[JE05] 教師の実態把握力の分析と授業改善への展開
学力テストへの応用から解析ツールWitsを用いたワークショップまで
Keywords:教師の実態把握力
企画趣旨
「教えている時にはもっと分かっていると思っていたのに,テストを実施してみると十分に理解していなかったことが明らかになった」という経験がある人は少なくないだろう。児童•生徒の実態を事前に把握する力は,適切な授業を行う上でも重要であると論じられている(例, 市川, 2014)。
教師の予測の正確性について検討してきた従来の研究領域(Teachers’ Judgment研究)では,児童•生徒の得点を教師が予測し,児童•生徒の実際の得点との相関をとるという形で研究が行われてきた。しかし,実際に授業をデザインする上では,個々の子どもの得点を予測しているわけではないだろう。「このようなつまずきが想定されるので,このような課題を実施しよう」や「このクラスは低学力層が多いので,より易しい課題を実施しよう」など,クラスの実態の分布を予測し,授業デザインに生かしていると思われる。
しかし,課題によって難易度は様々であり,クラスの実態も様々である。そうした中で「教師は生徒の実態分布をどの程度適切に捉えられているか」を評価するのは,容易なことではない。このような児童・生徒のテスト得点や問題の正答誤答などの分布の実態を教師がどれだけ適切に捉えているかをαという指標によって表現することが試みられている(植阪ら, 2010, 2014など)。さらに,近年では全国学力テスト等を指導法改善に結び付けるためにも活用されている。
また,こうした教師の実態把握力を解析するツールWits (Web-based Investigation System for Teachers’ Judgement on Students’ Performance)が開発されており,昨年度には公立小学校において,これを用いたワークショップが行われた。このワークショップでは,教師自身が自分の実態把握力をweb上のツールで解析し,他の教師とともに分析•考察し,最終的には授業改善を考えるというものであった。
本シンポジウムでは,はじめに,近年開発されつつある教師の実態把握力を数理的に解析する方法を紹介する。次に,それを学力テストに応用した事例を紹介する。この事例では,単に応用するだけでなく,教師のつまずきを意識した授業設計力との関連についても検討している。さらに,教師の実態把握力を解析するツールWitsを学校現場で活用し,授業改善についても検討したワークショップを紹介する。指定討論では,実際にこのワークショップに参加した現場の先生にお願いし,学校現場の実践に寄与する可能性について忌憚のない意見を頂く。さらに,数理的解析という側面からも意見を頂き,今後の研究の発展可能性についても議論する。数理的な内容であるが,実践的な内容でもある。現場の先生および研究者の両方に聞いていただきたいと考えている。
教師の実態把握力を表現する新たな指標
―解析例とそれが意味することまで―
植阪友理・中川正宣・山口一大
はじめに,近年開発されている,教師の実態把握力を表現する新しい指標について紹介する。最初にどのようなデータを準備するのかを説明する。詳細は当日とするが,従来のような「誰が何点をとったのか」というデータに加えて,「どのような回答タイプ(つまずき)がどの程度生じるのか」ということについて予想したデータも扱える。教師の予測データと児童・生徒の実際の回答を準備すれば,解析可能である。この指標(以下,α)が1の場合,教師の予測と児童・生徒の実態が完全に一致していることを示している。1から離れるほど,一致していないことを示しているが,1より大きい値であるのか,1より小さいのかによって意味合いが異なる。1より大きい場合,教師は相対的に回答割合が大きかったカテゴリについてより多く予測していることを示しており,傾向性は正しく予測できていることになる。一方,1より小さかった場合には,その逆で,相対的に回答割合が少なかったカテゴリをより多く予測してしまっていることを示している。これこそ実際が正しく把握できていないことを意味する。この指標の検定も用意されている。
本発表では,実際に全国学力テストで解析した例を示す。この事例を通じて,児童・生徒が十分に概念理解していないことを,教師は必ずしも十分に把握できていない可能性などを示す。
実態把握力が高い教師はどんな特徴を持つか?
―指導案作成課題の分析から―
深谷達史・植阪友理
本シンポジウムでは,教師の実態把握力を,児童生徒の回答分布の予測と実際との一致度を表す指標αによって捉えている。他方,先行研究では,教師の実態把握力は,例えば,あるテストにおける児童生徒の成績と教師の予測との相関(つまり,成績の高い児童と成績の低い児童を教師が正しく予測できるか)によって調べられてきた(e.g., Südkamp, Kaiser, & Möller, 2012)。その意味で,αに基づく方法は,児童生徒の誤解を反映した選択肢を設定するなどの工夫を可能にするもので,「できるかできないか」という成績の予測を超え,「どう考えるか」という学習者の認知に踏み込んだ教師の実態把握力の測定につながるものだと考えられる。
とはいえ,テスト成績の予測に基づくαが正確だとしても,それが何を意味するのかはまだ十分明らかでないのが現状である。例えば,αが正確である教師と,正確でない教師を比較したときに,一連の学習指導のプロセスにおいて差異が存在するのだろうか。また,存在するとしたらどういった差異があるのだろうか。こうした問いに答えるため,本発表では,小学校教師を対象とし,学力調査におけるテスト成績の予測に加え,算数の特定の内容に関する指導案の作成と指導案作成時に考えた工夫などの自由記述を求め,テスト成績の予測に基づくαと指導案作成課題の記述がどう関連するかを検討する。
なお,本調査で用いられた学力テストは,教科書レベルの基本的な内容を扱っているものの,単純な計算問題ではなく,算数の規則などの概念的な意味の理解を測定するものであった。よって,本調査は,単純な計算技能の習熟ではなく,日本の児童が苦手とするとされる概念的な理解(藤村, 2012)に焦点を当てている。よって,児童の実態を把握できているかどうかは学習指導上も重要な意味を持つと考えられる。当日の発表では,調査の概要と結果をお示し,αで捉えられる実態把握力の意味を考察したい。
教師の実態把握力解析ツールWitsを活用したワークショップの実践―小学校算数を題材として―
仲谷佳恵・上西秀和
筆者らは,教師の実態把握力を表すような指標を提案するのみならず,指標を容易に解析することを可能にするweb上の無償ツールWitsを開発してきた(Nakayaら, 2017)。Witsでは,(1)テスト等について教師が児童・生徒のパフォーマンスを予測したデータ,(2)テスト等に対する児童・生徒の実態のパフォーマンスのデータを準備する必要がある。それをユーザーがフォーマットに従ってWitsの画面に入力すると,Witsはαの値や関連するパラメータを自動的に算出し表示する。また Witsは,教師の予測および児童・生徒の実態の分布データのグラフの描画,そしてそれらを表示する機能も持っている。ただし,Witsを効果的に活用するには,αがどのようなことを表しているのかを理解し,結果を適切に読み取り,最終的に指導法改善の案を考えることが必要である。マニュアル等,書かれたものだけでこれらを伝えるのは難しいため,サポートする必要がある。
そこで本研究では,実態把握力の指標について理解し,Witsの使い方と結果の読み取り方を学び,今後の指導改善の案を検討するワークショップを計画し,2019年2月に公立小学校の教師に対して実践した。なおこの小学校では,手続き的な知識のみならず,概念的な理解を問う設問が多く含まれている市販の全国学力テストを実施していた。ワークショップに先立ち,このテストに対する子どもたちのパフォーマンスを教師に予測してもらっている。ワークショップでは,子どもたちにどのようなつまずきがあるのかを認識してもらい,それはどのようにすれば解消するのかを考えてもらうこととした。
実践の主な流れは以下の通りである。(1)実態把握力αの概念およびWitsの使い方について説明し,(2)教師が各自でWitsを用いて自分の実態把握力を分析し,(3)子どものつまずきに関して気づいたことをWitsの結果を見ながらグループでのディスカッションしてもらった。グループでのアイデアを全体で共有した後,どのような指導上の工夫が有効かをグループで議論してもらった。
本実践を通じて,以下3点の示唆が得られた。(1)ほとんどの教師が,特別なサポート無しでWitsを使用することができた。(2)Witsの解析結果の表示は,自身が教える子どもたちの持つつまずきについて,教師が気づいていなかった部分の気づきを得る一助となった。(3)ワークショップで教師は子どもたちのつまずきを解消する指導上の工夫を検討したが,つまずきの根本的な原因に応じた指導上の工夫を考えることは難しく,こちらからいくつかの案を示して参加者に検討してもらう形となった。本発表では,ワークショップで教師が得られた「子どものつまずきに対する気づき」の具体例や,そのつまずきに対して取り得る今後の工夫を紹介し,本ワークショップの課題と今後の展望について議論する。
「教えている時にはもっと分かっていると思っていたのに,テストを実施してみると十分に理解していなかったことが明らかになった」という経験がある人は少なくないだろう。児童•生徒の実態を事前に把握する力は,適切な授業を行う上でも重要であると論じられている(例, 市川, 2014)。
教師の予測の正確性について検討してきた従来の研究領域(Teachers’ Judgment研究)では,児童•生徒の得点を教師が予測し,児童•生徒の実際の得点との相関をとるという形で研究が行われてきた。しかし,実際に授業をデザインする上では,個々の子どもの得点を予測しているわけではないだろう。「このようなつまずきが想定されるので,このような課題を実施しよう」や「このクラスは低学力層が多いので,より易しい課題を実施しよう」など,クラスの実態の分布を予測し,授業デザインに生かしていると思われる。
しかし,課題によって難易度は様々であり,クラスの実態も様々である。そうした中で「教師は生徒の実態分布をどの程度適切に捉えられているか」を評価するのは,容易なことではない。このような児童・生徒のテスト得点や問題の正答誤答などの分布の実態を教師がどれだけ適切に捉えているかをαという指標によって表現することが試みられている(植阪ら, 2010, 2014など)。さらに,近年では全国学力テスト等を指導法改善に結び付けるためにも活用されている。
また,こうした教師の実態把握力を解析するツールWits (Web-based Investigation System for Teachers’ Judgement on Students’ Performance)が開発されており,昨年度には公立小学校において,これを用いたワークショップが行われた。このワークショップでは,教師自身が自分の実態把握力をweb上のツールで解析し,他の教師とともに分析•考察し,最終的には授業改善を考えるというものであった。
本シンポジウムでは,はじめに,近年開発されつつある教師の実態把握力を数理的に解析する方法を紹介する。次に,それを学力テストに応用した事例を紹介する。この事例では,単に応用するだけでなく,教師のつまずきを意識した授業設計力との関連についても検討している。さらに,教師の実態把握力を解析するツールWitsを学校現場で活用し,授業改善についても検討したワークショップを紹介する。指定討論では,実際にこのワークショップに参加した現場の先生にお願いし,学校現場の実践に寄与する可能性について忌憚のない意見を頂く。さらに,数理的解析という側面からも意見を頂き,今後の研究の発展可能性についても議論する。数理的な内容であるが,実践的な内容でもある。現場の先生および研究者の両方に聞いていただきたいと考えている。
教師の実態把握力を表現する新たな指標
―解析例とそれが意味することまで―
植阪友理・中川正宣・山口一大
はじめに,近年開発されている,教師の実態把握力を表現する新しい指標について紹介する。最初にどのようなデータを準備するのかを説明する。詳細は当日とするが,従来のような「誰が何点をとったのか」というデータに加えて,「どのような回答タイプ(つまずき)がどの程度生じるのか」ということについて予想したデータも扱える。教師の予測データと児童・生徒の実際の回答を準備すれば,解析可能である。この指標(以下,α)が1の場合,教師の予測と児童・生徒の実態が完全に一致していることを示している。1から離れるほど,一致していないことを示しているが,1より大きい値であるのか,1より小さいのかによって意味合いが異なる。1より大きい場合,教師は相対的に回答割合が大きかったカテゴリについてより多く予測していることを示しており,傾向性は正しく予測できていることになる。一方,1より小さかった場合には,その逆で,相対的に回答割合が少なかったカテゴリをより多く予測してしまっていることを示している。これこそ実際が正しく把握できていないことを意味する。この指標の検定も用意されている。
本発表では,実際に全国学力テストで解析した例を示す。この事例を通じて,児童・生徒が十分に概念理解していないことを,教師は必ずしも十分に把握できていない可能性などを示す。
実態把握力が高い教師はどんな特徴を持つか?
―指導案作成課題の分析から―
深谷達史・植阪友理
本シンポジウムでは,教師の実態把握力を,児童生徒の回答分布の予測と実際との一致度を表す指標αによって捉えている。他方,先行研究では,教師の実態把握力は,例えば,あるテストにおける児童生徒の成績と教師の予測との相関(つまり,成績の高い児童と成績の低い児童を教師が正しく予測できるか)によって調べられてきた(e.g., Südkamp, Kaiser, & Möller, 2012)。その意味で,αに基づく方法は,児童生徒の誤解を反映した選択肢を設定するなどの工夫を可能にするもので,「できるかできないか」という成績の予測を超え,「どう考えるか」という学習者の認知に踏み込んだ教師の実態把握力の測定につながるものだと考えられる。
とはいえ,テスト成績の予測に基づくαが正確だとしても,それが何を意味するのかはまだ十分明らかでないのが現状である。例えば,αが正確である教師と,正確でない教師を比較したときに,一連の学習指導のプロセスにおいて差異が存在するのだろうか。また,存在するとしたらどういった差異があるのだろうか。こうした問いに答えるため,本発表では,小学校教師を対象とし,学力調査におけるテスト成績の予測に加え,算数の特定の内容に関する指導案の作成と指導案作成時に考えた工夫などの自由記述を求め,テスト成績の予測に基づくαと指導案作成課題の記述がどう関連するかを検討する。
なお,本調査で用いられた学力テストは,教科書レベルの基本的な内容を扱っているものの,単純な計算問題ではなく,算数の規則などの概念的な意味の理解を測定するものであった。よって,本調査は,単純な計算技能の習熟ではなく,日本の児童が苦手とするとされる概念的な理解(藤村, 2012)に焦点を当てている。よって,児童の実態を把握できているかどうかは学習指導上も重要な意味を持つと考えられる。当日の発表では,調査の概要と結果をお示し,αで捉えられる実態把握力の意味を考察したい。
教師の実態把握力解析ツールWitsを活用したワークショップの実践―小学校算数を題材として―
仲谷佳恵・上西秀和
筆者らは,教師の実態把握力を表すような指標を提案するのみならず,指標を容易に解析することを可能にするweb上の無償ツールWitsを開発してきた(Nakayaら, 2017)。Witsでは,(1)テスト等について教師が児童・生徒のパフォーマンスを予測したデータ,(2)テスト等に対する児童・生徒の実態のパフォーマンスのデータを準備する必要がある。それをユーザーがフォーマットに従ってWitsの画面に入力すると,Witsはαの値や関連するパラメータを自動的に算出し表示する。また Witsは,教師の予測および児童・生徒の実態の分布データのグラフの描画,そしてそれらを表示する機能も持っている。ただし,Witsを効果的に活用するには,αがどのようなことを表しているのかを理解し,結果を適切に読み取り,最終的に指導法改善の案を考えることが必要である。マニュアル等,書かれたものだけでこれらを伝えるのは難しいため,サポートする必要がある。
そこで本研究では,実態把握力の指標について理解し,Witsの使い方と結果の読み取り方を学び,今後の指導改善の案を検討するワークショップを計画し,2019年2月に公立小学校の教師に対して実践した。なおこの小学校では,手続き的な知識のみならず,概念的な理解を問う設問が多く含まれている市販の全国学力テストを実施していた。ワークショップに先立ち,このテストに対する子どもたちのパフォーマンスを教師に予測してもらっている。ワークショップでは,子どもたちにどのようなつまずきがあるのかを認識してもらい,それはどのようにすれば解消するのかを考えてもらうこととした。
実践の主な流れは以下の通りである。(1)実態把握力αの概念およびWitsの使い方について説明し,(2)教師が各自でWitsを用いて自分の実態把握力を分析し,(3)子どものつまずきに関して気づいたことをWitsの結果を見ながらグループでのディスカッションしてもらった。グループでのアイデアを全体で共有した後,どのような指導上の工夫が有効かをグループで議論してもらった。
本実践を通じて,以下3点の示唆が得られた。(1)ほとんどの教師が,特別なサポート無しでWitsを使用することができた。(2)Witsの解析結果の表示は,自身が教える子どもたちの持つつまずきについて,教師が気づいていなかった部分の気づきを得る一助となった。(3)ワークショップで教師は子どもたちのつまずきを解消する指導上の工夫を検討したが,つまずきの根本的な原因に応じた指導上の工夫を考えることは難しく,こちらからいくつかの案を示して参加者に検討してもらう形となった。本発表では,ワークショップで教師が得られた「子どものつまずきに対する気づき」の具体例や,そのつまずきに対して取り得る今後の工夫を紹介し,本ワークショップの課題と今後の展望について議論する。