The 60th Annual Meeting of the Japanese Association of Educational Psychology

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自主企画シンポジウム

[JH04] 自主企画シンポジウム 4
これからの教育を問う

Mon. Sep 17, 2018 1:00 PM - 3:00 PM D308 (独立館 3階)

企画・司会:田口久美子(和洋女子大学)
企画・話題提供:大津悦夫(立正大学)
企画・指定討論:馬場久志(埼玉大学)
話題提供:濱野秀樹#(さいたま教育文化研究所)

[JH04] これからの教育を問う

道徳教育の在り方を考える(2)

田口久美子1, 濱野秀樹#2, 大津悦夫3, 馬場久志4 (1.和洋女子大学, 2.さいたま教育文化研究所, 3.立正大学, 4.埼玉大学)

Keywords:子どもの人権, 道徳的発達, 教科化

企画趣旨
 2018年は,戦後学習指導要領が試案から告示へとその性格を変えた1958年から60年という節目の年である。そもそも試案では,戦前の教育勅語や修身をはじめとする,国による教育の支配をあらため,国民による自由な教育を目指すという理念が体現されていた。そのベースとなったのが日本国憲法が掲げる国民主権,平和主義,基本的人権の尊重の3つの原則であったことは言うまでもない。
 2019年度から中学校で正式導入される「特別の教科道徳」の教科書検定結果が2018年3月に公表された。一部の教科書では,「国を愛する心」などの項目について,数値による自己評価欄を掲載している。子どもによる自己評価が教師による評価へと影響を及ぼす懸念はないだろうか。また,こうした項目により生徒に自己評価を求めることは,思春期を迎え新たな自我を形成しつつある子どもの内面にどのような影響を及ぼすであろうか。
 昨年に続けて2回目となる今回のシンポジウムでは,学校教育の中での教科としての道徳の在り方について改めて考える。子どもの生活全般の保障を基盤とした豊かな人格形成の視点にたち,「特別の教科 道徳」の実践の可能性について検討し,今後の学校教育において,留意すべき点について意見交換を行い,これからの教育への希望を語る機会としたい。
 そこで,本シンポジウムにおいては,上記をふまえ,大津悦夫から,学校における道徳教育の構造について,目標・内容・評価という観点から話題提供を行う。小学校で教師をされていた濱野秀樹さんからは,現場の教師が子どもの要求を汲みながら,子どもとともに創り上げていく道徳教育の実践についてお話いただく。お二人の話題提供を受け,指定討論の馬場久志から,実践から見える教育への希望やこれからの教育への課題を提示してもらい,議論を進めたい。

学校における道徳教育の構造-目標・内容・評価をめぐって
大津悦夫
 2018年度より小学校において「特別の教科 道徳」の授業が開始された。今後,中学校や高等学校においても道徳が教科として指導される。そこで,改めて学校における道徳教育の構造とその中での「特別の教科 道徳」の位置づけを検討しておく必要がある。
1.道徳教育が学校教育全体を通じて行うべきものであることは,「特別の教科 道徳」の新設後も変更されてはいない。しかしながら,道徳が教科とされたことにより,教科教育や特別活動などが「特別の教科」からの圧力により歪められるということが生じていないだろうか。そこで,学校教育全体としての道徳教育が,正しい意味において「各教科,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活動のそれぞれの特質に応じて,児童の発達の段階を考慮して,適切な指導を行う」ということの意義を確認することが重要である。具体的な例として,指導要録の「行動の記録」を見てみよう。この欄は,学校生活全般にわたって認められる児童生徒の行動上の特徴を記入し,彼ら自身が長所を発見し,可能性を伸ばしていくためのものである。1991年及び2001年の指導要録の改訂において,「道徳的価値」に関連した項目が多数を占めるようになった(例えば,「生命尊重・自然愛護」,「勤労・奉仕」,「公共心・公徳心」)。2016年の改訂では項目に変更は見られないが,2018年度より教科としての評価がなされる上に,「行動の記録」でも同様の評価がなされるということになる。こうしてみると項目の見直しに限らず「行動の記録」自体の位置づけの検討が求められているといえよう。
2.「特別の教科 道徳」の指導において「道徳的価値の理解」や「物事を多面的・多角的に考え」ることは,できるだろうか。道徳の教科としての目標は,「第1章総則の第1の2の(2)に示す道徳教育の目標に基づき,よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため,道徳的諸価値についての理解を基に,自己を見つめ,物事を多面的・多角的に考え,自己の生き方についての考えを深める学習を通して,道徳的な判断力,心情,実践意欲と態度を育てる。」(小学校学習指導要領)ということである。学習指導において道徳的な価値について理解するには,他の教科の科学的知識,生活経験を有していることが前提になる。その上で,多面的・多角的に考える必要がある。小学校の教科書では,教科書会社によって異なるとは言え,価値に基づく判断が書かれており,子どもが価値について考える場面は用意されていない。たとえ,考えてみても教科書に書かれていることが優先される仕組みになっている。多くは,物語教材であり,実際に確かめることはできず,読み取るしかできないのである。道徳的価値は,真理・真実に基づくことが大前提であるが,その大前提が満たされなかったら,多面的に考え,理解することは難しい。道徳を教えることができるかという問題はあるが,何を価値として選択するのかについての根本的な検討が望まれる。

「労働」について考える道徳の授業を実施するにあたっての問題意識
濱野秀樹
(1)「労働」の道徳学習への位置づけについて
 『民主的道徳教育を創造するために』(さいたま教育文化研究所編)の中で,私たちは道徳教育の基本的な柱として,5つの課題を掲げ,その2つ目の柱に,「学習と労働を大切にし,真理・真実を学ぶこと」として,「労働」を大切なものとして位置付けました。また川合章氏は,その著書『人格の発達と道徳教育』の中で,「私たちのめざす子ども像,人間像―それは同時に現代道徳の基本でもあります―は,ほぼ次のように捉えられているといえましょう。」として「(1)人びとの生きるための努力,とくに労働を尊重し,働く人びとの道理ある要求,権利に対して深い理解をもつとともに,労働に習熟し,労働者階級の一員として行動できる。」と述べています。まずこれらの労働に対する基本的な視点に立って実践を組み立てることを考えました。
(2)「労働」が人類発達に果たした役割の概要
 労働について基本的な認識を得る為に人間の発達と労働について概観しますと,人間が,人間として成りゆくためにその端緒となったのは,直立2足歩行だといわれています。人間は,まず歩行から解放された手を使って道具を作り出しました。この道具を作り出すという作業から人間の労働というものが始まりました。それまでは,生きるために本能の赴くままに獲物をとって食べていた人間が,狩りや漁を効率よく進めるために,道具を作り,それを使って狩りや漁をするという事は,正に人間の初期の労働の姿でした。
 そして,道具を徐々に改良し,より高度なものを作り出していく過程において,また狩りや漁を共同して作業することなどを通して,脳が徐々に発達し,共同作業の意思疎通の手段として言語を生み出し発達させていくことになり,それがまた相乗効果を発揮して,人間は,自分を取り巻く環境をも変えていく力をも身に着けていくことになりました。
(3)「労働」についての『私たちの道徳』(文科省)の扱い
 『私たちの道徳』低・中・高3分冊では,「労働」という言葉は見当たりません。「指導項目」の「勤労」に当たるものとして「働くこと」という表現でこれを表しています。しかし概ね内容的には,重なるものと考え,指導上はここに位置付けることで整合性はつけることができると考えました。
 しかし残念ながら『私たちの道徳』では,働く(労働する)ことの原点が自らの糧を得,自らを成長させることであるという内容には迫れないものと考え,労働の原点に対する認識を子ども達とともに共有していかなければならないと考え,この授業づくりに取り組みました。