[JB08] ここまで来た!「学校予防教育」進化の全貌
子どもたちが待ち焦がれ,教師への負担ニアゼロの教育
Keywords:学校予防教育、健康・適応、本物の自己肯定感
本シンポジウムで伝えたいこと
革新的な学校予防教育が誕生して15年ほどになる。子どもたちの健康と適応,それに学業の問題までも予防するこの教育は,多くの学校で実践されてきた。この間この教育は発展を遂げ,現在,第3世代と呼べる新版に至っている。
本シンポジウムでは,トップ・セルフ(TOP SELF)と呼ばれるこの教育の変遷と展開について総合的に紹介し,実施時に学校で遭遇した様々な障壁とその克服についてもふれたい。
予防教育の誕生と課題
斬新な理論と方法をもって誕生した新教育
学校予防教育は理論の構築から開始され,脳科学や心理学の最新知見から,身体反応としての情動を十分喚起した上で教育目標としての心的特徴(認知や行動)を学習する理論基盤をもつ。
そして,その理論から開発された教育方法は子どもたちを強く引きつけ,子どもたちが待ちに待つ授業となる。なお,この教育はすべての児童・生徒を対象にしたユニバーサル(1次的)予防教育である。
発展への障壁:学校現場に馴染む教育の必要性
この教育は順調に全国展開の途に就いたが,その普及速度は次第に弱まってきた。その原因は,授業が凝りに凝っていて教員の実施負担が大きいことであった。子どもたちにとっての魅力は絶大であったが,実施者への負担は普及には大きな障壁となった。
教育の普及には,効果があること,子どもたちにとって魅力的なものであること,そして実施者への負担が少ないことの3条件が揃う必要がある。この最後の条件がネックとなり,その克服に乗り出したのが最新の第3世代である。
予防教育の飛躍的発展
本当の自己肯定感への革新
第3世代はさらに,教育目標が一部の教育で刷新された。トップ・セルフの4つの教育の柱の1つが「自己信頼心(自信)の育成」であるが,この自信は,自尊感情や自己肯定感,セルフ・エスティームと呼ばれるものである。
この自信についての基礎研究により,本当の自信とは何か,それをどう測るのかについて集中的な研究が行われ,これまでの自己肯定感の概念を一変させる新概念「自律的セルフ・エスティーム」とその非意識上での測定方法が開発され,それぞれ第3世代の教育に導入された。
実施容易性への脱皮と普及の加速
理論や方法の魅力度をそのままに教員への負担を低減させるため,新版は授業スライドでの授業の自動進行の度合いが最大限に高められた。これにより教員の授業準備は軽減され,子どもたちと一緒に授業を楽しむことができる余裕が生まれた。
この新版は,大きな教育効果とともに複数の府県で実施され始め,今後の展開が期待される。
話題提供
学校予防教育トップ・セルフ―10年をかけた進化の全貌
内田香奈子
トップ・セルフ(TOP SELF)は山崎他(2011)によって提唱されたユニバーサル予防教育である。学校での問題を未然に防ぐために必要な教育内容を複数領域に分け,パッケージ化している。小学校3年生から中学校1年生を対象に各教育プログラムが開発され,前身のプログラムも含めると10年以上の歴史を持つ。
潜在的なセルフ・エスティーム向上,感情コントロール,生活習慣の改善,そしていじめ予防へのアプローチなどといったプログラム群の教育内容の豊富さもさることながら,心理学や脳科学の理論をベースとしたアプローチ方法を有する点は,学校教育の現場へ教育効果の高さをもたらす一助となっている。子どもたちが目を輝かせ,次回の授業を待つその姿と正感情の高まりは連動する形でその教育効果を示していた(Uchida et al., 2016)。さらに,現場の教師がより実施しやすい教育の内容や教材を目指した結果,その内容は事前に専門家から実施者へのレクチャーの場を設けることなく教育が実施できる形にまで高まっている。
本話題提供では,トップ・セルフの前身であるプログラムの第一世代,トップ・セルフの理論から教育内容の骨子が構築され,各地で実施され始めた第二世代,そして現場での実施負担を軽減し,かつ高い教育効果を見せ始めている第三世代に至るまでの流れを紹介する。
児童の本当の自己肯定感を育むために―概念・測定法・教育の新観点
横嶋敬行
本話題提供では,児童の本当の自己肯定感を育むための3つの観点を紹介する。
第1の観点は,概念理論である。山崎他(2017)は,自律的セルフ・エスティーム(SE)と他律的SEの2つの概念を提唱している。前者は自己信頼心,他者信頼心,内発的動機づけが一体となって高まる適応的なSEであり,後者はこれらの要素が軒並み低下することで形成される不適応的なSEである。さらに,自律的SEは潜在的(implicit)に測定する必要性が示されている。
第2の観点は,測定方法である。自律的SEには,SE潜在連合テスト(IAT)を用いて2つの方法論が考案されている(横嶋他, 2017; 横嶋他, 準備中)。他律的SEには質問紙を用いて全体と領域を測り分ける尺度が作成されている(賀屋他, 2018; 賀屋他, 投稿中)。
第3の観点は,教育内容とその効果である。ここでは,2つのプログラムを紹介する。1つ目は,子どもにとって魅力満点で,実施を通して教師の教授力のトレーニングにもなるTOP SELFの第2世代「自己信頼心の育成」プログラムである。2つ目は,魅力や効果を落とすことなく,少ない負担で実施できるTOP SELFの第3世代「本当の自己肯定感の育成」プログラムである。
以上の3つのジャンルの話題から,SE教育の新しいあり方について,理論と実践の両側面からの議論を深めていきたい。
学校で予防教育を進めるにあたって
村田吉美
トップ・セルフの実践を始めて2年が経過した。本校では,「自己信頼心の育成」をテーマに1年目は3年生,2年目は3,4年生で実施した。子どもたちはストーリーの世界に浸り,時にはキャラクターの名前を口にしながら,楽しく学習をしていた。その中で,自分や友だちを大切にし,なりたい自分を見つけることができた。授業が終わった後には,「次いつするの?」「またこの勉強する?」という声も聞かれた。
1年目は,自分の良さが見つけられなかったり,なりたい自分が分からなかったりと学習に対して前向きに取り組めなかった子どもが何人もいたが,2年目になると学習の流れも分かり,スムーズに授業が進むようになり,子どもたちの授業に対する積極性も高まった。このようなことから、トップ・セルフを継続して行うことで子どもたちの自己信頼心が育まれることを実感した。
予防教育を学校全体で進めていくためには,教育課程に位置づけ,誰もが取り組めるようにしていかなければならない。そのためには,まず予防教育の必要性を伝えていくことが大切である。トップ・セルフは,DVDや拡大資料,指導案などハード面の準備が整っているが,実際の教育現場ではまだまだ予防教育に対する関心は低い。教師自身が子どもたちの実態から予防教育の必要性を感じ,授業として取り入れ実践してみたいと思える研修を提供していくことが必要不可欠である。第3世代の誕生は,この過程の促進を期待させる。
公認心理師としての予防教育と教育臨床
山崎勝之
公認心理師が誕生した。スクールカウンセラー(SC)の職を見ても,臨床心理士の仕事の規定と比較し,治療的な対応のみならず,問題の予防的対応まで職務が広がることが予見される。
現行のSCは週に一度の勤務体制が多く,また問題への対処が業務の中心となっている。このような現況でSCとしての公認心理師がユニバーサルな予防教育を実施する場合は,担任教員との連携が必須になる。そのためには,SC自身が予防教育の理論と技能に精通し,実施者の指導的立場で動ける必要がある。
また,近年の学校ではユニバーサルな予防教育を実施できないほどクラスが荒れている場合がある。トップ・セルフの実施においてもこの状況には何度も出くわして来た。その場合,クラスを予防教育が実施できるほどの状態に持っていくために荒れの原因となる子どもや要因に担任とともに介入することが必要になる。
予防教育が学校においてスムーズに導入されるためには,学校がチームとして機能し,予防教育の導入の意味を理解し,サポートする全体体制が必要になる。この点でもSCは,学校職員の協働を推進する役割を果たすことができる。
本話題提供では,これらの問題に公認心理師として成功裏に取り組む可能性について紹介したい。そのためのキーワードは,SCによる予防教育の習得,学校での密なる連携,臨床と予防との円滑な連動となる。これらの達成は容易ではなく,SCのあり方の抜本的な改変が必要になろう。
指定討論から全体討議へ
4名の話題提供のあと,まず,ピア・サポートなど学校で独自に教育を実施して来られた三宅先生,続いて,マインドフルネスプログラムで学校での実践を推進されている芦谷先生から指定討論をしていただく。
この領域の研究と教育の最先端でご活躍の先生方からの討論を受けた後,話題提供者を含めてフロア全体で課題と解決への糸口を討議し,今後のさらなる発展を期したい。
革新的な学校予防教育が誕生して15年ほどになる。子どもたちの健康と適応,それに学業の問題までも予防するこの教育は,多くの学校で実践されてきた。この間この教育は発展を遂げ,現在,第3世代と呼べる新版に至っている。
本シンポジウムでは,トップ・セルフ(TOP SELF)と呼ばれるこの教育の変遷と展開について総合的に紹介し,実施時に学校で遭遇した様々な障壁とその克服についてもふれたい。
予防教育の誕生と課題
斬新な理論と方法をもって誕生した新教育
学校予防教育は理論の構築から開始され,脳科学や心理学の最新知見から,身体反応としての情動を十分喚起した上で教育目標としての心的特徴(認知や行動)を学習する理論基盤をもつ。
そして,その理論から開発された教育方法は子どもたちを強く引きつけ,子どもたちが待ちに待つ授業となる。なお,この教育はすべての児童・生徒を対象にしたユニバーサル(1次的)予防教育である。
発展への障壁:学校現場に馴染む教育の必要性
この教育は順調に全国展開の途に就いたが,その普及速度は次第に弱まってきた。その原因は,授業が凝りに凝っていて教員の実施負担が大きいことであった。子どもたちにとっての魅力は絶大であったが,実施者への負担は普及には大きな障壁となった。
教育の普及には,効果があること,子どもたちにとって魅力的なものであること,そして実施者への負担が少ないことの3条件が揃う必要がある。この最後の条件がネックとなり,その克服に乗り出したのが最新の第3世代である。
予防教育の飛躍的発展
本当の自己肯定感への革新
第3世代はさらに,教育目標が一部の教育で刷新された。トップ・セルフの4つの教育の柱の1つが「自己信頼心(自信)の育成」であるが,この自信は,自尊感情や自己肯定感,セルフ・エスティームと呼ばれるものである。
この自信についての基礎研究により,本当の自信とは何か,それをどう測るのかについて集中的な研究が行われ,これまでの自己肯定感の概念を一変させる新概念「自律的セルフ・エスティーム」とその非意識上での測定方法が開発され,それぞれ第3世代の教育に導入された。
実施容易性への脱皮と普及の加速
理論や方法の魅力度をそのままに教員への負担を低減させるため,新版は授業スライドでの授業の自動進行の度合いが最大限に高められた。これにより教員の授業準備は軽減され,子どもたちと一緒に授業を楽しむことができる余裕が生まれた。
この新版は,大きな教育効果とともに複数の府県で実施され始め,今後の展開が期待される。
話題提供
学校予防教育トップ・セルフ―10年をかけた進化の全貌
内田香奈子
トップ・セルフ(TOP SELF)は山崎他(2011)によって提唱されたユニバーサル予防教育である。学校での問題を未然に防ぐために必要な教育内容を複数領域に分け,パッケージ化している。小学校3年生から中学校1年生を対象に各教育プログラムが開発され,前身のプログラムも含めると10年以上の歴史を持つ。
潜在的なセルフ・エスティーム向上,感情コントロール,生活習慣の改善,そしていじめ予防へのアプローチなどといったプログラム群の教育内容の豊富さもさることながら,心理学や脳科学の理論をベースとしたアプローチ方法を有する点は,学校教育の現場へ教育効果の高さをもたらす一助となっている。子どもたちが目を輝かせ,次回の授業を待つその姿と正感情の高まりは連動する形でその教育効果を示していた(Uchida et al., 2016)。さらに,現場の教師がより実施しやすい教育の内容や教材を目指した結果,その内容は事前に専門家から実施者へのレクチャーの場を設けることなく教育が実施できる形にまで高まっている。
本話題提供では,トップ・セルフの前身であるプログラムの第一世代,トップ・セルフの理論から教育内容の骨子が構築され,各地で実施され始めた第二世代,そして現場での実施負担を軽減し,かつ高い教育効果を見せ始めている第三世代に至るまでの流れを紹介する。
児童の本当の自己肯定感を育むために―概念・測定法・教育の新観点
横嶋敬行
本話題提供では,児童の本当の自己肯定感を育むための3つの観点を紹介する。
第1の観点は,概念理論である。山崎他(2017)は,自律的セルフ・エスティーム(SE)と他律的SEの2つの概念を提唱している。前者は自己信頼心,他者信頼心,内発的動機づけが一体となって高まる適応的なSEであり,後者はこれらの要素が軒並み低下することで形成される不適応的なSEである。さらに,自律的SEは潜在的(implicit)に測定する必要性が示されている。
第2の観点は,測定方法である。自律的SEには,SE潜在連合テスト(IAT)を用いて2つの方法論が考案されている(横嶋他, 2017; 横嶋他, 準備中)。他律的SEには質問紙を用いて全体と領域を測り分ける尺度が作成されている(賀屋他, 2018; 賀屋他, 投稿中)。
第3の観点は,教育内容とその効果である。ここでは,2つのプログラムを紹介する。1つ目は,子どもにとって魅力満点で,実施を通して教師の教授力のトレーニングにもなるTOP SELFの第2世代「自己信頼心の育成」プログラムである。2つ目は,魅力や効果を落とすことなく,少ない負担で実施できるTOP SELFの第3世代「本当の自己肯定感の育成」プログラムである。
以上の3つのジャンルの話題から,SE教育の新しいあり方について,理論と実践の両側面からの議論を深めていきたい。
学校で予防教育を進めるにあたって
村田吉美
トップ・セルフの実践を始めて2年が経過した。本校では,「自己信頼心の育成」をテーマに1年目は3年生,2年目は3,4年生で実施した。子どもたちはストーリーの世界に浸り,時にはキャラクターの名前を口にしながら,楽しく学習をしていた。その中で,自分や友だちを大切にし,なりたい自分を見つけることができた。授業が終わった後には,「次いつするの?」「またこの勉強する?」という声も聞かれた。
1年目は,自分の良さが見つけられなかったり,なりたい自分が分からなかったりと学習に対して前向きに取り組めなかった子どもが何人もいたが,2年目になると学習の流れも分かり,スムーズに授業が進むようになり,子どもたちの授業に対する積極性も高まった。このようなことから、トップ・セルフを継続して行うことで子どもたちの自己信頼心が育まれることを実感した。
予防教育を学校全体で進めていくためには,教育課程に位置づけ,誰もが取り組めるようにしていかなければならない。そのためには,まず予防教育の必要性を伝えていくことが大切である。トップ・セルフは,DVDや拡大資料,指導案などハード面の準備が整っているが,実際の教育現場ではまだまだ予防教育に対する関心は低い。教師自身が子どもたちの実態から予防教育の必要性を感じ,授業として取り入れ実践してみたいと思える研修を提供していくことが必要不可欠である。第3世代の誕生は,この過程の促進を期待させる。
公認心理師としての予防教育と教育臨床
山崎勝之
公認心理師が誕生した。スクールカウンセラー(SC)の職を見ても,臨床心理士の仕事の規定と比較し,治療的な対応のみならず,問題の予防的対応まで職務が広がることが予見される。
現行のSCは週に一度の勤務体制が多く,また問題への対処が業務の中心となっている。このような現況でSCとしての公認心理師がユニバーサルな予防教育を実施する場合は,担任教員との連携が必須になる。そのためには,SC自身が予防教育の理論と技能に精通し,実施者の指導的立場で動ける必要がある。
また,近年の学校ではユニバーサルな予防教育を実施できないほどクラスが荒れている場合がある。トップ・セルフの実施においてもこの状況には何度も出くわして来た。その場合,クラスを予防教育が実施できるほどの状態に持っていくために荒れの原因となる子どもや要因に担任とともに介入することが必要になる。
予防教育が学校においてスムーズに導入されるためには,学校がチームとして機能し,予防教育の導入の意味を理解し,サポートする全体体制が必要になる。この点でもSCは,学校職員の協働を推進する役割を果たすことができる。
本話題提供では,これらの問題に公認心理師として成功裏に取り組む可能性について紹介したい。そのためのキーワードは,SCによる予防教育の習得,学校での密なる連携,臨床と予防との円滑な連動となる。これらの達成は容易ではなく,SCのあり方の抜本的な改変が必要になろう。
指定討論から全体討議へ
4名の話題提供のあと,まず,ピア・サポートなど学校で独自に教育を実施して来られた三宅先生,続いて,マインドフルネスプログラムで学校での実践を推進されている芦谷先生から指定討論をしていただく。
この領域の研究と教育の最先端でご活躍の先生方からの討論を受けた後,話題提供者を含めてフロア全体で課題と解決への糸口を討議し,今後のさらなる発展を期したい。