[JC04] 子どもの社会性と情動の発達に関わる実践家養成の現場から
子どもの発達を支援する人々に向けたアクションリサーチ
Keywords:社会性と情動, 発達支援, アクションリサーチ
企画趣旨
近年,子どもの社会性と情動の発達を促進する要因の検討が注目を集めており(例えば,OECD,2015),社会性と情動の学習:Social Emotional Learning(以下SELと表記)を目的としたプログラム(SELプログラム)の開発と実践が世界各地で活発に展開されている。
SELの学習内容は①ライフスキルと社会的能力,②健康増進と問題予防のスキル,③人生移行および危機のための対処スキルと社会的支援,④積極的・貢献的な奉仕活動,の4領域に分類され(Elias,Weissberg,Greenberg,Frey,Haynes, 1997;小泉,1999),SELはこれらの要素を含む数多くの心理教育プログラムの総称として用いられている。
本邦においても,海外で開発されたSELプログラムを実践している例や地域性を活かした独自の取り組みが報告されている。また,効果的なSELプログラムの実践に求められるアプローチ(アンカーポイント法)に関する提案も成されている(小泉,2016)。しかしながら,効果的な実践を支援する側面についての実証的検討は未だに不足している現状があるものと考えられる。
そこで本シンポジウムでは,乳幼児の子どもの発達に関わる保育士養成の立場・子どもの運動発達に関わるコーチ養成の立場・対人関係療法を普及する立場・子どもの心理支援者を目指す心理職養成の立場から得られたアクションリサーチ結果について報告し,効果的な実践を支えるエビデンス・ベイスドな研究のあり方について検討する予定である。
話題提供1
保育のなかで,子どもの社会情動発達をどう支えるか:保育者養成の立場から
上岡紀美
近年,乳幼児期における社会情動的スキルいわゆる非認知能力の育ちが注目されている。非認知能力は,学力など数量化できる認知能力とは異なり,忍耐力や自己制御,共感や自尊心といった社会的・情動的な性質と捉えられ,適切な環境を提供することにより,育成可能な能力とされている(OECD,2015)。また,非認知能力と認知能力は相互に影響し合いながら発達し,将来における社会的・経済的成功につながるとの示唆もある(Heckman,2015)。
これまでも日本の保育・幼児教育においては,子どもの社会情動的な側面は大切に扱われ,その育ちにつながる保育の取り組みがなされてきた。カリキュラムにおいても,「心情・意欲・態度」の観点でもって社会性や情動を育む指導計画が立案され,実践が繰り返されている。しかし,育ちの結果よりもその過程に重きを置く傾向から,必ずしもその評価基準が明確に定められているとは言えない。よって,子どもとの関わりにおける適切なフィードバックが十分得られないために,保育者間に力量差が生じている現状も否めない。特に,こうした能力の育成においては,子ども一人一人の育ちの理解と人的・物的な環境構成が欠かせず,専門性が問われることとなる。
そこで,保育者養成における実践事例として,子育て支援活動を通した保育学生の学びの実際と課題について報告し,保育のなかでの支援のあり方を検討する。
話題提供2
エビデンスに基づくSELの実施に向けて:子どもの運動発達に関わるコーチ養成の立場から
梅崎高行
社会性と情動の学習(SEL)に関わるサッカーコーチ養成の文脈において,子どもの学習を阻害する最大の問題はコーチによる暴力である。日本サッカー協会(JFA)は,コーチライセンスの基礎とされるC級講習会等の機会を利用してその根絶を呼びかけるが,実態と導入の成果は公表されず取り組みの評価は難しい。
養成講習の心理班(筆者含む)には,アンガーマネジメント教育導入の検討も指示されるが,今のところ非公式なものであり,競技力向上の前にSELは後回しにされている現状がある。こうしたJFAの心理教育的援助は,特定の子どもを対象とした三次的サービスに当たるだろう(石隈,2007)。しかし,そもそもすべての子どもを対象とした一次的サービス,すなわちエビデンスに基づくSELそのものの重要性に共通認識を欠く状況では,暴力根絶も一過性の運動に終わる可能性がある。
梅崎・酒井(2017)はそうした状況で着手された縦断研究に当たる。ここでは,サッカーをする小学2~5年生137名のSELに関わる要因をSEMで分析した。その結果,(1)社会性や情動の発達にサッカーに対する子どものコンピテンスが直接的に関わり,親による取り組みの評価は子どものコンピテンスを介して関連すること,(2)サッカーへの取り組みは子どもの気質としての持続性や,親による養育の温かさと厳格さが相互に関連することが明らかにされた(χ2(6)=3.58, p=.73, AGFI=.97, GFI=.99, RMSEA=.00)。
こうした知見を収集しながら,今後SELを実質的に進めるためどのような手立てが求められるのか。先駆的な他文脈との議論を通して検討する。
話題提供3
精神的健康を維持する対人的スキルを探る:対人関係療法の普及に関わる立場から
前川浩子
対人関係療法(interpersonal psychotherapy: IPT)(Klerman,Weissman,Rounsaville,&Chevron,1984;水島,2008)は,認知行動療法と並んでエビデンス・ベイストな精神療法として位置づけられており,うつ病や摂食障害などの精神疾患に対しての治療の効果が確認されている。また,IPTはその効果が実証されているだけではなく,うつ病などの精神疾患が心理社会的な要因(例えば,恋人やパートナーとの関係がだめになった,仕事を失った,愛する人が亡くなった,進学したなど)によって生じるという多くの実証研究に基づいて開発されたものでもある(Weissman,Markowitz, & Klerman,2000;水島,2009)。
IPTでは,患者は症状の発症・経過と,自分の生活で起こっている現在の対人関係の問題(とりわけ,重要な他者との問題)との関係を理解し,貧弱なコミュニケーションを改善することで症状の改善を目指していくこととなる。貧弱なコミュニケーションの特徴には少なからずパーソナリティが関連していると考えられるが,IPTではパーソナリティを変化させるのではなく,新たなスキルの獲得を目指すという点では教育的な治療法であるとも言える。このようなIPT研究で得られてきた,症状に関連するコミュニケーションの特徴や,症状の改善につながるスキルに関する知見は,心理学的な研究によってうつ病などの精神疾患の予防に応用できる可能性があることを示唆するものと言えよう。
本シンポジウムでは青年期・成人期の女性の縦断研究のデータを用いて,重要な他者との間で行われるコミュニケーションのパターンと精神的健康度との関連について検討した結果を報告する。“実証”を重視して開発されたIPTの知見が予防という新たな領域に発展する可能性について論じることとする。
話題提供4
SELプログラムについて学ぶことの重要性を考える:子どもの心理支援者を目指す心理職養成の立場から
眞榮城和美
SELとは,ある特定の問題行動だけを抑制することを目的とするのではなく「自己の捉え方と他者とのかかわり方を基礎とした社会性(対人関係)に関するスキル,態度,価値観を身に付ける学習(小泉,2011)と定義され,主として一次的支援サービス(予防・開発的取り組み)として捉えられている。
心理支援職を目指す学生たちを対象とした養成機関の中での学習内容としては,二次的支援サービス(不適応傾向にある者への支援)および三次的支援サービス(不適応状態にある者への支援)が中心となるが,SELプログラムのような一次支援サービスについて理解し実践する力(効果測定方法も含む)をつけておくことは,要支援者のみならず支援者自身のセルフコントロール力や問題解決能力の向上,つまり「心の健康教育効果」が期待されることから,心理職としての専門性を発揮するためにも重要な学習であると考えられる。心理支援職養成時にSELプログラムをはじめとした「心の健康教育」が重視されていることは,公認心理師養成カリキュラム内に「心の健康教育に関する理論と実践」(大学院公認心理師養成カリキュラム)といった科目が設定されたことからもうかがえる。
本シンポジウムでは,児童期・青年期を対象としたセカンド・ステップSELプログラム(Committee for children,2018;日本こどものための委員会,2018)の実践から得られたエビデンス(眞榮城,2015)および,信州型SELプログラム(眞榮城・村中・佐野・寺門・田村・中澤,2015)の実践を通したプログラム実施対象者への効果測定結果に関する報告と併せて,心理支援職を目指す学生がSELプログラムを学習することの効果について多面的・実証的に検討する。
近年,子どもの社会性と情動の発達を促進する要因の検討が注目を集めており(例えば,OECD,2015),社会性と情動の学習:Social Emotional Learning(以下SELと表記)を目的としたプログラム(SELプログラム)の開発と実践が世界各地で活発に展開されている。
SELの学習内容は①ライフスキルと社会的能力,②健康増進と問題予防のスキル,③人生移行および危機のための対処スキルと社会的支援,④積極的・貢献的な奉仕活動,の4領域に分類され(Elias,Weissberg,Greenberg,Frey,Haynes, 1997;小泉,1999),SELはこれらの要素を含む数多くの心理教育プログラムの総称として用いられている。
本邦においても,海外で開発されたSELプログラムを実践している例や地域性を活かした独自の取り組みが報告されている。また,効果的なSELプログラムの実践に求められるアプローチ(アンカーポイント法)に関する提案も成されている(小泉,2016)。しかしながら,効果的な実践を支援する側面についての実証的検討は未だに不足している現状があるものと考えられる。
そこで本シンポジウムでは,乳幼児の子どもの発達に関わる保育士養成の立場・子どもの運動発達に関わるコーチ養成の立場・対人関係療法を普及する立場・子どもの心理支援者を目指す心理職養成の立場から得られたアクションリサーチ結果について報告し,効果的な実践を支えるエビデンス・ベイスドな研究のあり方について検討する予定である。
話題提供1
保育のなかで,子どもの社会情動発達をどう支えるか:保育者養成の立場から
上岡紀美
近年,乳幼児期における社会情動的スキルいわゆる非認知能力の育ちが注目されている。非認知能力は,学力など数量化できる認知能力とは異なり,忍耐力や自己制御,共感や自尊心といった社会的・情動的な性質と捉えられ,適切な環境を提供することにより,育成可能な能力とされている(OECD,2015)。また,非認知能力と認知能力は相互に影響し合いながら発達し,将来における社会的・経済的成功につながるとの示唆もある(Heckman,2015)。
これまでも日本の保育・幼児教育においては,子どもの社会情動的な側面は大切に扱われ,その育ちにつながる保育の取り組みがなされてきた。カリキュラムにおいても,「心情・意欲・態度」の観点でもって社会性や情動を育む指導計画が立案され,実践が繰り返されている。しかし,育ちの結果よりもその過程に重きを置く傾向から,必ずしもその評価基準が明確に定められているとは言えない。よって,子どもとの関わりにおける適切なフィードバックが十分得られないために,保育者間に力量差が生じている現状も否めない。特に,こうした能力の育成においては,子ども一人一人の育ちの理解と人的・物的な環境構成が欠かせず,専門性が問われることとなる。
そこで,保育者養成における実践事例として,子育て支援活動を通した保育学生の学びの実際と課題について報告し,保育のなかでの支援のあり方を検討する。
話題提供2
エビデンスに基づくSELの実施に向けて:子どもの運動発達に関わるコーチ養成の立場から
梅崎高行
社会性と情動の学習(SEL)に関わるサッカーコーチ養成の文脈において,子どもの学習を阻害する最大の問題はコーチによる暴力である。日本サッカー協会(JFA)は,コーチライセンスの基礎とされるC級講習会等の機会を利用してその根絶を呼びかけるが,実態と導入の成果は公表されず取り組みの評価は難しい。
養成講習の心理班(筆者含む)には,アンガーマネジメント教育導入の検討も指示されるが,今のところ非公式なものであり,競技力向上の前にSELは後回しにされている現状がある。こうしたJFAの心理教育的援助は,特定の子どもを対象とした三次的サービスに当たるだろう(石隈,2007)。しかし,そもそもすべての子どもを対象とした一次的サービス,すなわちエビデンスに基づくSELそのものの重要性に共通認識を欠く状況では,暴力根絶も一過性の運動に終わる可能性がある。
梅崎・酒井(2017)はそうした状況で着手された縦断研究に当たる。ここでは,サッカーをする小学2~5年生137名のSELに関わる要因をSEMで分析した。その結果,(1)社会性や情動の発達にサッカーに対する子どものコンピテンスが直接的に関わり,親による取り組みの評価は子どものコンピテンスを介して関連すること,(2)サッカーへの取り組みは子どもの気質としての持続性や,親による養育の温かさと厳格さが相互に関連することが明らかにされた(χ2(6)=3.58, p=.73, AGFI=.97, GFI=.99, RMSEA=.00)。
こうした知見を収集しながら,今後SELを実質的に進めるためどのような手立てが求められるのか。先駆的な他文脈との議論を通して検討する。
話題提供3
精神的健康を維持する対人的スキルを探る:対人関係療法の普及に関わる立場から
前川浩子
対人関係療法(interpersonal psychotherapy: IPT)(Klerman,Weissman,Rounsaville,&Chevron,1984;水島,2008)は,認知行動療法と並んでエビデンス・ベイストな精神療法として位置づけられており,うつ病や摂食障害などの精神疾患に対しての治療の効果が確認されている。また,IPTはその効果が実証されているだけではなく,うつ病などの精神疾患が心理社会的な要因(例えば,恋人やパートナーとの関係がだめになった,仕事を失った,愛する人が亡くなった,進学したなど)によって生じるという多くの実証研究に基づいて開発されたものでもある(Weissman,Markowitz, & Klerman,2000;水島,2009)。
IPTでは,患者は症状の発症・経過と,自分の生活で起こっている現在の対人関係の問題(とりわけ,重要な他者との問題)との関係を理解し,貧弱なコミュニケーションを改善することで症状の改善を目指していくこととなる。貧弱なコミュニケーションの特徴には少なからずパーソナリティが関連していると考えられるが,IPTではパーソナリティを変化させるのではなく,新たなスキルの獲得を目指すという点では教育的な治療法であるとも言える。このようなIPT研究で得られてきた,症状に関連するコミュニケーションの特徴や,症状の改善につながるスキルに関する知見は,心理学的な研究によってうつ病などの精神疾患の予防に応用できる可能性があることを示唆するものと言えよう。
本シンポジウムでは青年期・成人期の女性の縦断研究のデータを用いて,重要な他者との間で行われるコミュニケーションのパターンと精神的健康度との関連について検討した結果を報告する。“実証”を重視して開発されたIPTの知見が予防という新たな領域に発展する可能性について論じることとする。
話題提供4
SELプログラムについて学ぶことの重要性を考える:子どもの心理支援者を目指す心理職養成の立場から
眞榮城和美
SELとは,ある特定の問題行動だけを抑制することを目的とするのではなく「自己の捉え方と他者とのかかわり方を基礎とした社会性(対人関係)に関するスキル,態度,価値観を身に付ける学習(小泉,2011)と定義され,主として一次的支援サービス(予防・開発的取り組み)として捉えられている。
心理支援職を目指す学生たちを対象とした養成機関の中での学習内容としては,二次的支援サービス(不適応傾向にある者への支援)および三次的支援サービス(不適応状態にある者への支援)が中心となるが,SELプログラムのような一次支援サービスについて理解し実践する力(効果測定方法も含む)をつけておくことは,要支援者のみならず支援者自身のセルフコントロール力や問題解決能力の向上,つまり「心の健康教育効果」が期待されることから,心理職としての専門性を発揮するためにも重要な学習であると考えられる。心理支援職養成時にSELプログラムをはじめとした「心の健康教育」が重視されていることは,公認心理師養成カリキュラム内に「心の健康教育に関する理論と実践」(大学院公認心理師養成カリキュラム)といった科目が設定されたことからもうかがえる。
本シンポジウムでは,児童期・青年期を対象としたセカンド・ステップSELプログラム(Committee for children,2018;日本こどものための委員会,2018)の実践から得られたエビデンス(眞榮城,2015)および,信州型SELプログラム(眞榮城・村中・佐野・寺門・田村・中澤,2015)の実践を通したプログラム実施対象者への効果測定結果に関する報告と併せて,心理支援職を目指す学生がSELプログラムを学習することの効果について多面的・実証的に検討する。