The 60th Annual Meeting of the Japanese Association of Educational Psychology

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自主企画シンポジウム

[JB05] 自主企画シンポジウム 5
SELが育む非認知的能力

何を育みどのように子どもたちの幸福に貢献するのか

Sat. Sep 15, 2018 1:00 PM - 3:00 PM D310 (独立館 3階)

企画:石本雄真(鳥取大学)
司会:山根隆宏(神戸大学大学院)
話題提供:山田洋平(島根県立大学)
話題提供:松本有貴(徳島文理大学)
話題提供:鈴木水季(郁文館夢学園)
指定討論:渡辺弥生(法政大学)

[JB05] SELが育む非認知的能力

何を育みどのように子どもたちの幸福に貢献するのか

石本雄真1, 山根隆宏2, 山田洋平3, 松本有貴4, 鈴木水季5, 渡辺弥生6 (1.鳥取大学, 2.神戸大学大学院, 3.島根県立大学, 4.徳島文理大学, 5.郁文館夢学園, 6.法政大学)

Keywords:SEL, 非認知的能力, 心理教育

企画趣旨
石本雄真
 不登校やいじめなど日本における子どもたちの不適応問題が改善する兆しはみられない。学齢期の不適応問題に対して,諸外国では予防的介入を含めさまざまな心理教育が実施されている(Bore, Hendricks, & Womack,2013)。特に近年では,さまざまな利点から学校での予防的,初期的介入が広がっており,その効果も確認されている(Polanin, Espelage, & Pigott,2012など)。
 そのような中,日本においても学校を始めとする集団場面において徐々に心理教育実践,なかでもSocial and Emotional Learning(SEL)の実践が拡がっている。SELは社会的・情動的コンピテンスを育むものであり(Weissberg, Durlak, Domitrovich, & Gullotta, 2015),より具体的には不安や抑うつ,暴力,自殺などを予防したり,周囲と良好な関係を築く力などを育てたりするものである。ここで育てられる能力は非認知的能力と重なるものであり,日本においては「学びに向かう力」とも呼ばれるものである。学びに向かう力は,新しい学習指導要領や保育所保育指針において育むことが必要であると示されたものであり,今後は不適応に対する予防だけではなく,広く教育や保育の場面で非認知的能力を高めることのできるSELが必要とされると考えられる。
 現在日本において行われているSEL実践は,不安や抑うつの予防,ソーシャルスキルの育成,レジリエンスの育成など具体的な問題に取り組むために行われているものであると思われる。このことはそれぞれの現場のニーズに応える実践という意味において非常に重要なものであるが,上述のように非認知的能力の育成が広く教育や保育の場面で必要とされつつある現在においては,より広い視野をもって,行っている実践が非認知的能力のどのような面を育むことに貢献しており,それがどのように子どもたちの将来の幸福につながるのかについて検討し整理をし直すことが,より広い実践の展開の上で重要であるといえよう。
 このことから,本シンポジウムではSELプログラムの実践者がどのような非認知的能力の涵養が必要であると考え実践を行っているのか,またその能力を高めることによって子どもたちのどのような未来につながることを期待しているのかについて議論を行い,SELが非認知的能力を高めるという教育や保育の取り組みにどのように貢献できるのかについて検討を行うことを目的とする。

SEL-8S学習プログラムが目指すもの
山田洋平
 SEL-8S(Social and Emotional Learning of 8 Abilities at School)は,自己への気づき,他者への気づき,自己のコントロール,対人関係,責任ある意思決定,生活上の問題防止スキル,人生の重要事態に対処する能力,積極的・貢献的な奉仕活動の8つの社会的能力の育成を目指した小中学生対象の学習プログラムである。SEL-8Sは,「基本的生活習慣」,「自己・他者への気づき,聞く」,「伝える」,「関係づくり」,「ストレスマネジメント」,「問題防止」,「環境変化への対応」(中学生は「進路」),「ボランティア」の8つの学習単元で構成されている。単元ごとに,1つあるいは複数の社会的能力の育成がねらいとなっており,全ての単元を実施することで全ての社会的能力を育成できるようになっている。
 SEL-8Sがねらう8つの社会的能力は,SELが扱う4つの学習領域(「ライフスキルと社会的能力」,「健康増進と問題防止のスキル」,「人生移行,および危機のための対処スキルと社会的支援」,「積極的,貢献的な奉仕活動」)と一定の対応関係がある(小泉,2011)。つまり,SEL-8Sは,SELがねらう能力を包括的に扱う学習プログラムであり,この点がSEL-8Sの特徴となる。実際に,小中学校でSEL-8Sを実施する際には,実施校に対して特定の社会的能力の育成に偏らないように留意し,8つの社会的能力をバランスよく育成できるような実施計画の立案を求めている。
 SEL-8Sが目指す子どもの将来の姿は,SELが目指す“知識と知性”,“思いやり”,“責任感”のある“健康”な市民,いわゆる“良き市民”である。これは,日本の教育基本法第一条に記されている「平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民」に概ね重なる姿と考えている。
 現在は,保幼小接続や就学前教育の重要性の観点から,SEL-8Sと同じ8単元で構成される幼児対象のSEL-8N(SEL for 8 Abilities at Nursery School)の開発と実践を進めている。

非認知的能力の育成を「フレンズプログラム」実践から考える
松本有貴
 子どもたちが自分の感情を理解しコントロールする,他者の感情を理解し共感できるようになることが心の健康に大切であるという観点から生まれたSELは,子どもの幸福の実現のために,小・中・高すべての学校で行うことが必要である(Layard & Clark,2014)。オーストラリアではSEL 教育のネットワーク「マインド・マター」や「キッズ・マター」「キッズ・マター・アーリーチャイルドフッド」が展開され,子どものウェルビーイングの推進にSELが奨励されている。このネットワークは,「ビヨンド・ブルー」という全豪をカバーする不安・うつ予防のネットワークに組み込まれていることから,予防教育としての機能を持つといえる。オーストラリアのSELはアメリカのCASELの定義を踏まえているが,CASELが学力向上とSELの関連を検証・報告していることから明らかなように,アメリカのSELは「学びに向かう力」の育成を重要視しているといえる。
 学力の向上は,別の力と関連している。SELプログラムに関する213の研究論文のメタ分析(Durlak, Weissberg, Dymnicki, Taylor, & Schellinger, 2011)では,学力の向上は,社会性の向上,行動と情緒問題の減少とともに確認されている。このことからも,SELが子どもたちの心の健康,適応的行動,学力の向上に貢献する(Layard & Clark, 2014)ことがわかる。予防教育としての機能と学力向上の学習としての機能がともに検証されていることからも,両者がSELに期待されているといえよう。また,多様なSELプログラムの中から目的に合ったプログラムを選び,学校現場で実施されているという展開が欧米ではみられる。
 本発表者は,日本においてオーストラリア生まれのSELプログラム「フレンズ」(小・中学生対象)と「ファン・フレンズ」(小一・園児対象)をユニバーサル設定で実施している。感情コントロール,共感力,前向きな捉え方,サポート希求,問題解決能力など,各セッション目標でそれぞれ非認知的能力を育み,「レジリエンス」の育成をプログラム全体の目標とする。また,メタ分析(Fisak et al., 2011など)において不安の軽減がプログラム効果として報告されているように,予防教育的な機能も果たしている。その実践報告を通じて,SEL実践で子どものウェルビーイングを推進するための課題を本シンポジウムにおいて議論し,SELの発展につながる展望を共有したい。


レジリエンス教育の実践による非認知的能力の育成の意義
鈴木水季
 話題提供者は,勤務する私立中高一貫校において,スクールカウンセラー(以下SC)としてレジリエンス心理教育の実践を行っている。高校2年生時に全員が長期海外留学をするコースを有する本校では,留学関連ストレスや帰国後の大学受験ストレスなどによる心理的問題が課題となっていたことから,教師が生徒の対処力を高める方策をSCに相談し,プログラム導入となった。実施しているプログラムは,英国で開発された「SPARKレジリエンスプログラム」(Boniwell & Ryan, 2009)を授業回数,内容等においてローカライズしたものである。このプログラムは二つの重要なコンセプトを有しており,一つはストレスにさらされてネガティブ感情から抜け出せなくなってしまった時にそこから立ち直る方法を身につけることであり,もう一つは木が根を張るようにレジリエンスの基礎となる力(ソーシャルサポート,自尊感情,自己効力感,ポジティブ感情)を育むことである。実施開始から5年間を経過しているが,生徒たちのレジリエンスに焦点をあてた心理評定による縦断的な効果測定を行ってきており,一定の効果を実証してきた(鈴木ら,2016)。現在では,本校の中学3年生や普通科高校2年生にもレジリエンス育成を目的とした心理教育を実施している。また,小学生のレジリエンスを育むことを目的とした実践も日本各地で実施され,その効果も実証的に報告されはじめている(香川ら,2018;山本ら,2017)。
 レジリエンス教育は,子ども達の抑うつ等の予防に効果があることが実証されており,例えば,ペンシルバニア大学のSeligmanらが開発した「ペン・レジリエンシー・プログラム」は,複数の実践研究で生徒の抑うつ発症率を対象群と比較して優位に抑え,不安障害や行動障害等の予防に有意な効果があったと報告されている(Gillham, Brunwasser, & Freres, 2007)。そのため抑うつや自殺等の予防という文脈で教育現場に導入されやすいと言える。しかし「予防」という意味合いだけではなく,レジリエンス教育を生徒達の豊かな生き方に寄与するものとして捉えたときに,レジリエンスの育成の必要性や,教育への貢献,期待する子どもの未来等,どのような意義が考えられるだろうか。
 本報告では,実際の授業での生徒たちの声や,生徒たちの心理評価得点の変化からみた非認知的能力の変化,また高校卒業時の生徒達に行ったインタビューから読み取れる生徒たちのレジリエンスの育ちの様相について報告し,レジリエンス教育が寄与する非認知的能力の育成について話題提供したい。