The 59th Annual Meeting of the Japanese Association of Educational Psychology

Presentation information

自主企画シンポジウム 5

保育者のスイッチ離職とスタンバイ離職

TEMとPOSAによる分析と統合

Mon. Oct 9, 2017 1:00 PM - 3:00 PM 会議室232 (2号館3階)

企画・話題提供:香曽我部琢(宮城教育大学)
司会・話題提供:戸田有一(大阪教育大学)
話題提供:藤田清澄#(盛岡大学)
指定討論:佐藤達哉(立命館大学)
指定討論:神谷哲司(東北大学)

1:00 PM - 3:00 PM

[JH05] 保育者のスイッチ離職とスタンバイ離職

TEMとPOSAによる分析と統合

香曽我部琢1, 佐藤達哉2, 戸田有一3, 神谷哲司4, 藤田清澄#5 (1.宮城教育大学, 2.立命館大学, 3.大阪教育大学, 4.東北大学, 5.盛岡大学)

Keywords:離職, TEM, POSA

企画趣旨
保育士不足と潜在保育士
 近年,待機児童の増加が大きな社会問題として取り上げられるようになり,その対策として,新たな保育施設の増設へ向けた施策が推し進められた。その結果,平成26年には24,425であった保育施設が,平成27年には28,783へと急激に増設された。そして,増設にともなって,そこで働く保育士の需要も高まり,保育士の有効求人倍率(全国平均)も1.36倍(平成25年)から2.18倍(平成27年)へと高まり,保育士不足の問題が全国的に知られることとなった。
 しかし,この保育士不足の直接的な背景は,施設数の増加だけではない。保育士不足について,池本(2015)は(ア)保育士資格のハードルの高さ,(イ)資格を取得している人が保育職に就かない,就いても離職率が高く,その後保育職に就かない『潜在保育士』が多い,(ウ)保育を担う職員には資格保有者を100%配置する必要がある,以上3つの要因を示している。
離職要因とそのプロセス
 とくに,離職に関する状況は厳しく,離職率は10.3%(平成27年)に上り,2年未満で離職する保育者は14.9%に上ることが示された。さらに,離職した保育士の多くが,その後は保育職に就くことなく,保育士登録者119万人の内,76万人が「潜在保育士」であることが調査で明らかになっている。このような状況を受けて,保育領域では離職を減らそうと,離職をめぐる研究が多くの研究者によって進められてきた。これらの離職研究では,離職の経験の要因(同僚との人間関係,保護者とのトラブルなど)に焦点を当て,その要因を明らかにしつつ,その要因への適応や対応策について知見を導き出し,その知見を養成課程に援用しようとした研究が多い。
 しかしながら,離職する保育者の背景は,単純にそれらの要因によって引き起こされるものではなく,複雑な状況が存在することが示唆されている(傳馬ら,2014)。そこで,本シンポジウムでは,保育者が離職する際に現れる事象や出来事が出現するプロセスについて,離職後の経験や出来事にも焦点を拡大して,その複雑な状況を解き明かしつつ,これまで「離職」として,単一的に捉えられてきた経験の多様性について検討を行おうと考えた。
分析方法の提案
 また,本シンポジウムでは,同じ文化や社会の中で生きる人間の発達において,多様に生起する経験と出来事の等至性・順序性についての分析と統合の方法についても新たな提案を行う。
 離職をめぐる経験について,複線径路・等至性アプローチ(TEA)の構成要素の一つである複線径路・等至性モデリング(TEM)で質的な分析を行い,さらに,その順序性について,ガットマンが提案したスケーログラム分析(Scalogram Analysis)を拡張したPOSA(Partial Order Scalogram Analysis, 林ら,1976)によって量的な記述を行う。さらに,それらの2つの方法で得られた知見を統合することで,「離職」という経験・出来事の多様性について迫っていきたい。

TEMによる分析(女性保育者)
離職前後のキャリア意識の変容プロセス
 本発表では,保育者の離職をめぐるさまざまな経験において,保育者が自らのキャリアに関する意識をどのように変容させていくのか,そのプロセスを,時間的変化と社会的・文化的文脈も含めて明らかにしようと考えた。そこで,複線経路・等至性アプローチ(Trajectory Equifinality Approach:以下TEA)の複線径路・等至性モデル(以下TEM)を用いることとした。 
 さらに,本発表では,17名の保育職の離職経験者(すべて女性)から協力を得て,トランスビューを実施した。これまでTEAでは,「1/4/9の法則」が提示され,協力者が1名の場合は個性の深い記述,4名の場合は差異と多様性の記述,9名の場合は経路の類型化の記述が可能であることが示されてきた。16名以上の離職経験プロセスを一つのTEMにまとめることで,どのような記述か可能なのか,POSAとの統合も含めて検討を深めたい。
離職と女性のライフイベント(結婚,子育て)
 TEMによる分析の結果から,保育者が離職へ至る多様な経験の中で,【Ⅰ期:不穏な雰囲気・印象の感受期】,【Ⅱ期:離職意識の漸進期】,【Ⅲ期:離職への疾駆期】の3つの期に分類されることが示された。そして,それぞれの期において,自らが過去から思い続けてきた結婚や子育て,出産に対する思い(信念・価値レベル)が社会的方向づけ(SD)となることが明らかにされた。また,一方で,就職した園で出会った他者や家族,自らのキャリア意識が社会的助勢(SG)となり,離職へのプロセスにおいて迷いや葛藤などの感情を生起させていることが示唆された。
離職を肯定する保育者
 SDとSGの狭間におかれ,多様な感情を生起させた保育者は,自らのライフイベントとキャリアに関する価値・信念を揺さぶられるなかで,どちらかの価値・信念を変容させることを強要される。しかし,保育者は離職を決定づける(離職トリガー)経験をきっかけに,ライフイベントも成就させつつ,将来的には自らのキャリアも生かすという妥協的に「離職」を選択することで,価値・信念レベルを変容させずに,離職へと突き進んでいくことが明らかになった。
 発表当日は,17名の離職経験を統合したTEM図をもとに,離職までに現れる経験の径路の特徴について明示し,考察を示す。

TEMによる分析(男性保育者)
藤田清澄(盛岡大学)
男性保育者の離職に至るプロセス
 本発表では離職を経験した男性保育者5人のインタビューデータを基に離職に至るまでの多様性について検討した。男性保育者がどのように保育職を選択し,離職に至るのかについてそのプロセスを明らかにすることを目的とする。プロセスを対象とした研究ということからTEMを用いて分析することとした。
プロセスで見られる男性の社会文化的側面
 男性が一般的に求められる社会的役割を職場においても周囲から求められることが明らかとなった。これは離職に至る上で社会的助勢(SG)として位置づいていることが明らかとなった。しかし,それと同時に職場における自らの存在価値を見出し,自らも男性として求められる社会的役割について認めることによって社会的方向づけ(SD)としても存在していることが明らかとなった。
男性ならではの離職=ネガティブ固定観念
 離職を意識し始めた際の葛藤として,男性は経済的自立をすることが絶対的に必要であるとの固定観念が働き,ほとんどは次の就職先を意識していた。そして離職=ネガティブなことであるとの認識が見られる。それが周囲に対する罪悪感という形でも存在していることが明らかとなった。

POSAによる分析
戸田 有一(大阪教育大学)
 SAは,1か0かの値をとる変数群での,ほぼ同時点の横断的データの行列を,変数と個人のそれぞれについて和を求めてその和で並べ替え,変数の順番(難易度)にそって個々人の反応(正解)が順序よく並ぶものと記述できるかどうかを示す再現性係数を計算するものである。そこでは,変数の並び順は一列であり,別の径路を許すものではない。このSAをもとに,変化の別径路の記述を許容するようにした手法がPOSAであり,複数の径路が収束する場合がある点も,複線径路等至性モデリングとの親和性が高いと思われる。
 今回のデータは,しかしながら,横断データではなく,回顧データにおいて複数時点で複数変数に関する判断(1か0か)が示されたものである。従って,まず,個人ごとの回答をさらに時点ごとに切り分け,それを一つのデータとして通常のPOSAによる分析を行う。そして,あらためて,そこに,個々人の変化径路をトレースしていく。
 このトレース結果を,あらためてTEM図のなかに埋め込むことで,複数事例の量的データからの位置づけを得て,径路の理解が深まったかどうかを,共同研究者のなかで検討する。
 将来的には,TEM図へのPOSAによる結果の反映を調査協力者に返すことも考えたいが,個人の固有のTEM図ではなく,他者の回答を背景にしてのTEM図となるので,慎重に検討していきたい。
 今回の話題提供は,その結果からの考察ではなく,分析の試行錯誤の過程を提示するものである。ここで扱うのは,分析手法でアプローチできることを調べ,調べたデータをその分析手法に即して縮約表現し,まとめるという段階にまで使用方法が熟した手法ではない。むしろ,離職のプロセスというものを量的指標も使って縮約表現するために,分析手法そのものを検討するものである。
 まさに手探りの状態なので,お知恵をいただきたいという思いである。