The 59th Annual Meeting of the Japanese Association of Educational Psychology

Presentation information

ポスター発表 PA(01-83)

ポスター発表 PA(01-83)

Sat. Oct 7, 2017 10:00 AM - 12:00 PM 白鳥ホールB (4号館1階)

10:00 AM - 12:00 PM

[PA15] 看護実習生の語りにあらわれる「ケアの倫理」とキャリア展望

縦断インタビューの事例的検討

亀井美弥子 (湘北短期大学)

Keywords:キャリア発達, 学びとアイデンティティ, ケアの倫理

問題と目的
 対人援助職は,現在の日本における高齢・少子化のもとで早急な育成が求められている。これらの職種を目指す学生が,学校や職場における学習機会をどのように得て,個々人がこれらの学習の機会をどのように認識し,どのように職業人としての自己発達の道筋を描いているのかというキャリア発達のプロセスの解明は急務である。
 この問題を考える際に,学習者が実践共同体への参加を通じて主体的に体験を意味づけ,学習の意欲を得,自らのアイデンティティを発達させると考えるLave&Wenger(1991)の学習とアイデンティティの理論が参考になる。そこでは,学校教育等で公的に提供される「教育のカリキュラム」に対して,学習者が実践の場で自分の体験を意味づけたうえで,今後の学習の見通しを自ら描く「学習のカリキュラム」が重視される。特に机上の学習に限界があり,明確な学習過程の工程が見えにくい対人援助職の学習プロセスにおいて「学習のカリキュラム」の解明は重要であろう。さらに,キャリア発達とは,本来個人がその生涯の中で様々な社会的役割を多重に請け負うなかでの役割の連なりを示す概念である(Supar,1980)。その意味で職業的発達における「学習のカリキュラム」は個々の職業における仕事の場だけではなく,その個人の生活史やライフサイクルにおける位置づけ,社会的な関係性といった生涯発達的な視点から論じられなければならない。  
 また,女性が多く従事している対人援助職では,女性がもつ「ケアの倫理」(Gilligan,1982)と呼ばれる相手を気遣い思いやる志向性や行動傾向が,職業的学習や職業的アイデンティティ発達に重要であると考えられる。しかし一方で,その志向性や行動傾向の強い女性は対人関係に負荷を背負いやすく,また家庭を重視することが推測されることから,職場における心理的健康の維持や職業の継続に心理的・行動的な齟齬を生むことも予測される。そこで本研究では,対人援助職の「ケアの倫理」がどのように個人の「学習のカリキュラム」に影響するのかを考察するための予備的な調査として,看護学生の看護実習の体験の語りのなかにあらわれた配慮や人間関係への見方,またそれが学習の方向性や将来展望にどのように関連しているのかを事例的に検討することを目的とする。
方   法
対象:データの利用の範囲や協力者の権利を説明し同意を得たうえで,看護専門学校3年生(調査開始時は2年生)12名の学生に面接調査を行った。このうちの1名である女子学生Dの語りを分析の対象とした。インタビュー調査:実施期間は各論実習が行われる20XX年1月から20XX+1年11月の期間およびその前後において,個別の半構造化面接を全5回行った。質問項目:実習の流れ,実習についての自分自身の評価,実習で学んだこと。分析方法:音声データから逐語録を作成し,他者への配慮,人間関係,学習の方向性,将来展望に関連する語りに着目して検討した。
結果と考察
 実習前の面接でDは看護師になることが小学校からの夢で「いつもバンソウコウを持ち歩いているような」子どもであり,将来の夢はNICUのある小児病棟で働くことだと語った。実習開始後の2回目の面接では清拭のやり方について担当教員に注意を受けたことについて「あの人は笑ってくれてたけど,ほんとは負担になってたかな,とかすごい思ったら,すごい落ち込んで」と語るなど患者の心情についての配慮を語ると同時に,実習を体験して新しく感じたことについて「今までずっと気を張ってきたけど(中略),もうほんとやめたいなって思って,それからはもうやめるって思ったら,ちょっと気が楽になるし(中略)まあ,受かる程度に頑張ればいいかなっていう考え方に変わってきた」とそれまで生真面目に看護の勉強をしてきた自分を振り返った。3回目の面接では老年期の実習体験が主なテーマとなり,ここでDは失語症の患者と共鳴し,ともに声を上げて泣くという強烈な体験をし,その実習を通じて家族と患者のかかわりを知り「前までは大きい病院で働いて(と思っていたが)将来は,親の面倒もみなきゃ行けないんだって思って。」という心情の変化を語った。4回目の面接で就職先を自宅の近隣にしたことについて「やっぱ家族大事だな」と語っている。また最後の面接では動けない患者に対して「どういう体位になったら痛いのかなとか考えて,実際自分も学校のベットに寝てベッドアップしたらどこが痛いかとかわかって。(中略)ちゃんと目を見て話してるとなんか分かってきた」と患者の立場になって深く患者を理解する気づきについて語られた。また「ちっちゃい頃から,とりあえずナースと結婚が自分の夢にあって,で,すごい母親になりたくて,二つのことをやるのは不器用だからそんなことできなくて」と将来展望について話した。
 Dの語りからは「ケアの倫理」に基づく配慮や共感を基盤とする体験から患者の理解や看護への学びが深まった一方で,その患者の家族などの関係性への気づきが家庭に主軸をおく選択について語るなど看護師のキャリアを一時中断する自身の未来展望の一助となっていることが示された。

 ※本研究は,科学研究費補助金(基盤研究(C),課題番号17K04394)の助成を受けて行われた。