The 60th Annual Meeting of the Japanese Association of Educational Psychology

Presentation information

自主企画シンポジウム

[JC03] 自主企画シンポジウム 3
「セルフ・エスティーム(SE)」研究の抜本的再考(4)

ローゼンバーグ尺度ならびに常態化するSE教育からの脱却

Sat. Sep 15, 2018 3:30 PM - 5:30 PM D307 (独立館 3階)

企画:山崎勝之(鳴門教育大学)
司会:内田香奈子(鳴門教育大学)
話題提供:横嶋敬行(徳島文理大学)
話題提供:賀屋育子(兵庫教育大学)
話題提供:道下直矢#(土岐市立駄知小学校)
指定討論:大竹恵子(関西学院大学)
指定討論:田村隆宏(鳴門教育大学)

[JC03] 「セルフ・エスティーム(SE)」研究の抜本的再考(4)

ローゼンバーグ尺度ならびに常態化するSE教育からの脱却

山崎勝之1, 内田香奈子2, 横嶋敬行3, 賀屋育子4, 道下直矢#5, 大竹恵子6, 田村隆宏7 (1.鳴門教育大学, 2.鳴門教育大学, 3.徳島文理大学, 4.兵庫教育大学, 5.土岐市立駄知小学校, 6.関西学院大学, 7.鳴門教育大学)

Keywords:セルフ・エスティーム, 自己肯定感, 予防教育

本シンポジウム企画の背景と目的
 近年,セルフ・エスティーム(Self-Esteem: SE,自己肯定感や自尊感情)の研究は揺れている。概念,測定法,育成法のいずれもが定まらない。しかし,学校教育は,うって変わって安定している。それは,誤謬の上での安定とも言えよう。研究界が混乱しているだけに,正しい情報が伝わらない状況にある。
 この現況を前に,まずは研究界での混乱の収束をはかる必要がある。過去2年に渡りこの一連のシンポジウムでは,SEの概念と測定法を刷新し,SE教育のあるべき姿を提示してきた。そして機が熟した今回,新たなSE教育の詳細を提示し,その教育効果は何をどのように測定すべきで,そしてどうなったのかを紹介したい。
 SEに関連して新しい概念が生まれ,測定方法もそろい始め,実際の教育方法までもが完成した暁に見る学校教育の変貌を期待してのシンポジウムになる。

セルフ・エスティームの教育を改訂するために

目指すべき概念を確実に押さえる
 SEの概念は抽象性が高く,正確に規定することは極めて難しい。その定義は単側面では成立せず,多側面からとらえることが一般に行われてきた。
 SEの健康,適応,遂行に関する効用を否定する研究が目立つようになり,新規に登場した概念の多くもSEを多面的にとらえている(e.g., Deci & Ryan, 1995; Kernis, 2003)。山崎ら(2017)が提起したSEの新概念も,適応的な側面をもつ自律的SEと不適応的側面をもつ他律的SEに分けられている。しかし山崎らの新規概念で特記すべきことは,適応的な自律的SEでは質問紙など意識上での回答ができず,非意識において測定する必要があるという点であった。この観点は適応的なSEの本質に迫るもので,これまでのSEの見解にはなかったものである。
 この自律的SEの概念確立は,その測定方法と教育方法の確立を促し,現実的に教育の実施から効果評価に至ることができるという点でその是非を実証的に検証できる時点にまで研究は進展している。

教育効果を間違いなく測定する
 横嶋ら(2017)は,自律的SEを非意識のままに測定して児童に集団で実施できる潜在連合テスト紙筆版を開発し,その信頼性と妥当性を確認した。そして,その教育への最初の適用として,自律的SEを育成できると考えられた予防教育プログラムを実施した(横嶋ら, 2018)。このプログラムは,トップ・セルフ(TOP SELF)と呼ばれる一群のプログラムの1つである「自己信頼心(自信)の育成」プログラムであった。プログラムの実施前後に,この潜在連合テストとローゼンバーグ尺度児童版を適用したところ,潜在連合テスト得点のみが向上し,このプログラムの自律的SEを高める効果を見いだした。山崎ら(2017)によると,ローゼンバーグ尺度の得点は適応面と不適応面を備えることから,この研究で得点が変化しなかったことも彼らの予測に合致していた。

本当のセルフ・エスティームを教育する
 この自己信頼心(自信)の育成プログラムでの効果があったとはいえ,このプログラムは自律的SEの概念構築前に開発され,事後に自律的SEの育成に適用できることが確認されたものである。そのため,自律的SEの育成という点では,目標や方法の内容で改善すべき点が多数見えていた。
 そこで山崎ら(2018)は,このプログラムをもとに目標をより自律的SEに合致するように改訂し,その方法の開発も終えつつある。

これから,どうすればよいのか?
 本シンポジウムに関連した過去の一連のシンポジウムでは,SEの概念と測定法の改定を中心に詳述してきたが,実際に教育を適用して,その変化を直接確認することは十分ではなかった。
 そこで,実際の教育を行い,その概念がどう活かされたのか,その教育は実際に学校で適用可能なのかを検討するなかで,学校におけるSEの在り方と扱い方が見えてくることをこのシンポジウムでは期待したい。

話題提供

セルフ・エスティームとは何なのか?
横嶋敬行
 従来,SEは人の健康や適応を高め,人生の幸福や成功を促す心的特性であると考えられてきた。一方で,高まることで不健康・不適応に繋がるSEの存在にも警鐘が鳴らされている。
 この2側面について,Deci & Ryan(1995)は,外的基準や他者との比較に依存して生じる随伴性SEを不適応的であると述べ,そうした依存のない本当のSEの存在を論じている。Kernis(2003)では,随伴によって高まるSEを脆く高いSE(fragile high SE)であると説明し,それに対して,本来性(authenticity)を基盤として高まる安定した高いSE(secure high SE)があることを論じている。
 こうしたSEの2側面に関する留意は,Rosenberg(1965)にもみられ,“good enough”という感覚に特徴づけられるSEを適応的,“very good”という感覚に特徴づけられるSEを不適応的なものと論じられている。そして,前者を測定する尺度(Rosenberg Self-Esteem Scale: RSES)を作成し,世界的に広く使用されるようになったが,近年,山崎ら(2017)によって,この尺度の課題とともに,新規概念の提示を通してSE研究の精緻化が試みられている。
 そこでは,不適応的側面にはDeci & Ryan (1995)と類似する定義をもつ他律的SE,適応的側面には自律的SEを提唱している。自律的SEは,自己信頼心,他者信頼心,内発的動機づけが一体となって高まることで形成されると定義されている。本発表では,これらのSE概念に関する精緻化の理論について触れていきたい。

そもそも,教育効果をどう測定するのか?
賀屋育子
 子どもたちの健康・適応を向上させるためのSE教育の効果評価を行うためには,適応的なSEの測定法が不可欠になる。現状では,RSESが頻繁に使用されているが,近年の研究ではRSESが適応および不適応の両側面を混在して測定していると指摘されている(伊藤ら, 2011; Kernis, 2003;山崎ら, 2017)。
 この混在の要因として山崎ら(2017)は,大きく2つの観点を論じている。まず,質問項目の課題であり,他者との比較の要素をもつ項目があることから,不適応的なSEが測定されている可能性が高いことが考察されている。また,質問紙法には防衛性や社会的望ましさ,近年の競争社会の風潮の影響が含まれることから,意識を介した測定ではRosenbergが測定を試みた“good enough”のSEは正しく測定できないと指摘している。こうした理論から,適応的な自律的SEは質問紙法で測定することが難しく,非意識レベルで測定する必要があると論じられ,潜在連合テストを用いた測定法が開発されている(横嶋ら, 2017)。
 一方,SEを高める教育では,思いがけず他律的SEを高めてしまうことが懸念されるため,自律的SEと他律的SEの両測定法を用いた効果評価が望ましい。他律的SEは質問紙で捉えることが可能という見解から(山崎ら,2018),全体的な他律的SEを測定する尺度と(賀屋ら, 2018),学校環境におけるコンピテンス領域に特化した領域別他律的SE尺度の開発が進んでいる(賀屋ら, 準備中)。ここでは,SEの測定法の理論とともに,開発されている測定法について紹介したい。

本当のセルフ・エスティーム教育とその効果
道下直矢
 トップ・セルフでは,行動決定にかかわる非意識的な情動の役割に着目し,情動や感情が十分に喚起される中,直接的な教育目標となる認知,思考,行動などの心的特性を形成する授業を行う。授業方法はこの理論を反映し,参加者の授業への引きつけが十分で魅力度の高い内容になっている。現在トップ・セルフは,この理論と方法をもって小3~中1まで実施できる一大教育プログラム群を構成するに至っている(山崎,2013参照)。
 先述のように,横嶋ら(2018)はトップ・セルフの1プログラムを実施し,自律的SEが向上し,自律と他律が混在する可能性の高いRosenberg尺度得点が変化しないこと示し,現行のトップ・セルフが健全な自律的SEを育成できることを明らかにした。そして同時に,教育目標をさらに自律的SEに特化したものにし,方法も子どもたちへの引きつけがさらに強いものにする必要が指摘された。また,トップ・セルフの教育実施の問題の一つである実施への熟練性を軽減する方法にすることの必要性は従前から指摘されていた。
 そこで,山崎ら(2018)はすでに,トップ・セルフのうち自己信頼心(自信)の育成プログラムを基盤に,目標を改善し,本話題提供者らを中心に方法を改訂しつつある。その改定は,小5~中1共通実施用とし,効果評価を統制クラスとの比較の上で,潜在連合テストによる自律的SEと質問紙による他律的SE尺度を適用して行う準備が整いつつある。
 シンポジウムでは,その目標と方法の詳細を明らかにするとともに,進行中の教育効果評価の結果を提示し,この教育の現状を紹介したい。

指定討論から全体討議へ
 概念から測定方法,そして教育まで一連の発表の後,指定討論者として大竹氏と田村氏をお迎えしている。大竹氏は,健康行動のメカニズムを研究され,予防的なプローチを重視されてきた。田村氏は,子どもの言葉の発達や保育・教育実践にかかわる研究に従事するなか,本シンポジウムに関連したSEの研究にも精通されている。
 お二人の指定討論をきっかけに,学校におけるSEの扱いと教育の今後の在り方についてフロアを交えて建設的な討議を行いたい。