日本教育心理学会第61回総会

Presentation information

自主企画シンポジウム

[JE03] JE03
援助ニーズが高い人へのソーシャル・エモーショナル・ラーニング(SEL)

SELの多面的応用とその効果検討

Sun. Sep 15, 2019 1:30 PM - 3:30 PM 3号館 3階 (3303)

企画・司会:松本有貴(徳島文理大学)
話題提供:宮崎昭(立正大学)
話題提供:原田恵理子(東京情報大学)
話題提供:高橋あい(株式会社LITALICO)
話題提供:大川真知子(株式会社LITALICO)
指定討論:渡辺弥生(法政大学)

[JE03] 援助ニーズが高い人へのソーシャル・エモーショナル・ラーニング(SEL)

SELの多面的応用とその効果検討

松本有貴1, 宮崎昭2, 原田恵理子3, 高橋あい4, 大川真知子5, 渡辺弥生6 (1.徳島文理大学, 2.立正大学, 3.東京情報大学, 4.株式会社LITALICO, 5.株式会社LITALICO, 6.法政大学)

Keywords:援助ニーズ、ソーシャル・エモーショナル・ラーニング

企画趣旨
松本有貴
 本邦では,ソーシャルエモーショナルラーニング(SEL)の小学校や中学校におけるスクールワイドやクラスワイドの実践は広がりをみせており,それらについては研究報告や実践報告から多くを学ぶことができる。しかし,援助ニーズが高い人を対象とする実践の報告はまだ少ない。本シンポジウムでは,高校,地域における支援事業所,子ども支援施設におけるSELの介入的実践を報告する。
 SELとは情動と社会性の学習であり,情動の認知と扱い方のスキルや共感的な思いやりのある対人関係スキルを学ぶ(日本SEL研究会,2018)。日本SEL研究会では,Durlakほか(2011)が行ったメタアナリシス研究,Taylorほか(2017)が行った数か月から数年後の予後に関するメタアナリシス研究が明らかにしたエビデンスとして,一定の基準を満たしたSELプログラムは精神的健康や社会的スキルと学力の向上に効果がある,SELプログラムはSEL能力を持続させるだけでなく社会的行動と態度の改善を持続させ,薬物使用や行動と情緒の問題の減少を持続させることを強調し,様々な対象者を支援するSELの普及に努めている(宮崎,2018)。
 まず共通理解しておきたいのは,多様な顕在化した問題を抱える対象者を支援する介入的SELにおいても,アメリカの団体CASELが定義する以下の5つのコンピテンシーは共有されるという枠組みである。
 ・Self-awareness
 ・Self-management
 ・Social awareness
 ・Relationship skills
 ・Responsible decision making
 この共通の枠組みの下で行われているアメリカの介入的SELのあるモデル(EvoSEL,2014)では,介入のための方略を設定している。前もって測られたアセスメント結果により,援助ニーズを確認し,SELスキルのどの要素が必要なのかを明らかにすることで,ニーズに応じた介入法,つまり,どの要素やスキルをどのように提供するかを決定して実施するという方略である。日本においても,学校スクールワイド・クラスワイド設定以外の介入的SELの実践と効果検証は,それぞれの対象者の課題に応じた支援方法を明らかにする必要があるだろう。
 本シンポジウムでは,援助ニーズが高い人を対象とした実践より話題提供を行い,対象者の支援に合わせて用いられている介入的SELの方略,効果,課題について議論する。それにより,本邦におけるSELのより広範な普及に貢献したい。

高等学校におけるSELの実践
原田恵理子
 不適応の状況にある生徒は,強いストレスや逆境,困難に直面した時,不安,心配,緊張,怒り,悲しみ,落ち込み,恐怖といったネガティブな感情を持ち,対人関係や様々な場面において消極的な行動をとりやすい。感情に振り回されて適切な対人関係をとることができないと,仲間とのやり取りや話し合い,ワークを活用した授業に影響し,学力やその後の進路選択や生き方まで阻害する。そのため,学校生活や学びで成就感や達成感,意欲や挑戦に伴うポジティブな感情とともに積極的なコミュニケーションを通してさまざまな知識や態度を身につけることを目的に,社会性と感情を育てるプログラムを学校で実施することは非常に重要になってくる。
 援助ニーズの高い高校においては,予防教育の観点からも実施する意義は高く,生徒一人一人が抱える個の課題に加えて,学級における仲間関係の在り方という集団の課題の両面へアプローチができることになる。そのため,学級や学校生活を成立させる一次的援助ニーズ(石隈,1999)として,授業の一環でSELを実施することは非常に意義深い。実施においては,生徒や学校の実態を把握し,その結果に基づいてエビデンスベースドでSELを実施する必要がある。
 そこで,本発表では従来のソーシャルスキルトレーニング(原田・渡辺,2011;渡辺・原田,2017)に「感情」を加えたSELを,総合的な学習の時間における道徳教育として教師が実践した事例を紹介する。感情の可視化(見える化)に焦点化した2回の授業は,①自分の感情に気づいてクセ(傾向)を知る。それを踏まえて,②自分の感情と捉え方(認知)に気づき,感情と上手に付き合う,といった内容であった。実施後のアンケート結果として,教員からはSELを実施することに概ね肯定的な考えが示された。
 そこで生徒にとってSELがどのような効果が示され,どの方略が効果的であったのか,加えて,アセスメントや実施における工夫と改善点といった点に着目しながら,困難校で実施するSELに対する知見を考察したいと考えている。

発達に遅れのある幼児を育てている親へのソーシャルエモーショナルラーニングの実践
高橋あい・大川真知子
 発達に遅れや発達障害のある子どもを育てている親への支援は,行動理論に基づいたペアレントトレーニング(以下,PT)が多く実践されており,効果が示されている。PTでは,親が子どもの行動に対して,具体的な対応方法(ほめ方や指示の出し方,無視の方法等)を学び,家庭で実践をしていくものである。
 しかし,発達に遅れや発達障害を持つ子どもへの対応については,特性の理解やそれに応じた方法が必要となる。なかなか自分の指示が伝わりにくいことや行動の切り替えが難しいこと,癇癪を起こす頻度が高い等,学んだ対応方法を実践したくても,子どもにイライラしてしまうことや,怒ってしまうという声を現場にいると多く聞くことがある。
 そこで,親自身の対応方法や行動を変えることではなく,まずは親が自分自身の感情に焦点を当てたアプローチが必要であると思われる。自分自身の気持ちや価値観を知り,それらに対しての適切な調整方法を知ることで,子どもに対してもより適切に対応することができるようになるのではないかと考え,児童に対して多く行われているソーシャルスキルトレーニング(以下,SST)を親向けに改良し,実施を行った。
 このSSTでは,8名程度の親グループで実施を行い,グループならではのメリットが多く見られた。発達に遅れや発達障害を持つ親は,園においても孤立しやすいことや,周囲からの無理解がストレスとなることも報告されており,周りのサポートを得にくい。そのような困難な状況で日々子育てをしている。子どもを児童発達支援事業所に通わせている時間の中で,同じように子どもを育てている親同士がコミュニケーションをとる機会があること,お互いの話を聴く時間があることは,子育てに対して前向きな気持ちを持つことにつながるのではないかと考える。
 プログラム効果として考えられる変化は,他の親の意見や対処方法を知ることで自分もやってみようと思えたことや,他の親に話を聴いてもらうことが嬉しく自信につながった等,参加後のコメントが書かれたシートから確認できる。親が安心して相談できる場所やコミュニティを増やしていくことは,親にとっても,子どもにとっても,プラスの影響があるといえる。コミュニティ設定で実施した発達に遅れや発達障害のある子どもを育てている親への支援を介入的SELの実践例として話題提供したい。

逆境的小児期体験(ACEs)のある思春期児童に対するSEL(社会性と情動の学習)プログラム
宮﨑 昭
 アメリカの保険会社(Kaiser Permanente)が行った逆境的小児期体験(ACEs)の研究(Felitti et al., 1998)は,虐待のほかに収監された家族の存在,家族の精神疾患や薬物乱用,家族の暴力や離婚などの逆境的な養育環境が成人期のアルコール依存,薬物乱用,鬱病,および自殺未遂などの健康リスクに影響を及ぼすことを示した。
 虐待等の理由によって保護された児童に対する心理支援として,日本においては平成11年度より児童養護施設に心理療法担当職員が配置され,次の5つの業務が託された。
(1)対象児童等に対する心理療法
(2)対象児童等に対する生活場面面接
(3)施設職員への助言及び指導
(4)ケース会議への出席
(5)その他
 ここから,児童養護施設における個別的な心理療法の研究がすすめられた(山本・西澤 2001,野本・西村2004, 大迫 2008, 永田 2010)。また,環境療法として通常の子どもたち用に開発されたソーシャルスキルトレーニングプログラムを用いた治療教育的な心理支援の研究が行われきた(大迫 2003, 木村 2008, 宮﨑 2009,宮﨑 2012,宮内 2013)。
 しかしながら,ACEsの影響は,発達段階において遺伝子にエピジェネティックな変化をもたらし,心身機能の発達に影響を与えていることが明らかにされている(Gunnar 2007, Michael 2010)。そのため,虐待等の理由から保護された児童養護施設の子どもたちに対するソーシャルエモーショナルラーニング(SEL)の実践には,こうした特徴に対応したプログラムが必要とされる。宮﨑(2015)は,児童養護施設の中学生に対する治療教育的なプログラムを開発してその効果を検討した。
 本シンポジウムでは,ACEs研究の知見とその特徴に対応したプログラムについて話題提供を行い,研究協議を進めたい。