[JC05] 教育に活かすコーチング
コーチングは学生・生徒のレジリエンスを高めるか
Keywords:コーチング, レジリエンス, 教育
企画主旨
コーチング(Coaching)とは,「個人の潜在能力を開放し,その人自身の能力を最大限に高めること」(Whitmore, J.)と定義され,個人,集団,組織の活動能力と幸福(well-being)を高めることを目指す活動のことである。
コーチングには傾聴,承認,質問などのスキルのほか,促進(ファシリテーション),教示(インストラクション),支援(サポート)など多様な方法,形式が含まれており,学生・生徒のやる気を引き出し,目標を明確化し,それを実行に移す道筋を立てるための支援が可能である。ただし,教育場面でのコーチングは,ビジネス界を中心に組織の管理職のためのマネージメントスキルとして広まっているコーチングとは異なり,動機づけや行動の促進だけではなく,より内面的な気づきや自律性の醸成,困難から回復し成長する力(レジリエンス)に重点を置くことも可能である。さらにその適用範囲は,授業・講義やゼミ,進路指導,保護者への対応など多様な場面が考え得る。
本シンポジウムでは幼児教育,中等教育,高等教育の各場面において,保育や授業,学生・生徒・子どもとの関わり,母親教育などにコーチングを活かしている教員を話題提供者に迎え,それぞれの活動の場での実践例とその効果を紹介し,指定討論者とフロアを交えてコーチングが学生・生徒のレジリエンスに資する可能性について考えたい。
コーチングのひとつの課題は,十分なコーチトレーニングを受けていない人が,コーチングと称して自己流の実践をするケースが見られるということである。本企画の話題提供者は全員コーチ資格保持者であり,コーチと教員の両方を知る立場から話題を提供する。
話題提供は,①保育者養成の場でコーチングを活用している幼稚園教諭免許・保育士資格を持つ石川恵美,②高等学校の英語教育にコーチングを実践し,コーチングをテーマに修士論文を執筆した石田正寿,③プロコーチ出身で,専門学校生にコーチングを活かした授業をおこなっている鳥羽きよ子,④「コーチング心理学概論」の編著者で,医学生・看護学生,指導医にコーチングを取り入れている西垣悦代がおこなう。指定討論者にはレジリエンス研究に実績があり,東京工業大学においてリベラルアーツ教育改革に取り組んでいる永岑光恵准教授を迎える。
保育者養成および保育現場におけるコーチングの可能性
石川恵美
相手の答えを引き出すコーチングは,保育現場では日常的に行われている。しかし,それは保育者の無意識下で行われており,子どもとのやりとりや子どもへの援助としての潜在的コーチングスキルである(石川,2011)。
就学前の子どもにとっては,保育者や友達と一緒に遊びながら,様々な経験や発見をすることは,ティーチングの要素よりコーチングの要素が散見される。保育者は日頃から無意識的にコーチングを行っている。子どもの気持ちや考えに共感し,子ども自身の答えを待つことはコーチングそのものである。
また,子育てに悩む保護者に対してもコーチングは有効である。我が子ながらどのように関われば良いのかを模索している保護者から相談を受ける保育者は少なくない。保育者と保護者の信頼関係が構築されていれば,コーチングは機能する(佐藤・石川,2017)ことを確認した。
保育者になりたいという目標は明確であるが,その途上では課題に追われ失速しそうになり「モチベーションが上がらない」と悩み,「自分は保育者に向いているのだろうか」と進路を決め兼ねる学生も存在する。そのような時にコーチングを行うと,学生自身の思いや考えがあぶり出され,次への行動が促進された(石川,2012)。
「保育内容・人間関係」「保育内容・言葉」の授業において,コーチング実践を行ったところ,学生自身がコーチとクライアント役を交互に演じることでコーチングの有用性を実感できたようであった。保育者養成校で学んだ学生が,卒業後保育現場において平素の保育に意識的にコーチングを取り入れることで子どもの育ちのサポートができるであろう。
話題提供では筆者の経験した保育者としてのコーチング事例と,保育者養成においてのコーチング事例を紹介したい。
高校現場におけるコーチングからのヒント
石田正寿
コーチは「クライアントが答えを持っている」と信じて寄り添う。コーチングから“ビリーフ”に影響を受けた教師は,より学習者中心の“ビリーフ”を持つようになることを石田は明らかにした。
『教育コーチング』では,「人は育とうとする生き物だ」という信念を持ってクライアントに関わる。愛情・信頼・尊重を持ち,傾聴・承認・質問を行う。その結果,クライアント自身が答えを見つける。「教える」「させる」を手放して,「そこにいる」のである。つまり,この“あり方”を教師が体現することとなる。そして,生徒の気づきを引き出し,生徒の自立に寄与するのである。この“あり方”からくる関わりは,生徒のレジリエンスにどのような寄与をするのであろうか。
また別の石田の研究からは,コーチング・シークエンスの原形とされるGROWモデル(Alexander, G.)を下敷きにした授業において,学習者が自分なりの意義を授業に見出すことが分かった。このことから,コーチングを下敷きとした授業やコーチングそのものを受けることは,Agent(行為主体者)としてのあり方や意識を高めるということが理解される。このAgentとしての意識は,人生の舵を自身が執るということに繋がる。また,GROWモデルで言うOptionsやWillは「これがダメならあれを」という発想の転換を生むものでもある。
石田は,2006年より高校現場において,面談はもちろん,クラス運営,クラブ指導,授業への応用実践および研究をしてきた。その中から,レジリエンスに資すると思われる事例も,紹介したい。
コーチとして関わる看護専門学校での授業
鳥羽きよ子
CTI(Coach Training Institute)のコーアクティブ・コーチングでは,コーチが寄り添うことによりクライアントは協働(コーアクティブ)の効果で答えを見つけ,行動,変革を起こしていくことができる。コーチの在り方の基本は,それぞれの人の創造性・可能性を,心から信じて関わることである。人間は,他人から期待され・信じられ・寄り添われていることを認識すると,自己肯定感と自己効力感,及びレジリエンスが高められ,自己実現に向けて忍耐強く頑張れるようになるのである。
2008年より看護専門学校の「人間関係論」の授業でコーチングの理念に沿って学生自らが体得し,振り返り,自主的な実践により学ぶワークショップ中心の授業を実践している。ランダムに組んだ学生ペアに対して,相手を尊重することと,相手の成長を願う事等の約束をした上でスタートする。授業での学びに加え,授業時間外にも学生相互のピア・コーチングの実践を取り入れ,学生はピア・コーチングの後,毎回相手に肯定的フィードバックをおこなった。
その結果,自己肯定感,自己理解,コミュニケーション能力の自己評価,およびコーチングコアコンピテンシー自己効力感尺度(CCSES-R)の事前事後評価ではすべての項目において有意な肯定的変化が認められた。人に安心感を持ってもらえる「関わり方」と,信頼を得る「コミュニケーション」を学ぶことにより看護師として自信をもって医療現場で仕事に従事できるようになり,一人の人間として自分の人生をより輝かせ,充実したものにできるようになると期待している
医学・看護教育におけるコーチング
西垣悦代
西垣は2014年から看護学生を対象に人間関係論の授業にコーチングを取り入れている。コルブの学習サイクルに基づき,コーチング演習-ふり返り・内省-講義による概念化-次回までの実践課題という手順で授業を構成している。西垣ら(2014)の開発によるコーチングコンピテンシー自己効力感尺度(CCSES-R)他による効果測定の結果,学生の会話スキル因子が有意に向上すること,内省報告からは,自己理解,人間関係の改善,実習への不安の低減,他者に対する思いやりの気持ちなどに変化があったことが示された。
一方,医学部生を対象に少人数でおこなっているコーチングセミナーでは,受講生がコーチング導入後により傾聴的・共感的な会話ができるようになることを,RIASによるセッションの会話分析(西垣・藤村, 2018)から明らかにしている。
最近,看護学生,医学生ともにメンタルへルス不調者の割合はいずれも30%を越えているという報告があり,過密な授業,実習のストレス,人間関係などが理由に挙げられている。新卒看護師の1年未満での離職率が7.5%に上るというデータもある。医療系学生は卒業後対人援助職として人の生死に関わる仕事に就くため,在学中からストレスマネジメントや困難を乗り越え,それを糧に成長する力を養っておく必要があると考える。
西垣のコーチング演習では,VIA-ISによる強みの発見,認知行動コーチングのモデルに基づくABCモデル,思考のクセ,マインドフルネス瞑想も一部に取り入れている。今後は,レジリエンスの観点からの効果測定も取り入れていきたいと考えている。話題提供では,医療系学生に対するコーチングを取り入れた授業の事例を紹介する。
コーチング(Coaching)とは,「個人の潜在能力を開放し,その人自身の能力を最大限に高めること」(Whitmore, J.)と定義され,個人,集団,組織の活動能力と幸福(well-being)を高めることを目指す活動のことである。
コーチングには傾聴,承認,質問などのスキルのほか,促進(ファシリテーション),教示(インストラクション),支援(サポート)など多様な方法,形式が含まれており,学生・生徒のやる気を引き出し,目標を明確化し,それを実行に移す道筋を立てるための支援が可能である。ただし,教育場面でのコーチングは,ビジネス界を中心に組織の管理職のためのマネージメントスキルとして広まっているコーチングとは異なり,動機づけや行動の促進だけではなく,より内面的な気づきや自律性の醸成,困難から回復し成長する力(レジリエンス)に重点を置くことも可能である。さらにその適用範囲は,授業・講義やゼミ,進路指導,保護者への対応など多様な場面が考え得る。
本シンポジウムでは幼児教育,中等教育,高等教育の各場面において,保育や授業,学生・生徒・子どもとの関わり,母親教育などにコーチングを活かしている教員を話題提供者に迎え,それぞれの活動の場での実践例とその効果を紹介し,指定討論者とフロアを交えてコーチングが学生・生徒のレジリエンスに資する可能性について考えたい。
コーチングのひとつの課題は,十分なコーチトレーニングを受けていない人が,コーチングと称して自己流の実践をするケースが見られるということである。本企画の話題提供者は全員コーチ資格保持者であり,コーチと教員の両方を知る立場から話題を提供する。
話題提供は,①保育者養成の場でコーチングを活用している幼稚園教諭免許・保育士資格を持つ石川恵美,②高等学校の英語教育にコーチングを実践し,コーチングをテーマに修士論文を執筆した石田正寿,③プロコーチ出身で,専門学校生にコーチングを活かした授業をおこなっている鳥羽きよ子,④「コーチング心理学概論」の編著者で,医学生・看護学生,指導医にコーチングを取り入れている西垣悦代がおこなう。指定討論者にはレジリエンス研究に実績があり,東京工業大学においてリベラルアーツ教育改革に取り組んでいる永岑光恵准教授を迎える。
保育者養成および保育現場におけるコーチングの可能性
石川恵美
相手の答えを引き出すコーチングは,保育現場では日常的に行われている。しかし,それは保育者の無意識下で行われており,子どもとのやりとりや子どもへの援助としての潜在的コーチングスキルである(石川,2011)。
就学前の子どもにとっては,保育者や友達と一緒に遊びながら,様々な経験や発見をすることは,ティーチングの要素よりコーチングの要素が散見される。保育者は日頃から無意識的にコーチングを行っている。子どもの気持ちや考えに共感し,子ども自身の答えを待つことはコーチングそのものである。
また,子育てに悩む保護者に対してもコーチングは有効である。我が子ながらどのように関われば良いのかを模索している保護者から相談を受ける保育者は少なくない。保育者と保護者の信頼関係が構築されていれば,コーチングは機能する(佐藤・石川,2017)ことを確認した。
保育者になりたいという目標は明確であるが,その途上では課題に追われ失速しそうになり「モチベーションが上がらない」と悩み,「自分は保育者に向いているのだろうか」と進路を決め兼ねる学生も存在する。そのような時にコーチングを行うと,学生自身の思いや考えがあぶり出され,次への行動が促進された(石川,2012)。
「保育内容・人間関係」「保育内容・言葉」の授業において,コーチング実践を行ったところ,学生自身がコーチとクライアント役を交互に演じることでコーチングの有用性を実感できたようであった。保育者養成校で学んだ学生が,卒業後保育現場において平素の保育に意識的にコーチングを取り入れることで子どもの育ちのサポートができるであろう。
話題提供では筆者の経験した保育者としてのコーチング事例と,保育者養成においてのコーチング事例を紹介したい。
高校現場におけるコーチングからのヒント
石田正寿
コーチは「クライアントが答えを持っている」と信じて寄り添う。コーチングから“ビリーフ”に影響を受けた教師は,より学習者中心の“ビリーフ”を持つようになることを石田は明らかにした。
『教育コーチング』では,「人は育とうとする生き物だ」という信念を持ってクライアントに関わる。愛情・信頼・尊重を持ち,傾聴・承認・質問を行う。その結果,クライアント自身が答えを見つける。「教える」「させる」を手放して,「そこにいる」のである。つまり,この“あり方”を教師が体現することとなる。そして,生徒の気づきを引き出し,生徒の自立に寄与するのである。この“あり方”からくる関わりは,生徒のレジリエンスにどのような寄与をするのであろうか。
また別の石田の研究からは,コーチング・シークエンスの原形とされるGROWモデル(Alexander, G.)を下敷きにした授業において,学習者が自分なりの意義を授業に見出すことが分かった。このことから,コーチングを下敷きとした授業やコーチングそのものを受けることは,Agent(行為主体者)としてのあり方や意識を高めるということが理解される。このAgentとしての意識は,人生の舵を自身が執るということに繋がる。また,GROWモデルで言うOptionsやWillは「これがダメならあれを」という発想の転換を生むものでもある。
石田は,2006年より高校現場において,面談はもちろん,クラス運営,クラブ指導,授業への応用実践および研究をしてきた。その中から,レジリエンスに資すると思われる事例も,紹介したい。
コーチとして関わる看護専門学校での授業
鳥羽きよ子
CTI(Coach Training Institute)のコーアクティブ・コーチングでは,コーチが寄り添うことによりクライアントは協働(コーアクティブ)の効果で答えを見つけ,行動,変革を起こしていくことができる。コーチの在り方の基本は,それぞれの人の創造性・可能性を,心から信じて関わることである。人間は,他人から期待され・信じられ・寄り添われていることを認識すると,自己肯定感と自己効力感,及びレジリエンスが高められ,自己実現に向けて忍耐強く頑張れるようになるのである。
2008年より看護専門学校の「人間関係論」の授業でコーチングの理念に沿って学生自らが体得し,振り返り,自主的な実践により学ぶワークショップ中心の授業を実践している。ランダムに組んだ学生ペアに対して,相手を尊重することと,相手の成長を願う事等の約束をした上でスタートする。授業での学びに加え,授業時間外にも学生相互のピア・コーチングの実践を取り入れ,学生はピア・コーチングの後,毎回相手に肯定的フィードバックをおこなった。
その結果,自己肯定感,自己理解,コミュニケーション能力の自己評価,およびコーチングコアコンピテンシー自己効力感尺度(CCSES-R)の事前事後評価ではすべての項目において有意な肯定的変化が認められた。人に安心感を持ってもらえる「関わり方」と,信頼を得る「コミュニケーション」を学ぶことにより看護師として自信をもって医療現場で仕事に従事できるようになり,一人の人間として自分の人生をより輝かせ,充実したものにできるようになると期待している
医学・看護教育におけるコーチング
西垣悦代
西垣は2014年から看護学生を対象に人間関係論の授業にコーチングを取り入れている。コルブの学習サイクルに基づき,コーチング演習-ふり返り・内省-講義による概念化-次回までの実践課題という手順で授業を構成している。西垣ら(2014)の開発によるコーチングコンピテンシー自己効力感尺度(CCSES-R)他による効果測定の結果,学生の会話スキル因子が有意に向上すること,内省報告からは,自己理解,人間関係の改善,実習への不安の低減,他者に対する思いやりの気持ちなどに変化があったことが示された。
一方,医学部生を対象に少人数でおこなっているコーチングセミナーでは,受講生がコーチング導入後により傾聴的・共感的な会話ができるようになることを,RIASによるセッションの会話分析(西垣・藤村, 2018)から明らかにしている。
最近,看護学生,医学生ともにメンタルへルス不調者の割合はいずれも30%を越えているという報告があり,過密な授業,実習のストレス,人間関係などが理由に挙げられている。新卒看護師の1年未満での離職率が7.5%に上るというデータもある。医療系学生は卒業後対人援助職として人の生死に関わる仕事に就くため,在学中からストレスマネジメントや困難を乗り越え,それを糧に成長する力を養っておく必要があると考える。
西垣のコーチング演習では,VIA-ISによる強みの発見,認知行動コーチングのモデルに基づくABCモデル,思考のクセ,マインドフルネス瞑想も一部に取り入れている。今後は,レジリエンスの観点からの効果測定も取り入れていきたいと考えている。話題提供では,医療系学生に対するコーチングを取り入れた授業の事例を紹介する。