The 59th Annual Meeting of the Japanese Association of Educational Psychology

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準備委員会企画 シンポジウム 2

学習動機づけ研究の未来

教育心理学研究における動向とこれから

Sat. Oct 7, 2017 4:00 PM - 6:30 PM 国際会議室 (3号館3階)

企画・司会:中谷素之(名古屋大学)
話題提供:田中あゆみ(同志社大学)―認知心理学・達成目標理論研究の視点から―・伊藤崇達(京都教育大学)―学習心理学・自己調整学習研究の視点から―・外山美樹(筑波大学)―社会心理学・社会的比較研究の視点から―
指定討論:大坊郁夫#(東京未来大学)・鹿毛雅治(慶應義塾大学)

4:00 PM - 6:30 PM

[jsympo02] 学習動機づけ研究の未来

教育心理学研究における動向とこれから

中谷素之1, 田中あゆみ2, 伊藤崇達3, 外山美樹4, 大坊郁夫#5, 鹿毛雅治6 (1.名古屋大学大学院, 2.同志社大学, 3.京都教育大学, 4.筑波大学, 5.東京未来大学, 6.慶應義塾大学)

Keywords:学習動機づけ

 コンピュータ・サイエンスや神経科学の爆発的な発展によって,今日,社会科学を含む諸科学の枠組みが大きく変わろうとしている。例えば,ビッグ・データによって従来は測りえなかった大規模データでの学習の過程が示されたり,あるいは心理学のみならず,医学や生理学,あるいは遺伝子研究などの学際的な研究により学習などの動機づけの神経科学的な基盤が見出されるなど,顕著な動向がみられている。例えば,達成動機づけ研究のレビューに関する代表的シリーズであるAdvances in Motivation and Achievementの最新巻(Vol. 19)においても,神経科学的な測定や問題設定に基づく人間の動機づけ研究の特集“Recent Developments in Neuroscience Research on Human Motivation”(Kim, Reeve, & Bong, 2016)が組まれるなど,現在,学習動機づけ研究において,新しい動向がみられてきている。
 教育心理学研究は,教育場面における教授や学習という極めて実際的な問題を扱いながら,行動科学的としての実証的視点を有しているが,このようなコンピュータ・サイエンスや神経科学の発展による変革のただ中では,教育事象をどうとらえ,測定,評価するのか,そしてどのような成果を社会にもたらすのかといった,科学的であるとともに,応用的,実用的な問題提起が想定され,学習動機づけ研究もその例外ではない。
 本シンポジウムでは,教育心理学における学習動機づけ研究に関わる多面的な理論的視点から,(1)学習動機づけの主要な理論,そして研究の最新動向はどのようなものか,(2)各学習動機づけ研究の枠組みや強みに基づいて,未来の動機づけ研究はどのように展開していくと考えられるのか,について,各研究領域の知見を踏まえて議論する。学習動機づけ研究の各領域の研究のトレンドと,それを踏まえた近未来の学習動機づけ研究のすがたについて展望してゆく。学習動機づけ研究の主要な理論である,達成目標理論,自己調整学習理論,制御適合理論の3つの視点から,各領域の一線の研究者による各研究の理論的基盤と最新の動向についてのレビューと学習動機づけ研究の未来を展望した議論を行う。これはパーソナリティや学習,そして社会という異なる心理学領域での動機づけ研究の架橋にもなるであろう。


達成目標理論の見地からみた学習動機づけ研究の未来の可能性
田中あゆみ
 例えば,間近に迫った試験に向けて勉強をしているときに,自分の学力を向上させることを目指して勉強していることもあれば,他の人よりよい成績を取ることを目指していることもあるだろう。達成目標理論とは,私たちが何かを達成しようとしている場面で持つ目標(達成目標)を主要な次元で分類し,異なる達成目標が及ぼす影響を検討するアプローチの総称である。
 達成目標理論は,1970年代にC. DweckやJ. Nichollsにより提唱されて以来,学習動機づけの研究において,最も多くの研究者によって利用されてきた理論の1つである。これはなぜなら,達成目標,特に,冒頭に示したようなマスタリー目標とパフォーマンス目標に,学業成績をはじめとして, 課題に対する努力や持続性,課題への内発的興味,認知的・メタ認知的方略,ポジティブ感情やネガティブ感情など,学習活動の主要なプロセスや結果を説明し予測する力があるからである (レビューとしてSenko, 2016; Senko, Hulleman, & Harackiewicz, 2011を参照)。
 本話題提供では, 第一に,さまざまな達成目標のもとでどのような学習動機づけが形成されるのかについて,主要な研究を振り返り,これまでの達成目標理論の成果を確認したい。そして第二に,近年の達成目標研究の中から,記憶との関連を示した研究を紹介する。達成目標というヒトの有能感に関連する動機づけが,ワーキングメモリなどの基本的な認知機能に影響するという知見は,教育心理学における学習動機づけ研究の成果を認知神経科学へ橋渡しする突破口として,重要な意義があると考えられる。
 本話題提供の最後には,2017年4月に開催されたAmerican Educational Research Association(AERA)のシンポジウム“Motivation Theory Yesterday, Today, and Tomorrow: Reflections of Founders and Descendants(登壇者:E.Deci, J.Eccles, C. Hulleman, D. Schunk, T. Urdan, B.Weiner)”で耳にした話題を共有し,達成目標理論を含めた今後の学習動機づけ研究の展開についての議論を深めたい。


自己調整学習理論の見地からみた学習動機づけ研究の未来の可能性
伊藤崇達
 Self-regulated learning(SRLと称する)という理論的枠組み(上淵, 2004;Zimmerman & Schunk, 2011;塚野・伊藤, 2014)から学習動機づけ研究の未来の可能性について考えてみたい。SRLは,学習動機づけ,とりわけ,「自ら学び続ける」プロセスに関して有用な視点と実証に基づく多数の知見を提供してきている研究領域である。「自ら」学ぶということと,学び「続ける」ということの本質に迫っていく上で不可欠なグランド・セオリーといえるだろう(cf. 自己調整学習と動機づけの関係についてはSchunk & Zimmerman, 2008に詳しい)。
時系列における動機づけの水準間の関係の解明
 新たな展開の一例として,期待×価値理論に基づく研究を紹介する。本理論をはじめ,学習動機づけ研究では,因果モデルを仮定して検証を試みることがなされてきた。「期待」や「価値」のような動機づけ要因(先行要因)が,学習方略などの媒介要因(あるいは調整要因)を通じて,成績などの結果要因をいかに規定するかといったモデルの検証がオーソドックスな分析アプローチの1つであった。動機づけ要因とパフォーマンスの間には,相互に規定し合う循環的な関係があることは幾分自明なことだと考えられる(伊藤,1997)が,分析上,方法論として「動機づけ要因→媒介要因→結果要因」の因果モデルを仮定することが試みられてきた。そこには,動機づけプロセスにおけるそれぞれの要因が独自にもつ機能がより明らかにできるという意図があった。
 近年ではこうした因果の問題にさらに踏み込む試みがなされ始めている。「エンゲージメント」を中核的な指標とした交差遅延パネルモデル(梅本・伊藤, 2016)や,相互形成モデル(赤松, 2016)に基づく検証が,時間の経過とともに,「状況」「文脈」「特性」の3つの水準(鹿毛, 2004)のもと,ダイナミックに変容していく動機づけのプロセスをさらに解明していく可能性を示している。
社会的相互作用としての動機づけプロセスの解明
 最近のSRL研究における1つの顕著な理論上の発展として,Socially shared regulation of learning(SSRLと称する)という新たな枠組みの提案をあげることができる(e.g., Panadero & Järvelä, 2015)。SSRLでは,学びあいとは,ともにお互いの学びのあり方を調整しあい,それらを社会的に共有していくプロセスであると捉えている。ともに自ら学び続けるプロセスにおいて,「動機づけ」「動機づけられる」存在(相互性)として,一人ひとりの学習者のありようを捉え直す視点が含まれている。学びにおいて動機づけを協調しあうという見方は,依然として未開拓の研究テーマであり,今後のさらなる展開が期待されるだろう。

制御適合理論の見地からみた学習動機づけ研究の未来の可能性
外山美樹
 近年,社会心理学の分野において,制御焦点(regulatory focus)や制御適合(regulatory fit)に関する研究が精力的に行われている。そこでは,課題に取り組む時,目指す活動の結果は同じであっても,その目標志向性や活動を行う手段は,個人や状況によって異なると指摘されている(Higgins, 2007, 2008)。
 制御適合理論(Higgins, 2008)の前身である制御焦点理論(Higgins, 1997)では,人の目標志向性を促進焦点(promotion focus)と防止焦点(prevention focus)の2つに区別している。促進焦点は希望や理想を実現することを目標とし,進歩や獲得(gain)の在・不在に焦点を当てる目標志向性である。一方,防止焦点は義務や責任を果たすことを目標とし,安全や損失(loss)の在・不在に焦点を当てる目標志向性である。両者では,評価や情報における敏感さ,推論や判断方略,目標遂行過程において,異なる特徴を有することが示されている。
 制御適合理論(Higgins, 2008)は,この制御焦点理論を発展させ,志向性と対応するものとして目標に対する方略(manner)を取りあげ,個人の志向性が目標に従事する際の方略と合致すると制御適合を経験すると説明した。それぞれの志向性には適した方略があり,促進焦点は熱望方略(eager strategy)が,防止焦点は警戒方略が適しているとされる(Crowe & Higgins, 1997; Molden, Lee, A., & Higgins, 2007)。熱望方略とは,利益を最大化するような方略で,警戒方略は,損失を最小化するような方略である。
 制御適合を経験すると,現在の活動に対して“正しい”と感じられ(feeling right),活動そのものや決定事項への価値が高まる(Avnet & Higgins, 2006)。そのため,活動への積極的な従事(Idson et al., 2004),活動に対する高い内発的動機づけ(外山他,2017),高いパフォーマンス(Shah et al., 1998)につながることが示されている。
 制御適合の研究が始まった当初は,その効果として価値創造,意思決定,有用性の判断,倫理判断,説得が検討されるなど,社会心理学の分野を中心に研究が進められてきた。教育心理学の分野ではこれまで,制御焦点や制御適合は特に注目されてこなかった(Rosenzweig & Miele, 2016)が,近年になって,制御適合の効果として動機づけやパフォーマンスに焦点を当てた研究も見られるようになってきた。
 本シンポジウムでは,発表者らが行った制御焦点,制御適合の一連の研究を紹介しながら,個人に合った動機づけの高め方を提言するとともに,制御適合理論研究の視点から学習動機づけ研究の未来について議論していきたい。