[JC02] 習得における「主体的・対話的で深い学び」の実現
学校との連携による「教えて考えさせる授業」の展開
Keywords:実践研究, 授業設計, アクティブ・ラーニング
企画趣旨
「教えて考えさせる授業」(以下OKJと略記)は,教授と活動のバランスをとりつつ,深い理解を伴った習得をめざす授業設計論として,提案・実践された(市川,2004,2008)。教える場面として「教師の説明」,児童生徒に考えさせる場面として「理解確認」,「理解深化」,「自己評価」があるのがその特徴である。これは,いわば習得型の授業の起承転結のようなものであり,オーソドックスな授業構成といえる。しかし,認知心理学を背景とした,メタ認知的活動や協働学習などが随所に盛り込まれている。
1990年代に,教師が教えることを躊躇したり抑制したりするような傾向があったことへの反省から,「教えて考えさせる」というフレーズは,2008年の中教審答申でも使われるようになった。さらに,2016年12月の中教審答申でも,いわゆるアクティブ・ラーニングに対して,「活動あって学びなし」にならないよう注意が喚起されている。「主体的・対話的で深い学び」を実現するには,教師が教材・教具を工夫して教える場面と,学習者どうしの協働的に活動する場面の双方が必要である。
この10年余りの間に,OKJを取り入れている学校はかなり増加し,継続的に実践している学校では,学力面・学習意欲面で着実な成果をあげている(市川,2017;市川・植阪,2016)。本シンポジウムでは,教育心理学と学校教育実践の連携のあり方の一つとして,我々の関わってきた事例を紹介しつつ,今後の展開を議論していきたい。
深い理解とメタ認知を重視した小学校の実践事例
植阪友理
小学校では,算数を中心に取り組まれることが多い。どの教員も算数を教える可能性があることから,全校的な取り組みになることが多く,筆者もここ10年間でかなり多くの学校に関わってきた。OKJが大切にしているポイントとして,深い学びの一つである「深い理解」の達成や「メタ認知」に代表されるような資質・能力の育成などが挙げられる。さらに,授業設計にあたっては,「困難度査定」という発想が生かされている点にも特徴がある。困難度査定とは,授業の目標設定に鑑み,簡単な部分や難しい部分を想定し,授業設計に生かすということを指す。その際には,「意味を子ども自身で説明することは難しい」,「手続きにばかり目が行き,なぜそうなるのかの理解を重視していない」といった,学習方法や学習に対する考え方のつまずきにも着目し,指導案にも書き込むようにしている。
本発表では,資質・能力である「メタ認知」をOKJを通じて改善することを試みた岡山県倉敷市立大高小学校の事例を最初に紹介する。大高小学校では,同市柏島小学校の先行する実践を踏まえ,予習の段階で自分の分かるところとわからないことをはっきりさせて,自分なりの目標を持たせて授業に臨ませている。授業では,意味を中心に教師が解説し,理解確認において子ども自身も教師と同じような説明ができることを目指している。さらに,深い理解を目指す深化課題にグループで取り組み,最終的にどのような認知的変容が見られたのかについて,具体的に記述させている。当日は,具体的な授業を取り上げながら学校の取り組みと成果を紹介する。
また,困難度査定と予習を通じて学習者の反応から,教師からの説明にメリハリをつけ,深い理解に至るための時間を多く確保することに全校で取り組んだ福岡県糟屋町立粕屋西小学校の事例も紹介する。粕屋西小学校では,困難度査定と予習での子どもの記述をふまえて,教師の説明のポイントを絞って教えている。公開研究授業ではすべての学級が授業公開し,いずれの教員も1校時に4段階をほぼおさめている。また,この学校では日常的にこうした授業を行うために,理解深化におけるヒントなどについても独自の工夫を取り入れている。
中学校・高校における展開の様子
市川伸一
OKJというのは,習得の授業であれば校種,教科をこえて適用できるかなり広い枠組みである。しかし,中学校・高校では,教科間の壁が厚く,教科横断的に授業研究をすすめていくという態勢がとりにくいという問題がある。また,一斉講義型の授業が主流で,協働的な学習活動を入れることに慣れていないという問題もある。他方では,「教師が教える」ということに対する抵抗感が少ないことや,予習,生徒による説明,自己評価といったかなり高度な学習活動にも生徒が対応しやすいという利点もある。
こうした中,7~8年にわたって実技教科も含めて学校全体としての取り組みが継続されて,成果をあげている学校として,山口県美祢市立於福中学校と鳥取県伯耆町立岸本中学校の取り組みを紹介する。どちらも,はじめのうちは教員間の温度差はあったが,熱意ある校長と,率先して授業を公開し研修をリードする研究主任の存在が大きい。また,事後検討会では「三面騒議法」(市川,2013)という一種のワークショップ型研修を導入することで,異教科間のコミュニケーションがよくなったことも大きな要因である。結果的に,どちらの学校も,成績が大きく向上しただけでなく,アンケート調査ではOKJという授業方法のいろいろな側面について生徒からの好評価を得ている。こうした成果から,美祢市においては市教委がOKJの研修を行うようになり,岸本中では2小学校と連携して中学校区での一貫した取り組みとして展開するようになっている。
一方,高校での取り組みはまだ少なく,県の指定を受けたような学校でも,積極的な教員は一部に留まり,三面騒議法もその場では盛り上がるものの,自発的・持続的なものにならないことが多かった。ただし,学習指導要領の改訂で「主体的・対話的で深い学び」が強調される中で,教師の教授と生徒の活動のバランスをとって習得の授業を設計するというOKJの理念・方法については,講演や研修で高い支持があり,今後の導入・展開上の具体策が求められているところである。
公立小学校におけるOKJを軸とした取り組みの効果
深谷達史
OKJの効果はこれまでも一般向けの書籍(市川,2013,2017など)において報告されているが,生徒の事前の学力を統制するなどした厳密な効果検証がなされているわけではなかった。そこで,本研究(深谷ほか,2017,教心研)では,OKJを中心とした算数の授業改善に取り組んだ公立小学校において,導入間もない1年目と導入から時間が経った2年目の比較を通じて,児童の学力と教師の指導がどう変わったかを検証した。
介入として,OKJを算数で日常的に行うことを中心としたが,他に,(1)年度に一度各学年で研究授業を実施する,(2)授業検討会では「三面騒議法」を取り入れる,(3)研究者が研究授業を参観しコメントをする,(4)夏休み研修として認知心理学の考え方や認知カウンセリングについて研究者が講演を行う,(5)大学院生が,勉強に悩みを抱える一部の児童に認知カウンセリングを実施し,年度に一度学校の教員とともに事例検討会を行うことなどが行われた。
これらの取り組みの効果を調べるため,異なる年度の6年生を対象に,全国学力・学習状況調査(A問題・B問題)の結果と,学習方略(図表活用方略)の習得に関わる調査の結果を分析した。全国学力・学習状況調査については,2年目の方が,算数Aと算数Bとも全国平均をより大きく上回るようになる一方,算数Aの標準偏差が小さくなって,学力差が縮小したことがうかがわれた。また,図表活用方略の使用を調べたところ,2年目の方が,図を使わずに不正解となるケースが少なく,図を使って正解に至るケースが多くなった。また,教員に対しては,OKJに基づく指導案を作成する調査を求め,効果的な働きかけを得点化するコーディング・スキーマを作成して比較したところ,2年目の方が的確な働きかけを表す指導案得点が高い傾向が見られた。
本研究では長期間にわたり多様な介入がなされたため,どの働きかけが効果をもたらしたのかは厳密には特定できないが,OKJを軸とした授業改善は,内容をこえて教師の発想や授業の進め方を変える効果をもたらしうることが示唆される。当日は,そうした新しい研究アプローチとしての可能性についても議論できればと考えている。
「教えて考えさせる授業」(以下OKJと略記)は,教授と活動のバランスをとりつつ,深い理解を伴った習得をめざす授業設計論として,提案・実践された(市川,2004,2008)。教える場面として「教師の説明」,児童生徒に考えさせる場面として「理解確認」,「理解深化」,「自己評価」があるのがその特徴である。これは,いわば習得型の授業の起承転結のようなものであり,オーソドックスな授業構成といえる。しかし,認知心理学を背景とした,メタ認知的活動や協働学習などが随所に盛り込まれている。
1990年代に,教師が教えることを躊躇したり抑制したりするような傾向があったことへの反省から,「教えて考えさせる」というフレーズは,2008年の中教審答申でも使われるようになった。さらに,2016年12月の中教審答申でも,いわゆるアクティブ・ラーニングに対して,「活動あって学びなし」にならないよう注意が喚起されている。「主体的・対話的で深い学び」を実現するには,教師が教材・教具を工夫して教える場面と,学習者どうしの協働的に活動する場面の双方が必要である。
この10年余りの間に,OKJを取り入れている学校はかなり増加し,継続的に実践している学校では,学力面・学習意欲面で着実な成果をあげている(市川,2017;市川・植阪,2016)。本シンポジウムでは,教育心理学と学校教育実践の連携のあり方の一つとして,我々の関わってきた事例を紹介しつつ,今後の展開を議論していきたい。
深い理解とメタ認知を重視した小学校の実践事例
植阪友理
小学校では,算数を中心に取り組まれることが多い。どの教員も算数を教える可能性があることから,全校的な取り組みになることが多く,筆者もここ10年間でかなり多くの学校に関わってきた。OKJが大切にしているポイントとして,深い学びの一つである「深い理解」の達成や「メタ認知」に代表されるような資質・能力の育成などが挙げられる。さらに,授業設計にあたっては,「困難度査定」という発想が生かされている点にも特徴がある。困難度査定とは,授業の目標設定に鑑み,簡単な部分や難しい部分を想定し,授業設計に生かすということを指す。その際には,「意味を子ども自身で説明することは難しい」,「手続きにばかり目が行き,なぜそうなるのかの理解を重視していない」といった,学習方法や学習に対する考え方のつまずきにも着目し,指導案にも書き込むようにしている。
本発表では,資質・能力である「メタ認知」をOKJを通じて改善することを試みた岡山県倉敷市立大高小学校の事例を最初に紹介する。大高小学校では,同市柏島小学校の先行する実践を踏まえ,予習の段階で自分の分かるところとわからないことをはっきりさせて,自分なりの目標を持たせて授業に臨ませている。授業では,意味を中心に教師が解説し,理解確認において子ども自身も教師と同じような説明ができることを目指している。さらに,深い理解を目指す深化課題にグループで取り組み,最終的にどのような認知的変容が見られたのかについて,具体的に記述させている。当日は,具体的な授業を取り上げながら学校の取り組みと成果を紹介する。
また,困難度査定と予習を通じて学習者の反応から,教師からの説明にメリハリをつけ,深い理解に至るための時間を多く確保することに全校で取り組んだ福岡県糟屋町立粕屋西小学校の事例も紹介する。粕屋西小学校では,困難度査定と予習での子どもの記述をふまえて,教師の説明のポイントを絞って教えている。公開研究授業ではすべての学級が授業公開し,いずれの教員も1校時に4段階をほぼおさめている。また,この学校では日常的にこうした授業を行うために,理解深化におけるヒントなどについても独自の工夫を取り入れている。
中学校・高校における展開の様子
市川伸一
OKJというのは,習得の授業であれば校種,教科をこえて適用できるかなり広い枠組みである。しかし,中学校・高校では,教科間の壁が厚く,教科横断的に授業研究をすすめていくという態勢がとりにくいという問題がある。また,一斉講義型の授業が主流で,協働的な学習活動を入れることに慣れていないという問題もある。他方では,「教師が教える」ということに対する抵抗感が少ないことや,予習,生徒による説明,自己評価といったかなり高度な学習活動にも生徒が対応しやすいという利点もある。
こうした中,7~8年にわたって実技教科も含めて学校全体としての取り組みが継続されて,成果をあげている学校として,山口県美祢市立於福中学校と鳥取県伯耆町立岸本中学校の取り組みを紹介する。どちらも,はじめのうちは教員間の温度差はあったが,熱意ある校長と,率先して授業を公開し研修をリードする研究主任の存在が大きい。また,事後検討会では「三面騒議法」(市川,2013)という一種のワークショップ型研修を導入することで,異教科間のコミュニケーションがよくなったことも大きな要因である。結果的に,どちらの学校も,成績が大きく向上しただけでなく,アンケート調査ではOKJという授業方法のいろいろな側面について生徒からの好評価を得ている。こうした成果から,美祢市においては市教委がOKJの研修を行うようになり,岸本中では2小学校と連携して中学校区での一貫した取り組みとして展開するようになっている。
一方,高校での取り組みはまだ少なく,県の指定を受けたような学校でも,積極的な教員は一部に留まり,三面騒議法もその場では盛り上がるものの,自発的・持続的なものにならないことが多かった。ただし,学習指導要領の改訂で「主体的・対話的で深い学び」が強調される中で,教師の教授と生徒の活動のバランスをとって習得の授業を設計するというOKJの理念・方法については,講演や研修で高い支持があり,今後の導入・展開上の具体策が求められているところである。
公立小学校におけるOKJを軸とした取り組みの効果
深谷達史
OKJの効果はこれまでも一般向けの書籍(市川,2013,2017など)において報告されているが,生徒の事前の学力を統制するなどした厳密な効果検証がなされているわけではなかった。そこで,本研究(深谷ほか,2017,教心研)では,OKJを中心とした算数の授業改善に取り組んだ公立小学校において,導入間もない1年目と導入から時間が経った2年目の比較を通じて,児童の学力と教師の指導がどう変わったかを検証した。
介入として,OKJを算数で日常的に行うことを中心としたが,他に,(1)年度に一度各学年で研究授業を実施する,(2)授業検討会では「三面騒議法」を取り入れる,(3)研究者が研究授業を参観しコメントをする,(4)夏休み研修として認知心理学の考え方や認知カウンセリングについて研究者が講演を行う,(5)大学院生が,勉強に悩みを抱える一部の児童に認知カウンセリングを実施し,年度に一度学校の教員とともに事例検討会を行うことなどが行われた。
これらの取り組みの効果を調べるため,異なる年度の6年生を対象に,全国学力・学習状況調査(A問題・B問題)の結果と,学習方略(図表活用方略)の習得に関わる調査の結果を分析した。全国学力・学習状況調査については,2年目の方が,算数Aと算数Bとも全国平均をより大きく上回るようになる一方,算数Aの標準偏差が小さくなって,学力差が縮小したことがうかがわれた。また,図表活用方略の使用を調べたところ,2年目の方が,図を使わずに不正解となるケースが少なく,図を使って正解に至るケースが多くなった。また,教員に対しては,OKJに基づく指導案を作成する調査を求め,効果的な働きかけを得点化するコーディング・スキーマを作成して比較したところ,2年目の方が的確な働きかけを表す指導案得点が高い傾向が見られた。
本研究では長期間にわたり多様な介入がなされたため,どの働きかけが効果をもたらしたのかは厳密には特定できないが,OKJを軸とした授業改善は,内容をこえて教師の発想や授業の進め方を変える効果をもたらしうることが示唆される。当日は,そうした新しい研究アプローチとしての可能性についても議論できればと考えている。