[PH15] 朗読時と黙読時における脳血流動態反応の比較
近赤外分光法(NIRS)を用いて
Keywords:朗読, 脳血流動態反応, 近赤外分光法
問題と目的
ポジティブな物語を朗読すると気分が良くなること(福田・楢原,2015)や,朗読予告による深い理解への達成(Fukuda,2016)といった朗読の効果が行動指標で明らかになっている。本研究では,朗読時と黙読時の脳血流動態反応を比較し,脳活動レベルにおいても朗読が黙読とは認知的に異なる課題であることを探索的に検討する。その際,脳血流量の変化は物語構造にも影響されると考えられるため,それも要因とする。
方 法
実験計画 2×3(条件:黙読・朗読×物語構造:設定部・展開部・結末部)の被験者内計画。
参加者 エジンバラ利き手テストにより,右手利きであることを確認した大学生12名(男女各6名)。なお,本実験は,法政大学文学部心理学科・心理学専攻倫理委員会に研究計画申請書を提出し承認を得た(H29年4月19日,承認番号17-0002)。
材料 福田・楢原(2015)で使用された物語1,771字「初がつおのたたき(西本,2004)」を用いた。画面の大きさや物語構造の制約に従い,9スライドに分割した。また,意味的なまとまりを優先して改行し,1行の文字数は12-47字であった。材料は著者らの協議によって,スライド1,2,3を設定部,4,5,6を展開部,7,8,9を結末部に分類した。
装置 NIRS(ETG-4000,日立メディコ製)を用い,照射と検出プローブを3×11で配置した。前頭前領域から左右側頭領域にわたる52チャネルについて,サンプリングレート10 Hzで,酸素化ヘモグロビン濃度の変化量(Δ[oxyHb])を計測した。
手続き 朗読に関する4つの行動条件「声に抑揚をつける」「声に強弱をつける」「登場人物ごとに声色を変える」「発声を明確にする」(福田・楢原, 2015)の練習の後に,実験セッションに移った。材料を参加者ペースで黙読させ,内容に関する質問2問に答えさせた後,同じ材料を朗読させた。
前処理 各チャネル内で,課題を行っている全体のデータ点について,酸素化ヘモグロビン濃度の平均値と標準偏差を算出し,標準化された時系列波形を得た。その後,全チャネル内で全データ点についての平均波形を取得し,時間情報を用いて,スライドごとに呈示前300 msのヘモグロビン濃度をゼロ点とした場合のΔ[oxyHb]を算出した。さらに,スライド呈示中のΔ[oxyHb]の大きさを定量化するために,スライド呈示後から読み終わるまでのΔ[oxyHb]の最大値を算出した。
結果・考察
朗読条件時の計測に不備のあった1名と,その活性化値が2SDよりも低い1名を除いた10名に対して全チャネルをまとめ,正規化されたΔ[oxyHb]の最大値について,分散分析を行った結果,交互作用に有意傾向が認められたため(F(2,18)=3.24,
p=.06),単純主効果検定を行った。その結果,結末部において朗読条件(M=.48,SD=.11)の方が黙読条件(M=.33,SD=.15)より有意に変化量が大きかった(F(1,27)=10.40,p<.01)。本手続きでは,朗読時の発声と再読が交絡している可能性がある。しかし,有意傾向のある交互作用が認められたために,これらの交絡変数では説明が出来ないΔ[oxyHb]が結末部で生じたと考えられる。
そこで,結末部についてチャネル毎に対応のあるt検定を行った。その際,有意水準は5%水準とし,Meff法(Uga et al., 2015)を用いて,多重性を補正した。その結果,複数のチャネルで朗読条件が黙読条件よりも活性値が有意に大きかった (Ch15:t(9)=4.56,Ch22:t(9)=5.37,Ch26:t(9)=3.76,Ch30:t(9)=4.01,Ch32:t(9)=3.59,Ch42:t(9)=4.47)。さらに,仮想レジストレーション法(Tsuzuki et al.,2007)により,各チャネルは背外側前頭前皮質(BA9),右上側頭回(BA22),前頭極(BA10),前運動皮質および補足運動皮質(BA6),両側中側頭回(BA21)に対応している。特に,BA21は物語を聞いた際に賦活する脳部位(Kansaku et al.,2000)であり,本手続きと適合し,データの妥当性を示している。一方,BA10は主目的を保持しつつ,副目的を遂行するといった高度な多重課題を行っている際に賦活する(Koechlin et al., 1999)。朗読条件の参加者は,4つの行動条件を満たす主目的を果たしながら,文字列を発声するといった副目的を行う高度な認知処理をしていると考えられる。結末部は登場人物の会話が多く,物語のテーマが明らかになる箇所であるため,特に,4つの行動条件が強く意識された可能性がある。このように,行動に関して明示的に規定された朗読は,朗読者に高度な認知的遂行を要求する課題といえる。
主な引用文献
Koechlin et al.(1999). Nature, 399, 148-151.
Kansaku et al.(2000). Cerebral Cortex, 10, 866-872.
※本研究は第1著者がJSPS科研費JP16K04319の助成を受け行いました。
ポジティブな物語を朗読すると気分が良くなること(福田・楢原,2015)や,朗読予告による深い理解への達成(Fukuda,2016)といった朗読の効果が行動指標で明らかになっている。本研究では,朗読時と黙読時の脳血流動態反応を比較し,脳活動レベルにおいても朗読が黙読とは認知的に異なる課題であることを探索的に検討する。その際,脳血流量の変化は物語構造にも影響されると考えられるため,それも要因とする。
方 法
実験計画 2×3(条件:黙読・朗読×物語構造:設定部・展開部・結末部)の被験者内計画。
参加者 エジンバラ利き手テストにより,右手利きであることを確認した大学生12名(男女各6名)。なお,本実験は,法政大学文学部心理学科・心理学専攻倫理委員会に研究計画申請書を提出し承認を得た(H29年4月19日,承認番号17-0002)。
材料 福田・楢原(2015)で使用された物語1,771字「初がつおのたたき(西本,2004)」を用いた。画面の大きさや物語構造の制約に従い,9スライドに分割した。また,意味的なまとまりを優先して改行し,1行の文字数は12-47字であった。材料は著者らの協議によって,スライド1,2,3を設定部,4,5,6を展開部,7,8,9を結末部に分類した。
装置 NIRS(ETG-4000,日立メディコ製)を用い,照射と検出プローブを3×11で配置した。前頭前領域から左右側頭領域にわたる52チャネルについて,サンプリングレート10 Hzで,酸素化ヘモグロビン濃度の変化量(Δ[oxyHb])を計測した。
手続き 朗読に関する4つの行動条件「声に抑揚をつける」「声に強弱をつける」「登場人物ごとに声色を変える」「発声を明確にする」(福田・楢原, 2015)の練習の後に,実験セッションに移った。材料を参加者ペースで黙読させ,内容に関する質問2問に答えさせた後,同じ材料を朗読させた。
前処理 各チャネル内で,課題を行っている全体のデータ点について,酸素化ヘモグロビン濃度の平均値と標準偏差を算出し,標準化された時系列波形を得た。その後,全チャネル内で全データ点についての平均波形を取得し,時間情報を用いて,スライドごとに呈示前300 msのヘモグロビン濃度をゼロ点とした場合のΔ[oxyHb]を算出した。さらに,スライド呈示中のΔ[oxyHb]の大きさを定量化するために,スライド呈示後から読み終わるまでのΔ[oxyHb]の最大値を算出した。
結果・考察
朗読条件時の計測に不備のあった1名と,その活性化値が2SDよりも低い1名を除いた10名に対して全チャネルをまとめ,正規化されたΔ[oxyHb]の最大値について,分散分析を行った結果,交互作用に有意傾向が認められたため(F(2,18)=3.24,
p=.06),単純主効果検定を行った。その結果,結末部において朗読条件(M=.48,SD=.11)の方が黙読条件(M=.33,SD=.15)より有意に変化量が大きかった(F(1,27)=10.40,p<.01)。本手続きでは,朗読時の発声と再読が交絡している可能性がある。しかし,有意傾向のある交互作用が認められたために,これらの交絡変数では説明が出来ないΔ[oxyHb]が結末部で生じたと考えられる。
そこで,結末部についてチャネル毎に対応のあるt検定を行った。その際,有意水準は5%水準とし,Meff法(Uga et al., 2015)を用いて,多重性を補正した。その結果,複数のチャネルで朗読条件が黙読条件よりも活性値が有意に大きかった (Ch15:t(9)=4.56,Ch22:t(9)=5.37,Ch26:t(9)=3.76,Ch30:t(9)=4.01,Ch32:t(9)=3.59,Ch42:t(9)=4.47)。さらに,仮想レジストレーション法(Tsuzuki et al.,2007)により,各チャネルは背外側前頭前皮質(BA9),右上側頭回(BA22),前頭極(BA10),前運動皮質および補足運動皮質(BA6),両側中側頭回(BA21)に対応している。特に,BA21は物語を聞いた際に賦活する脳部位(Kansaku et al.,2000)であり,本手続きと適合し,データの妥当性を示している。一方,BA10は主目的を保持しつつ,副目的を遂行するといった高度な多重課題を行っている際に賦活する(Koechlin et al., 1999)。朗読条件の参加者は,4つの行動条件を満たす主目的を果たしながら,文字列を発声するといった副目的を行う高度な認知処理をしていると考えられる。結末部は登場人物の会話が多く,物語のテーマが明らかになる箇所であるため,特に,4つの行動条件が強く意識された可能性がある。このように,行動に関して明示的に規定された朗読は,朗読者に高度な認知的遂行を要求する課題といえる。
主な引用文献
Koechlin et al.(1999). Nature, 399, 148-151.
Kansaku et al.(2000). Cerebral Cortex, 10, 866-872.
※本研究は第1著者がJSPS科研費JP16K04319の助成を受け行いました。