない」ことが本質的なつまずきであった。このように,自身がもつ関心や,読んだ論文と類似したつまずきを見つけた際,本質的なつまずきではなくても,クライアントの根本的なつまずきと診断してしまうことがある。そのため,自身の関心に捉われない柔軟なみとりを行うことが重要である。