日本教育心理学会第61回総会

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自主企画シンポジウム

[JE04] JE04
教員養成における「学び続ける教員」育成プログラムの展開(1)

インプリシット知能観への介入を見据えた予備的検討の成果

Sun. Sep 15, 2019 1:30 PM - 3:30 PM 3号館 3階 (3304)

企画・話題提供:村上祐介(桃山学院教育大学)
司会:高木悠哉#(桃山学院教育大学)
話題提供:栫井大輔#(桃山学院教育大学)
話題提供:柴恭史#(桃山学院教育大学)
指定討論:竹橋洋毅(奈良女子大学)
指定討論:山田嘉徳(大阪産業大学)

[JE04] 教員養成における「学び続ける教員」育成プログラムの展開(1)

インプリシット知能観への介入を見据えた予備的検討の成果

村上祐介1, 高木悠哉#2, 栫井大輔#3, 柴恭史#4, 竹橋洋毅5, 山田嘉徳6 (1.桃山学院教育大学, 2.桃山学院教育大学, 3.桃山学院教育大学, 4.桃山学院教育大学, 5.奈良女子大学, 6.大阪産業大学)

Keywords:教育課程外活動、少人数制、初年次教育

企画趣旨
教員養成と「学び続ける教員」
 学士課程教育の質保証に関する取組が注目され,その一環である初年次教育は,「各機関のニーズに特化し学士課程との連続性を視野に入れた効果的なプログラムの開発」が課題とされている(山田, 2013a)。また,教職課程を有する各大学の質保証への対応は,本来重視されるべき教職の独自性や専門性に依拠したものではなく,社会人基礎力のような「周辺」の取組に終始しているという指摘もある(高旗, 2015)。
 中央教育審議会(2015)の答申に目を転じると,今後養成されるべき教員の姿として,探究力を持ち,知識・技能の刷新を絶え間なく行うことのできる「学び続ける教員像」が提言された。また,「チームとしての学校」(文部科学省, 2015)の実現を通して各専門職の役割が精選されると,教職ならびに教員養成課程においては,教員の「教科・学習指導の技術」の形成が重要な課題となる。

「学び続ける教員」育成プログラムの開発
 これらの背景を踏まえ,桃山学院教育大学では,初年次教育の一環として,「学ぶ態度と効果的な学習方略を兼ね備えた学び続ける教員の基盤づくり」を目的とした教育プログラムを実施している。
 プログラムの内容として,第一に,継続的な学習態度の基盤形成として,能力は努力により可変的か否かという「無意識的な知能観/マインドセットの改善」(Dweck & Leggett, 1988)に着眼する。第二に,学生自身が効果的な学習スキルに習熟することで,将来的な学習指導の基盤形成を目指し,効果的な学習方略を採りあげる。
 また,プログラム運営の特色として,第一に,大学教員一人につき5名程度の学生から構成される少人数指導制度のもと,授業外での協働学習を展開する。教員によるきめ細やかなサポートや,他者との自発的な協働学習という「授業以外の学びの資本」を積極的に活用することを意図している。第二に,プログラムの効果を実証するにあたり,意識領域と無意識(非意識)領域を測定対象とする。近年,意識の機能は極めて限定的であり,人の行動の大半は無意識領域の影響を受けていることが明らかになっており(Kahneman, 2011 村井訳 2012;山崎・内田, 2013),本プログラムにおいても,意識中心的なパラダイムを包摂しつつ,無意識領域の教育を志向している。
シンポジウムの構成
 本シンポジウムでは,教職課程を有する高等教育機関において,「学士課程(教職課程)での学び」や「学び続ける教員」との連続性を見据えた初年次教育のあり方について,桃山学院教育大学での実践を手がかりとしながら,その効果や課題について整理し見識を深めることを目的とする。
 具体的には,企画者の趣旨説明より,プログラム導入の背景と概要を説明する。話題提供では,2018年度前期に実施されたプログラムの効果測定について,質問紙調査の数量的な分析と,半構造化面接の質的な分析の結果をそれぞれ提示する。加えて,2018年度後期に実施したディベート・プログラムの効果を発表する。これらの話題提供や指定討論を通じて,「学び続ける教員」を育成する高等教育の方途を探っていきたい。

話題提供
学びの態度と方略に焦点をあてた介入の効果:量的分析
村上祐介
 本話題提供では,2018年度前期に実施した介入プログラム(研究倫理審査承認:18桃教大総第2号)の効果測定のうち,数量的分析の結果を報告する。参加募集の手順として,まず,一学年約180名の学生に対して授業内でアナウンスを行い,後日事前説明会(概要説明)を実施し,希望を募った。最終的に合計41名がプログラムへ参加し,11名の専任教員1名につき3〜5名の参加者を割り当てた。プログラムは,全10回(空きコマ90分×10回)実施され,「マインドセット」と「学習方略」の指定文献の輪読形式で進められた。
 効果測定の指標には,(1)潜在的な知能観:知能観Implicit Association Test(藤井, 2009),(2)顕在的な知能観:知能観尺度(藤井, 2010),(3)・(4)手段保有感:方略保有感・友人保有感[項目に「教員」も追加して使用] (梅本・田中, 2012),(5)学習の取り組み:行動的エンゲージメント(梅本・田中, 2012),(6)学習方略尺度(独自に作成)を用いた。測定は2018年4月(プログラム実施前:T1)と7月(プログラム実施後:T2)の2回実施され,いずれも,初年次教育の授業内で一斉に実施された。
 プログラム参加学生を介入群,それ以外の学生を統制群とし,介入群の学生は,プログラムの参加率が50%以上の者を分析の対象とした。各指標のT2の値からT1の値を除した値(変化量)を従属変数に,実施(介入・統制)条件を独立変数とした分散分析を行なった。その結果,潜在的知能観変化量は,介入群に比べ統制群の得点が有意に低く(d = -.453, p = .047),両条件とも増大的知能観の増加がみられたが,その差は統制群の方が顕著であった。顕在的知能観変化量,方略保有感変化量,友人保有感変化量,行動的エンゲージメント変化量は,条件間に有意な得点差があるとは言えなかった。一方,学習方略尺度は,変化量(T2-T1)に対して主成分分析を行い,第一・二主成分得点を分析対象とした。それぞれの主成分得点を従属変数に,介入条件を独立変数とした分散分析を行なった結果,介入群は統制群に比べ,第二主成分得点が低いことが明らかになった(d = .448, p = .046)。すなわち介入プログラムを受けることで,流暢性の錯覚に陥らないよう,問題(クイズ)の自作など「望ましい困難」を学習にとりいれるようになることが明らかになった。
 今後の課題として,非意識への介入を意図した行動変容技法であるメンタルコントラスティング等を用いて,潜在的知能観の変化を射程にいれたプログラムへの改善が挙げられる。

学びの態度と方略に焦点をあてた介入の効果:質的分析
栫井大輔
 本報告では,プログラム参加学生へのインタビューの分析結果を提示する。インタビューは,前期プログラムのフォローアップ調査の一環として実施し,また,初年度の予備的実施であったことに鑑み,プログラムの効果と改善点を多角的・探索的に明らかにすることを意図した。そのため,プログラムへの関与度の高い学生を抽出することとした。対象としたのは,後期ディベート・プログラムへの参加を表明した学生14名(前期からの継続参加)のうち,前期プログラムの出席率が80%以上の11名であった。インタビューは約30分間1対1の半構造化形式で行われ,(1)参加してよかった点,(2)日常生活での活用,(3)次年度の新入生への推薦,(4)改善点,という4つの項目を中心に回答を求めた。分析にあたっては, Coffey & Atkinson(1996)の質的データ分析におけるコード化の留意点を参考に,既存の概念や分析枠組みにデータを還元するのではなく,<ラベル>,【カテゴリー】,概念間の相互関連性を重視しながら分析を行った。分析の補助ツールにはMAXQDA2018を用いた。
 分析の結果,肯定的な成果として,<新奇知識の習得>,<効果的な学習方略の利用>,<マインドセットに基づくコーピング>など,【プログラムの直接的効果】に関するカテゴリーが生成された。また,<教職への応用>や<他者理解>のほか,少人数制指導の効果を示唆する<交友関係の拡大>から構成される,【プログラムの間接的効果】のカテゴリーも生成された。一方,プログラムの課題として,<教員とのマッチング>,<グループ構成>,<内容の難易度>などが得られた。

学び続ける態度を高めるディベート・プログラムの効果
柴 恭史
 学び続ける姿勢を身につけるうえでは,一つの立場に固執することなく,異なる結論を持った他者の多様な意見に触れ,学習を深める動機づけを維持することが期待される。このような立場からディベート・プログラム「でぃべワン」(研究倫理審査承認:18桃教大総第25号)を試行した。
 参加者は1年次生16名で,そのうちディベート当日を欠席した者を除く14名を分析の対象とした。質問紙には,知能観尺度(藤井, 2010)のほか,批判的思考態度尺度(平山・楠見, 2004)の4下位尺度(「論理的思考への自覚」,「探究心」,「客観性」,「証拠の重視」)から,それぞれ因子負荷量の高い項目を選択し,プログラムを通じて「〜したいと思うようになった」等,動機づけの高まりを振り返る語尾に変更して使用した。また,有意義度を「1: 有意義でなかった」〜「10: 有意義だった」の10件法で尋ねた。
 分析の結果,「有意義度」と「論理的思考への自覚」及び「探究心」との間に強い正の相関(ps < .01)が,「証拠の重視」との間に中程度の正の相関がみられた(p < .05)。一方,知能観と有意義度ならびに批判的思考態度の各下位尺度の間には有意な相関は示されなかった。本プログラムの有意義度はきわめて高かった(M = 8.36,SD = 2.74)。
有意義度に関する自由記述では,多様な意見・考えが出たことなどに価値を見出す意見が複数あり,根拠や知識不足・準備不足を指摘する意見が多数を占めた。学生主体で行いたいという意見もあり,批判的思考の基礎となる学習の重要性・そこに向けた意欲の高まりがみられたことがプログラムの効果と言える。一方で,同じように学生の活動を望む意見であっても「学校全体で行うべき」とするものもあり,準備不足もスケジュール調整の困難を指摘するなど,外的要因への帰属を示す記述も得られた。
 なお,肯定的意見の多くが知識不足の自覚に意識が向いており,その知識を前提とした論理構成,議論そのものに関する認識には課題が残る。論理構成の訓練を深める方途を模索すると同時に,知能観の変化との関連性を考慮に入れたプログラムの改善が今後の展望である。

指定討論
 指定討論には,動機づけ研究の立場から竹橋洋毅氏を,高等教育研究の立場から山田嘉徳氏をお迎えし,話題提供へのコメントや問題提起を頂く。

付  記
 本シンポジウムはJSPS科研費18K02743の助成を受けた。