日本教育心理学会第61回総会

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自主企画シンポジウム

[JB03] JB03
自己調整学習研究の多様な展開

教育方法学・教育工学・スポーツ科学・医学教育との対話

Sat. Sep 14, 2019 1:00 PM - 3:00 PM 3号館 3階 (3303)

企画・指定討論:中谷素之(名古屋大学大学院)
企画・司会:岡田涼(香川大学)
企画:犬塚美輪(東京学芸大学)
話題提供:細矢智寛#(女子美術大学短期大学部)
話題提供:石川奈保子(早稲田大学大学院)
話題提供:藤田勉(鹿児島大学)
話題提供:松山泰(自治医科大学)

[JB03] 自己調整学習研究の多様な展開

教育方法学・教育工学・スポーツ科学・医学教育との対話

中谷素之1, 岡田涼2, 犬塚美輪3, 細矢智寛#4, 石川奈保子5, 藤田勉6, 松山泰7 (1.名古屋大学大学院, 2.香川大学, 3.東京学芸大学, 4.女子美術大学短期大学部, 5.早稲田大学大学院, 6.鹿児島大学, 7.自治医科大学)

Keywords:自己調整学習、研究領域、学際性

企画主旨
 自己調整学習(Self-Regulated Learning)における近年の主要な動向のひとつに,これまで中心的に研究されてきた学校教育あるいは教科学習を越えて,さまざまな領域における学習や教育に自己調整学習の枠組みを適用する応用研究が精力的に行われていることがあげられる(Schunk & Greene,2018; Bembenutty et al., 2013; 中谷監訳 2019)。学校や教室において自律的・能動的な学習が求められることはもちろんであるが,例えば語学学習やスポーツ,あるいは医学教育といった異なる領域においても,自己調整的な学習が重要であることが認識され,価値づけられてきたといえる。
 このような動向を踏まえ,本シンポジウムでは,近年の自己調整学習研究の多様な領域への展開について俯瞰し,教育方法学,教育工学,スポーツ科学,医学教育という,学習や教育に深く関わる異なる領域における自己調整学習研究の実際と展望について議論する。特に,認知・メタ認知・動機づけ,あるいはSRLの循環モデルや学習方略といった,自己調整学習のキーワードについて,各領域ではどのようにとらえているか,またSRLのプロセスにおける領域ごとの特徴はあるか,といった多領域での発展における論点に注目する。
 各領域における自己調整学習研究の強みや,多領域に展開することによる概念的な整合性,そして研究の難しさについても議論したい。

教育方法学の立場から
細矢智寛
 本シンポジウムでは,主に教育方法学の視点から話題提供する。教育方法学は,教育方法の現実を対象にして研究し,教育実践を合理的で効果的なものにしようとする学問である。教育方法学の研究課題のうちのひとつは,教育目的(自己調整学習者を育てる)を実現するためにどのような教育内容を選択し,いかに配列し, 組織するかという問題を考えることである。これまで筆者は,自己調整学習教材(教師指導書,生徒用ワークブック,題材など)を理論的実践的に研究し,自己調整学習における指導論の体系化を進めてきた。
 欧米を中心に国外の教育心理学者たちは,授業という文脈を念頭において自己調整学習者を育成するための教材や指導方法を開発している。例えば,“Text Detectives”や“Learning to Learn”などの教材,CORI(Concept-Oriented Reading Instruction)といった指導方法である。
これらの指導論の共通点としては,自己調整学習のサイクル・モデル(予見,遂行コントロール/意思的制御,自己省察)の各段階に学習方略を配置させ,それらの方略が教科学習を通じて機能することで自己調整サイクルを実現させようとするものである。これらの指導論は,自己調整学習のサイクル・モデルを,テキストを読み解く読解過程に関連させて指導する“Text Detectives”や,科学的探究過程に関連させて指導するCORIなど,様々である。
 授業で自己調整学習者をどのように育成していけばよいかという議論において,様々な教科や領域で開発されている自己調整学習の教材や指導方法に焦点を当てることで,それぞれの教材や指導方法の特質や問題などについて議論できるのではないかと思われる。

教育工学の立場から
石川奈保子
 教育工学(Educational Technology)とは,教育分野の諸問題に対し,問題解決を支援するための,知見,技術,道具などを体系的に提供する学問である(坂元他, 2012)。教育工学は認知心理学,学習科学といった心理学と,ネットワーク,マルチメディアといったICT(情報コミュニケーション技術)の大きく分けて2つの学問的基盤を持つ。そして,研究の中に開発的あるいは実践的な成分がいささかでも入っていることが教育工学のアイデンティティである(清水他, 2012)。
 教育工学における自己調整学習研究は,ICTを利用した自己調整学習の支援方法の開発・実践が主流である。そして,eラーニングでの自己調整学習研究が盛んという点が特徴的である。eラーニングはいつでもどこでも学べるという利点がある一方で,学習の先延ばしやドロップアウトが問題となっている。そこで,インストラクショナルデザイン(ID)の理論に基づいて,学習者の認知的・メタ認知的活動を促進するようコース設計し,LMS(学習管理システム)に組み込み,その効果を評価する研究が行われている(合田他, 2014など)。また,eラーニング利用者は社会人が多いことから,成人学習者の自己調整学習も研究されている(石川・向後, 2017など)。
 教育工学での自己調整学習研究では,Self-reflectionに焦点を当てた研究が多い。しかし,「リフレクション」「評価」など様々な訳語が当てられており,原因帰属などの心理的な反応より学習遂行の評価に着目する。それにはID理論の授業設計における循環モデルの「ADDIEモデル」の影響が考えられる。ADDIEモデルは,分析→設計→開発→実施→評価からなり,Self-reflectionに近い段階が評価である。評価ではほかの4つの段階を改善する。よって,自己調整学習研究においても「方略をどう改善すべきか」に着目しがちである。
 以上のように,教育工学ではICT利用での自己調整学習研究が強みであり,開発的・実践的な側面が強調されているといえよう。

スポーツ科学の立場から
藤田 勉
 スポーツ心理学では,古くから自己調整学習に相当する方略の研究や実践が展開されてきた。例えば,イメージ法を用いた方略として,実行したい動きを一人称的にイメージすることにより運動技能の獲得を促すメンタルプラクティスがある。また,覚醒水準をコントロールして不安や緊張を和らげる呼吸法がある。他にも,自己分析から現状を把握し,練習計画を立てて,目標を達成し,自己効力感を高め,効率的にパフォーマンスを向上させていく目標設定も広く知られている。これらは,メンタルトレーニングと呼ばれており,その目的は,心理的スキルを獲得することと,ひとりの人間として成長することとされている。
 自己調整学習が注目され始めたのは,熟達者の条件とされるようになった意図的計画的練習(Ericsson et al., 1993)の提唱以降であろう。意図的計画的練習を成し遂げるには,10年で1万時間の過酷な練習の積み重ねに耐え得るだけの動機づけが必要になる。しかし,単に練習を積み重ねるだけでなく,質の高い練習が必要とされる。この質の高い練習として,自己調整学習が注目されている。わが国でも,幾留他(2017)により,スポーツ領域の自己調整学習尺度が開発され,今後の展開が期待される。
 発表者自身は,スポーツ領域の動機づけ研究に達成目標理論や自己決定理論を応用してきたが,特に自己調整学習を意識していなかった。なぜなら,スポーツ領域における動機づけの役割は,パフォーマンス向上ではなく,継続だからである。極端に言えば,上達することよりも,続けることが重要という立場である。そうは言いながらも,最近では動機づけの自己調整として,自ら運動強度を選択することにより,快感情を積極的に獲得する方略に関心がある。本シンポジウムでは,体育・スポーツにおける自己調整学習研究の意義と役割に触れることに加えて,近年の動向と今後の展望について発表したい。

医学教育の立場から
松山 泰
 医学教育における自己調整学習理論の応用は,2つの観点から探索されている。1つは医療従事者(学生を含む)が医学知識や臨床手技を習得するうえでの応用である。もう1つは患者が慢性疾患を主体的に管理するうえでの応用である。
 前者では,日々進歩する現代医療において,専門職として生涯にわたり自律的に学習を継続できる基本能力として,自己調整学習が注目されている。「臨床」という構造化されていない教育の場で,多様で複雑な健康問題に対応できる知識・技能・態度を磨き続けるには,学習者自ら課題を掲げ,課題に適合する学習方略を遂行し,そのアウトカムを省察する,というサイクルを回し続ける必要がある。自己調整学習力は昨今の医学教育で強調される「省察的実践家」になるための力と言えよう。Sanders,Clearyをはじめ世界の医学教育研究者が,様々な医学教育の設定でどのような自己調整学習が行われ,一方でどのような文脈属性が自己調整学習を促進するか探索しているところである。今回その成果の一部を提示したい。
 また臨床前教育ではアクティブラーニングを推進させるカリキュラム改革においての応用が期待される。医学部においてProblem-based learningもしくはTeam-based learningといった手法が浸透していく中で,中等教育とのギャップに戸惑う学生にアプローチするうえで自己調整学習理論は有用と考えられる。自験例を交えて言及したい。
一方,後者においてはClarkらの慢性疾患管理モデルに基づいた,気管支喘息児の両親を対象とした縦断的研究,高齢心疾患患者への介入研究が知られている。医療従事者のアドバイスを受動的に聞き入れるのではなく,患者側が主体的に生活環境や行動を自己調整することで,疾患の予後が改善するという。これについて「自己調整学習の多様な展開—バリー・ジマーマンへのオマージュ」(Bembenutty et al., 2013; 中谷監訳, 2019)第14章の小生の拙訳に沿いながら解説したい。