The 60th Annual Meeting of the Japanese Association of Educational Psychology

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自主企画シンポジウム

[JE02] 自主企画シンポジウム 2
教育における文化的視点の重要性

Trajectory Equifinality Approach (TEA) による分析

Sun. Sep 16, 2018 1:30 PM - 3:30 PM D202 (独立館 2階)

企画・司会・話題提供:柾木史子(慶應義塾大学大学院)
話題提供:豊田香#(拓殖大学)
話題提供:安田裕子#(立命館大学)
指定討論:佐藤達哉(立命館大学)

[JE02] 教育における文化的視点の重要性

Trajectory Equifinality Approach (TEA) による分析

柾木史子1, 豊田香#2, 安田裕子#3, 佐藤達哉4 (1.慶應義塾大学大学院, 2.拓殖大学, 3.立命館大学, 4.立命館大学)

Keywords:文化的アイデンティティ, TEA(複線径路・等至性アプローチ), グローバル教育

企画趣旨
 小学校での英語教科化や異文化理解の授業など,教育現場で新しい試みがなされているが,グローバルな時代に個に何が必要なのかを調査し,それを(学校教育・リカレント教育・企業内教育など幅広い年代の)教育に反映するための日本での研究はまだまだ少ない。21世紀スキルに代表されるようなグローバル社会を生き抜く能力(批判的思考力,問題解決能力,コミュニケーション能力,チームワーク能力,自立的に学習する力など)を身につけられるようにと,学校ではアクティヴラーニングや総合学習などの取り組みが近年盛んである。しかし,21世紀スキルの「個人と社会における責任―文化的差異の認識および受容能力」やEUでのキーコンピテンシー「文化的意識と表現力」といった文化社会的視点が,日本においては十分に語られていない。この自主シンポジウムでは,日本の教育で置き去りになっている「教育における文化的視点の重要性」を声を上げて議論していく。
 また,文化社会的な視点を捉えられる質的研究として注目を集めている研究方法についても展開していきたい。複線径路・等至性アプローチは,人間の成長を時間的変化と文化社会的文脈との関係の中で捉え,記述するための方法論的枠組みで,等至性という概念を発達的・文化的事象の心理学的研究に組み込もうという考えに基づくものである(Valsiner & Sato, 2006)。
 基礎的リテラシーと認知スキルを重んじる現代の学校教育に,文化社会的視点育成の大切さを提言する。

グローバルプロフェッショナルへの成長
柾木史子
 まず,グローバルスキルを身につけるという視点を「心理的発達・人格レベルの成長」という視点で捉え直すことを試みた。松尾(2006)のプロフェッショナルの定義を援用し,「専門性・自律性・金銭を超えた他者奉仕の精神性を持ち,グローバルな枠組みで活躍できる者」を「グローバルプロフェッショナル: Global Professional」(以下GP)と定義し研究の対象者とした。一つの企業に固執せず,日本,海外,企業の境界なく自律的に職業を継続し,グローバルリーダーシップ専門性(Osland,et al,2006)を高めている社会人を12名選定した。個人の外的・内的双方における個別具体的な出来事を,それを経験した個人の世界に近づき,彼らの視点から理解する必要があると考え,半構造化面接を行った。協力者12名のそれぞれの成長経過をTEM図で分析し,そこから見出せた共通点や類似点を検討し類型TEM図を作成した。12名のうち,インタビューの時点でGPへの発達が確認できたのは5名であった。そのGPへの発達過程は,第1期:進路決断期-自分の成長を一番に考え決断する,第2期:異文化でのがむしゃら経験と内省期-新しい道具が生まれる,第3期:差異化期-文化的アイデンティティの重要性,第4期:専門性獲得-継続の重要性,第5期:統合化-自己の統合と社会への統合,第6期:バウンダリレスキャリアへ,第7期:グローバルプロフェッショナルへー社会貢献目標の7期に区分できた。
 他2名は外国に住みながらも異文化に浸ることはせず, 日本人としての文化的アイデンティティを認知せず,異文化で過ごした自己を自国の文化のなかで他の日本人から差異化し,社会貢献についても口にすることはなかった。他3名は,第6期まではGPと同じようなルートを辿ったが,インタビュー時点では社会貢献を目標にするよりも自分の目標達成が一番の目標であったため,後にGPに成長する可能性のある予備軍と考えられた。今回は,GP3期:異文化の中で,日本で培った文化的アイデンティティの強みを認知し「差異化」する,5期:肯定的な文化的アイデンティティ,専門性,異文化理解の三つをもとに「統合化」し,自らを統合することで社会への統合化も可能となる,に焦点を当てて議論する。
 GPへの発達の鍵は,異文化に浸りがむしゃらに頑張ることで,文化的アイデンティティを認知でき,それを持って自己を統合できたことであったといえる。今後のGP育成には,「異文化に浸りがむしゃらに考え決断する」機会を創造することが重要であり,せっかく海外に住む機会があるのであれば,土地の人々と交わりその習慣や考え方に浸ることである。長期的なグローバル教育としては,異国の地で個が「文化的アイデンティティ」を認知した時に,個を助け,強みになるような価値観が自国文化に存在しているかということが大事であると考える。グローバルに,バウンダリレスに移動するからこそ,周りの変化に簡単に揺れ動かされない自分の核となる原体験や価値観を持っていることが重要なのである。
 さらに,GPは,「チャレンジングなスキルや課題を習得したり問題を解決したりするために,焦点化された忍耐強い姿勢によって独力で成し遂げようとする方向へと人を促す心理的な力=マスタリー動機づけ」 (鹿毛2013)が高かったため,その動機づけの形成過程を探る次の研究を試みている。文化的アイデンティティを認知することが自尊心や自己肯定感を強めGPを支えていたと考えられそうである。

「文化的視点」をどのようにとらえるのか―TLMGとトリプル・ループ学習論からの検討―
豊田 香
 本発表では,『教育における文化的視点の重要性』を,2つの側面から紐解いてみたいと思う。まず1つ目は,教育を受ける学習当事者の視点から理解するということである。その場合,教育(者・機関)は,学習当事者である個人が成長・発達する方向づけや環境整備の役回りを担う者として理解できよう。もう1つは,その学習当事者である個人にとって『文化的』なるものが,どのように位置づけられるのかを,複線径路等至性アプローチ(Trajectory Equifinality Approach:以下TEA)の枠組の1つTLMG(発生の三層モデル)から理解しようとする試みである。
 個人・集団の行動(第1層)は,個人内に何らかの記号を発生させ(第2層),その記号がこれまでの人生で形成された価値観か信念と相互作用を起こしながら,それ自体を変容させたり強化させたりするものと考えられる(第3層)。異文化経験は,これまでにない記号を発生させ,それにより新たな価値観や信念をもたらし,そこから新たな促進記号を発生させ,新たな行動を導く可能性がある。そこでは,個人内においてある種の内的な組み換えがおきていると考えられる。その場合,征木の調査報告のように,その組み換えに成功し,統合され人格的な発達が実現できた人もいれば,そうでない人もいる。ここに教育的な準備の必要性があるように思われる。
 この教育的な準備について,TLMGの枠組で学習当事者である個人の生涯発達の有り様から捉えると,主に2つの方向性からアプローチできることを「トリプル・ループ学習(triple-loop learning )」という省察的実践論は示している。トリプル・ループ学習とは,筆者が提示する専門教育理論である。21世紀スキルの代表的な能力である「批判的思考能力」と関連づけ,自国の文化と他国の文化を意識する力とはどのようなものなのか,そのための訓練とはどのようなものかについて,発展的に考えてみたい。『文化的』なるもの正体を理論的に考えてみたいと思う。

文化をまとって歩む人の生を描き出すTEAという質的研究法
安田裕子
 複線径路等至性アプローチ(Trajectory Equifinality Approach:以下TEA)は,過程と発生をとらえる文化心理学に依拠した質的研究の方法論である。TEAは,文化的・社会的な影響のもとにある人の有り様を時間経過のなかで記述する「複線径路等至性モデリング(Trajectory Equifinality Modeling:以下TEM)」を中心として,対象選定の理論の理論である「歴史的構造化ご招待(Historically Structured Inviting:HSI)」と,内的な変容過程を理解・記述するための理論「発生の三層モデル(Three Layers Model of Genesis:以下TLMG)」によって構成される。
 TEMは,等至性(Equifinality)の概念を発達的・文化的事象に関する心理学的研究に組み込もうと考えたヴァルシナー(Valsiner,2001)の創案にもとづき開発された,人間の文化化の過程を記述する手法である。人の発達や人生の径路の複線性・多様性を社会的・文化的な諸力とともに,時間経過のなかで描き出すのに有用とされる。等至性の概念では,人間は開放システムととらえられ,時間経過のなかで,また歴史的・文化的・社会的な影響を受けて,多様な軌跡を辿りながらもある定常状態に等しく(Equi)到達する(final)存在(安田,2005)とされる。「等しく(Equi)到達する(final)」とは,ある経験をした人たちが時間の流れのなかで同じような行動や選択に至る,ということを意味する。ある経験にかかわり同じような行動や選択に至った人たちを研究の対象とし,その行動や選択に焦点をあて等至点として焦点化し―こうした対象選定の方法がHSIである―,そこに至りその後に持続する人の生の決して単線ではないありようを,時間経過と文化的・社会的な背景とともに記述する。また,収束するという状況は径路が分かれゆく状況の存在を明らかにするが,それを分岐点として設定し,選択のありようや緊張関係をとらえる―分岐点に焦点をあて自己の変容をつぶさにとらえるための方法がTLMGである―。本シンポジウムでは,TEMを中心に,TEAについて解説する。