[JD06] 学習分析学への招待
Keywords:学習分析学、学習支援システム(LMS)、学習履歴
企画趣旨
この自主シンポジウムの目的は,シンポジウムタイトルのとおり,学習分析学への招待である。教育心理学の研究者に,学習分析学とは何かを知ってもらい,学習分析学での研究に参入してもらいたいと考えている。学習分析学とは何か,どのような研究がなされているのかについて,話題提供を行う。
学習分析学という名称は奇妙に思えるかもしれない。当然のことながら,教育心理学者は学習の分析を行ってきた。そうした研究活動にわざわざ別の名称をつける理由は何なのか?
学習分析学は,教育工学や学習科学と同じように,教育心理学の関連領域のひとつと考えてよいだろう。教育に関連するこれら学術領域の間では,学習や教育に関する研究を行うときのアプローチに違いがある。もちろん,アプローチの違いは絶対的なものではない。たとえば,教育心理学の研究者が教育工学的なシステム開発を行うことは,これまでも行われていた。
現在までの学習分析学の発展は,教育心理学よりも,教育工学,統計学,コンピュータ科学と関連が深い。学習分析学が誕生した背景には,オンラインのテストやLMS (Learning Management System)の普及によって,学習者から大量のデータを容易に集められるようになったことがある。ビッグデータ解析が発展する中で,こうした学習データの解析に注目がなされたのは自然なことだったであろう。近年の機械学習の進歩は,データ解析の新しい手法を提供し,学習分析学にとって強力な追い風となっている。
教育心理学と学習分析学はどのような協力関係を築くことができるだろうか? 教育心理学者が学習分析学の研究に参入することで,新たな視点での研究が展開されることを期待したい。
われわれは学習分析学会を設立した。ウェブページは https://jasla.jp/ である。
学習分析学の紹介
田村恭久
学習活動の履歴を収集・分析・報告・フィードバックする一連の行為を「学習分析」や「学習履歴分析」,Learning Analytics (LA) と呼ぶ。Ferguson(1)は “Measurement, collection, analysis and reporting of data about learners and their contexts, for purposes of understanding and optimizing learning and the environments in which it occurs.”と定義している。
LAの研究発表の場として,The International Educational Data Mining Society(2)が主催する国際会議EDM(2008年〜)と,The Society for Learning Analytics Research (SoLAR)(3)が主催する国際会議LAK(2011年〜)がある。SoLARは論文誌 Journal of Learning Analytics(4)を発行している。国内では,LAを専門とする学習分析学会があり,日本教育工学会と教育システム情報学会ではLAを対象とした研究会を開いている。情報処理学会,電子情報通信学会,人工知能学会における教育を対象とした研究会でもLAの発表を行っている。Google Scholarによる検索では,LAの論文・研究発表件数はFigure 1のように近年大きな伸びを示している。
LAはテスト結果やLMS (Learning Management System)に蓄積された履歴データを扱うことから出発し,学習者の達成度や状況に応じた個別最適化や退学予兆予測の分野で実用化がはじまっている。一方,より粒度が細かく,学習者のそばで取得する履歴データ(教材の閲覧,キーボード・マウス操作,視線・表情・動作,脈拍や発汗など)を扱うマルチモーダル学習履歴分析の研究が5年ほど前から注目されはじめている。
参考文献
(1)Ferguson, R. (2012). Learning analytics: drivers, developments and challenges. International Journal of Technology Enhanced Learning, 4(5-6), 304-317.
(2)The International Educational Data Mining Society, http://educationaldatamining.org
(3)The Society for Learning Analytics Research, https://solaresearch.org
(4)Journal of Learning Analytics, https://solaresearch.org/stay-informed/journal/
学習分析学最前線
児玉靖司
LAK (Learning Analytics and Knowledge conference)2019 の論文サーベイを通して,最新の学習分析学に関する研究の動向について報告する。さらに,その他学習分析学に関する国際会議,イベントの参加を通して最新の話題に関して追加して報告する。
2019年3月に米国,アリゾナ州立大学で開催されたLAK 2019は,今回で9回目となり学習分析学分野で第一に注目される国際会議である。学習分析学に関する研究が約10年経ったが,当初は,単に学習行動に対するビックデータを集めることや,学習分析手法においても,時系列分析において「隠れマルコフモデル」を使った手法に主眼がおかれ多くの研究が提案された。その後,コンピュータ技術の進展や,クラウド技術の発展により,大規模ネットワークにつながれた環境において,新しい学習分析手法や,新しい学習分析システムが提案されて来た。単に教育学分野での議論というよりは,コンピュータ科学との連携によるところが大きい。
特に,今回のLAK 2019 では,大きな進展があった。
1.機械学習,深層学習を用いた学習分析
2.「学習デザイン」を提案し,数値化する中で,学習行動に対するデータとの差分を分析し,学習者に適当なフィードバックを行うインテリジェントフィードバックシステムの提案
3.マルチモーダル学習履歴分析
以上3点が注目される新しい研究分野である。本報告では,論文サーベイを行い考察を行う。
さらに,日本学術会議主催による学習分析をテーマとした巨大研究プロジェクトが開始されるなど,日本における学習分析に関する新しい研究もサーベイしながら,今後の学習分析学に関する研究の方向性について考察を行う。
学習分析学研究の実際
後藤 晶
情報社会の発展に伴い,企業研修においても様々な情報システムが導入されつつある。株式会社ネットマンはそのようなシステムを用いて,行動習慣の定着を促す仕組みを提供している。EQは自己や他者の感情の知覚や感情のコントロールに関わる知能のことである。本研究では自身の活動に関する振り返り行動,他者の振り返りに対するフィードバック行動に着目し,EQに与える影響について報告する。
本研究では,EQを変化させる要因として,個人の行動に関する内省に着目する。内省をその対象に応じて「振り返り行動」と「フィードバック行動」の二種類に分類して検討する。振り返り行動とは,自身の行動を対象として,ある結果に関する事実や情報を,原因に反映させ,改善を図る行動である。一方,フィードバック行動は他者の行動を対象として,同様に改善を図る行動として定義する。振り返り行動は自身の成長・利益につながることを意図した一種の利己的行動として位置づけられるが,フィードバック行動は他者の成長・利益につながると同時に,翻って自身の成長・利益につながる協力行動として位置づけられる。ここでいう協力行動とは,公共財ゲームと同様,利他的行動と利己的行動の両者を含んだ概念を意味している。フィードバック行動は他者の行動を踏まえて,改善点を指摘する行動である。この行動は第一にフィードバックの対象者である他者のためになる利他的行動としての側面がある。一方で,フィードバック行動は二つの意味で利己的な行動としての側面がある。一つには,他者に対するコメントを行うことによって,翻って自身の行動を鑑みるきっかけにもなる。同時に,他者に対してアドバイスによって他者からの感謝,自身の評判の向上やいいことをしたという自己肯定感の獲得につながることも考えられる。したがって,フィードバック行動を行った者にとって利己的行動にもなりえる。
本研究では,利己的行動としての振り返り行動および,協力行動としてのフィードバック行動がEQに対して与える影響について,企業の管理職向け研修プログラムを事例として検討した。
その結果,一連のプログラムによってEQが全ての項目において改善されること,フィードバック行動によってEQが変化することが明らかとなった。
なお,本報告は後藤ら(2017)に基づく。
後藤 晶・三森 朋宏・永谷 研一 (2017). 協力行動としてのフィードバックが研修効果に与える影響:情動知能との関連から 学習分析学, 1, 1-14.
この自主シンポジウムの目的は,シンポジウムタイトルのとおり,学習分析学への招待である。教育心理学の研究者に,学習分析学とは何かを知ってもらい,学習分析学での研究に参入してもらいたいと考えている。学習分析学とは何か,どのような研究がなされているのかについて,話題提供を行う。
学習分析学という名称は奇妙に思えるかもしれない。当然のことながら,教育心理学者は学習の分析を行ってきた。そうした研究活動にわざわざ別の名称をつける理由は何なのか?
学習分析学は,教育工学や学習科学と同じように,教育心理学の関連領域のひとつと考えてよいだろう。教育に関連するこれら学術領域の間では,学習や教育に関する研究を行うときのアプローチに違いがある。もちろん,アプローチの違いは絶対的なものではない。たとえば,教育心理学の研究者が教育工学的なシステム開発を行うことは,これまでも行われていた。
現在までの学習分析学の発展は,教育心理学よりも,教育工学,統計学,コンピュータ科学と関連が深い。学習分析学が誕生した背景には,オンラインのテストやLMS (Learning Management System)の普及によって,学習者から大量のデータを容易に集められるようになったことがある。ビッグデータ解析が発展する中で,こうした学習データの解析に注目がなされたのは自然なことだったであろう。近年の機械学習の進歩は,データ解析の新しい手法を提供し,学習分析学にとって強力な追い風となっている。
教育心理学と学習分析学はどのような協力関係を築くことができるだろうか? 教育心理学者が学習分析学の研究に参入することで,新たな視点での研究が展開されることを期待したい。
われわれは学習分析学会を設立した。ウェブページは https://jasla.jp/ である。
学習分析学の紹介
田村恭久
学習活動の履歴を収集・分析・報告・フィードバックする一連の行為を「学習分析」や「学習履歴分析」,Learning Analytics (LA) と呼ぶ。Ferguson(1)は “Measurement, collection, analysis and reporting of data about learners and their contexts, for purposes of understanding and optimizing learning and the environments in which it occurs.”と定義している。
LAの研究発表の場として,The International Educational Data Mining Society(2)が主催する国際会議EDM(2008年〜)と,The Society for Learning Analytics Research (SoLAR)(3)が主催する国際会議LAK(2011年〜)がある。SoLARは論文誌 Journal of Learning Analytics(4)を発行している。国内では,LAを専門とする学習分析学会があり,日本教育工学会と教育システム情報学会ではLAを対象とした研究会を開いている。情報処理学会,電子情報通信学会,人工知能学会における教育を対象とした研究会でもLAの発表を行っている。Google Scholarによる検索では,LAの論文・研究発表件数はFigure 1のように近年大きな伸びを示している。
LAはテスト結果やLMS (Learning Management System)に蓄積された履歴データを扱うことから出発し,学習者の達成度や状況に応じた個別最適化や退学予兆予測の分野で実用化がはじまっている。一方,より粒度が細かく,学習者のそばで取得する履歴データ(教材の閲覧,キーボード・マウス操作,視線・表情・動作,脈拍や発汗など)を扱うマルチモーダル学習履歴分析の研究が5年ほど前から注目されはじめている。
参考文献
(1)Ferguson, R. (2012). Learning analytics: drivers, developments and challenges. International Journal of Technology Enhanced Learning, 4(5-6), 304-317.
(2)The International Educational Data Mining Society, http://educationaldatamining.org
(3)The Society for Learning Analytics Research, https://solaresearch.org
(4)Journal of Learning Analytics, https://solaresearch.org/stay-informed/journal/
学習分析学最前線
児玉靖司
LAK (Learning Analytics and Knowledge conference)2019 の論文サーベイを通して,最新の学習分析学に関する研究の動向について報告する。さらに,その他学習分析学に関する国際会議,イベントの参加を通して最新の話題に関して追加して報告する。
2019年3月に米国,アリゾナ州立大学で開催されたLAK 2019は,今回で9回目となり学習分析学分野で第一に注目される国際会議である。学習分析学に関する研究が約10年経ったが,当初は,単に学習行動に対するビックデータを集めることや,学習分析手法においても,時系列分析において「隠れマルコフモデル」を使った手法に主眼がおかれ多くの研究が提案された。その後,コンピュータ技術の進展や,クラウド技術の発展により,大規模ネットワークにつながれた環境において,新しい学習分析手法や,新しい学習分析システムが提案されて来た。単に教育学分野での議論というよりは,コンピュータ科学との連携によるところが大きい。
特に,今回のLAK 2019 では,大きな進展があった。
1.機械学習,深層学習を用いた学習分析
2.「学習デザイン」を提案し,数値化する中で,学習行動に対するデータとの差分を分析し,学習者に適当なフィードバックを行うインテリジェントフィードバックシステムの提案
3.マルチモーダル学習履歴分析
以上3点が注目される新しい研究分野である。本報告では,論文サーベイを行い考察を行う。
さらに,日本学術会議主催による学習分析をテーマとした巨大研究プロジェクトが開始されるなど,日本における学習分析に関する新しい研究もサーベイしながら,今後の学習分析学に関する研究の方向性について考察を行う。
学習分析学研究の実際
後藤 晶
情報社会の発展に伴い,企業研修においても様々な情報システムが導入されつつある。株式会社ネットマンはそのようなシステムを用いて,行動習慣の定着を促す仕組みを提供している。EQは自己や他者の感情の知覚や感情のコントロールに関わる知能のことである。本研究では自身の活動に関する振り返り行動,他者の振り返りに対するフィードバック行動に着目し,EQに与える影響について報告する。
本研究では,EQを変化させる要因として,個人の行動に関する内省に着目する。内省をその対象に応じて「振り返り行動」と「フィードバック行動」の二種類に分類して検討する。振り返り行動とは,自身の行動を対象として,ある結果に関する事実や情報を,原因に反映させ,改善を図る行動である。一方,フィードバック行動は他者の行動を対象として,同様に改善を図る行動として定義する。振り返り行動は自身の成長・利益につながることを意図した一種の利己的行動として位置づけられるが,フィードバック行動は他者の成長・利益につながると同時に,翻って自身の成長・利益につながる協力行動として位置づけられる。ここでいう協力行動とは,公共財ゲームと同様,利他的行動と利己的行動の両者を含んだ概念を意味している。フィードバック行動は他者の行動を踏まえて,改善点を指摘する行動である。この行動は第一にフィードバックの対象者である他者のためになる利他的行動としての側面がある。一方で,フィードバック行動は二つの意味で利己的な行動としての側面がある。一つには,他者に対するコメントを行うことによって,翻って自身の行動を鑑みるきっかけにもなる。同時に,他者に対してアドバイスによって他者からの感謝,自身の評判の向上やいいことをしたという自己肯定感の獲得につながることも考えられる。したがって,フィードバック行動を行った者にとって利己的行動にもなりえる。
本研究では,利己的行動としての振り返り行動および,協力行動としてのフィードバック行動がEQに対して与える影響について,企業の管理職向け研修プログラムを事例として検討した。
その結果,一連のプログラムによってEQが全ての項目において改善されること,フィードバック行動によってEQが変化することが明らかとなった。
なお,本報告は後藤ら(2017)に基づく。
後藤 晶・三森 朋宏・永谷 研一 (2017). 協力行動としてのフィードバックが研修効果に与える影響:情動知能との関連から 学習分析学, 1, 1-14.