[JA04] 教育心理学からみた教師の成長と変容
Keywords:教師
企画趣旨
学校現場において,教師には多様な事柄への対応が求められる。日々の授業や学習指導はもちろんのこと,子どもとの関係づくりや学級経営,保護者や学校が所在する地域との連携などにも注力しなければならない。また,学校としての研究課題を遂行したり,国や自治体の教育動向を把握したうえで,それに応じることも求められる。そういった多岐にわたる職責のなかで,一個人としての教師は成長し,変容していく。ときには困難に直面しながらも,自身の努力や他の教師との協働のなかで,生じた課題を解決しながら,一人の教師としてのキャリアが少しずつ形成されていくと考えられる。
このような教師の成長や変容の過程をみたとき,教育心理学者は何かできることがあるだろうか。これまでの教育心理学では,どちらかというと学習者である児童・生徒の側に焦点があてられることが多かったように思われる。かりに教師に視点があたっていたとしても,それは児童・生徒側からみた支援者もしくは指導者としての教師であることが多かった。しかし,教師の側にも様々な面で成長し,変容していく過程があり,教師側からの視点も重要である。近年では,教師の力量形成や教師の資質・能力といった観点から,教師自身の成長過程に着目することの必要性が認識されつつある。また,学問的には,教師教育学の分野で教師の成長や変容についての研究が蓄積されてきた。一方で,教育場面における課題を包括的に扱う教育心理学では,教師の成長や変容の過程をどのように描き出すことができるだろうか。さらには,教師の成長と変容の過程に対して,何かしらの貢献が可能なのだろうか。
本シンポジウムでは,教育心理学の視点から教師の成長や変容の過程をどのように捉えることができるか,また教師が成長していく過程に対して教育心理学者が貢献し得るところがあるのかについて考えたい。授業場面,日ごろの児童・生徒とのかかわり,教員研修など,教師の成長や変容の場面は多様にあると推察される。本シンポジウムでの議論を通して,教育心理学者がいかに教師の成長や変容に向きあうことができるかについて考え,教育心理学としての研究と実践の方向性を探っていきたい。
授業における教授行為と思考の変容に見る教師の学習
一柳智紀
教師は日々,授業を行っている。そうした中で教師は学び,成長しながら,授業もまた変容していく。とりわけ,平成29年3月に公示された新学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」の視点に基づく授業改善を行うことが明記されており,教師は学び続け,授業の質を高めていくことが一層求められていると言える。
こうした授業実践に関する教師の学習について,先行研究では具体的な教師による指示や応答などの教授行為や授業構成に着目し,縦断的に検討することでその変容を明らかにしている(五十嵐・丸野, 2013; 高木, 2013など)。しかし,熟練教師と初任教師の比較から明らかにされているように,目に見える教授行為だけでなく授業中の思考もまた成長とともに変化すると考えられる。しかし,こうした授業中の思考の変容を縦断的に捉えた研究は未だ少ない。場合によっては,教授行為としては変化が見えなくとも,子どもの見取り方や判断などが変化していることもあるだろう。逆に,目に見える変化があったとしても授業中の判断には変化がないこともあり得るだろう。
そこで本発表では,授業における教師の教授行為と,その時の思考や判断とがどのように変容しているのかを,両者を関係付けながら縦断的に検討する。具体的には,協同的な学習の実現に向けて挑戦する教師の授業観察と半構造化面接から,授業中の教授行為の変容やその時の思考,授業で生起する事実に対する捉えがどのように変容しているのかを検討する。
また,そうした変容がどのように生じているのかを,学校の中での多様な相互作用と関連付けながら考察する。教師は学校という組織の中で,同僚と協働しながら,また学校という組織によって決められた研修体制といった制度の中で,さらには日々対面する子どもから学んでいる。これらの社会文化的な状況における学習と実践の変容については,複雑な変数が絡み合っており,教育心理学の研究の俎上に乗りにくいと思われるが,学校における教師の成長・変容を捉え,それを支援していく上では重要な視点であると考えられる。そこで本発表では,そうした要因を統制したり特定するのではなく,当該の教師自身が自身の実践やその変容をどのように省察し,語り,意味付けるかに着目し,当事者である教師の文脈に即して学習の特徴を検討することを試みたい。
教師の側からみた教育心理学の研究知見
岡田 涼
教育心理学研究においては,児童・生徒や教師を理解するために数多くの概念が生み出されてきた。教育心理学的な視点から,学校場面における複雑な子どもの行動やその背後にある心理特性を描写してきた。また,そういった児童・生徒の行動や心理特性に影響し得る教師の指導や支援のあり方についても,教育心理学的な理論や概念を用いて多くの知見が蓄積されてきた。たとえば,児童・生徒の学習行動や学習成果を捉えるために,様々な動機づけ概念が提唱され,動機づけが学業成績や学習行動にもたらす効果が検証され,一方で動機づけに影響し得る教師の指導行動について検討されてきた。
児童・生徒や教師の特徴を教育心理学的な理論や概念を用いて捉える試みは,教育実践への貢献を意図したものであると考えられる。1つには,児童・生徒の学習や適応を支え得るかかわり方についての示唆を,教育実践を担う教師に提供するというねらいがあるだろう。また,教師の指導や支援の特徴を客観的に記述することによって,教師としての成長や変容の道筋の一端を示すことが企図されているかもしれない。
ただし,児童・生徒や教師の特徴を教育心理学の概念や理論という視点で切り取った場合,それは教師側の視点とずれを生じる可能性がある。たとえば,研究において有効性が実証されてきている動機づけ概念について,現職教員は実践において必ずしも有効であると考えないことが指摘されている(鎌原他, 2013)。教育心理学が描く教育実践のあり方と,教師が普段捉えている教育実践のあり方には異同がある。教師の成長や変容に迫るうえでは,この異同を理解したうえで,教育心理学で蓄積されてきた理論や概念について,教師の視点を通して捉え直すことが重要であると考えられる。教育心理学の理論や概念で主張されている事柄が,教師にとってどのような意味をもち,どのように捉えられているかを知らなければ,その主張が教師に伝わることも,教師の成長に資することも期待できない。また,教師の指導や支援のあり方を外側から客観的に記述するだけでは,教師の内面的な変容に迫ることは難しい。
本発表では,教育心理学的な理論や概念を教師の視点から捉えた研究の試みを紹介する。ここでは,2つの教育心理学の理論・概念に焦点をあてる。1つは動機づけ研究における「自律性支援(autonomy support:Deci & Ryan, 1987)」であり,もう1つは学校心理学的な研究における子どもの「援助要請(help-seeking:DePaulo,1983)」である。これらの研究領域で蓄積されてきた知見を,教師側の視点から捉え直すことで,教師が有する教育実践への視座と教師の成長,変容の過程に迫りたい。
園内研究会の「状況」はいかにして教師の成長につながるのか
岸野麻衣
教師の成長のプロセスやその要因について,これまでさまざまに研究がされ,また自治体や大学では多くの研修が行われてきている。そこでは,教師「個人」にアプローチされることが多い。たとえばベテランと若手の知識や技能について検討する研究や,講義やOJTにより個人に知識や技能を習得させる研修である。
しかし,園や学校の「状況」に規定されるところも大きいと考えられる。多くの園や学校では,保育や授業を見合い協議する園内・校内研究会が行われている。研究会を通して,子どもや保育・授業の見方や考え方をより豊かにし,より良い保育・授業に向けた方法を探り,参加する教師たちが成長していくことが期待されている。この研究会の持ち方は園や学校によってさまざまである。そこでどのような「状況」が作られているかによって,教師の成長のありようも異なるのではないかと考えられる。
たとえば,子どもをどのように見てどのように語るか,そのフレームや語り口は,園や学校でどのような見方や語り方が一般的なものとされているかということや,語る場がどのように作られているかということと深く関わってくる。あるいは,校内・園内研究会において,傍観者的な立場ではなく,授業や保育について一緒に考える立場になるなど,どのような役割を付されているかによってスタンスが異なり,見方や語り方に違いをもたらしうる。さらに,これらの背景には,管理職の意向や職員構成の変化など,より大きな要因があるともいえる。
報告者は,複数の保育所・幼稚園において,3年以上にわたり継続的に園内研究会に参与してきた。そこではそれぞれに,職員の異動が起き,研究会の企画運営においてはさまざまに試行錯誤がなされ,それらの状況がまさに子どもや保育の見方・考え方や活動の構想や組織を形作ってきたともいえる。当日はこれらのプロセスについて話題提供を行い,教師の成長にとって園や学校の状況がどのような意味を持つのか,教育心理学者としてどのような関わりが有効なのか,考察したい。
学校現場において,教師には多様な事柄への対応が求められる。日々の授業や学習指導はもちろんのこと,子どもとの関係づくりや学級経営,保護者や学校が所在する地域との連携などにも注力しなければならない。また,学校としての研究課題を遂行したり,国や自治体の教育動向を把握したうえで,それに応じることも求められる。そういった多岐にわたる職責のなかで,一個人としての教師は成長し,変容していく。ときには困難に直面しながらも,自身の努力や他の教師との協働のなかで,生じた課題を解決しながら,一人の教師としてのキャリアが少しずつ形成されていくと考えられる。
このような教師の成長や変容の過程をみたとき,教育心理学者は何かできることがあるだろうか。これまでの教育心理学では,どちらかというと学習者である児童・生徒の側に焦点があてられることが多かったように思われる。かりに教師に視点があたっていたとしても,それは児童・生徒側からみた支援者もしくは指導者としての教師であることが多かった。しかし,教師の側にも様々な面で成長し,変容していく過程があり,教師側からの視点も重要である。近年では,教師の力量形成や教師の資質・能力といった観点から,教師自身の成長過程に着目することの必要性が認識されつつある。また,学問的には,教師教育学の分野で教師の成長や変容についての研究が蓄積されてきた。一方で,教育場面における課題を包括的に扱う教育心理学では,教師の成長や変容の過程をどのように描き出すことができるだろうか。さらには,教師の成長と変容の過程に対して,何かしらの貢献が可能なのだろうか。
本シンポジウムでは,教育心理学の視点から教師の成長や変容の過程をどのように捉えることができるか,また教師が成長していく過程に対して教育心理学者が貢献し得るところがあるのかについて考えたい。授業場面,日ごろの児童・生徒とのかかわり,教員研修など,教師の成長や変容の場面は多様にあると推察される。本シンポジウムでの議論を通して,教育心理学者がいかに教師の成長や変容に向きあうことができるかについて考え,教育心理学としての研究と実践の方向性を探っていきたい。
授業における教授行為と思考の変容に見る教師の学習
一柳智紀
教師は日々,授業を行っている。そうした中で教師は学び,成長しながら,授業もまた変容していく。とりわけ,平成29年3月に公示された新学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」の視点に基づく授業改善を行うことが明記されており,教師は学び続け,授業の質を高めていくことが一層求められていると言える。
こうした授業実践に関する教師の学習について,先行研究では具体的な教師による指示や応答などの教授行為や授業構成に着目し,縦断的に検討することでその変容を明らかにしている(五十嵐・丸野, 2013; 高木, 2013など)。しかし,熟練教師と初任教師の比較から明らかにされているように,目に見える教授行為だけでなく授業中の思考もまた成長とともに変化すると考えられる。しかし,こうした授業中の思考の変容を縦断的に捉えた研究は未だ少ない。場合によっては,教授行為としては変化が見えなくとも,子どもの見取り方や判断などが変化していることもあるだろう。逆に,目に見える変化があったとしても授業中の判断には変化がないこともあり得るだろう。
そこで本発表では,授業における教師の教授行為と,その時の思考や判断とがどのように変容しているのかを,両者を関係付けながら縦断的に検討する。具体的には,協同的な学習の実現に向けて挑戦する教師の授業観察と半構造化面接から,授業中の教授行為の変容やその時の思考,授業で生起する事実に対する捉えがどのように変容しているのかを検討する。
また,そうした変容がどのように生じているのかを,学校の中での多様な相互作用と関連付けながら考察する。教師は学校という組織の中で,同僚と協働しながら,また学校という組織によって決められた研修体制といった制度の中で,さらには日々対面する子どもから学んでいる。これらの社会文化的な状況における学習と実践の変容については,複雑な変数が絡み合っており,教育心理学の研究の俎上に乗りにくいと思われるが,学校における教師の成長・変容を捉え,それを支援していく上では重要な視点であると考えられる。そこで本発表では,そうした要因を統制したり特定するのではなく,当該の教師自身が自身の実践やその変容をどのように省察し,語り,意味付けるかに着目し,当事者である教師の文脈に即して学習の特徴を検討することを試みたい。
教師の側からみた教育心理学の研究知見
岡田 涼
教育心理学研究においては,児童・生徒や教師を理解するために数多くの概念が生み出されてきた。教育心理学的な視点から,学校場面における複雑な子どもの行動やその背後にある心理特性を描写してきた。また,そういった児童・生徒の行動や心理特性に影響し得る教師の指導や支援のあり方についても,教育心理学的な理論や概念を用いて多くの知見が蓄積されてきた。たとえば,児童・生徒の学習行動や学習成果を捉えるために,様々な動機づけ概念が提唱され,動機づけが学業成績や学習行動にもたらす効果が検証され,一方で動機づけに影響し得る教師の指導行動について検討されてきた。
児童・生徒や教師の特徴を教育心理学的な理論や概念を用いて捉える試みは,教育実践への貢献を意図したものであると考えられる。1つには,児童・生徒の学習や適応を支え得るかかわり方についての示唆を,教育実践を担う教師に提供するというねらいがあるだろう。また,教師の指導や支援の特徴を客観的に記述することによって,教師としての成長や変容の道筋の一端を示すことが企図されているかもしれない。
ただし,児童・生徒や教師の特徴を教育心理学の概念や理論という視点で切り取った場合,それは教師側の視点とずれを生じる可能性がある。たとえば,研究において有効性が実証されてきている動機づけ概念について,現職教員は実践において必ずしも有効であると考えないことが指摘されている(鎌原他, 2013)。教育心理学が描く教育実践のあり方と,教師が普段捉えている教育実践のあり方には異同がある。教師の成長や変容に迫るうえでは,この異同を理解したうえで,教育心理学で蓄積されてきた理論や概念について,教師の視点を通して捉え直すことが重要であると考えられる。教育心理学の理論や概念で主張されている事柄が,教師にとってどのような意味をもち,どのように捉えられているかを知らなければ,その主張が教師に伝わることも,教師の成長に資することも期待できない。また,教師の指導や支援のあり方を外側から客観的に記述するだけでは,教師の内面的な変容に迫ることは難しい。
本発表では,教育心理学的な理論や概念を教師の視点から捉えた研究の試みを紹介する。ここでは,2つの教育心理学の理論・概念に焦点をあてる。1つは動機づけ研究における「自律性支援(autonomy support:Deci & Ryan, 1987)」であり,もう1つは学校心理学的な研究における子どもの「援助要請(help-seeking:DePaulo,1983)」である。これらの研究領域で蓄積されてきた知見を,教師側の視点から捉え直すことで,教師が有する教育実践への視座と教師の成長,変容の過程に迫りたい。
園内研究会の「状況」はいかにして教師の成長につながるのか
岸野麻衣
教師の成長のプロセスやその要因について,これまでさまざまに研究がされ,また自治体や大学では多くの研修が行われてきている。そこでは,教師「個人」にアプローチされることが多い。たとえばベテランと若手の知識や技能について検討する研究や,講義やOJTにより個人に知識や技能を習得させる研修である。
しかし,園や学校の「状況」に規定されるところも大きいと考えられる。多くの園や学校では,保育や授業を見合い協議する園内・校内研究会が行われている。研究会を通して,子どもや保育・授業の見方や考え方をより豊かにし,より良い保育・授業に向けた方法を探り,参加する教師たちが成長していくことが期待されている。この研究会の持ち方は園や学校によってさまざまである。そこでどのような「状況」が作られているかによって,教師の成長のありようも異なるのではないかと考えられる。
たとえば,子どもをどのように見てどのように語るか,そのフレームや語り口は,園や学校でどのような見方や語り方が一般的なものとされているかということや,語る場がどのように作られているかということと深く関わってくる。あるいは,校内・園内研究会において,傍観者的な立場ではなく,授業や保育について一緒に考える立場になるなど,どのような役割を付されているかによってスタンスが異なり,見方や語り方に違いをもたらしうる。さらに,これらの背景には,管理職の意向や職員構成の変化など,より大きな要因があるともいえる。
報告者は,複数の保育所・幼稚園において,3年以上にわたり継続的に園内研究会に参与してきた。そこではそれぞれに,職員の異動が起き,研究会の企画運営においてはさまざまに試行錯誤がなされ,それらの状況がまさに子どもや保育の見方・考え方や活動の構想や組織を形作ってきたともいえる。当日はこれらのプロセスについて話題提供を行い,教師の成長にとって園や学校の状況がどのような意味を持つのか,教育心理学者としてどのような関わりが有効なのか,考察したい。