The 60th Annual Meeting of the Japanese Association of Educational Psychology

Presentation information

ポスター発表

[PG] ポスター発表 PG(01-76)

Mon. Sep 17, 2018 10:00 AM - 12:00 PM D203 (独立館 2階)

在席責任時間 奇数番号10:00~11:00 偶数番号11:00~12:00

[PG57] 2つの計算方略

お金のイメージ操作と筆算

秋元有子1, 中石康江2 (1.白百合女子大学, 2.白百合女子大学)

Keywords:計算, 筆算, お金

問題と目的
 小学校入学後,算数の学習困難を訴えて白百合女子大学発達臨床センターに来所する小学校低学年の子どもたちは多くの場合,具体物の操作,お金の理解など日常生活に関連する数知識の習得にもつまずきを示す。そのつまずきの症状は多様であり,算数の学習内容の理解を進めるためにはそれぞれのつまずきの特徴に対応した治療的アプローチが必要となる。今回,当センターに小学校低学年で来所した2名の女児について小学校2年生から3年生にかけて行った治療教育の経過の中で,算数の学習支援の手がかりとなった計算方略と特徴的なつまずきとの関連について検討した。

方  法
対象児 
 女児Aと女児B。WISC-Ⅳ知能検査を女児Aは8歳1ヶ月時に女児Bは7歳10ヶ月時に行った。FSIQは2名ともほぼ100である。最も高い群指数は2名とも言語理解で女児Aは117,女児Bは111で他の3つの群指数との間に有意差が見られた。他の3つの群指数,知覚推理,ワーキングメモリー,処理速度の間の有意差は2名とも認められない。
治療教育の期間 
 女児Aには小2Ⅰ学期から小3Ⅲ学期,女児Bには小2Ⅱ学期から小3Ⅱ学期に実施した治療教育の経過を検討の対象とした。治療教育は1ヶ月に1回から3回行い,1回約30分実施した。
算数の学習評価 
 治療教育開始時に算数の学習評価を行った。具体物の多少判断や等分は2名とも可能だった。時計の時刻については2名とも3時などをほぼ正しく読めたが30分を読むことは難しかった。お金について女児Aは375円など聴いた金額を硬貨で正しく表すことができた。女児Bは十円玉硬貨3枚の金額を「30円」と答えることはできたが,百円玉硬貨2枚の金額を答えることができなかった。数唱や数字の読み書きについて,2名とも100を超えた数は正確さを欠いた。女児Aは教科学習の計算には苦手意識が強かった。金額の計算は30円と60円の合計を「60,70,80,90で90円」と数え足しで行ったが,60+30=90の式に示すことはできなかった。女児Bは60+8,37-2の横書きされた計算問題を縦書き,すなわち筆算にしないと計算できなかった。
算数の治療教育の目的
 女児Aの目的は,金額の計算を生かして教科学習で学ぶ数式の理解を促すこと,筆算を補うためにお金を使った計算をスムーズに行うこととした。女児Bは手続きとしての筆算は可能でも計算の意味理解は十分ではないと考えられた。お金を使うことにより計算を意味づけることを目的とした。
治療教育の経過
 女児Aはおつりの意味は小2Ⅰ学期にはわかっていなかったが,小2Ⅱ学期になると始めは硬貨を動かしておつりの金額を正答し,次には千円札を出して200円の品物を買う課題に,硬貨を見ても動かすことなく暗算で正答した。さらにレシートに見立てた紙に書かれた金額300円を見てお金をイメージし800円との合計を「800円と200円で1000円だから」と暗算で計算した。小3Ⅰ学期には613円に7円加える問いかけに「620円」と暗算で正答した。筆算でも同様な計算を行うことは可能であったが,「暗算の方がやさしい」と話している。小3Ⅱ学期には「300を10で割った数」はできなくても「300円を10人に分ける」と問うと「30円」と正答し,小3Ⅲ学期には「250の半分」に暗算で正しく答えた。また立式もほぼ可能となったが筆算の計算手続きは定着しなかった。
 女児Bは小2Ⅱ学期に30円の品物2つの合計金額は筆算しないと求められず,Ⅲ学期には300円と20円の合計を暗算では「500円」と言い,筆算しないと正答できなかった。おつりの意味は小3Ⅰ学期始めでも理解が難しく硬貨を使っても動かし方がわからなかった。小3夏には硬貨を動かせるようになったが,硬貨をイメージすることが難しく,目の前から硬貨がなくなるとおつりを求められなかった。おつりの求め方はひき算とわかり「筆算のほうがわかりやすい」と話している。

結果と考察
 女児Aはお金のイメージ操作を基にする計算方略を習得し,お金の操作を式に表すことにより数式の意味理解を促進させることができたと考える。女児Bは日常生活の中でお金に興味を示し始めた時期は女児Aに比べて遅く,お金をイメージできないこともその習得に影響したと推察する。手続きとしての筆算の習得の遅れは女児Aに比べれば顕著ではない。しかし意味理解の問題は大きかった。計算の習得は意味理解を含めて注視する必要があり,子どもたちの使う計算方略は支援の手がかりとしても重要と考えられた。