日本教育心理学会第61回総会

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自主企画シンポジウム

[JD08] JD08
児童・青年の発達とメンタルヘルスに関する大規模縦断研究

性別違和感,社会経済的地位,摂食行動異常,自傷行為の観点から

Sun. Sep 15, 2019 10:00 AM - 12:00 PM 3号館 3階 (3310)

企画・話題提供:伊藤大幸(中部大学)
話題提供:浜田恵#(名古屋学芸大学)
話題提供:村山恭朗(神戸学院大学)
話題提供:高柳伸哉(愛知東邦大学)
指定討論:三島浩路(中部大学)

[JD08] 児童・青年の発達とメンタルヘルスに関する大規模縦断研究

性別違和感,社会経済的地位,摂食行動異常,自傷行為の観点から

伊藤大幸1, 浜田恵#2, 村山恭朗3, 高柳伸哉4, 三島浩路5 (1.中部大学, 2.名古屋学芸大学, 3.神戸学院大学, 4.愛知東邦大学, 5.中部大学)

Keywords:発達精神病理学、コホート研究、小中学生

 児童・青年期は,抑うつ,不登校,自傷行為,攻撃性,非行,いじめなど,メンタルヘルスに関わる多様な心理社会的問題が顕在化・深刻化する時期であり,この時期の心理社会的適応の悪化は成人期以降の適応をも強く予測する。そのため,児童・青年期のメンタルヘルスの問題の発生機序を明らかにし,その予防・介入の方策を見出すことは重要な社会的課題である。一般に,メンタルヘルスの問題には,個人が生来的に有している気質や発達障害特性などの個人要因と,個人を取り巻く家庭,友人,学校などの環境要因の間の複雑な相互作用が関与していると考えられている。こうした複雑な因果的メカニズムの検証に際して,最も有効な手立てを提供する研究手法の一つとしてコホート研究(縦断研究)がある。コホート研究とは,特定の大規模集団(コホート)を追跡的に調査し,心理学的・医学的問題の発生メカニズムを検証する手法である。児童青年のメンタルヘルスの問題とそのリスク要因や保護要因に関して,欧米では多くの縦断コホート研究が行われ,様々な知見が蓄積されてきた。しかし国内では,児童・青年期のメンタルヘルスを主たる研究対象とし,そのメカニズムを体系的に検証した縦断コホート研究はほとんど行われておらず,体系的な知見は得られていない。
 話題提供者らの研究グループでは2007年から,乳幼児健診,保育所・幼稚園,小・中学校などで,1万人以上の子どもを対象とした大規模な縦断コホート調査を継続実施してきた。本シンポジウムでは,これらの調査データをもとに,児童青年のメンタルヘルスを規定するメカニズムについて,(1)性別違和感(性同一性障害),(2)社会経済的地位,(3)摂食行動異常,(4)自傷行為という4つの観点から検討した中間結果を報告する。また,教育心理学・社会心理学を専門とし,小学校での教員経験もある三島浩路先生を指定討論者にお迎えし,昨今の学校現場の状況と照らし合わせた際に,本研究の結果がどのような実践的意味を持つかについて議論を深めたい。

対人関係困難を媒介とした性別違和感と非行等の行動との関連
浜田 恵
 近年,性別違和感と関連する問題については,成人の外科的治療のみならず,児童・思春期における対応が求められている。性別違和感を示す児童青年に見られる脆弱性の背景には,性別違和感を示す人など,社会においてマイノリティに位置づけられる人は偏見や差別を受ける状況に置かれやすいため,心理社会的問題を経験する頻度が高いことがあると指摘されている(マイノリティーストレスモデル,Myer, 2003)。性別違和感と対人関係困難,抑うつの関連は,すでに本学会でも報告しているが,抑うつといった内在化問題だけでなく,外在化問題にも検討の余地が残されている。性指向を理由にいじめを経験した者は,そうでない理由によるいじめを経験した者よりも喫煙や飲酒を行う割合が多いという報告(Russell et al., 2012)が示されており,非行や学力不振といった,一見直接関連しないいわゆる“問題行動”が,対人関係困難やいじめ被害に媒介された性別違和感と関連していることが示唆される。そこで,本話題提供では,小4〜中3における性別違和感といじめ被害等対人関係困難および非行等の行動との関連を報告する。

間接的指標による社会経済的地位の測定および子どもの発達・適応との関連の検証
伊藤大幸
 近年,わが国では非正規雇用の拡大やひとり親世帯の増加などを背景に社会経済的な格差の拡大が生じている。こうした中で,家庭の社会経済的地位(Socioeconomic Status: SES)が子どもの発達や適応に及ぼす影響の検証が喫緊の課題となっている。SESは,経済的,社会的,文化的,人的な資源の利用可能性であり,その測定においては,世帯収入,親の職業的地位,親の学歴という3つの指標が最も多く用いられている。しかし,これらの情報はきわめてプライバシー性が高く,近年の個人情報保護の流れとも相まって,調査の困難さが増している。特に教育機関における調査では,保護者からの反発を予見して,学校や教育委員会が難色を示すことが多い。こうした状況もあってか,国内ではSESが子どもの発達や適応に及ぼす影響について,体系的な研究が十分に行われていない。
 そこで本研究では以下の2点について検討を行った。第一に,質問項目のプライバシー性の問題を解決するため,所有物や日常生活などの間接的な指標によってSESを測定する尺度(Non-Intrusive Measure of SES: NIMSES)を開発し,全国からの代表性の高いサンプルに基づいて,その信頼性・妥当性を検証した。これまで社会学領域で間接指標によるSESの測定を試みたものはあったが(苅谷, 2012; 川口, 2017など),その測定学的性質は十分に検証されていない。第二に,この尺度を用いた大規模コホート研究により,SESと子どもの発達・適応に関する多様な変数との関連を検証した。具体的には,海外の先行研究でSESとの関連が報告されている知的発達(学業,知能),発達障害特性(ASD特性,ADHD特性),全般的な情緒・行動問題(情緒的症状,素行問題,友人問題),個々の不適応行動(不登校,摂食行動異常,いじめ加害・被害,非行)との関連を検証した。

一般小中学生における情動調整方略と食行動異常の関連
村山恭朗
 青年期に好発する精神障害の一つに摂食障害群がある。先行研究において,摂食障害の患者では,他の精神疾患の発症や自殺企図のリスクが高いことが報告されている。このことから,児童生徒の心身の健全な育成を図るうえで,摂食障害の主症状であり発症のリスク要因である食行動異常(disordered eating)が悪化するメカニズムを理解することの意義は高い。国外では,複数の研究調査において,情動調整方略(emotion regulation)と食行動異常の関連が報告されている。例えば,メタ分析において,反すうが強い人ほど顕著な食行動異常を示すことが報告されている(Aldao et al., 2010)。しかし,多くの研究では,単一の情動調整方略の効果のみが検証され,複数の方略を同時にモデルに投入した際の各方略が示す効果はあまり検証されていない。また,国内では,情動調整方略と食行動異常の関連に関する知見はほとんど認められない。
 そこで,本話題提供では,小中学生における情動調整方略(反すう・問題解決・気晴らし・認知的再評価)と食行動異常(やせ願望・過食)の関連を報告する。併せて,本調査結果から示唆される食行動異常に対する予防のあり方を紹介する。

小中学生の自傷行為と内在化問題,対人関係問題との関連
 高柳伸哉
 自傷行為に関する追跡調査のレビューでは,10代における自傷行為経験者が10年後に自殺している確率が自傷行為をしていない人より400-700倍高いことが示され(Owens et al., 2002),青年期における自傷行為は将来の重大なリスクとなることが明らかになっている。一方,近年では非自殺的な自傷行為(Nonsuicidal self-injury: NSSI)に着目した研究が行われており,青年期でNSSIを1回でも経験した割合はヨーロッパで最も高いドイツで25-35%と報告されている(Brunner et al., 2014; Plener et al., 2009)。また、自傷行為のリスク要因について39の研究をレビューしたValencia-Agudo et al.(2018)は、家族関係や同級生からのいじめ被害,抑うつなど様々な要因が挙げられている。日本における青年期を対象とした自傷行為に関する調査研究では,学校生活ストレスや精神的健康(石田ら,2017),親子関係(土居・三宅,2018),抑うつ等の精神症状(大嶽ら,2013),いじめ被害・加害(村山ら,2015)との関連が示されているものの,自傷行為のリスクを多面的に検証した研究はみられない。
 そこで本発表では,小中学生を対象とした大規模調査から,自傷行為と精神的健康や家族・友人関係,いじめ等との関連を検証した結果を報告し,自傷行為の早期発見と予防のあり方を検討する。