[JG04] 学習者の資質・能力を向上させる授業づくり
学習者の反応を手がかりに
Keywords:教材、教師の発話、体験
研究の目的
本シンポジウムの目的は,教師の適応的熟達を支援するツールとして開発した「授業設計・評価マトリクス」及び「教師の発話モデル」を用いて話題提供者が各自授業を分析し,教師の適応的熟達を図る手立てを検討する事である。
学習指導を行うに当たって必要なのは,学習指導案である。これを作成するに当たっては,①単元の目標,②教材の特徴,③学習活動の内容,④学習者の実態,⑤学習指導法,⑥授業者の特性を考慮することが必要である(吉崎,1984)。この様な考えを取り入れて行う授業の評価は,テストによって知識や理解の度合いを測ることを旨としないため,教師の多くは評価に自信を持つことが出来ないという実態がある(ベネッセ2003)。
教師が自信を持って評価を行うためには,授業の目標を達成したときの学習者の反応をイメージする必要がある。そのためには,学習者の反応水準を規定し,授業の目標を達成した学習者の反応をそのレベルに照らして評価する事が有効である。
開発した「授業設計・評価マトリクス」は,小学校理科における問題解決能力の当該学年でつけるべき資質・能力を用いて作成した。すなわち,比較,要因抽出と関係付け,条件制御と計画的な実験観察,多面的思考である(小学校学習指導要領理科編,文部科学省,2008,2017)。
また,「教師の発話モデル」は,理科授業過程の各場面で,「授業設計・評価マトリクス」とともに,学習者との対話に用いるツールである。本ツールは,授業における教師の発話を,指示的発話,支援的発話に分類して「発話モデル」を作成したものであり,学習者と対話しながら授業を行えば,学習者の反応レベルを向上させ,教師の熟達化を支援するツールとして有効であることが明らかとなった(金沢,2015)。
4名の話題提供者の研究から,教師の適応的熟達に有効な手立てを検討したい。
話題提供1
教材
川真田早苗
新学習指導要領では,学習者がこれからの時代を生きるために必要な資質・能力を身に付けることができるよう主体的・対話的で深い学びの実現を目指している。理科は,実験や観察など比較的自由度が高い活動ができるため,「楽しい」教科であると答える学習者が多い。しかし,学習者の理解と教員の指導困難な内容として地学的領域が多いことが指摘されている。具体的には,野外での自然体験学習における学習者の科学的思考力・表現力の不足が指摘されている(国立教育政策研究所,2005)。したがって,深い学びの実現には,学習者が科学的思考力・表現力を身に付ける具体的な手立てを講じる必要がある。米国では,パターン地学:earth science patterns in our environment(1975)1)が開発された。つまり,科学的なパターンが観察できる「比較・観察が可能な事象」「関連性をもつ事象」「変化を読み取ることが可能な事象」(下野,2012)3)という要素を満たした露頭の観察では,学習者が比較・関連付けを繰り返し,それらのつながりを時間的・空間的に理解し説明し,新たな問題を見いだせることが示唆された。
5年性理科「流水の働きと土地の変化」単元において「比較・観察が可能な事象」「関連性をもつ事象」「変化を読み取ることが可能な事象」に関する具体的な事象を提示し,学習者がどのように思考していくのかについて検証する。検証は,次の2点とした。1点目は,提示した事象や教材により,学習者は自然のパターンを読み取ることができるのか,2点目は,「流水の働きと土地の変化」で求められている思考力を身に付けることができるのかである。検証方法は,授業設計マトリクス(金沢,2014)を援用し,事象に対する学習者の発言や思考内容についてのマトリックスを作成し実際の授業で活用する。また,「流水の働きと土地の変化」で育成を目指す思考力・判断力・表現力と学習者の学習の振り返りにおける記述内容を比較し,科学的なパターンに基づく具体的な事象提示による観察の効果を検討した。
話題提供2
教師の発話
藤江浩子
平成29年学習指導要領で「主体的で対話的で深い学び」を展開していくことが求められている。そのため,現在では学習者の相互作用を取り入れた対話的な授業の導入が重視されるようになった
假屋園ら (2010) が指摘するように未だ,対話時の教師の立場や役割について明確になっていない。学習者が他者との対話を通して学びを深めていく際の理解を促進させるための効果的な発話を明らかにし,教師が学習者中心の授業づくりを行うための有効なツールが必要である。そこで,本研究では,授業設計・評価マトリクス(金沢,2014)及び教師の発話モデル(金沢,2015)を用い,学習者の反応の質と教師の発話を検討した。
波多野 (2002) は,学習者の知識獲得過程の特徴として,「知識とは基本的に個々人によって能動的に構成していく」「知識獲得は各自の先行知識の制約の上に構成されている」「人の理解活動は社会的対人的な文脈に依存した形で行われる」「人は一度獲得した知識をさらに深めたり修正したりするような再構築活動は自然には起こりにくい」の4点を挙げている。つまり,教師は,学習者が既有の経験や知識を活用しながら学びを展開し,他者と相互に作用しながら学習を進めることができるよう授業を設計し,学習者自身の知識を再構築させるため,子どもの学習状況に応じ,発話を通して介入することにより理解を促進させる必要がある。
そこで本研究では,協調学習を取り入れた小学校理科授業を行い,教師と学習者の発話をデジタルビデオカメラに収録し,音声記録をもとにプロトコルを作成する。発話プロトコルを基に学習者の知識構築プロセスを分析することにより,教師の有効な発話データを収集した。
発話プロトコルの分析については,対話データから協働的知識の発展と個人の貢献を可視化,数量化できるソフトウエア「KBDeX」 (大島ら,2012) を使用する。KBDeXによるネットワーク分析により,学習者のネットワークをより活発にさせた教師の発話を明らかにし学習者の知識構築プロセスにどのように作用しているかについて検討した。
小学校第5学年理科授業における『植物の成長』での協調学習時の教師と学習者の発話プロトコルを基に,KBDeXを用いて学習者の知識構築プロセスを分析し,学習者の発話の質を向上させた教師の発話について報告を行う。
話題提供3
体験
高橋晃雄
本園は川遊びに適した砂浜や多様な昆虫が生息する小貝川緑地を有し,身近で多様な自然環境を有する河川空間での五感を刺激する体験活動を通して,子ども達の感動する心を育み,仲間たちと川で遊ぶ楽しさを伝えるとともに,そこに住む生き物や環境との関わりを通して川を大切にすることを育む「四季の小貝川保育園」を実施している。
その目的は「社会を生き抜く力」として必要な基礎的な能力を養うため,幼児教育で基礎的な能力を5領域に分類している。このなかの「言葉」と「表現」に対して,体験活動から得られる効果について,それぞれの体験プログラムにおける絵日記の内容を調査し,どのような体験が園児の「言葉」と「表現」を豊かにするのかを検討した。
河川敷や水中の生き物採集,川流れ,鬼ごっこ,大学生ボランティアと一緒に4㎞の川下りと中州を探検するEボート川下りを実施した。また,河川敷では草地や牧場周辺で生き物を探す体験プログラムを実施した。
その後,子どもが言葉と絵で表現した内容は,共通して「驚き」「喜び」の気持ちであった。ゴミの投棄を見つけた子供は,「怒り」を,「川の生き物探し・川遊び」や「Eボート川下り」では,「不安」を表す表現が多くみられた。水の冷たさ,風の気持ちよさ,生き物の触り心地などの皮膚感覚から生じる気持ちが多く表現され,本や動画による体験や学習との大きな違いであることが明らかになった。
絵日記に書かれた絵では,Eボート川下りには,全員が10人以上の人物を描いているが,秋の虫探しでは,半数が1人も描いていない。また河川パトロールでは,全員がゴミを描かないなど,子ども達が言葉では表しきれない自分の気持ち,例えば「信頼」や「関心」,「嫌悪」などを表現していると推測される。
このように川での体験は,子どもに大きな感動を与え,様々な感情を呼び起こし,体験したことや感じたことを表す言葉や文字を探し,他者と言葉や文字,絵で伝え合う楽しさから,言葉と表現は豊かになっていくのではないかと考えられる。
話題提供4
発話モデル
森川樹奈
現在,日本の教育は知識理解の定着を目的とした詰め込みの従来型教育から,思考力・判断力・表現力を重要視する21世紀型教育へと変わりつつある。筆者は7本の先行研究を分析して教師の言葉かけを抽出し,学習者の反応を向上させるものになっているかを分析した結果,これまで使われていた意欲に関する言葉かけの分類は「承認」「指示」「提案」「問いかけ」など,51種類と多岐にわたる分類が見いだされた。また,教師の言葉かけは学習意欲の向上と関連付けられているものが多く見受けられたが,思考力に関連がある分類が混在していた。そこで筆者は思考力に着目して文献を再検し,「承認」「再思考」「見通し」を思考力に関連する言葉かけとして見出した。言葉かけの分類(金沢,2015)では,新任教師は「承認」の言葉かけは多用されており,熟達教師は承認だけでなく,再思考や見通しなど言葉かけのバリエーションが多い事が明らかにされていた。つまり,教師の熟達度によって言葉かけに差が出ている。今まで多く使用されてきた承認や賞賛に加えて,学習者自ら主体的に考えさせるように促す言葉かけの重要性を再認識していく必要がある。
今後は適応的熟達教師の言葉かけのバリエーションを新任教師に提示することによって,新任教師の早期熟達が期待されると考えられるため,新任教師向けの発話モデルを開発したい。
本シンポジウムの目的は,教師の適応的熟達を支援するツールとして開発した「授業設計・評価マトリクス」及び「教師の発話モデル」を用いて話題提供者が各自授業を分析し,教師の適応的熟達を図る手立てを検討する事である。
学習指導を行うに当たって必要なのは,学習指導案である。これを作成するに当たっては,①単元の目標,②教材の特徴,③学習活動の内容,④学習者の実態,⑤学習指導法,⑥授業者の特性を考慮することが必要である(吉崎,1984)。この様な考えを取り入れて行う授業の評価は,テストによって知識や理解の度合いを測ることを旨としないため,教師の多くは評価に自信を持つことが出来ないという実態がある(ベネッセ2003)。
教師が自信を持って評価を行うためには,授業の目標を達成したときの学習者の反応をイメージする必要がある。そのためには,学習者の反応水準を規定し,授業の目標を達成した学習者の反応をそのレベルに照らして評価する事が有効である。
開発した「授業設計・評価マトリクス」は,小学校理科における問題解決能力の当該学年でつけるべき資質・能力を用いて作成した。すなわち,比較,要因抽出と関係付け,条件制御と計画的な実験観察,多面的思考である(小学校学習指導要領理科編,文部科学省,2008,2017)。
また,「教師の発話モデル」は,理科授業過程の各場面で,「授業設計・評価マトリクス」とともに,学習者との対話に用いるツールである。本ツールは,授業における教師の発話を,指示的発話,支援的発話に分類して「発話モデル」を作成したものであり,学習者と対話しながら授業を行えば,学習者の反応レベルを向上させ,教師の熟達化を支援するツールとして有効であることが明らかとなった(金沢,2015)。
4名の話題提供者の研究から,教師の適応的熟達に有効な手立てを検討したい。
話題提供1
教材
川真田早苗
新学習指導要領では,学習者がこれからの時代を生きるために必要な資質・能力を身に付けることができるよう主体的・対話的で深い学びの実現を目指している。理科は,実験や観察など比較的自由度が高い活動ができるため,「楽しい」教科であると答える学習者が多い。しかし,学習者の理解と教員の指導困難な内容として地学的領域が多いことが指摘されている。具体的には,野外での自然体験学習における学習者の科学的思考力・表現力の不足が指摘されている(国立教育政策研究所,2005)。したがって,深い学びの実現には,学習者が科学的思考力・表現力を身に付ける具体的な手立てを講じる必要がある。米国では,パターン地学:earth science patterns in our environment(1975)1)が開発された。つまり,科学的なパターンが観察できる「比較・観察が可能な事象」「関連性をもつ事象」「変化を読み取ることが可能な事象」(下野,2012)3)という要素を満たした露頭の観察では,学習者が比較・関連付けを繰り返し,それらのつながりを時間的・空間的に理解し説明し,新たな問題を見いだせることが示唆された。
5年性理科「流水の働きと土地の変化」単元において「比較・観察が可能な事象」「関連性をもつ事象」「変化を読み取ることが可能な事象」に関する具体的な事象を提示し,学習者がどのように思考していくのかについて検証する。検証は,次の2点とした。1点目は,提示した事象や教材により,学習者は自然のパターンを読み取ることができるのか,2点目は,「流水の働きと土地の変化」で求められている思考力を身に付けることができるのかである。検証方法は,授業設計マトリクス(金沢,2014)を援用し,事象に対する学習者の発言や思考内容についてのマトリックスを作成し実際の授業で活用する。また,「流水の働きと土地の変化」で育成を目指す思考力・判断力・表現力と学習者の学習の振り返りにおける記述内容を比較し,科学的なパターンに基づく具体的な事象提示による観察の効果を検討した。
話題提供2
教師の発話
藤江浩子
平成29年学習指導要領で「主体的で対話的で深い学び」を展開していくことが求められている。そのため,現在では学習者の相互作用を取り入れた対話的な授業の導入が重視されるようになった
假屋園ら (2010) が指摘するように未だ,対話時の教師の立場や役割について明確になっていない。学習者が他者との対話を通して学びを深めていく際の理解を促進させるための効果的な発話を明らかにし,教師が学習者中心の授業づくりを行うための有効なツールが必要である。そこで,本研究では,授業設計・評価マトリクス(金沢,2014)及び教師の発話モデル(金沢,2015)を用い,学習者の反応の質と教師の発話を検討した。
波多野 (2002) は,学習者の知識獲得過程の特徴として,「知識とは基本的に個々人によって能動的に構成していく」「知識獲得は各自の先行知識の制約の上に構成されている」「人の理解活動は社会的対人的な文脈に依存した形で行われる」「人は一度獲得した知識をさらに深めたり修正したりするような再構築活動は自然には起こりにくい」の4点を挙げている。つまり,教師は,学習者が既有の経験や知識を活用しながら学びを展開し,他者と相互に作用しながら学習を進めることができるよう授業を設計し,学習者自身の知識を再構築させるため,子どもの学習状況に応じ,発話を通して介入することにより理解を促進させる必要がある。
そこで本研究では,協調学習を取り入れた小学校理科授業を行い,教師と学習者の発話をデジタルビデオカメラに収録し,音声記録をもとにプロトコルを作成する。発話プロトコルを基に学習者の知識構築プロセスを分析することにより,教師の有効な発話データを収集した。
発話プロトコルの分析については,対話データから協働的知識の発展と個人の貢献を可視化,数量化できるソフトウエア「KBDeX」 (大島ら,2012) を使用する。KBDeXによるネットワーク分析により,学習者のネットワークをより活発にさせた教師の発話を明らかにし学習者の知識構築プロセスにどのように作用しているかについて検討した。
小学校第5学年理科授業における『植物の成長』での協調学習時の教師と学習者の発話プロトコルを基に,KBDeXを用いて学習者の知識構築プロセスを分析し,学習者の発話の質を向上させた教師の発話について報告を行う。
話題提供3
体験
高橋晃雄
本園は川遊びに適した砂浜や多様な昆虫が生息する小貝川緑地を有し,身近で多様な自然環境を有する河川空間での五感を刺激する体験活動を通して,子ども達の感動する心を育み,仲間たちと川で遊ぶ楽しさを伝えるとともに,そこに住む生き物や環境との関わりを通して川を大切にすることを育む「四季の小貝川保育園」を実施している。
その目的は「社会を生き抜く力」として必要な基礎的な能力を養うため,幼児教育で基礎的な能力を5領域に分類している。このなかの「言葉」と「表現」に対して,体験活動から得られる効果について,それぞれの体験プログラムにおける絵日記の内容を調査し,どのような体験が園児の「言葉」と「表現」を豊かにするのかを検討した。
河川敷や水中の生き物採集,川流れ,鬼ごっこ,大学生ボランティアと一緒に4㎞の川下りと中州を探検するEボート川下りを実施した。また,河川敷では草地や牧場周辺で生き物を探す体験プログラムを実施した。
その後,子どもが言葉と絵で表現した内容は,共通して「驚き」「喜び」の気持ちであった。ゴミの投棄を見つけた子供は,「怒り」を,「川の生き物探し・川遊び」や「Eボート川下り」では,「不安」を表す表現が多くみられた。水の冷たさ,風の気持ちよさ,生き物の触り心地などの皮膚感覚から生じる気持ちが多く表現され,本や動画による体験や学習との大きな違いであることが明らかになった。
絵日記に書かれた絵では,Eボート川下りには,全員が10人以上の人物を描いているが,秋の虫探しでは,半数が1人も描いていない。また河川パトロールでは,全員がゴミを描かないなど,子ども達が言葉では表しきれない自分の気持ち,例えば「信頼」や「関心」,「嫌悪」などを表現していると推測される。
このように川での体験は,子どもに大きな感動を与え,様々な感情を呼び起こし,体験したことや感じたことを表す言葉や文字を探し,他者と言葉や文字,絵で伝え合う楽しさから,言葉と表現は豊かになっていくのではないかと考えられる。
話題提供4
発話モデル
森川樹奈
現在,日本の教育は知識理解の定着を目的とした詰め込みの従来型教育から,思考力・判断力・表現力を重要視する21世紀型教育へと変わりつつある。筆者は7本の先行研究を分析して教師の言葉かけを抽出し,学習者の反応を向上させるものになっているかを分析した結果,これまで使われていた意欲に関する言葉かけの分類は「承認」「指示」「提案」「問いかけ」など,51種類と多岐にわたる分類が見いだされた。また,教師の言葉かけは学習意欲の向上と関連付けられているものが多く見受けられたが,思考力に関連がある分類が混在していた。そこで筆者は思考力に着目して文献を再検し,「承認」「再思考」「見通し」を思考力に関連する言葉かけとして見出した。言葉かけの分類(金沢,2015)では,新任教師は「承認」の言葉かけは多用されており,熟達教師は承認だけでなく,再思考や見通しなど言葉かけのバリエーションが多い事が明らかにされていた。つまり,教師の熟達度によって言葉かけに差が出ている。今まで多く使用されてきた承認や賞賛に加えて,学習者自ら主体的に考えさせるように促す言葉かけの重要性を再認識していく必要がある。
今後は適応的熟達教師の言葉かけのバリエーションを新任教師に提示することによって,新任教師の早期熟達が期待されると考えられるため,新任教師向けの発話モデルを開発したい。