The 59th Annual Meeting of the Japanese Association of Educational Psychology

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ポスター発表 PA(01-83)

ポスター発表 PA(01-83)

Sat. Oct 7, 2017 10:00 AM - 12:00 PM 白鳥ホールB (4号館1階)

10:00 AM - 12:00 PM

[PA38] 例を用いた負数の概念の説明

伊藤俊一 (愛知教育大学)

Keywords:数学, 負の数, 例

 具体物を例として用いることで学習者にとって未知の抽象的な概念を比喩的に説明することがもたらす効果を検証する研究は数多くなされている(田辺,1990など)。例を用いて新しい概念を説明することの有効性は,一般的に言えば,学習者が例について既に知っている属性をもとにして類推を働かせることで,新しい概念が持つ未知の属性をより理解しやすくなることによるものであると考えられる(鈴木,1996など)。しかしながら,実際には,新しい概念の持つ全ての属性を単一の例が常に都合よく網羅的に備えているわけではない。そのため,どの例を用いて説明することが相対的に有効なのかという判断が重要な意味を持つことになる。そして,その判断が説明の分かりやすさを大きく左右することにもなると考えられる。
 本研究では,中学数学において「負の数」を説明するために教科書・参考書等で採用されている例が持つ性質と,「負の数」の説明におけるそれらの例の有効性との関係について,実験データをもとに考察する。

方   法
実験参加者:
教員養成課程に所属し,中学数学第1種免許取得見込の大学生30名であった。
材料および手続き:
 実験参加者は「あなたは中学1年生を指導する数学教員として負の数を最初に導入する授業を行なうものとします。その際,負の数が「値」(半数の実験参加者には「値」ではなく「増減」と記された)という観点から正の数とは反対の性質をもつことを次のそれぞれの例を用いてどのように説明しますか?」という課題が与えられ,4種類の例(「金銭」「温度」「方位」「重量」)のそれぞれについて「例を用いた説明」を自由に記述した。次に,自ら記述した4種類の「例を用いた説明」を参照しながら,7種類の評価項目(印象性・適切性・イメージ性・面白さ・理解しやすさ・指導しやすさ・指導のモチベーション)のそれぞれについて4種類の例を評価した。評価は,もっとも当てはまるものから当てはまらないものまでを1位から4位にランク付けする方法で行なわれた。さらに,それぞれの評価項目で1位あるいは4位にランク付けした例については,評価の理由を記述するよう求められた。

結果と考察
 それぞれの例に対する評価の特徴を以下にまとめる。
温度:「値」「増減」いずれの観点においてもほとんどの評価項目で最も評価が高かったが,「増減」という観点から用いる例としては「面白み」に欠けることが指摘され,「指導のモチベーション」の評価をやや下げていた。
金銭:「値」という観点から見た評価は「温度」に次いで高かった。「増減」という観点から見た場合には「負」の概念が「損失」のイメージを想起させてしまうことによって「適切性」を下げる傾向が認められた一方で,その「損失」のイメージが「面白さ」と結びつくことによって「指導のモチベーション」「指導しやすさ」を高める効果を生み出している可能性が示唆された。
方位:正負の極性が恣意的であるという難点によって,「値」「増減」いずれの観点においても全ての評価項目で最も評価が低かった。
重量:「値」という観点から見た評価は,負の値の重さを持つ物質をイメージすることができないという難点によって全体的に低かったが,「増減」という観点から見た評価は「理解しやすさ」等において比較的高い評価が得られた。

総合的考察
 本研究の結果は,「値」「増減」いずれの観点においても「温度」を例として用いるという判断が最も無難であることを示唆している。しかしながら,さらに場面に限定して「増減」の観点から説明するという場面のみを想定するなら,指導者,ひいては,学習者のモチベーションを高める可能性を秘めた「金銭」をあえて用いるという判断も考慮に値するものかもしれない。
 一方で,現行の中学数学において「温度」「金銭」と同程度に高い頻度で採用されている「方位」については,「負の数」を説明するための例としては,その採用の是非に再考を要する可能性が示唆された。「方位」は「値」「増減」いずれの観点においても全ての評価項目で最も評価が低く,その問題点として正負の極性が恣意的であることが多くの実験参加者から指摘された。確かに,「負の数」の概念の導入が完了し,続いて「数直線上に表す」「加法と減法を統一的に表す」(文部科学省,2008)等の課題に移行した段階では,「方位」という例が有効性を発揮する可能性もある。「方位」という例は値を空間的に配置する「数直線」とは相性が良いとも考えられるし,「加法と減法」を空間的な移動距離と対応付けて説明することも有効であることが予想される。そのような発展的な段階における例としての有効性を見越して「負の数」の導入部において「方位」が例として採用されるケースが多いのかもしれない。しかし,「負の数」を導入する際に「方位」を例として用いることの問題は,依然として残るものと考えられる。

引用文献
文部科学省 (2008) 中学校学習指導要領解説数学編 教育出版
鈴木宏明 (1996) 類似と思考 認知科学モノグラフ第1巻 共立出版 
田辺敏明 (1990) 心理学概念の理解と保持における比喩的説明の効果―比喩の特性と用法に関して― 教育心理学研究,38, 166-173.