9:30 AM - 12:00 PM
[jsympo03] 福島第一原子力発電所事故がもたらした心理的被害について
Keywords:原発事故, 心理的被害, 発達
企画趣旨
2011年3月に起こった東京電力福島第1原子力発電所の事故から6年以上が経過した。避難区域の多くで避難指示が解除され,住民の帰還がはじまっている。避難区域外でも,除染が進み,一見平常の生活が戻りつつある。しかし,チェルノブイリ事故後の調査結果によれば,subclinicalなものではあるが,心理学的影響が長期間継続することが知られている。また,幼い子どもを持つ母親に特に心理学的影響が現れやすいこともわかっている。このシンポジウムでは,福島第一原子力発電所事故が,福島の親にもたらした心理学的被害について検討することを目指し,4つの報告を行う。初めにその実態について,事故後継続的に福島県内の幼い子どもを持つ親を対象に,放射能に対する不安やストレスを調査してきた福島大学チームの調査結果にもとづいて報告する。2つ目に,親の不安やストレスが発達心理学的に持つであろう意味についての理論的考察と実証研究の結果を報告する。3つ目に,子どもの発達に及ぼす影響を防ぐための心理学的介入実践の試みを報告する。最後に,人々のリスク知覚に着目したリスクコミュニケーションのあり方について報告する。指定討論として,心理学的観点からチェルノブイリ事故後の被害住民の調査を行うとともに心理学的影響のメカニズムについての研究と提言を行ってきたノルウェー技術工科大学のBritt-Marie Drottz-Sjøberg教授を迎え,心理学的影響の長期化や子どもの発達への影響を防ぐための方策について議論を深める。
福島第一原子力発電所事故の心理的被害について
筒井雄二
トラウマティックな災害体験や避難生活に起因するさまざまな心理的影響を想定した「心のケア」。これが災害後の被災者の心理的影響に対するこれまでのわが国の心のケア対策の中心であったと言えるだろう。しかし,低線量放射線被ばくの恐れのある地域で生活する人々にどのような心理的影響が及ぶのか?これについては研究も行われてこなかったし,対策も充分に行われていないのが実情だ。現在も放射線被ばくによる健康影響を恐れながら福島で暮らしている人々に,今後,どのような心の問題が起こりうるのか,原発災害が引き起こした心の問題を解決するにはどうしたらよいのか。これらの問題に心理学が総力をあげて取り組む必要があると私は考える。福島大学災害心理研究所は原発災害後も福島で暮らしている母子を対象に,原発災害が彼らに与えた心理的影響について事故直後から調査を続けてきた。
今回の発表では,これまで私たちが福島で行ってきた研究成果を,福島の人々の現状や,原発災害の特殊性の問題も含め紹介したいと考えている。
親の不安が子どもの発達に及ぼす影響に
ついて
氏家達夫
放射能災害には,心理的影響が長期化するという特徴がある。その影響は,subclinicalであることが多く,心理的不調として経験されやすい。そのような状態は,人々が長期間慢性ストレスに曝されることを意味する。そして,発達心理学でよく知られているように,慢性ストレスは,良好な親子関係を損ねるリスク要因となる。災害下で,幼い子どもたちは,養育者に守られている限り,傷つきにくいと考えられている。一方で,養育者の傷つきは,幼い子どもの心理的状態や発達にネガティブな影響を与えるような効果をもつ。原発事故の影響は,福島で幼い子どもを育てている親たちが,子どもの健康への影響を心配するあまり,慢性的なストレスをもち,結果として子どもの心理状態や発達にネガティブな影響を与えてしまうという観点から検討する必要がある。
このシンポジウムでは,3・4歳児(事故前後に生まれた)と2歳児(事故から1年以上後に生まれた)とその母親を対象に試みた,原発事故が幼い子どもの心理状態や発達に及ぼすネガティブな影響についての発達心理学的モデル(原発事故・放射能に対する懸念が母親のストレスを高め,子どもに対する養育行動を経由して子どものエフォートフルコントロールの発達に影響する)の検証結果を報告する。3・4歳児と2歳児の両群で,原発事故・放射能に対する懸念が母親のストレスを高め,子どもの発達に影響することが示されたが,影響の仕組みは2群間で異なっていた。これらの結果にもとづいて,原発災害が幼い子どもの発達に及ぼす影響について理論的考察を行う。
親を対象とした心理学的介入実践の試み
大久保 諒
放射能被害の不安へ曝されても,親が適切な養育行動を展開できるようアシストすることを目的に,介入方法の考案と妥当性の試験を行ったことについて報告する。親の慢性的で強い不安が適切な養育行動を妨げる危険性を持つ傍ら,背景となる放射能の問題はいかなる方法によっても根本的な解消が困難である。こうした事情へ柔軟に対応すべく,介入方法は,1). 危険性 (弱み) の除去ではなく,資源 (強み) の拡大を方針に持ち,2). 特別な条件を必要とせず,一般的に広く適用可能な性格を備えるように計画された。具体的には,ポジティブ心理学へ立脚しつつ,適切な養育行動や,養育上の協力関係 (夫婦関係など) を支えるプラスの感情,とりわけ親の感じる愛と感謝をターゲットに介入を図ることとした。そのためのグループ・ミーティング,及び日誌法を利用したエクササイズを新たに構成し,福島県内の2つの地域で乳児を持つ母親を対象に試験的に実施した。結果,限界はあるものの,複数の指標において介入の効果を確認することに成功した。当日は,考案した介入方法について,残されている課題や,今後の発展の在り方にも触れていきたい。
Developing effective risk communication through understanding risk perception factors.(リスク知覚の理解にもとづく効果的なリスクコミュニケーションの開発)
Yuliya Lyamzina
Most approaches to stakeholder communications have been with the premise of “education”; i.e. if we tell (educate) the local population it is assumed that stakeholder issues have been addressed and therefore stakeholder acceptance should be more pervasive. Unfortunately, there is little evidence to support the efficacy of generalized communications based on ‘educating the stakeholder’. However, stakeholder concerns are usually very complex and driven by a variety of risk-perception factors (e.g. trust in institutions, volition, equity, etc.) but dread (i.e. fear and anxiety) is often pervasive, especially in situations involving radioactive waste management, where the perception of derived benefit is low versus the benefits perceived from e.g. nuclear energy or nuclear medicine. In addition, risk perception factors, typically, shaped and expressed by variously held anxieties or fears (cancer, birth defects, water quality, etc.). Regardless of the source, the physical and mental health effects of anxiety disorders are well established (e.g. elevated BP, insomnia, depression, substance abuse, risk-taking, etc.) as are the cumulative long-term consequences (e.g. cardiovascular disease, gastrointestinal problems, etc.). Therefore, in our study I will be focusing on developing communication strategies, which will be responsive to actual dominant stakeholder concerns in environments with more complex anxiety contributions around the world and which should contribute to enhanced stakeholder acceptance while actually helping to reduce stress-related health effects and better secure stakeholder acceptance of current decontamination and remediation efforts around the world.
ステークホルダーコミュニケーションへのほとんどのアプローチは,「教育」を前提としている。われわれが地元の人々に伝える(教育する)場合,ステークホルダーの問題に対処していると考えられ,したがってステークホルダーの受け入れがより進むはずである。残念ながら,「ステークホルダーの教育」に基づく一般化されたコミュニケーションの有効性を裏付ける証拠はほとんどない。しかし,ステークホルダーの懸念は,通常,非常に複雑であり,さまざまなリスク知覚要因(例えば,機関への信頼,意欲,公平性)によって駆動されるが,特に放射性廃棄物の管理に関わるとき,恐怖(恐れや不安)が一般的に引き起こされる。原子力または核医学について,派生するはずの利益は,知覚された利益に比べて低い。リスク知覚要因は,典型的には,さまざまな懸念や恐怖(がん,先天異常,水質など)によって形作られ,表現される。原因にかかわらず,不安障害の身体的および精神的健康影響は,長期的な累積的な結果(例えば,心血管疾患,胃腸管障害など)として表れることがわかっている(例えばBP上昇,不眠症,うつ病,薬物乱用,問題など)。したがって,私たちの研究は,世界中で起こっている,より複雑な不安に関わる環境についての主だったステークホルダーの懸念に対応することに寄与し,またそうなることで実際にストレスが引き起こす健康への影響を減らし,世界各国で行われている除染および修復努力を安心して受け入れること促進するはずの,ステークホルダーの受容を高めることに寄与するコミュニケーション戦略の開発に焦点化している。
2011年3月に起こった東京電力福島第1原子力発電所の事故から6年以上が経過した。避難区域の多くで避難指示が解除され,住民の帰還がはじまっている。避難区域外でも,除染が進み,一見平常の生活が戻りつつある。しかし,チェルノブイリ事故後の調査結果によれば,subclinicalなものではあるが,心理学的影響が長期間継続することが知られている。また,幼い子どもを持つ母親に特に心理学的影響が現れやすいこともわかっている。このシンポジウムでは,福島第一原子力発電所事故が,福島の親にもたらした心理学的被害について検討することを目指し,4つの報告を行う。初めにその実態について,事故後継続的に福島県内の幼い子どもを持つ親を対象に,放射能に対する不安やストレスを調査してきた福島大学チームの調査結果にもとづいて報告する。2つ目に,親の不安やストレスが発達心理学的に持つであろう意味についての理論的考察と実証研究の結果を報告する。3つ目に,子どもの発達に及ぼす影響を防ぐための心理学的介入実践の試みを報告する。最後に,人々のリスク知覚に着目したリスクコミュニケーションのあり方について報告する。指定討論として,心理学的観点からチェルノブイリ事故後の被害住民の調査を行うとともに心理学的影響のメカニズムについての研究と提言を行ってきたノルウェー技術工科大学のBritt-Marie Drottz-Sjøberg教授を迎え,心理学的影響の長期化や子どもの発達への影響を防ぐための方策について議論を深める。
福島第一原子力発電所事故の心理的被害について
筒井雄二
トラウマティックな災害体験や避難生活に起因するさまざまな心理的影響を想定した「心のケア」。これが災害後の被災者の心理的影響に対するこれまでのわが国の心のケア対策の中心であったと言えるだろう。しかし,低線量放射線被ばくの恐れのある地域で生活する人々にどのような心理的影響が及ぶのか?これについては研究も行われてこなかったし,対策も充分に行われていないのが実情だ。現在も放射線被ばくによる健康影響を恐れながら福島で暮らしている人々に,今後,どのような心の問題が起こりうるのか,原発災害が引き起こした心の問題を解決するにはどうしたらよいのか。これらの問題に心理学が総力をあげて取り組む必要があると私は考える。福島大学災害心理研究所は原発災害後も福島で暮らしている母子を対象に,原発災害が彼らに与えた心理的影響について事故直後から調査を続けてきた。
今回の発表では,これまで私たちが福島で行ってきた研究成果を,福島の人々の現状や,原発災害の特殊性の問題も含め紹介したいと考えている。
親の不安が子どもの発達に及ぼす影響に
ついて
氏家達夫
放射能災害には,心理的影響が長期化するという特徴がある。その影響は,subclinicalであることが多く,心理的不調として経験されやすい。そのような状態は,人々が長期間慢性ストレスに曝されることを意味する。そして,発達心理学でよく知られているように,慢性ストレスは,良好な親子関係を損ねるリスク要因となる。災害下で,幼い子どもたちは,養育者に守られている限り,傷つきにくいと考えられている。一方で,養育者の傷つきは,幼い子どもの心理的状態や発達にネガティブな影響を与えるような効果をもつ。原発事故の影響は,福島で幼い子どもを育てている親たちが,子どもの健康への影響を心配するあまり,慢性的なストレスをもち,結果として子どもの心理状態や発達にネガティブな影響を与えてしまうという観点から検討する必要がある。
このシンポジウムでは,3・4歳児(事故前後に生まれた)と2歳児(事故から1年以上後に生まれた)とその母親を対象に試みた,原発事故が幼い子どもの心理状態や発達に及ぼすネガティブな影響についての発達心理学的モデル(原発事故・放射能に対する懸念が母親のストレスを高め,子どもに対する養育行動を経由して子どものエフォートフルコントロールの発達に影響する)の検証結果を報告する。3・4歳児と2歳児の両群で,原発事故・放射能に対する懸念が母親のストレスを高め,子どもの発達に影響することが示されたが,影響の仕組みは2群間で異なっていた。これらの結果にもとづいて,原発災害が幼い子どもの発達に及ぼす影響について理論的考察を行う。
親を対象とした心理学的介入実践の試み
大久保 諒
放射能被害の不安へ曝されても,親が適切な養育行動を展開できるようアシストすることを目的に,介入方法の考案と妥当性の試験を行ったことについて報告する。親の慢性的で強い不安が適切な養育行動を妨げる危険性を持つ傍ら,背景となる放射能の問題はいかなる方法によっても根本的な解消が困難である。こうした事情へ柔軟に対応すべく,介入方法は,1). 危険性 (弱み) の除去ではなく,資源 (強み) の拡大を方針に持ち,2). 特別な条件を必要とせず,一般的に広く適用可能な性格を備えるように計画された。具体的には,ポジティブ心理学へ立脚しつつ,適切な養育行動や,養育上の協力関係 (夫婦関係など) を支えるプラスの感情,とりわけ親の感じる愛と感謝をターゲットに介入を図ることとした。そのためのグループ・ミーティング,及び日誌法を利用したエクササイズを新たに構成し,福島県内の2つの地域で乳児を持つ母親を対象に試験的に実施した。結果,限界はあるものの,複数の指標において介入の効果を確認することに成功した。当日は,考案した介入方法について,残されている課題や,今後の発展の在り方にも触れていきたい。
Developing effective risk communication through understanding risk perception factors.(リスク知覚の理解にもとづく効果的なリスクコミュニケーションの開発)
Yuliya Lyamzina
Most approaches to stakeholder communications have been with the premise of “education”; i.e. if we tell (educate) the local population it is assumed that stakeholder issues have been addressed and therefore stakeholder acceptance should be more pervasive. Unfortunately, there is little evidence to support the efficacy of generalized communications based on ‘educating the stakeholder’. However, stakeholder concerns are usually very complex and driven by a variety of risk-perception factors (e.g. trust in institutions, volition, equity, etc.) but dread (i.e. fear and anxiety) is often pervasive, especially in situations involving radioactive waste management, where the perception of derived benefit is low versus the benefits perceived from e.g. nuclear energy or nuclear medicine. In addition, risk perception factors, typically, shaped and expressed by variously held anxieties or fears (cancer, birth defects, water quality, etc.). Regardless of the source, the physical and mental health effects of anxiety disorders are well established (e.g. elevated BP, insomnia, depression, substance abuse, risk-taking, etc.) as are the cumulative long-term consequences (e.g. cardiovascular disease, gastrointestinal problems, etc.). Therefore, in our study I will be focusing on developing communication strategies, which will be responsive to actual dominant stakeholder concerns in environments with more complex anxiety contributions around the world and which should contribute to enhanced stakeholder acceptance while actually helping to reduce stress-related health effects and better secure stakeholder acceptance of current decontamination and remediation efforts around the world.
ステークホルダーコミュニケーションへのほとんどのアプローチは,「教育」を前提としている。われわれが地元の人々に伝える(教育する)場合,ステークホルダーの問題に対処していると考えられ,したがってステークホルダーの受け入れがより進むはずである。残念ながら,「ステークホルダーの教育」に基づく一般化されたコミュニケーションの有効性を裏付ける証拠はほとんどない。しかし,ステークホルダーの懸念は,通常,非常に複雑であり,さまざまなリスク知覚要因(例えば,機関への信頼,意欲,公平性)によって駆動されるが,特に放射性廃棄物の管理に関わるとき,恐怖(恐れや不安)が一般的に引き起こされる。原子力または核医学について,派生するはずの利益は,知覚された利益に比べて低い。リスク知覚要因は,典型的には,さまざまな懸念や恐怖(がん,先天異常,水質など)によって形作られ,表現される。原因にかかわらず,不安障害の身体的および精神的健康影響は,長期的な累積的な結果(例えば,心血管疾患,胃腸管障害など)として表れることがわかっている(例えばBP上昇,不眠症,うつ病,薬物乱用,問題など)。したがって,私たちの研究は,世界中で起こっている,より複雑な不安に関わる環境についての主だったステークホルダーの懸念に対応することに寄与し,またそうなることで実際にストレスが引き起こす健康への影響を減らし,世界各国で行われている除染および修復努力を安心して受け入れること促進するはずの,ステークホルダーの受容を高めることに寄与するコミュニケーション戦略の開発に焦点化している。