The 60th Annual Meeting of the Japanese Association of Educational Psychology

Presentation information

ポスター発表

[PA] ポスター発表 PA(01-78)

Sat. Sep 15, 2018 10:00 AM - 12:00 PM D203 (独立館 2階)

在席責任時間 奇数番号10:00~11:00 偶数番号11:00~12:00

[PA72] 認知カウンセリングにおける「もう一人のクライエント」としての保護者

中村涼1, 岡直樹2 (1.安田女子短期大学, 2.徳島文理大学)

Keywords:認知カウンセリング, 保護者, 学習相談

問  題
 認知カウンセリングは,「認知的な問題をかかえているクライエントに対して,個人的な面接を通じて原因を探り,解決のための援助を与える」(市川,1993)学習支援の方法であり,発足から30年近くが経過する中で活発な活動が展開されている。しかしながら,認知カウンセリングを受ける児童・生徒の保護者に対する働きかけの必要性が指摘されているにもかかわらず,保護者を主たる対象者とした報告はほとんどない。市川(1998)が述べている通り,保護者に対する働きかけの実施は容易でないとしても,子どもに対する認知カウンセリングを行う上で,家庭環境や家族関係が学習に及ぼす影響は看過することのできない問題である。そこで本稿では,広島大学大学院教育学研究科附属教育実践総合センターの学校心理教育支援室「にこにこ広島ルーム」における相談事例から児童・生徒の学習相談における「もう一人のクライエント」とも言うべき保護者の状況を報告し,認知カウンセリングの今日的課題を検討する。

方  法
 広島大学大学院教育学研究科附属教育実践総合センターの学校心理教育支援室「にこにこルーム」は,認知カウンセリングの手法に基づいた学習相談を行っている。にこにこ広島ルームでは,週1回で計約10回,3ヵ月を目安として行い,毎回学習相談後に保護者への報告を5~10分行っている。2010年度から責任発表者が主たる相談担当者として学習相談を行ってきた。2010年度から2017年度までに担当したケースは,計21事例である。これらの事例の記録から保護者の状況について,家庭の状況,「困り感」と学習観,子どもに対する認知の3側面について抽出した。

結果・考察
家庭の状況:にこにこ広島ルームでは,母親が精神障害者であるケースの他,保護者の話から他方のパートナーが認知またはコミュニケーションについて困難があると推測されるケースが数例ある。また,クライエントのきょうだいが知的障害もしくは発達障害と診断を受けているケースは,4例を超える。また,ひとり親家庭が3例,相談申し込みから開始までの間に父母が離婚したケースが1例ある。すなわち,保護者はクライエントの学習上の問題以外にも困難を抱えているケースが少なくない。
また,母親が仕事との時間のやりくりをしながら送迎をしているケースや,従来のケース報告に登場する「保護者」のほとんどは母親であるのに対し,父親からの申し込み事例や父母が交代で仕事の帰りに送迎をするケースもある。このような事例では特に,両親それぞれがクライエントの学習にどのように関わっているかをふまえて,アセスメントや助言を行う必要がある。
「困り感」と学習観:子どもの学習支援を求める保護者の心情により合致する用語は,「ニーズ」と言うより「困り感」なのではないだろうか。それを低減させる一因として保護者の学習観を変化させることが考えられる。保護者は,子どもが「わかるようになること」を求めがちであるが,学習を進める上で,まずはできることを増やし,自己効力感の向上を目指す学習の意義を保護者が理解できるよう働きかける必要がある。
子どもに対する認知:学習支援によって子どもの学習に正の効果が見られることで保護者の子どもに対する認知が変化し,さらにそれによって子どもの学習に対する情意面が正の方向へ変化するケースが少なくない。相談最終日に「算数,大好きになった」と言った小学2年生女児の発言の背景には,毎回の学習支援後の保護者への報告時に母親から「すごいね」「できるようになったんだね」という賞賛の言葉が与えられたことが影響しているのではないだろうか。このような保護者の子どもに対する認知の変化がクライエントの学習や学習観,動機づけ等に及ぼす影響を実証的に明らかにすることは,認知カウンセリングの指導法の質的向上のためにも欠かせないであろう。
まとめ:保護者の困り感の低減,そして保護者の子どもに対する認知の変化のために,認知カウンセリングが果たすべき役割は「クライエントが○○をできるようになること」だけではないと考える。子どもの学習について困り感が強い保護者は,クライエントの「できない」側面に目が向きがちである。それを感じ取っている子どもは,学習性無力感から脱し,学習に意欲を持つことは難しい。相談担当者は,クライエントのできることや学習相談によってできるようになったことを保護者が可視化できるように示すことも重要な使命である。
 認知カウンセリングは今,子どもの学習に困り感をもつ保護者を「もう一人のクライエント」ととらえ,支援することが求められている。